月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra38 漫画21話支援SS 森の異変

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 冒険者ギルドに所属する冒険者たちは本質的には常に命の危険に晒され続けているといえる。
 だが彼らが街を出て仕事をする時、いつもその緊張感の中でギリギリの命のせめぎ合いをしているかと問われれば答えは否だ。
 油断や驕りは論外としても冒険者に持ち込まれる依頼にもランクがあり、難易度はそれぞれに異なる。
 当然誰もが実力ギリギリの仕事を受け続けるものでもない。
 つまり。
 世界の冒険者でも屈指の実力を要求されるここツィーゲの冒険者であっても「稼げる」「楽な」部類の仕事は存在するのだ。
 実入りが格段に違う荒野の依頼であっても例外ではない。
 その一つがツィーゲから荒野に出てすぐ視界に収める事が出来る森についての依頼だった。
 森に至るまでのルートもそれなりに安全な道筋が確保されており、往復距離もベースに向かう程の事もない。
 目的地である森に到着してからも探索完了領域については跳びぬけて危険な存在なども今までのところ報告されていない。
 広大であるが故に未だ最奥までの踏破はされていないとはいえ、これだけでも荒野ではオアシスのような好条件だ。
 だというのにこの森はその上更に何種もの貴重な植物や樹木の存在が報告されている。
 鍛錬もでき、腕試しにもなり、その上収入も見込める。
 大勢の冒険者がこの森を目指し、仕事に鍛錬に金策に励んだのはいうまでもない。
 無論今も荒野の初心者や中堅どころが集まる有名な場所だ。
 名を、ここで採集できる最もポピュラーな素材であるティナラク草からティナラクの森という。
 その場所で今事件が起きている。
 ティナラクの森を目指した冒険者が戻らない、というのだ。
 初心者パーティが道中で、森で全滅するのは別にさした問題ではない。
 そりゃ身の程知らずだったね、と同情の欠片もない顔で言い捨てられるだけだろう。
 まだ荒野に足を踏み入れるだけの力がなかったのだと。
 だが金策目的の中堅クラスのパーティでさえ、丸ごと戻らないとなれば話は変わってくる。
 冒険者ギルドも「おや?」と思い始める。
 更にティナラクの森に関する依頼が殆ど全く達成されない状況が七日も続けば、これはもう立派な異常事態だった。
 ギルドはティナラクの森程度なら間違ってもしくじりなどあり得ない実力者を護衛として集めて学者の調査チームを結成、これを森に向かわせた。
 護衛、調査班と別れてはいるものの実質は数名の専門知識を有する魔術師と錬金術師三名と戦闘に特化した冒険者三名で構成された正真正銘の精鋭パーティだ。
 確かに急造ではあった。
 それでも戦闘特化組の三人は全員がツィーゲでトップ10に入るランカー。
 調査班も戦闘経験と研究実績をどちらも認められたフィールドワークに優れた学者たち。
 ギルドとしては万全の調査チームを送り出したつもりだった。

「雑魚そ泥が驕りまくって油断とかウケルー。別行動とか正気ー?」

「ザコソドロ……ザ・コソドロ?」

「うわ。雑魚とこそ泥をハイセンスに融合した私の造語が……いや以外と良いねザ・コソドロ。略してザコ? コソドロ?」

「エリス、融合が解けてるぞ」

「……マジだ」

 何やら緊張感のないやり取りを交わしながら地面に伏した冒険者を踏みつける小さな人影。
 会話の相手は対照的に長身で、同じく横たわっていた学者を無造作に蹴り飛ばした。
 人体と思えぬほど軽々とその身は吹っ飛んでいき、一際大きな樹木の根元にぶつかって止まる。
 見ればそこには他に二人、意識を失って折り重なるように倒れていた。
 この二人の、亜人の仕業だった。

「うーん。ラスト二匹はこっちに気付いたみたいだ。最近の連中はこれまでのこそ泥とは一味違うねい」

「この先はツィーゲとかいうヒューマンの街がある。冒険者どもの拠点だ。となれば奴らが好き勝手してきたこの森で奴らにとっての異常事態が起きているのだとようやく察知したんだろう」

 だから力のある冒険者がやってくるようになったのだと、長身の方が推測を述べる。

「参っちゃうよねー、私らが整えてきたこの森をこうも好き勝手荒らしてくれちゃうとさあ。森をここまで育てるのがどんだけ大変だと思ってんだか。あれかな、これだけの植生が勝手に気ままに奇跡チックにできたとでも思ってんのかな」

