まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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急転激動

第51話

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「それから、リヒ様」
「ん?」
「今回の件、エステン公爵にはご支持いただけるでしょうか」
「……父上も、ラウシェンバッハ伯とは懇意にしていた。ご助力いただけると思う」
「ハンスイェルク卿が後見人としてイェレミーアス様が成人するまでラウシェンバッハを実質統治すると主張した場合、イェレミーアス様が選んだ人間に代理をさせると言ったら、後押ししてもらえますか」
「……分かった。話してみる」
「ぼくが持っている情報だけでは、どなたが信頼できるか分からないのでイェレミーアス様とエステン公の意見が聞きたいのです。ラウシェンバッハ公の忠臣といえば一番隊副隊長で伯爵の右腕と名高いオルデンベルク卿、伯爵の補佐として内政を仕切っているブラウンシュバイク卿、代々伯爵家に仕えて来たリース卿辺りだと思うのですが」
「……君は……、本当に、六歳か?」
 見慣れた表情でローデリヒが呻く。中身は前世合わせれば三十一歳のおっさんです悪かったな。
「リヒ。今さら愚問だ。スヴェンがこうでなければ、イェレミーアスを助けたいと言われてお前をここへ連れて来るわけがないだろう」
 頭の中で貴族名鑑と騎士名、新聞や侍女たちの噂話などを巡らせていたぼくには、ジークフリードとローデリヒの会話は耳に入らない。ハンスイェルクが逆らえず、イェレミーアスが信用できる人間に領地を任せる必要がある。他国を侵略して維持してきた皇国に於いて、国境警備は重要である。お家騒動でおろそかになるなんてことになったら当然、皇王は黙っていない。ルクレーシャスさんの後ろにぼくが居ることなんて先刻承知だ。下手を打てばもろとも握り潰されかねない。
 だからイェレミーアスが成人するまでラウシェンバッハを統治する人間の人選は、慎重にならなければならない。人の心までは分からないものだ。忠臣に裏切られることだってある。悪意が見通せる人間などいない。悪意?
「……」
 はたと思い至る。ルチ様、ぼくに悪意のある人間を屋敷に入れなくできるって言ってたな。じゃあ、イェレミーアスに悪意のある人間も判別できるんじゃない?
「ルカ様」
「うん?」
「悪意を見抜く方法、ぼく知ってるんですよ……」
「あ……」
 ルクレーシャスさんも思い至ったようだ。しばらく天井を見つめて停止した後、声を上げながらソファへだらしなく凭れかかった。
「あああああ、ほんと君って子はなんて子だろう」
「ルカ様、お話したがってたじゃないですか。よかったですね。願いが叶って」
「わたくしが彼にものすごく嫌われてるって分かってて言ってる?」
「言い含めておきますから」
「わたくし、呪われそうだよ……」
 その日の夕刻、イェレミーアスに害意がない人間を見抜いてもらうためにルカ様に同行してくれと頼んだら、ルチ様の頬へちゅーする羽目になった。子供にほっぺちゅーしてもらうのって微笑ましいよね。でもそれはぼくじゃない。ぼくがしたいんじゃないんだ。どちらかといえば「ほほえましいな~」って他人事として見ていたいだけで、ぼくがする方にはなりたくなかったよ……。ぐったり。
 のん気なぼくはこの時、「面倒なことに巻き込まれてしまったなぁ」程度にしか考えてなかった。
 これが文字通り、ぼくの人生に於いて大きな決断と因縁と出会いを連れて来るだなんて思いもよらなかったんだ。
 ほっぺちゅーされてご機嫌のルチ様にぼくがぐったりしている間に、事は意外にも早く進んだ。エステン公爵からの返事が、翌日には来たのだ。
 離宮へ好きなように出入りできるのは皇王、皇后、ジークフリードのみ。だからローデリヒは、当然ジークフリードと共にやって来た。
