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咲く花月

第8話

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「それで、無給はありがたいのですがさすがに申し訳ないので出世払いというか、ぼくがお金を手にするまで待っていただきたいのですルカ様」
 もっもっもっ。向かいでぼくが作ったスコーンを口いっぱいに詰め込んで、ルクレーシャスさんはこくこくと頷いている。今日のスコーンは干しイチジクのスコーンだ。
 髪色を変える魔法をかけてもらってから数日が経った。ルクレーシャスさんはすっかり離宮の生活に慣れたようだ。行儀悪くミルクティーをごくごくと飲み干して、スコーンのカスが口の周りについたまま疑問を放つ。
「どうやってお金を?」
「新しい玩具を作ろうと思います」
 コモンルームの片隅で声が上がった。
「ああっ! なぜだ、なぜこのオレがまけるのだ! フローエ、もういちどだ! きさまも、オレがかつまでぬけることはゆるさん!」
 コモンルームの隅でいくつか貼り合わせた紙を床に置き、フローエ卿とラルクがゲームに興じている。紙にはマス目がたくさん書かれている。マス目の中には指示が書いてあって、サイコロを振ってマス目を進むようになっているのだ。そう、日本人なら誰でも知っているだろう、人生ゲームである。
「またか! またなのか! なぜオレだけへんなマスでとまる!」
 フローエ卿は困った表情で横柄に拳を振り上げた少年に対して大きな体を必死に縮めている。仕立てのいいきめ細かな刺繍の施されたジュストコールに身を包んだぼくと同じ年頃の金髪碧眼の少年。鶺鴒皇ヴェンデルヴェルトの息子で、この国の皇太子ジークフリード・ランド・デ・ランダである。
「あれ、かな?」
「はい。あれです」
 ぼくの目から見ると、ジークフリード皇太子の振ったサイコロへ妖精たちが吐息を吹きかけたり、足で蹴ったりして良くない目が出るようにしているのが分かる。ルクレーシャスさんにも見えているらしく、苦笑いしてからティースタンドへ手を伸ばす。
「いいね。子供にも大人にも受けそうだ」
 実は昨日の午後、皇王も含めてぼくが作ったボードゲームで遊んでいた。ルクレーシャスさんが離宮に滞在すると言い出したからだ。どうにか偉大なる魔法使いを政治的に皇国へ取り込もうと必死なのである。毎日のように皇宮で部屋を準備すると誘いに来るのだ。それくらい、ルクレーシャスさんの存在は大きいということだろう。
「ルクレーシャス様、これは我が子のジークフリードと申します。ジークフリード、挨拶なさい。偉大なる魔法使いであらせられる、ルクレーシャス・スタンレイ様だ」
「ジークフリード・ランド・デ・ランダであるぞ」
「ジッ、ジークフリードっ! ベステル・ヘクセ殿に失礼だろうっ!」
「構いませんよ。幼子などそんなものです」
「え……っと、皇王におかれましては本日もご機嫌麗しく益々ご健勝のこととお慶び申し上げます」
 気まずい。ジークフリード皇太子はね、普通の六歳児ですよ。そもそも皇族として我儘放題甘やかされて育った上に、この国で自分より身分が上の人間など父親しかいないのだ。身分の差を感じ取って相手によって態度を変えるなんて小賢しいこと、まだできないお年頃で当たり前である。ぼくはジークフリード皇太子の態度に青くなる皇王へ心の中で「どんまい」と呟いた。
「……ちちうえ……」
 ジークフリード皇太子が退屈を隠しもせず、父である皇王の袖を引っ張る。皇王は冷たい瞳で己の息子を睨み付けた。やめなさいよ。普通の六歳児ってそんなもんだよ。ぼくが特殊なんですよ。中身二十五歳成人男子だって言えたら楽なのに。
「退屈ですよね、皇太子殿下。あちらでぼくと遊びませんか。ぼくが作ったゲームがあるんですよ」
「げぇむ?」
「ええ。人生ゲームと言いまして」
 定番だよね。この世界、中世ヨーロッパをざっくり模しているらしくてチェスはあるけど、娯楽が少ない。今まで転生して来た人たちはゲームを作ったりしなかったらしい。いや、そんなに転生者がいなかったのかもしれないけど。
「ヴェン」
