月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra3 その頃……①

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オレは若い頃大いに暴れた。そりゃあもう大暴れだ。

記されているのなんてごくごく一部。本当に黒い部分なんて(主に兄貴が)全力で抹消したね!

殺しも含めて大体はやり尽くしちゃった後は、まあ落ち着いたんだ。

娘も嫁に出したし、祝いに旦那の方には名前もやった。

脂が抜ける時期が来たんだろうな。力は有り余っていたんだが、思うままに振るう事は少なくなった。

そんなオレの考えなんだが。

暴れるだはっちゃけるだ、そういうのは若いうちが良い。

大人しかったのが歳を重ねてから急に張り切ったり大暴れしたりすると碌な事にはならん。

その点姉貴とオレは”若いうちにやらかした”組に入ると思う。今じゃ縁側で茶を飲むのが実に落ち着く。昔は大喧嘩もして家を追い出されたりもしたのに、今じゃ仲良しだ。

だが。

オレの兄貴は違う。

昔から大人しかった。親から命じられた仕事を忠実にやってたし、乞われたこともにこやかに応じていた。オレが迷惑をかけても喧嘩になったことはない。多分背中にはオレが切りつけた袈裟斬りの痕があるだろうし腹にも突き刺した痕が残っている。

筋金入りの大人しい人だった。

オレが仕事を放棄すれば代わりにやってくれ、姉貴が引き篭もれば来客の相手を。

今でも姉貴が面倒がることの多い外交関係は大概兄貴が名代として切り盛りしている。や、していた。

はっちゃけたのだ。

ついにはっちゃけちゃったのだ、ウチの兄貴が。

オレの所に死にそうな顔して駆け込んできたかと思えば「後は頼んだ!」とか言って消えてしまったのだ。

何をどう頼む気なのかさっぱりわからねーんだが、生まれて初めて兄貴から頼みごとをされちまったわけで。

これまで滅茶苦茶迷惑をかけてきたヒトなわけで。

引き受けてやる心算でオレは消えた兄貴の行方を追って方々を回っているのだ。急に兄貴がいなくなったおかげで膨大な量の仕事が瀑布みたく流れ込んできたから逃げ出した訳じゃねーぜ?

……姉貴の引き篭もり部屋の戸なんて、色彩無くした目のお付き達に無言で破壊されてたな。姉貴、あんたも迷惑かけてきたんだ。ここは一つ(オレの分まで)兄貴の仕事を受け持ってくれ。

それこそ世界中の知り合いに声をかけて探しに探して、兄貴の行方、というか居場所をようやくに掴んだ。

ちいと尋常じゃない場所だ。消えた、ってのは比喩じゃなく。本当に薄れるみたいに消えちまったから何事かはあったんだと思ってたが、こりゃ結構な大事かもしれねえ。少しだけ、昔の血が騒ぐな。

ある意味で母ちゃんの領域だな。だが行く前に話を通しておこうと母ちゃんに連絡したら、話が出来る状態じゃないから来ても意味無いわよって言われちまった。

一応写メ送ってもらって確認したら確かに。ヒトの体してないわ。うっすーい光の靄が漂っているだけの画像。つまりコレが今の兄貴か。

ただでさえ存在感に乏しい兄貴だってのに、あれじゃ光化学スモッグだぜ。公害の一部としか認定されまい。

深い場所に意識自体は健在だとはメールにあったので(一応母親だけあって心配して調べはしたみたいだ)、じゃあ夢伝いで話を聞きに行くことにした。

地中海の友人のモル助に話を持っていってみたんだが何かプライバシーがどうとか喚いたので拳でOHANASIして説得を試みたんだが失敗。合コンがどうとか言って絶対に折れない目をしていたから撤退することに。一緒に覗きまでしかことがある癖にプライバシーがどうとか言うからつい手を出してしまったが女か。それならそうと言えば良いのに。