「フリュクレフ公子、父上から全面的に支援するとお答えいただいた!」
 気安く「オレもスヴェンと呼んでいいか」なんて言ってたのに、ローデリヒはぼくのことを「フリュクレフ公子」と呼ぶことに決めたらしい。ちょっと現金だなと思ってしまった。
 昨日はよほど、イェレミーアスの身を案じ悩んでいたのだろう。今日は打って変わって半年前に初めて会った時のように、闊達な様子だ。ローデリヒの深い緑の虹彩は明るい。
「それはようございました。そうと決まればイェレミーアス様にお知らせせねばなりません。手紙を書くのはぼくからと、リヒ様と、ジーク様はサインだけでいいです。これで信じてもらえるでしょう。これはお迎えの時に直接、ルカ様からイェレミーアス様へ渡してもらいます。できれば、エステン公爵からラウシェンバッハ領を任せる人宛てへの書状もいただければ完璧です」
「父上はブラウンシュバイク卿にお任せするのがいいのではないかとおっしゃっておられた」
 さて、エステン公爵とイェレミーアスと、ルチ様の見立てが合致するかどうか。
「う~ん、ブラウンシュバイク卿は元々ラウシェンバッハの出身ではなく他領の子爵だったところ、亡くなられた伯爵に取り立てられて今の地位に付いたと聞いております。ブラウンシュバイク卿自身に後ろ盾がなければ厳しいでしょう。そちらもエステン公爵にお任せできるでしょうか」
 力がなければ伯爵家に連なる貴族たちに潰されてしまうだろう。その場合はエステン公爵に権力を揮ってもらわねばならない。
「分かった。父上に頼んでおく」
「はい。お願いします。あ、イェレミーアス様への手紙と一緒に送る書状はブラウンシュバイク卿宛てにせず、とりあえず名指しはしないでください。後日、ハンスイェルク卿とラウシェンバッハ伯爵家関係貴族宛てに名指しで送っていただきたい。そちらも準備したらイェレミーアス様をルカ様にお迎えに行ってもらった時に渡します」
「ブラウンシュバイク卿へ領地を任せるとはまだ決まらぬから、だな? スヴェン」
 ジークフリードは随分と勘が良くなってきた。やっぱり地頭がいいんだよね。
「ええ。くれぐれも今はまだ、リヒ様からイェレミーアス様へこのことを知らせる手紙などは送りませんようにお願いします。リヒ様、ラウシェンバッハ辺境伯がどういった経緯でお亡くなりになったか、詳細をご存知ですか?」
 まだ誰が敵か味方か決めるのは時期尚早である。ぼくは新聞で訃報を知っただけなのだ。権力が絡むと暗殺なんてのも珍しいことではない。その辺りは、イェレミーアスにも聞くとして、一応こちらでも情報を探っておくのがいいかもしれない。
「ご病気だったと聞いている。父も不審なところはないとおっしゃっていた」
「持病でもおありだったのですか?」
「いや。父上と同じくらいお元気な方だった。ラウシェンバッハではこの春、伝染病が発生してな。対応の陣頭に立っておられたので、伝染病にかかったと聞いたが」
「伝染病……ああ、ザネルラ熱ですか……」
 ザネルラ共和国で、今年の正月頃に発生した熱病だ。皇都の北はランゲルシュタット湾で、その北東の端は半島になっている。その半島に位置するのがザネルラ共和国だ。ラウシェンバッハはザネルラと国境を接している。
 ザネルラ熱はおそらく前世でいうインフルエンザみたいなものなのだろうが、この世界では未だ医学も発達していない。医学書でも、何でもかんでも瀉血《しゃけつ》を治療法として挙げていたりする。なまじ魔法があるだけに、進んでいない分野はとことん進んでいないのだ。それでも一応、医者の話を詳しく聞いてみた方がいいだろう。
「あとで、アイスラー先生にお会いしたいのでお帰りの際に皇宮までご一緒してもいいですか、ジーク様」
「アイスラーか。確か、今日は母上の診察に来ているから引き留めておくようにしよう」
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