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extra55 亜空見聞録②エマ 海を臨むオーガ

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 私は今、海にいます。
 海辺で進められている都市建築の視察、であれば何の問題も無いのですが。
 蜃気楼都市近辺では蓮華の花が咲いています。
 休ませている畑や、野に、咲き誇っています。
 眺めて良し、食べて良し。
 私たちハイランドオークにとってはこの亜空に来た頃から目にしている親しみ深い草花の一つ。
 里山や森では白い花、ニセアカシアが咲いています。
 ブドウに似た房状の形に小さな花が沢山。
 私の父などはこの花の天ぷらが好物で、我々にとってこちらも馴染みある植物です。
 そして、このどちらからに共通する事がもう一つ。
 とても美味しい蜂蜜が獲れるのです。
 蜂蜜。
 その名の通り、蜜蜂が花を回って集めて作る物です。
 ですが、今回はまだ蜂蜜の収穫が思う様に進んでいません。
 理由は明白です。
 養蜂担当種族が、仕事をサボっているから。
 ふふ、ふふふふ。
 彼らに任せている仕事など、他の種族に比べて遥かに少ないというのに。
 その数少ない職務の一つでさえ、まともに働いてみせないとは……。
 ……。
 おのれら若様にお仕――!

 いけません、つい感情が制御を失いがちです。
 彼ら、亜空における問題児アルエレメラの事を考えるとつい……。
 若様は彼らの無責任さもザ・妖精らしさだと笑ってあまり厳しく叱ってくれません。
 更に奴らがつけ上がるのが、意志持つ大樹が住まう深き森の存在。
 あそこの樹々がまた妖精に甘い。
 彼らが受粉を一手に引き受けているからか、まるで孫を甘やかす祖父母の如き有様。
 ただ好き放題遊びまわって貪り食って気ままに踊ってるだけで、受粉を担っているなんて感覚はアルエレメラにはありません、と進言しても一週間もすれば元通り。
 若様も若様です。
 あれは楽観的とか無邪気とかじゃなく、傍若無人で身勝手というのです。
 
 海の街で僕らの知らないトゲトゲ花があるみたいだから見物してくるます。
 
 たった一行の下手くそな書置きだけ残して仕事をほったらかしていなくなるなんてありえません。
 海に行くなとは言いませんよ。
 どうせ向こうの皆様にご迷惑をおかけするだけでしょうから行って欲しいとも全く! 思いませんが、わざわざ全員で出向く事はないでしょう!?
 半分残して蜜蜂と蜜集めの仕事をすればいいじゃないですか!?
 そのくせ花が散ってしばらくもすれば蜂蜜酒ミードを寄越せと大挙してやってくる。
 ああ、もういっそ滅したい。
 わざわざ作った蜂蜜酒に蜂蜜と好みの果汁を加えて飲むならお酒じゃなくて蜂蜜ジュースでも作れば良いでしょうと何度言った事か。
 幾らでも製薬用のアルコールをそこに追加でぶちこんであげますから。
 ……。
 いけない。
 ここに奴ら、アルエレメラがいるかと思うと過去の記憶も蘇ってきて負の感情の連鎖が止まらなくなります。
 でもあんな奴らに若様の知識など本当に勿体なくて与えたくもな……く、ふふ、ふっふう。

「エマ様! 本当にアルエレメラを追ってこられたんですか?」

 港湾都市に入るとすぐに若様が亜空にお連れになった魔族、サリさんが私を出迎えてくれた。
 少し用事があって伺うけどお構いなく、と連絡しておいたのに律義な事。
 彼女はあまり蜃気楼都市に来ず、この街の管理と海の傍、海中に住む種族を取りまとめる手伝いをしています。
 ……いわば、海の街の私のような位置づけでしょうか。
 主に報告書を介したお付き合いではありますが、サリさんの真面目さや優秀さはとても好ましく、私としては今後魔族の住民が増える事になったとしても彼女を軸に上手くお付き合いできると思っています。
 ええ、あの羽虫どもよりは余程!

