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芽吹き月

第13話

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「それで、ゲーム内で使う人形のコマですが、これは彩色で別々の色を付けて区別ができるようにしてほしいんです。贅沢を言えば、この人形を乗せられる馬や馬車なんかもあるとゲームの指示に幅が出て面白いですね」
「それは簡単にできるでしょう。分かりました、作ってみます」
「わぁい、お願いします。それから、試作品は細工を作ってもらったらぼくが絵付けをして仕上げをします。コマに書く指示はぼくが考えます。その試作品をぜひ、職人さんたちで試してみて欲しいんです」
「わ、わしらで、ですか?」
 千切れそうに帽子を絞って、リナルドさんは体を真っ直ぐにしてしまった。苦笑いをして、皺だらけの手に触れる。
「そうです。職人さんだからこそ、実際に遊んでみて改善した方がいいところがあったら教えて欲しいのです。お願いできますか」
「へ、へい」
 マウロさんをちらりと見やる。職人たちにゲームをさせるとなると、おそらく指示が書いてある文字を読み上げる役が必要になる。ぼくの考えが理解できたのか、マウロさんは小さく頷いた。
「それまで何度かご足労いただくことになると思いますが、よろしくお願いします」
 ことさらあどけなく笑って見せる。ぼくは皇国で一番有名な子供だろう。『悪女レーヴェ』シーヴ・フリュクレフ公爵令嬢の息子。悲劇の恋人たちを引き裂いた証。それは皇国の民ならば、子供でも知っている。だからぼくは、誰よりも腰が低くなければならない。親切でいなければならない。善人のふりをしなくてはならない。隙を見せてはならない。先入観というのは恐ろしいものだ。悪役令嬢の息子という先入観があるというだけで、ぼくにとってはたった一つのミスでさえ命取りになりかねない。
 心配を他所に、リナルドさんは目論み通りあっさりとぼくの笑顔に騙されてくれたようだ。噂など当てにならない。そんな表情でぼくを見て、握り締めていた帽子を離した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。お坊ちゃま」
「はい。こちらこそ」
 にっこり笑って足を揺らす。この世の椅子という椅子が全部ぼくサイズではないので仕方ない。なんていうか、単純にこの世界は贅沢っていうと食、服、家、らしくその他の技術は発達していない。服もそうなんだけど、家具も子供向けのものがない。誰も作ろうとしないらしい。子供向け玩具がいい例だ。
 この世界の玩具って、何故か最終形態がテーブルと一体型になるんだよね。テーブル一体型でやたらと豪華な装飾を施されたチェスボードを見て、ああこりゃ子供向けではないなって思ったんだ。そういえばビリヤードとかもテーブル一体型の室内遊具だよね。子供向けの、室外で遊べる玩具を考えるのもいいかもしれない。この世界にまだないスポーツとか、広めたら儲かるんじゃないだろうか。サッカーくじみたいに賭けをするのだ。一応、この世界にも馬場競技はあるし、競馬みたいなものもある。戦士たちに戦わせて賭ける闘技もあるから、スポーツマンシップを謳った競技を提唱するのもいいかもしれない。考慮しておこう。
「何かまた、面白いことを考えてるね? スヴァンくん」
「えへへ」
 ここは笑ってごまかしておこう。ルクレーシャスさんとは、後で個別に悪巧みをすることにしておく。
「マウロさんには、もう少し詳しいお願いがありまして。さ、お二人ともどうぞお座りください」
「はい。伺います、スヴァンテ様」
 二人はぼくの向かいに座って、テーブル越しに身を乗り出した。ベッテが二人の前にティーカップを置いたがマウロさんは気づかないで真剣な面持ちだ。リナルドさんはぼくの書いた図面とにらめっこしている。
「『偉大な物語グロースゲシヒテ』の貴族向けは、十個だけ限定品を作ります。ルカ様のサイン入りです」
「限定、ですか」
「ええ。金額は同じで、ルカ様のサインが入ったものを先着で販売するんです」
