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extra10 あのころ現代①

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これは真に訪れるXデーの一年前、彼が高校に入学した年のこと。

深澄真は多趣味だ。弓道弓術は言うに及ばず、読書、映画、園芸、時代劇にゲーム。中には飽きたものや向かないものもあって今は手をつけていない趣味の本も数多くある。

彼は雑学が好きで様々な知識を知りたがる。その結果が多趣味であり、無駄にコアな知識の獲得にも繋がっている。時期が変われば比重も変わる真の趣味。それでも不動の一位は時代劇鑑賞。弓関係は彼にとって趣味の域を超えだしているので殿堂入りとして別枠に数えておく。あまりにも好きで、彼は日本史の授業で学びもしないような江戸の知識を豊富に蓄え、この時代を範囲とするテストでは他者の追随を許さない。別の時代を取り上げると、勉強を怠ればあっさり平均点に戻るが。

そんな彼の高校一年の初夏に始めた趣味の一つ。それはオンラインゲームと呼ばれるパソコンを使って遊ぶ多人数が同時に参加するゲームだ。切っ掛けは友人に誘われて、何気なく家に自分用のパソコンがあったことから始めた真だが友人とリアルタイムで話しながらプレイするゲームは新鮮で、言うまでもなく楽しかった。誘ってくれた友人達程のめりこむことはなかったものの、週に何度かはゲームにインして狩りを楽しんだりチャットで盛り上がったりしていた。

この日も真は夕食を終え、約束した場所に皆で集まり目的のフィールドまで移動するとパーティで狩りを楽しんでいた。

彼の職業は格闘家。それも系統で最高のクラスである。レベルもそこそこに高い。もっとも、これは廃人よろしくにこのゲームにドハマリしている友人二人に引っ張りまわされた結果上がったレベルで、彼自身のプレイヤースキルは大して高くない。事実、ある程度の操作が求められる敵を集めてきて耐える壁役と全体の支援と回復を行うヒーラーは、真を誘った二人の友人が務めていた。本来の真の職業的役割は攻撃的支援と対単体用大火力であることを考えると、中衛で範囲攻撃スキルを放つこの日の彼の役割は残念な立ち位置だといえる。二人の友人のレベルは既にカンストしており、真ともう一人のキャラの育成の為に狩りを行っているのが傍目にわかる。

四人でパーティを組み、狩りを行っている彼らの最後の一人は真の部活動の友人で息吹正宗という。真は一応ゲームを始めるときに部のメンバーにも声を掛けたが、パソコンを持っていて尚且つゲームをやる人間は彼しかいなかった。だから息吹と真は同時にゲームを始めた初心者同士であった。だが息吹という男は普通の人と一味も二味も違った。この頃から、彼は週末は日替わりでデートを繰り返す忙しい身の上だった。性格以外は結構凄いレベルで整っている息吹だったから、すぐに注目されとても充実した高校生活を送っていた。真に声を掛けた二人の友人は、真から息吹もゲームをやると聞いた時には耳を疑ったものだ。

『リア充は死ねば良い』

真が苦笑するしか無い言葉を血涙が見えそうな表情で絞り出していた。ではどうして自分が誘われたのか。後日悩む真がいるのだが、それはそれ。

実際、息吹は真よりもゲームに接続する時間は少なかった。それでも、システムの要求する直感的な操作には真よりも高い適正があったのか、元々センスがあるのかは不明だが前衛で回避しながら攻撃する職に馴染むとめきめき実力を付けていき真はプレイヤースキルの面でさくっと彼に抜かれることになる。廃人二人の養殖とも言えそうな強引なレベリングもあり、キャラのレベルも高い。

今は不意にポップする敵を瞬殺する遊撃役として仕事をしている。

「イブキ氏、相変わらず恐ろしい強さですな」

カンストヒーラーのメンバー、昼猫ひるねこが呆れたようにスカイプで話す。

「イブキ君は異常、はっきり言ってPvPで会いたく無いね」

もう一人のカンスト、大量の敵を抱える騎士の夜猫よるねこが追随する。この二人は色んなゲームで同じ名前を使いゲームに接続している。廃人でもそれなりに知られた存在だ。真や息吹と違って彼らは全力でこのゲームをプレイしているのだから知名度があがるのは彼らにとって好ましいことだ。

その二人が呆れるように呟く息吹のキャラクターの強さは、成る程凄まじい。狩場に到着してからまだ一発も被弾していない。秒間七回程度の高速攻撃もあって接敵時間は一秒未満。このゲームの仕様で不可避となるクリティカル攻撃が発生した際も、職業のスキルでカウンターを取ってしまっている。後者の迎撃は息吹本人の実力だが、回避や攻撃速度には秘密がある。彼の、人とは一味違う部分がそれだ。