「サリさん。お構いなくと連絡しましたのに」

「いえ、そういう訳には。若様がお住まいになる街で側近として動いているエマ様に無礼な真似など出来ません」

「上下の関係より、ただお仲間として見て下さって良いんですよ?」

 若様もそれを望まれるでしょうし。
 同じ亜空に住まう者なのですから。

「だとしても、エマ様は私にとって偉大な先輩ですので」

「……わかりました。おいおいという事で」

「はい。今日は、街の視察もなさいますか?」

「いいえ。あのサボり魔どもをかき集めたら戻ります。あれらが目を付けた珍しい花というのは、どこに?」

「……あー」

「サリさん?」

「もうそちらの見学は終えられたようで、皆さん」

「口実か、あの羽虫どもぉ!」

 他に何かお目当てがあったけど、私には言いにくかったとか、そういう!
 子ども!
 もう本当に子ども!

「エ、エマ様?」

「どうしました、サリ様! それにエマ様も!」

 ……やってしまいました。
 つい口から本音が。
 亜空における一番の問題児です、あの連中は。
 ライムが酔った時にヒューマンもここで暮らせないかとこぼしてましたが、正直、私としましてはアルエレメラを追放して代わりに誰でも良いから亜空に入居してもらいたいくらいです。
 お決めになった若様にはもう本当に申し訳なくて、とても面と向かっては言えないです。
 これまで何度も何度も調教おせっきょうして正しい道を示してきたのに。
 どうしてあの羽虫どもは何も、学ばないの!
 ハイランドオークの幼児だってもう少しまともですよ!

「いえ、何でもないんです。少し別件で。驚かせてしまって、失礼しました」
 
 駆け付けたローレライの女性に弁明する。
 もう、早く見つけて帰ろう。
 帰ったら、あいつらをぶち込んで少し休みましょう。

「本当、でしょうか?」

「はい? もちろん……?」

「実は我々に街作りなど大それた事は任せておけないと、そう思われて視察に来られたのでは!?」

「何でそんな話になるんです。皆さんの仕事ぶりは若様だっていつも褒めてらっしゃいますよ?」

 本当に、何ででしょう。

「で、でも! エマ様はいつも口元だけ笑ってて頭では新しい拷問やきつい仕事を考え続けてるって」

「……え?」

「先ほど蜃気楼都市から見えた方々がエマ様を信じるな、あれは魔女だって。埋められて食べられて騙されるぞって」

 凄く、怯えているローレライの女性。
 きつい仕事。
 魔女。
 ほほー。
 内容を聞いただけで誰が言いふらしているのか、くっきりと頭に浮かびました。
 ローレライの皆さんは優秀だし穏やかだし、団体での行動も他種族との協調もばっちりな素晴らしき海の民なのですが、ちょっとした欠点が一つ。
 彼らは少しばかり、ネガティブなんです。
 ことある事に相応しい徴税を、と重税を望んだり、今の恵まれ過ぎた環境はいつ終わるのかを危惧したり。
 最悪に備える性格といえば聞こえは良いんですけど……。
 ええ、まあそれはひとまず置いておきましょう。
 よっこいしょ。
 問題は別ですね。
 彼女らにわざわざネガティブな事を吹き込んだ、本人たちはドポジティブな大馬鹿どもです。
 もう、今期は連れ帰ったら蜂蜜と一緒に漬けてやる。
 一回蜂蜜酒になって生まれ変わってきなさい。
 何なんですか! 猟奇的な順番の悪口まで追加して!