あいつ、そこまで飢えてたのか。今度女の子紹介してやろう。今夜は間違いなく収穫無しだろうからな。ぼっこぼこになってるから。

困ったな。

そうなるとオレにそっち関係の友人はいない。知り合いならいるが、どうにも怖がられているのか中々会えない。

仕方ない。四の五のいってられる状況でもない。早く事情を把握して姉貴の方にも行ってやらんと色々破綻しそうだ。

探すか。そう思って国に戻った矢先、オレを訪ねる者があった。

すぐに出るつもりだった我が家に丁度来るとは間の良い、いや悪い奴だな。今は相手できないのでまた今度にしてもらおう。

「すまんな。珍しく立て込……ナニシテンダ?」

玄関を開けたオレが見たのは世にも不思議な光景だった。

一人はオレの親友。ヤマちゃんだ。

もう一人は正にオレが探していた尋ね人。ただしヤマちゃんに熱烈抱擁されて顔面蒼白だ。

「簡単に事情を聞いた。あの方が行方不明でこいつを探しているのだろ?」

「や、そうだけどよ。情報早いな、おい」

オレがモル助を病院送りにしたのは半日前のことなんだが。

「あうあうあうあう、は、離して下さいませ~~~…きゅぅ……」

あまりに熱烈な抱擁だったためか蒼白な表情を僅かに紫っぽくして、あうあう言ってた奴は気絶した。ミシミシいってたから無理もないか。こいつは武闘派じゃないんだ。

「恩人のことなら任せろ。そちらは任せたぞ。あの方によろしく」

そういうとヤマちゃんは背を向ける。

「なんだよ、せっかくだから一緒に行こうぜ?」

「不要だ。私は未処理になったままの仕事を手伝うことにする」

そう言ってヤマちゃんは去っていった。

け、健気な奴。ポイントの稼ぎ方が露骨に見えるが上手い。情報の早さがストーカーちっくなのに目を瞑れば最高だ。

さて、探す手間も省けたことだ。兄貴に話を聞きに行くとしましょうかね。











「というわけなんじゃ」

「それであんな無茶したのかよ……あ、これツマからお土産な」

「お、こりゃ儂の大好きな管○子じゃの。流石は奥方、よくわかっとるの。では茶でも淹れようか」

事情を聞いたオレは忘れていたお土産を兄貴に渡した。

嫁から押し付けられたお土産はどうやら兄貴の好物だったようだ。気の利く嫁だよ、まったく。

「ああ、いいって」

夢の中で布団に伏していた兄貴が立ち上がろうとしたので慌てて留める。こんな夢の中でも寝てなきゃいかん程に弱ってる癖に変わらない兄貴だな。

「おい、夢福。お前茶淹れて来い。三人分な」

「うえっ!?ぼ、僕ですか?わかりました~!!」

いきなり話を振られて気持ち悪い声出しやがった夢福は素早く立ち上がると姿を消した。

「すまんの~」

「良いんだよ、んなこと言わんで。夢福のやつ、オレ見ると逃げやがるからな。今日だってヤマちゃんが手伝ってくれなかったら来れたかどうか怪しいもんだぜ」

「そうか。あの子にも心配させてしまったか。重ね重ね済まんのう」

「何か喜んで兄貴の残した仕事を手伝うとか言ってたぜ。よろしくってさ」

助けられた恩もある。今回はストーカーな部分は黙っておくぜヤマちゃん。

「回復したらお礼にいかんと」

「あぁ。皆のとこで頭下げろよ」

兄貴が消えたおかげでどれだけ大迷惑だと思ってるのか。兄貴に自覚が無いのが性質が悪い。

例えるなら定時上がり残業無し九時五時の職場が、いきなり上から下までフルタイム二交替になったようなもんだ。人員増員無しでな。

「しかし、儂の仕事なぞお前や姉さんと違っていくらでも交代のきく物ばかりじゃろうに。そこまで大変になるもんかの」

わかってねえ。

やっぱ全然わかってねえな兄貴は。

確かにオンリーワンという意味では兄貴の仕事は、誰にでも代わりの務まる類の仕事が多い。だが問題はそこじゃない。

量だ。

兄貴はその仕事量がオンリーワンなのだ。超人だ。兄貴の一日は絶対に二十四時間じゃない。

思えばオレも姉貴も青かった。