「ふん、ヒューマンどもは奪う事しか知らんのだろうさ。何せ女神に最も愛される世界の寵児様らしいからな、奴らは」

「あははー、そうなると私らは小作人ですかい。ヒューマン様の為に樹木を草木を育てましょってか。どんだけ頭お花畑だ」

「……それが嫌になってこんな辺鄙な場所に引きこもったんだろう、私たちのご先祖は。未だヒューマンと共存するエルフどもはどういうつもりか知らないが私は英断だと思う」

「うむうむ。アクアの真面目っぷりは相変わらずだ。ん?」

「どうしたエリス?」

 ほう、といった様子でやや芝居がかった笑みを浮かべながら森の一方向を見つめるエリスと呼ばれた亜人。
 
「残り二人、状況の判断も中々、やるもんですよ」

「?」

「仲間の救出よりも状況の報告を優先して逃げるつもり」

「……面倒な」

「いやいや、意外と優秀な判断だと思うね。……相手が私たちじゃなくて、ここが私たちの森じゃなければね」

「ふっ、その通りだ。動きの良いのは私が、エリスは」

「術師だか学者っぽい方ね。りょーかい」

 不敵な笑みを浮かべてアクアは弓を手に森を駆け出しエリスを振り返りもしない。
 一方のエリスも歌う様に何かの術の詠唱を始めながら手にした短い杖を器用にクルクルともてあそび腰に戻すと両手を頭の後ろで組んで歩きだした。
 ペン回しやバトントワリングを想起させるその動きが終わった頃には詠唱も終わっていた。

「まったく、しばらくぶりに戻って収穫をと思ったらこれだ。冒険者ってのは本当にどこにでも湧いて出てくるね。ほんと、めんどくさ」

 エリスがぼやきながら森をしばらく歩く。
 そう、ティナラクの森とツィーゲが呼んでいるこの森は。
 彼女たちの種族が長い時間をかけて育成してきた森であり、その植生は意図されたものだった。
 アクアとエリスの立場から見れば、ヒューマンは勝手に畑に踏み入って好き放題作物を奪っていく害虫でしかない。
 彼女たちを農家、ヒューマンを害虫とした時、その関係性はおのずと決まる。
 駆除を理想とする敵対。
 それに尽きる。

「大概が弱っちい雑魚ばっかでもさ、小賢しかったり、中にはかなり強いのもいたりさ、結局一匹見かけちゃうと冒険者ってのは本当に面倒くさいのさ。わかる? って、わかる訳ないかー」

 エリスが足を止めて上を見る。
 そこには奇怪に伸びた木の枝に絡め取られ宙に捕えられた男が一人。
 ヒューマンだった。
 歩き出す時に口ずさんでいた詠唱とバトントワリングチックな杖の動きから繰り出された術が、既に彼を捕えていた。
 付近に別の気配はなく、一緒に行動していたらしい相方は森からの脱出を第一に考えたらしい。
 捕縛された男だけが貧弱にもがいていた。

「お前が、お前たちがティナラクの森の異変に潜むモノか!」

「ティナラクの森? ……はぁー、力抜ける。ほんっとダルー」

「?」

「大体からして異変も何もそっちが害虫だって話。ここは私たち森鬼がずっと前から管理してきた薬草園、庭の一つだっての」

「なん……だと? こども? もりおに?」

 抵抗虚しく捕縛からの脱出が絶望的に望めない状況下。
 それでもヒューマンの学者は現れた亜人らしき相手に問いかけた。
 しかし彼女の風体も問いへの返答も予想外の内容であり、男は軽い混乱状態に陥った。