「先日も海王の方から報告を上げてもらいましたが港湾都市、仮称海の街は大変順調だと思います。若様の従者たる環様も見学されて感心しきりでした。どうか自信を持ってください」

「ほ、本当でしょうか?」

「ええ。本当です。ところで、こちらの街からお邪魔しているアルエレメラ。今はどちらに?」

「あ、彼らなら。海岸から少し離れた所でアロエの観察と花の味見をされて、今は市場で味付け海苔を皆さんで凄い勢いで食べてらっしゃいます」

「そう、ありがとうございます」

 心底からの笑顔が内からにじみ出てくる。
 自然と出たお礼を残して私は魔術を発動させた。
 
「サリさん、それでは私、急ぎますから。視察や会議はまた今度、という事で」

「あ、お疲れ様でしたー!」

 サリさんの声を背で聞きながら。
 私の身体は地面から少し浮き、かなりの速度で市場に突入する。
 走るだなんてまだるっこしい。
 地理は頭に入っているのだから、ホバー状態で高速移動すれば逃げられる事もなく奴らと接敵できます。
 いた。
 ラムレーズンをしゃぶりながら海苔を千切っては口に運ぶ悪食あくじきどもが。
 最早何度使ったかわからない大量捕獲の魔術を無詠唱で発動。
 背が高く、だが天板は小さな特殊なテーブルごと私の術はアルエレメラを捕えた。
 鳥かご状の光の檻が彼らを一か所に押し込める。
 良し!

「つーかーまーえーたー!」

『エマがでたー!!』

 鬼ですか、私は!
 いえ鬼ですね。
 自覚はあります。
 今だけハイランドオーガとして暴れてみてもいいかしら、なんて思ってます。

「蜜蜂の動きが妙に悪いと思ったら、あらあら羽虫の皆さんじゃないですか。ここで何を?」

 全部わかっていますが、言わずにはおれません。

「ぎゃー早過ぎる!」

「明日から本気出すっていつも言ってるじゃないか!」

「狭い、狭いぞエマー!」

「鳥かごは嫌ー!」

「アロアロ……痛い!」

 そして誰一人質問には答えません。
 ええ、通常運転です。
 私がオーガになるのも致し方ないとご理解いただけることでしょう。

「まず海苔を貪るのをやめなさい!!」

「アロエを調べに来たホーシューだぞ!」

「海にも美味い草があるんだぞエマ!」

「新たな蜂蜜のたんきゅーだぞエマ!」

「たいじゅのじーさんたちはいってらっしゃいってみおくりしてくれたんだぞ!」

 頭がくらくらしてきます。
 わがまま放題で育った孫を更に甘やかす大樹おじいちゃんたちの所為でこんなザマですよ!
 言っておきますが第三者から見たら孫どころかただの公害ですからね!?

「……ボスはどこに隠れてるの。出しなさい」

『お、王様ー!!』

 私の雰囲気の変化を敏感に察知した小賢しい羽虫どもがボス猿をもみくちゃな中から私の前に押し出す。

「ボスじゃなくて王と呼んでよエマ!!」

亜空ここで、王を名乗るなと、何度言えばわかるんじゃ……!! わかるの!!」

「僕らは森の守り手アル」

「シャーラップ!」

「っ!!」

「海苔、終わり。アロエ、報告。採蜜オア蜂蜜酒ミード。どっち!?」

「よくわかんないけど怒るなエマ! 僕たちは海苔も気に入ったから持って帰る! アロエは多肉植物で沢山の薬効が期待できる結構凄い草だった! でもトゲトゲでモサモサだから僕らじゃないと面倒はみられないかも! 花の方は頑張ったら蜂蜜に出来そうな感じ! あっちの街の薬草園でもばっちり育ちそう! 採蜜は戻ったらやる! 蜂蜜酒は欲しい!」

「また都合よく選択も歪めて……悪ガキの典型ですね、いつもながら! アロエについては有益な報告ありがとうございます!!」

 専門家を語るだけあって植物、特に果実や花についてのアルエレメラの知識は凄まじい。
 森鬼すら舌を巻く事がある程です。
 ちなみに亜空で植物に関する専門家を集めるとアルエレメラと森鬼のエリスが加わるのですが……私はあのミーティングには二度と参加したくありません。
 高度な知識を事前に予習していかないと話についていけない上に常時おちょくられているかのようなあのストレスフルな場を思い出すだけで……!!

