上 下
22 / 70

extra22 その頃……④

しおりを挟む

 スサノオは苛立っていた。
 当然だ。
 格下の世界にわざわざ訪れて、そこの女神に正式に会う約束を取り付けたというのに、のらりくらりとかわされているからだ。
 同行している二柱の神がいなければもう暴れだしていたかもしれない。
 ほかならぬ兄神、月読の頼みだから礼節を辛うじて守っている状態である。

「少しは落ち着いたらどうじゃ、ほれ、お主も一局付き合わんか?」

「大黒の、あんたはムカつかねえのか? あんな小娘が、なんで俺たちをこうも待たせるのかってな」

「やらかした事を必死に親から隠そうとする子ども、そう思って待つほかあるまいよ」

 どこから出したのか碁盤の前に座って黒石を弄ぶ翁。
 大黒天。
 力ある神だ。
 その昔の荒ぶりようは、今の彼からは想像もつかないがスサノオよりも酷い。

「アテナ、お前はどう思ってんだよ」

「待たせれば待たせるだけ酷い目に遭うというのに、馬鹿な子だなと思います」

「お、おお」

 冗談など微塵も感じさせない真面目な口調で。見惚れるような美しい姿勢で椅子に腰掛けた若い女性が顔だけスサノオの方に向けて応じる。
 アテナ。
 武装した状態で描かれる事が多い彼女は当然軍神としての性格を持っている。
 流石に大黒天、スサノオと比べればその神格と実力は下であるものの、軍神である彼女が口にする酷い目、という言葉には本気しか窺えず、話を振ったスサノオも不覚にも冷や汗を流した。
 その逸話には残酷なものが少なからず含まれるだけに整った顔に浮かぶ笑みは恐ろしい。

「お待ち下さい、お待ち下さい、ってまあ機械みたいに繰り返し繰り返し召使い共が。爺さんみたいに碁なんぞ打つ気もせんし、怒りだけが溜まっていくぜ」

「ほっほ……まだまだ若いのう……」

「では、波長が合う者を探してみては如何ですか? スサノオ殿」

 アテナがスサノオに提案する。

「波長? ああ、そいつの目を通じてあの女神の世界を眺めるって事か? なるほど、アテナ、お前それで暇を潰してたのか」

 静かに座って特に何をするでもなく時を過ごすアテナのしていた事をスサノオが指摘する。

「ええ。私も退屈はあまり好きではありませんから。ちょうど、良く波長の合う者を見つけましたので、その者から世界と、くだんの少年を見ております」

「っ!? なにい!? それって深澄みすみまことか!?」

「はい。運良く彼の近くにいる者と良く馴染みましたので、彼女の視界から真少年を観察して楽しんでいます。驚きました、あの子の世界を見ていたらまさか真少年を見る事まで出来るとは。最初は文化をあまり感じない場所だったのでハズレかとも思いましたが」

「なんて運が良い奴なんだ。日頃の行いが良い奴はこんな特典があるのか……」

「なんじゃ、真の事か? この間はあの坊、湖なんぞ作ったらしいのう」

「ええ、面白い子です。しかもその事にまだ本人は気付いていません。あのしんとかいう竜、中々の腕です」

 アテナとスサノオの会話に大黒天も加わって来た。
 しかも彼まで、ここにいる三人が関心を持っている少年、深澄真の近況を知っているようだった。
 楽しげに話す同行者の様子に疎外感を感じるスサノオ。
 アテナの褒める蜃こと真の従者巴の“腕”、それが戦いの力ではない事は彼女の口振りから事情を知らないスサノオにもわかった。
 流石に彼が顔をひくつかせる。

「ちょ、ちょっと待て。なんで大黒の爺さんまで知ってるんだ!?」

「そりゃあ、アテナの嬢ちゃんが波長を馴染ませておる者に、儂も上手く乗れたからじゃ。あれは良いの才がある娘じゃな」

「イジメか、これは新手のイジメかお前ら」

「本当に偶然でしたものね、大黒様」

「なあ、嬢ちゃん」

「く~、納得いかん! いかんが、暇つぶしには最高だ。認めよう。よし、その巫の娘を俺にも教えろ! あの馬鹿が出てくる前に俺も真を見たい!」

「仕方ありませんね。でも貴方までは波長を合わせられるとは限りませんので、そこはわかってくださいね」

「わかった、わかったから!」

「では。この娘です」

「ん、人間、いやヒューマンか、じゃないんだな。エルフの原型?」

「じゃな」

「ですね、ここでは森鬼と呼ばれているみたいです」

「で、このちっこいのか。大黒の爺さんみたいな節操ない破壊神でいけるんだ、この俺がいけない訳がない。っと、波長を、確かに受容エリアが広い娘だな。ぬお、なんと!?」

「……駄目みたいですね」

「やれやれ、運の悪い男じゃ。真の不運が伝染しとるんじゃないか?」

「馬鹿な! 俺はまだ見てもいないのにそんな事あるか! 何故だ、何故見れん! ぬあああああ、こうなったら誰でも良い、アテナ! 真を見れそうな奴を片っ端から教えろ! 誰かは俺とも合う筈だぁぁ!!」