息吹正宗の家はとてもとても裕福だった。そして大概のゲームで存在するプレイを有利に運ぶ為の課金アイテム。予想はつくだろう。彼は湯水のように課金アイテムをフル使用し、尚且つ週毎に中身の変わるガチャにも手を出し、最高等級のアイテムが揃うまで引き続けた。入手には物凄く労力のかかるはずの貴重なレアアイテム、何十人で挑まないと倒せないボスのレアドロップ、さらにはPvPと呼ばれる対人戦で何勝も何勝もしないと手に入らないレアスキル習得アイテムまで文字通りお金の力で必要な物を手に入れた。ピークを過ぎたゲームで運営も放出しすぎな位レアアイテムもガチャに入れたとはいえこれはあまりにもひどい。さらにラインナップに無かったアイテムも課金の過程でダブったアイテムをゲーム内で売却し、そのお金で購入。彼のキャラクターの装備はまさしく黄金色である。

「そっか?でも時間無い奴はこうやってショートカットしても良いってゲームなんだろ?」

当の息吹は課金アイテムを”こうやって”の一言で済ます。実際、一対一のガチンコ勝負で戦えば四人で最強なのは息吹である。対人戦の癖のようなものを学ぶまで数回は負けるかもしれないがその後は全勝することだろう。彼は飲み込みが早い。

「……つくづく、僕が最弱だと痛感するよ」

「いやいや、マコトは同時期に始めた人の中ではトップクラスのレベルっしょ」

「イブキ氏を基準にしてはいかん」

昼夜の両猫が真をフォローする。始めて二ヶ月そこそこで自分たちと並びそうな息吹が異常なのだと。何百万注ぎこんだのか二人は知らないが、ただただお金の力を思い知っていた。あれだけやると掛けた時間とか関係なくなるんだ、くらいに悟っていた。ちなみに二人は基本無料のこのゲームに、たまにガチャに課金する程度だが、最高等級のアイテムなど出た事が無い。正直、彼らはS賞やA賞のアイテムが出るのは都市伝説だと思っていた。

「お、レベルアップだ」

「僕もだ」

『おめー』

真に息吹。二人がレベルが上がった事を報告する。かけられるネット特有の祝福の言葉。

「んじゃ帰るっす」

「賛成、そろそろボスが湧く時間だから溜まり場に戻るでござる」

廃人たちの言葉でこの日の狩りは終わる。はずだった。

「ん?何だ?えらい数の敵が来るぞ?」

「ほんとだ」

息吹が画面端の敵の大群を見て後退しながら疑問を述べる。明らかに何かに引き連れられているのに、そのナニカの姿が無い。

「ここ、PKオッケーなマップだから装備狙いでMPKする馬鹿がたまに出るって聞いたことあるっす」

「ああやってモブで轢き殺して、生き残りそうなら自分で追撃も入れるつもりじゃない?」

廃人たちには起こっている現象の正体がわかっているようで、焦った風も無い。

「轢かれるって気分悪いんだけど?ってかそんな危ないマップだったのか、ここ」

真のもっともな意見が出る。悪意あるPKで殺されて装備品を奪われるのは面白くない。そして危険度マックスなフィールドに平然と連れてこられたことに呆れる。

「まあ、懲らしめますか。昼にゃん、よろしく」

「あいよ~最後は任せたよ夜にゃん」

ヒーラーの昼猫がまずパーティメンバー以外に侵入できない結界を張る。次いでモブ敵の群れに対して囲うように移動不可の壁を出現させるスキルを展開。あっという間だ。さらに騎士の夜猫が画面に大きな盾のエフェクトを出現させてナニカのスキルを使う。

あっという間の早業だった。

待つことしばし。

姿を消すスキルの効果が尽きたのか一人のプレイヤーキャラが姿を現す。

「お、やっぱクロークだったか~。隠れてトレインして反射スクロールで被ダメ無くして人轢き殺すなんて駄目だぞ~」

「南無南無」

現れた瞬間に反射の効果も切れていたのか、画面に一気にダメージを示す赤い数字が血飛沫の様に噴出す。回復アイテムを叩く光も見えるが数秒で死んでしまった。袋叩きもよいところである。夜猫の言葉は少し早いキャラクターの死亡を悼む言葉だったようだ。多分に嘲りも見えるが。

死亡と同時に数々のアイテムがばら撒かれる。装備品のようだ。

「ざけんなPKしてんじゃねえよ、おこせや」

死んだキャラクターから台詞が出る。PK、プレイヤーキル。ゲームの中での人殺しだ。

真と息吹は相手の不可思議で理不尽な言動に言葉をなくしていた。二人はまだこの手の輩に遭遇したことが無かったから未知の存在に遭遇した気分だった。

「ウケル。俺らがしたのはPKKだし」

PKKは人殺しを殺すこと。だから正義の味方というわけでもない。

「そそ。ってか起こして良いなら起こすし」

昼猫は蘇生のスキルを使って死んだキャラを起こす。当然のことだが、一瞬で転びなおすだけである。HP1で復活させられても敵の群れにいたら即死なのは当たり前だ。二人はこういう手合いに慣れているのかごく普通に会話していた。