「でも若様は僕らが微笑ましいんだ! へへーん! ちゃんと報告したのに怒り過ぎ! 怒り虫だなエマ!」

「……報連相はちゃんとしなさいと、言いましたね? たった一行だけ要解読のド下手な文章残しただけじゃないですか!」

 虫。
 なんでこの連中に虫とか言われるんですか、私。
 な、泣きたいです。

「ほーれんそー?」

「覚えて……ますよね?」

 ねえ!

「……。当たり前だエマ! 報告ほーこく!」

「ええ」

練乳れんにゅー!」

「は?」

逃走とーそー!」

「……」

『狭い狭い狭いたーい!!』

 あら、カゴが少しだけ締まっちゃっいました。
 うっかりしちゃいました。
 そうだ、折角海の市場に来たのだもの。
 干物に甲殻類、魚卵。
 色々と見て回ってお土産にしましょ。
 
 夜。
 若様にそれとなくご報告差し上げたのですが。
 従者の皆様とご一緒に大笑いなさって。
 彼ら、報告は覚えたんだ、って。
 それと調べたら厨房の練乳がごっそりと減っていました。
 私とアルエレメラかれらとの闘いは、まだ終わりが見えません。
 もうどうしたら、と頭痛を抱えながら熟考していたところ、やはりあの方、若様が素晴らしいモノをお持ちになって下さったのです!
 それは、梅酒。
 甘くて美味しい、度数は高めのお酒です。
 琥珀色の、漬けた梅が底に沈んだトロみの化身。
 アルエレメラ、好きそうじゃない?
 若様はそう仰って私にそれをお預けになった。
 底に沈んだ梅の実が、私に強烈な閃きをくれました。

「らむ、れーずん。もしかしたら」

 度数の高い洋酒でじっくりと漬けられている。
 あいつらのボスを呼び出して、高価な小皿に高級そうな包装で演出した梅一粒。

「蜂蜜作り、ご苦労様でした。ところで、これは偶然に出来上がった貴重な梅の実ですが」

「フンフン……凄く、良い香りがする!」

「ご褒美です。どうぞ。貴重なものですから王様だけですよ」

 食べなさい。
 そして堕ちなさい。
 堕ちろ。

「ラムレーズンより大きい!!」

「……」

「お、美味しいぞーーーー!!!!」

 やった!!
 我を忘れて酒に漬けた梅の実を抱え込みながら食らうボス猿。
 ……やりました。
 とうとう。
 
「それは良かったです。また頑張ったらその内にあげますからね。それは梅酒を作る時に出来る梅の実なんですよ」

「……ウメシュ?」

「そう。果実を漬け込んで作るお酒です。甘くて美味しいんです。ほら、ここに少しだけあります」

「甘い、美味しい!」

 飲んでいいという前に……我慢我慢。
 トロっとした液体の入ったお猪口ちょこはあっという間に空になります。
 無駄に酒豪なんだから。

「ええ、ええ」

「蜂蜜酒よりずっと美味しい!! エマが親切なのも信じられない!!」

 教えてあげますよ。
 ……ここまではね。
 決めました。
 亜空ではブランデーなど洋酒を用いた梅酒醸造は極秘に行うものとします。
 あっさりさっぱり系のは酒場に普通に提供しましょう。
 多分彼ら、特にこの味を知ったボス猿は満足できないでしょうけど。
 変に五月蠅いですからね、味には。
 ラムレーズンを知った時にこいつらも相当なものでした。
 識様がバニラと合わせるとか何とか、大量に作らせるから。
 でもついにアルエレメラの弱み、胃袋をつかんでやりました。
 しばらくはこれできっちり仕事に精を出してもらいますからね。
 練乳とか逃走とか、二度と言えないくらいには。
 ……。
 またの機会には、潮風を感じに海の街に行きたいものです。若様たちと一緒に。
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