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咲く花月

第7話

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「ええ。だってこんな面白い子にここ五十年会ったことがないですもん。五歳でよくもまぁ、そんな昔話がすらすらと出てくるものです。面白いからわたくしが色々教えてあげましょう。そしたら君、もっと面白くなるかもしれないじゃないですか」
「……おもしろくならなかったら、どうするんですか」
「獣人族ってね、エルフに次ぐ長寿なんですよ」
「……はぁ。確か、五百年は生きるそうですね」
 ぼくが立ったまま答えると、ルクレーシャスさんは楽しそうに耳を激しくぱたぱたと動かした。
「わたくしなんてね、まだまだ二百二十六歳のひよっこなんですけどもね。それでも二百年も生きると飽きてきましてね。ここで君を二十年くらい見守ったって、わたくしにとって大した時間じゃないんですよね」
 それより面白いかもしれないことの方が大事ですよ。そう言って、ルクレーシャスさんは紅茶を一口含んで笑った。
「ではさっさと髪の色は変えてしまいましょう。そうだな、瞳も凡庸な鳶茶《とびちゃ》色に。利き手はどっち? ああ、右ですね。左手で右手の甲を二回叩いたら元の色に戻せるようにしておきますよ。大気の精霊、光の精霊、我がいとし子に祝福を与えん。変化《エンダァン》」
 杖を振りながら呪文を唱えると、幾重にも重なった魔法陣が空中に現れた。淡く金色に光っていてとても幻想的だ。その魔法陣が的を絞るみたいにある一点から広がり、ある一点へ集約されて行くと消えた。これこれ! こういうのを待ってました!
 ベッテが前もって準備してあったと思しき鏡を、ぼくへ差し出した。受け取って覗き込む。ふおおお。すごくすごい! 一瞬で完全に髪も目も色が変わったし、自然で違和感ゼロ。魔法バンザイ! ぼく大興奮!
 しかし妖精たちには不評なようで、ぼくの髪を引っ張っては何か抗議している。
「……ありがとうございます」
 これで少なくとも今すぐ反乱軍に利用されて死亡フラグ、なんてこともなくなったと思う。というかそう思いたい。
「それに君、すごく精霊や妖精に好かれてますね。精霊と妖精の加護がすごいんですよ、君怪我とか病気とかあまりしないでしょう。すごいなこれ……こんなに精霊と妖精が集まってるの、エルフの棲み処でも見たことがないです」
「ルクレーシャス様、精霊たちが見えるんですか!」
「うん。わたくし、精霊学の第一人者でもありますからね。それでもこれは……大変稀有な状況ですよ……やはり君は面白いですね、フリュクレフ公子」
 やったあ! やっぱ精霊とか妖精が見える人、いるんだね。とりあえずものすごく何らかの加護は貰っているらしいから、良しとする。
「スヴァンテとお呼びください、ルクレーシャス様。あなたは生ける伝説、世界にたった一人の勇者パーティーの生き残りなのです。王族さえあなたに敬意を払うというのに、幼子のぼくに謙《へりくだ》る必要がありますでしょうか」
 いやマジすごい人なんだよ、ルクレーシャス様。百年前この世界、エーゲルシアを魔王の侵攻から守った勇者一行の中で、現在まで生きているのはルクレーシャス様だけだ。勇者は人間だったし、魔王討伐の折に行方不明になったとか。他のパーティーメンバーも獣人より寿命の短い亜人種だった。ちなみにこの世界ではエルフはほぼ絶滅したとされており、寿命は二千年を越えると言われている。
「いやスヴァンテくん、君ほんと面白いですね。実は中身が大人だと言われた方が納得できます。聡明すぎる」
「……あはははは」
 中身は二十五歳成人男子ですから、とは言えずに笑ってごまかす。いつの間にかテラスへやって来たフレートがぼくを椅子へ戻してくれた。一人で上れないんだよね、五歳って手足短いね。
「貴族的な会話は抜きにしましょう。スヴァンテくん、精霊たちと会話はできますか?」
「できます。よくお菓子をねだられますよ」
「おお! アグレフリュード大陸史を紐解いても精霊と会話したという人は極僅かです。それも神託のように一方的に精霊からお告げをいただいたというのがほとんどで、日常会話をしたという人はいません。君は大変貴重な存在だと、自覚はありますか?」
「……そうなの、ですか?」
「そうです! 精霊は大変プライドが高く、その眷族である妖精も人間や亜人を嫌っているので君のように好かれているのは珍しい。というか、ここまで精霊たちに好意を持たれている人間をわたくしは見たことがありません」
 転生チートが全く備わってないと思ってました。こんな分かりにくいチート能力があっても、一体何に使えるというんだろう。生き残るため、せっかくのチート能力を何に活かせるかの糸口を掴むためにもルクレーシャスさんの「教師になる」という申し出はありがたい。
「これからぜひ、よろしくお願いします。ルクレーシャス様。お部屋を準備しておりますので、必要なものがありましたらこのフレートとベッテへお申し付けください」
 フレートとベッテが頭を下げる。二人へ目を向けながら、ルクレーシャスさんはティースタンドのスティックパイへと手を伸ばした。それね、実は最近で一番の自信作です。我ながら美味しく出来たんです。どうぞ、どうぞ。
「これからお世話になる身です。わたくしのことは、どうぞルカとお呼びください。あと、もう面倒なので敬語やめてもいいかな、スヴァンくん」
「ええ、どうぞ。ぼくも偉大なる魔法使い様に敬語を使われるのは気が引けます」
「他人行儀だとわたくしも図々しいことを言いづらいし精霊を見せてもらうにも気が引けるので」
「あははっ」
 面白い人だな、ルクレーシャスさん。好奇心の塊と言ったところか。よいしょ、とテーブルへ身を乗り出して手を差し出す。
「それではよろしくお願いします、ルカ様」
「こちらこそ。よろしくね、スヴァンくん。ヴェン……鶺鴒《せきれい》皇ヴェンデヴェルトにはわたくしから諸々伝えます」
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「ところでスヴァンくん」
「はい」
「このサクサクでほろほろで不思議なお菓子は何ていうの?」
 ぼくが作ったスティックパイを限界まで頬張り、ルクレーシャスさんは眼鏡のブリッジを押し上げた。
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