当時知性ある生き物は陸に多く存在した。人間などはその最たる存在だな。

兄貴が担当した夜はその人間が休む時間。そして海には人間は住めない。つまり、楽だ、と思われた。

しかし知性を持つ存在だけがこの世界を動かすわけではない。オレたちはわかってなかったんだ。

世界は全てが密接に関係し共存している。

陸にある人間を見て、その取り巻く環境や問題を見守ることなど。

広大すぎる海の全てを管轄し、しかもその恩恵や循環を地上にまでリンクさせていくことに比べれば。

遥かに簡単で、しかも刺激的で面白いことだった。

兄貴はそれを一人でやっていたのだ。しかも他の者からこんな簡単なことも出来ないのかと仕事の能力を疑われながら。実際には一番に困難で一番に退屈で一番につまらない仕事だったのに。

今寄せられつつある異常な量の陳情も書類も。当時の兄貴の仕事量に比べたら全然大したことはない。大筋の仕事を自動化できるように必死でシステム作りに励んでいたからな。

だから兄貴は自分の仕事を楽だ、なんて言うのだろう。悲惨だ。

「……兄貴はすげえなあ」

「何じゃいきなり」

「いや、本当にすげえや」

その上でオレや姉貴の尻拭いをして。しかも様々に零れ落ちた者らも母と話して救済したりもしている。

確かに何を司る、こんな奇跡を起こせるなんて明確な個性こそないが。

兄貴は凄い奴だ。

ん?ということは?

「弟ながら謎な奴じゃの。まあ儂の言葉足らずでこんな所までご苦労じゃった。すまぬが、かの娘のことだけ他の者とも相談して何とか策を講じてくれ」

「ん、ああ。そりゃもちろん。向こうのことならモル助も手伝うだろうし大丈夫だぜ。なあ兄貴」

オレはふと湧いた疑問をぶつけることにした。

「む?」

「兄貴が力を与えたって人間なんだが」

この兄貴が特定の人間に力を与えるなんてそれだけでも驚きだが。

兄貴は生まれながらの補助属性だ。誰かを助け、誰かに助けられて在る。

「ふむ」

「能力を与えたのか力を与えたのかどっちだ?」

人間に力を与える場合は三通り。

一つは特定の、いわば”出来た”能力を与える。

一つはその人間に応じた、与えられた人間なりの能力を覚醒させる。

最後の一つはいわゆる神器の下賜になる。今回は関係ない。

「力を、じゃよ」

やっぱりか。そうなると。他人と結びつくことで最高のパフォーマンスを発揮する神の力が人間に初めて渡ったのか。となると相当に面白そうだな。頼まれはしたが放置でも問題ないんじゃないのか。

しかし、今の兄貴は弱弱しい。別の世界に無理やり手を突っ込むようなはっちゃけするからだ。

「その後で別世界に干渉なんて無茶すれば、そりゃ実体も失うわな。無茶しすぎだぜ」

「いやいや、思ったよりも与えた力が多くてな。満ちるまでと与えたら儂の方がだいぶ弱ってしまっていた。他世界への干渉くらいなら問題無いと高をくくっておったが駄目じゃったの~」

「……思ったより多い、ねぇ。オレらの世界にそんなに面白い人間がいたなんてなあ?」

探るように兄貴を窺う。

「確かに。色々と面白い存在じゃな」

「お茶、お待たせしました~!!」

夢福の奴、せっかく兄貴の腹を探ろうと思ったのに。間の悪い奴。

「おお、夢福。済まんのう。頂くよ」

半身を起こしている兄貴はもうオレの質問には答える気はないようだった。和菓子を幸せそうに食ってやがる。

しっかし。

この分だと兄貴が何とか戻れるまでかなりかかるな。自然任せで数百年。手を尽くしても……百年は堅いか。

兄貴からの頼まれ事が片付き次第、仕事で圧死するかも。

……高天原で何人か過労死するかもしれねえな。

やれやれ、初めて兄貴から頼りにされたんだ。いっちょやるか!

こうしてオレことスサノオは兄貴の見舞いを無事に終え、異世界に行った人間に若干の興味を持ちながらも事の収拾に動き始めた。

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