「はい、ベステル・ヘクセ殿」
「スヴァンテくんの作ったゲームをあなたもやってみるといいですよ。きっと驚く。この子の聡明さを思い知るよい機会になるでしょう。できればあなたの息子も、これくらい理解できるようになってからお連れなさい」
「……」
 つまり貴様の息子はダメだと言いました。興味ないです。次からもう連れて来んな。貴族的言い回しでそういうことです。にっこり微笑んだ顔が余計に怖いですルクレーシャスさん。
「それから、スヴァンくんの家庭教師はわたくしが引き受けるので他の者は断ってね。君の子とは多分、理解度も進み具合も違うから一緒に教えるのは無理だよ。スヴァンくんの邪魔にしかならない。今から嫌というほど思い知るだろうけど」
 ぼくでも分かる貴族的言い回しを、ルクレーシャスさんはさらに分かりやすく言い直した。皇王は深く頭を下げたまま固まっている。中身が成人男子のぼくはズルをしているようで居た堪れない。
「スヴァンくん、わたくしも混ぜてもらっていいかな」
「はい。ルカ様はどの色がいいですか?」
「これは全部、君が作ったんだよね?」
「はい」
「この人形も?」
「ええ。暇なので。いつもはラルクと一緒に遊んでいるんですが、時々皆さんが相手をしてくれるので少しずつ人形を増やしたんです」
 ルーレットも人形も、木彫りである。前世でハンドクラフト大好き手芸男子だったぼくは自分で言うのも何だが結構、手先が器用だ。ジークフリード皇太子は青い人形を握り締め、譲らないぞと暗に周囲へ訴えている。
「さぁ皇太子殿下。サイコロを振って、出た数字の分だけマスを進んでください。止まったマスに書かれた指示に従いながら、ゴールを目指すというゲームでございます」
「うむ。さいごはおうになるのか。ふけいではないか。おうはちちうえであるぞ」
「皇王陛下は皆の憧れ。尊敬する皇に、戯れの中だけでもなってみたいという小さな願いでございます。お許しいただけませんでしょうか」
「ふむ……ちちうえが、よいというならばゆるそう」
 勉強はしてないのに傲慢さだけは学んでいるようだ。その父上はぼくとルクレーシャスさんをちらりと見て、それから激しく頭を上下に揺らした。
「では、皇王陛下が黄色、ルカ様が赤、ぼくが緑、皇太子が青でよろしゅうございますね?」
「うむ」
「ああ……」
 皇王は既に顔色が悪い。これ以上、ジークフリード皇太子にこの世界の英雄であるルクレーシャスさんへ無礼を働かれても困る。しかし今さら黙れと自分の息子を連れて帰るわけにも行かぬからだろう。圧力と大人の事情に塗れたゲームスタートである。
「皇太子殿下、三マス進んでください」
「……なんとかいてあるのだ」
「ルーレットを回した分、お金を受け取れます」
 もう教育は始まっているだろうに、ジークフリード皇太子はマスに書いてある指示が読めないのである。一方、マスに書かれた細く拙い字は確実にぼくの書いたのものであると推測できる。子供の手って小さいし、力がないから思うように書けないんだよね。
 皇王はしきりに額の汗を拭っている。
「手に入れた土地から宝石の鉱脈が見つかった。ルーレットを回した分だけ利益を受け取る。おもしろいね、スヴァンくん」
「ゲームには夢がないといけませんから」
「るーれっととやらをまわしたぞ。それで、オレはいくらもらえる?」
 ルーレットの数字を見てぼくは木彫りのコインを四枚、ジークフリード皇太子へ渡した。
「四で止まりましたので、四百ヴァイツ受け取れますよ。皇太子」
「うむ。たいきんか?」
「うう~ん……四百ヴァイツですと、見つかったのは水晶が少々と言ったところでしょうか……」
「すいしょうとは、なんだ?」
「う~ん……よく、家紋を彫った印章やペーパーウェイトなどに使われるのですが……皇国は印章をあまり使わない文化なのでご存知ないかもしれませんね……」
 水晶は宝石の中でも比較的安価なもので、産出量も多い。ジークフリード皇太子は満足そうに頷いているが、たったこれだけの間に皇太子にはできていないことが多くあるのだが気づいているだろうか。
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