「おい!倒してから起こせよ!デスペナ分貢げ!」

再度大量のアイテムをばら撒いたプレイヤーキラーの男キャラが公開チャットで喚く。猫コンビはふざけたエモーションを出して遊んでいる。デスペナとはキャラクターの死亡時に科せられる不利益のこと。このゲームでは経験値とお金の一部がロストする仕様だった。

「おお夜猫氏、こいつ結構豪華な装備してますぞ」

「ですな昼猫氏、今やマッパですけどね、くく」

二回の死亡で頭、体、武器、靴、アクセサリと結構凄いランクの装備がばら撒かれている。夜猫が騎士のスキルで敵を安全な場所から一掃したので詳細な名前も見て取れる。中には真が次にお金を貯めて買おうとしていた装備アイテムもあった。

「なあ二人とも。何でこの人、テレポートで逃げなかったの?」

真は不思議に思っていたことを聞いた。昼猫が不可侵の結界を張ってその後でモンスターとPKを閉じ込めたのは見ていた。でもそれならランダムテレポートとかのスキルやアイテムでさっさと逃げてしまえば良かったのに、何故そうしなかったのか。それがわからなかった。

「それは夜猫のスキル。盾エフェが出たのあったやん?あれって騎士のクエスト習得スキルなんだけど、テレポ封じみたいなもんなの。燃費は悪いけど嫌がらせスキルとしては一流」

「ふ~ん。んじゃさ、何でこいつ、まだログアウトせんの?ここ死んだら戻れるんだろ?」

「流石はイブキ氏。ここがPvP仕様のログアウト制限マップだって知ってましたか。ま、ALT+F4でなら強制的にログアウトできないことも無いですけどね。こいつは知らなかったのかも。んで、どうして死に戻らないのかっていうと。ばら撒いたアイテムですよ、あれあれ」

スカイプで楽しそうに言う廃人コンビ。基本四人はパーティ内の会話をスカイプで済ましている。チャット入力が面倒だし、操作に集中したい、それに何より知人だけのパーティならスカイプの方が大いに楽だからだ。

「あのアイテム、そこそこ高いものばっかり。あいつが苦労して集めたんじゃないですかね」

「ま、PKした金でかもしれんけどさ。あいつはそれを諦めれないってわけ」

「……そんなものなのか。何か、気持ち悪いな。それで、拾ってあげて売りつけるとかするの?」

真は思ったことを口にした。自分で人のアイテムを奪おうとしておいて失敗したら自分のは諦めれないから拾えと言うのは余りにも我侭な考えに思える。

「マコト氏、それだとあいつはまったく反省せんでしょ。取り合えず名前は後で晒すとして、この装備は、このまま」

「そそ、このままだよ」

「このままって……消えちゃうんじゃ?」

そう、ドロップされたアイテムはモブからだろうとプレイヤーからであろうと一定時間で消えてしまう。

「当たり、消えるの。ま、この手の輩はね。自分が痛い目見たこと無いって奴が多いのさ。だから俺らが拾うのを待ってるんだろうし。だからさ、このアイテムがそのまま消滅しちゃったら、少しは堪えるんじゃない?堪えなくてもこいつの名前は晒しちゃうからやり難くはなるしね」

「PKはリスクがありますってことを理解してもらいましょ~」

廃人コンビは随分とドライな対応だ。こうしている間にもドロップされたアイテムは点滅の間隔を短くしていく。消滅までのカウントだ。

「死ね!ふざけるな!アイテム拾え!」

PKは同じような文言で台詞を打ちまくっている。似たような文面が画面に次々と現れては消えて、会話のログは彼の言葉で一杯になる。

「ごめん、鯖が重くて動けないわ」

「同じく~」

昼猫と夜猫が発言すると同時に。

PKのドロップしたアイテムが消失した。何やら見るに堪えない言葉が滅茶苦茶に繰り返されていく。真と息吹は一連のやり取りそのものに嫌悪を感じたが、この場での発言はやめることにした。

「お」

「つ」

「か」

「れ」

「w」

明らかに相手を煽った発言の後、昼猫が開いた街への帰還魔法の光のエフェクトに乗る四人。

真はネットゲームの怖さを何となく感じ、奇妙な悪意に触れたことでゲームとの距離を少し取るようになる。なんだかんだと廃人コンビとは学校でも一緒にいるものの、ゲームではそこまで一緒ではない。そんな位置におさまる。夏休みに部活中心の生活を送った辺りからはそこまでプレイすることもなくなってしまった。自然と誘われて遊ぶくらいの頻度に落ち着いたのだ。

「あの時の†tomoki†とか言うプレイヤーキラーには感謝しないとな。あの変なのと会わなければ今頃僕も重度のネトゲ廃人になっていたかも」

姉に押し付けられたのが切っ掛けで最近ハマっているミントの水やりをしながら、真はしみじみと振り返るのだった。
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