「……君の何倍も生きてるっての。まあいいや。君、錬金術師か薬師か学者ってとこだな。ちょいと聞きたい事がある」

「あ、ああ? 俺は魔法薬の材料になる植物専門の学者だ。アブ=ターナーという」

「名前なんて聞いてねっす。で、ツィーゲの冒険者どもはここをティナラクの森とか呼んでるの?」

「そう、だ」

「つまり君らの街から見てここに入り込んですぐ群生しているティナラク麻、いやティナラク草にちなんで?」

「ああ。まあここ、ティナラクの森はそれに限らず貴重な植生の宝庫だし、奥地にはきっと更なる貴重な素材も眠ってはいるだろうが……」

 男の答えにエリスが大きく深い溜息をもらした。
 明らかに失望を含んでいた。

「つまり君らにとってここはとても貴重な素材が好都合に大量に眠っている奇跡の森という訳だ? 植物学者のターナー君?」

 エリスが眠そうな目に半笑いを浮かべて植物に捕えられたままの学者を見上げた。

「神の奇跡だと。荒野に眠る宝の一つだと認識している」

「学者でこれとかマジ救えねーですよヒューマン」

 やれやれと両手を持ち上げて呟くエリス。

「なあ、君は話せる相手のようだから、そろそろ捕縛を解いてくれないか。誤解もあるかもしれない。だが話し合えば和解する事も妥協点を探る事も出来ると思う」

「ちっちっち。それは下手くそな古代語でこそこそ詠唱を組みながら言っても説得力がゼロだよ、ターナー君」

「っ!?」

「ちなみに荒野の滅茶苦茶な気候条件で森が存在する事そのものが既に奇跡的だよ。気候が安定してるスポットのは別にしてね」

「何?」

「ついでにこれだけ遷移が進んだ状態の森で陰樹と陽樹がこれだけ入り乱れて共存しつつ幾つもの有用な薬草や果実だけが繁茂するなんて好都合な状況、あると思う?」

「そ、それは……」

「あるわけねーだろ。私たちのご先祖が心血注いで実りを作り上げた森にお前たちは土足で入り込み、散々奪ったんだよ」

 一瞬、エリスの目に鋭く冷たい怒りが宿り、男を射抜く。
 本当に一瞬だけの事で、すぐに眠そうなこれまで通りのやる気のない目に戻ったが男は背筋に味わった事のない悪寒を感じた。

「ご、誤解だ。そもそも俺達はここが誰かの物だなんて知らなかったんだ!」

「だろーねー。だってここが何を育てる為の庭なのか、そもそもさっぱりわかってないし?」

「?」

「……ここは最奥に群生する紅蓮華を育て、守る為に全てを整えられた庭なのさ。ま、無知なら犯した罪が一切問われないなんて法は私たち森鬼にはない。罪は償ってもらう」

「くれないれんげ? いや、待て、待ってくれ! 罪を償うだと!? まさか、殺す気か!?」

 アブ=ターナーは先ほど感じた悪寒からエリスが口にした罪を償うという言葉に敏感に反応した。
 聞き覚えのない、だが貴重であろう植物についてより、今の彼にとっては自身の命の行方の方が気になる事案だった。
 荒野における失踪者の九割は死んでいるのだ。無理もない反応かもしれない。

「殺す? まっさか。そりゃもし紅蓮華に手を出してたら流石の私も何人かは殺っちゃうかもだけどー。ヒューマン“様”をみだりに殺したりしませんよっと」

「殺さない、のか? だが確かにこの森を目指した大勢が行方不明になって……」

「幸い肝心の物には手も出してないし、それに知らないでやっちゃったんだし? うんうん、ジョージョーシャクリョーの余地ありあり。これまでの無礼者どももね、大半“死んで”はいないよん」

「な。本当なのか!」

 随所に含みのある言い方をするエリスだが、男の方にそこを冷静に突く余裕がない。

「ヒューマンじゃないんだから嘘なんて必要な時にしか言いませんよ私ゃ。皆さんちょっと私ら森鬼のお仕事を手伝ってもらってるだけ」

「労働奉仕か、思ったよりも知性がある種族だな」

「……うん、森の一員としてしばらくの間ね。という訳でちょっと寝ててもらうよ。安心したまい、目が覚めたら君はもう現場にいるから」

「? ん、これは……眠りの……」

 ターナーは眠り、そして戒めを解かれる。
 しかしエリスが落下する彼の身体を受け止めるでもなく、鈍い音がして地面に落ちる光景をただ黙って見ていた。

「森鬼の子どものがまだ森を知ってるよ、自称学者。いい機会だ、森の遷移をその身で学べ」

 小さな森鬼が小さな杖をくるくる回す。
 すると草が蔓の如く伸びて男の体をみるみる簀巻きにしていった。
 
「おお、エリスも終わらせていたか」

 右手から聞こえた声に反応して顔を向けるエリス。
 相棒のアクアがそこにいた。
 無傷で、右肩に冒険者を担いでいる。

「……アクアやばーん。それ蜂の巣じゃん、生きてる?」

「死んでないとも。生きていないと意味がないからな」

 無数の矢傷を負った男がアクアに揺らされて微かにうめく。
 あくまで反射のようなもので、まともな意識はまだ戻っていない。
 ただ手酷くやられた事ははっきりとわかる。
 どうすればここまで大量の矢に貫かれるかという程の傷が生々しく物語っていた。

「だね。生きてりゃいい。じゃ、戻ろうか。今回は人数も多かったし待機組に運搬助けてもらお」

「ああ。師匠もお喜びになる。冒険者どもにも荒らした分は働いてもらわねばならないのだからな」

「いぐざくとりー」

 森鬼と名乗った褐色の肌の二人が森に溶ける様に消えていく。
 ティナラクの森の失踪事件は止まらない。
 ギルドの調査部隊までもその餌食にして、静かに冒険者達を食らい続けていく。

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