「金額は同じで? ……! 話題作りと宣伝を兼ねている、のですね? やはりスヴァンテ様の発想は素晴らしい!」
 前世の知識だから、ぼくが賢い訳ではないんだよね。目を輝かせてメモをしているマウロさんを見ると罪悪感が半端ない。でも緊張は解けたようだ。初日は大分、緊張していたんだろうな。マウロさんとは長い付き合いをしたいから、できれば信頼関係をゆっくり築いて行きたい。
「そうです。それとは別に、皇王への献上品として特製の物をそれぞれ二つ、作っていただきたいのです」
「と、申しますと?」
 メモの手を止めて顔を上げたマウロさんに、眉を下げて見せる。
「皇王陛下用と、皇太子殿下用です。貴族向けよりさらに豪華な素材で製作していただけますか」
「ああ、皇太子殿下が床に転がって駄々を捏ねてたもんね……」
 ルクレーシャスさんがため息を吐いた。ため息を吐いた後、スティックパイを頬張ったのでそれ以上は喋れずもごもごしている。
「献上しないと、多分お拗ねになりますね……。ですので、献上品のコマ用の人形の青いもののみに王冠を被せてください。皇太子殿下専用です」
「皇太子殿下は、青がお好きなのですか?」
「ええ。いつも青いコマを選ばれるので、ぼくの作ったボードゲームでは青は皇太子殿下専用になっています……」
 そう。皇太子殿下はいたくボードゲームがお気に召したようで、皇太子用の様々な授業をサボってまで離宮へやって来てゲームをしていくのだ。おかげで皇太子殿下とラルクはすっかり仲良しである。商品化するなら自分に献上せよと昨日、床に転がって大暴れしたばかりだ。
「なんと! よいことを聞きました。謳い文句は『皇太子殿下もお気に入り』! これは売れますぞ!」
 マウロは飛び上がって揉み手をした。さすが商人、商機は見逃さない。
「それで、平民向けの木製ボードゲームの試作品から本採用が決まったら、貴族用は適当に高い材料で作成してください。ボード本体の素材は象牙とか、コマ用の人形を色違いの宝石で作るとかでいいんじゃないでしょうか」
「……そうですね、宝石職人にも声をかけます」
 適当になったぼくの口調に、マウロさんはメモを取る手を止め顔を上げた。気にせずさらに続ける。
「下らないけど、ゲーム内で使うコインを金や宝石で作るとかもいいと思います。貴族用の馬車をガラスや水晶で作ったり、馬を革張りにしたり、とりあえず平民向けと差別化を図ってください。でないと納得しない人が居るでしょうから」
「貴族って、見栄を張るのが好きだからねぇ」
 呆れたようにルクレーシャスさんが呟いたけど、スティックパイを口いっぱいに頬張っているから、もごもごとしか聞こえない。一方、マウロさんのメモをする手の速度は加速するばかりだ。情熱がすごい。
「まぁ、貴族向けは貴族の虚栄心さえ満たせそうなら木の板に大理石を貼り込むとかでもいいんですけど。その辺りは職人さんにお任せします。どちらかといえば、ぼくは平民にこそこの商品を手にして欲しいんです。今はまだ、理想ですけど。いつか平民もみんな読み書きができるようになって、このゲームで遊んでほしい。ぼくは、そう願っているんです。けど今はまだ無理でしょう。だから、少しでもこのゲームで読み書きや計算に興味を持ってもらえたらと思うんです」
「……その、何故だかお伺いしてもよろしいでしょうか、スヴァンテ様」
 マウロさんの疑問ににっこりと微笑む。それからゆっくり、頭を傾けた。
「ボードゲームの売り上げが貯まったら、孤児院を作ろうと思います。そこの子供たちには読み書きはもちろん、計算や色んな知識を教えようと思っています。そうすれば理不尽に搾取される子が減ります。人は国の宝です。民が居ない国でどれだけ王だ、貴族だとふんぞり返っても何の意味もありません。国民の知性が底上げされれば、国の力も底上げされます。これはそのための、第一歩なんです」
 滅ぼされ、民を取り上げられた王族の末裔が言うのだ。何より重い言葉だろう。
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