 スサノオはどうやらアテナと大黒天が上手く波長を合わせてその周囲を見る事が出来た真に近しい者、森鬼の娘と合わなかったようだ。
 彼は本当に片っ端から関係者を漁って自らと馴染む者を探して挑戦を続ける。

「あの娘、かなりの素質ある巫だというのに……。色々と教えてあげるのも面白いし、それで怖がる真少年を見るのもまた楽しい。掘り出し物ね。名前も私の知り合いと同じだし。ふふ、エリス、聞こえますね。良いですか今日は魔法少女なる因果律さえ超える存在と、私に仕えているらしい聖なる闘士について教えてあげましょう……その少年に良く仕えるお前への褒美です」

 アテナはスサノオの奮闘を他所に、エリスの夢にメッセージを届ける。
 神からの託宣を受けたりする感受性の高い巫女に対してなら、波長の合う神は夢に関わる力がなくてもこのような事が出来る。
 不思議電波の森鬼、エリス。
 彼女はあろうことか原初の世界から来訪した神の波長を受け入れられた逸材であった。
 異なる世界の神の言葉を聞ける。
 それは巫女としては破格とも言える性能だ。
 精霊の声が聞けるとか、あまり場所を選ばずに女神と交信出来るとか、そんなちゃちな力ではない。
 どの位凄いかと言えば、凄すぎて誰にも理解されずに残念な子扱いされてしまう位に凄い事なのだ。
 残念ながらヒューマンではない上にこの世界の女神とは波長が合わなかったエリスが、巫女として覚醒する機会は今後もなく、彼女は特殊な存在のままだが、とにかく凄いのである。
 アテナのとんでも現代知識は今後もエリスを通じて真を悩ませていくだろう。

「ほう、アテナの嬢ちゃんは今回は“あにめ”でいくか。なら儂は……そうじゃな、また漢字でも少し教えてやるとするかのう。お勉強じゃ。なんにせよ、これで少し静かになるか。しかし、困った女神じゃなあ」

 大黒天は若い二柱の神がなにやらしているのを見て呆れた顔を見せる。
 後で真を見て、エリスにも何やら教える気でいるようだが、アテナとスサノオの話には加わらず背を向けて碁盤の前に戻った。
 が。
 一瞬の後その表情は怒気をはらみ、殺気すら感じさせる凄みをまとった。

「原初の世界から人間を流入させればその世界には確率の混乱と爆発的な平行世界が誕生するのは必至。人間とは可能性の化物なんじゃからのう。そして無限に枝分かれせんとする平行世界の管理と消滅は……にわか創造神のお前の仕事では無い。それは……破壊を司る神の仕事ぞ」

 パチンと。
 大黒天が座して碁盤に石を打つ。
 打たれた石は何やら震え、そして打たれた一点に小さな破裂音を生んで静かになった。
 それは一つの平行世界の事実上の消滅。
 分岐した世界の未来を消滅させ、分岐する前の世界、本来あるべき世界の進む未来により合わせ合流させる行為。
 非常に高度な破壊神の御技みわざだった。

「こんな風にのう。よもや平行世界の消滅までやりだすとは……きつい灸程度では許してやれなくなったのう。然るべき連絡の後に破壊神の派遣を受けるのが当然の筋じゃろうに、愚かな事よ。本来ある世界への帰結、スサノオに付き合って、まさか出先の世界で昔の仕事をする事になろうとは」

 細い目が僅かにあがり、鋭い眼光が漏れる。

「勇者たる二人の人間が可能性を広げ、本道たる世界の未来を不確かにする。果たして真がそのくさびとなれるのか。なれねば……ちと荒療治が必要かもしれぬか」

 大黒天が黒石を打つ度に同じ現象が起こり、小さな音がし続ける。
 スサノオとアテナは気付いていない。
 大黒天が女神が奔走している平行世界の処理を、彼女にすら知られずに手伝っている事を。
 その原因は人間、つまり真を除く音無響おとなしひびき岩橋智樹いわはしともきらしかった。
 碁石を打つ翁が言った、くさびという言葉。
 その意味する内容は、遂に大黒天の口から漏れる事は無かった。
 女神との接触を果たせぬ三柱の神はそれぞれに時を過ごしていく。
 
「……こんな糞みたいな世界には俺と波長が合うような上等な奴はいねえ。ああ、そうだとも。あの女神、今度もう少しお待ち下さいとか使いの奴に言わせやがったら、力ずくで押し通る! もう我慢の限界だ! 早く来い、早く来てもう少しお待ち下さいって言ええええええ!!」

 スサノオの悔しげな言葉が怒りとともに吐かれたのは、それからしばし後の事だった。
しおりを挟む
感想 374

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...