月が導く異世界道中

あずみ 圭

文字の大きさ
上 下
545 / 551
終章 月と亜空落着編

王者の石

しおりを挟む
 先輩の思惑はともかく、ジン達にとって響先輩は良い刺激になると思う。
 つまり学園に関しては僕が心配するような事はない。
 先日の智樹の時と同じく陳列された石を慎重に確かめながら手に取っていく先輩を眺めながら僕は考える。
 ちょっと思うところあって、でもそんな事ってあるもんなのかと思ってあの中に一つだけ加えてないものがある。
 先輩の私物だった日本から持ち込まれた石、クリソプレーズだ。
 ただ陳列した中にも実は急だけど探してもらったクリソプレーズがある。
 掌にすっぽり収まる大きさの玉に加工されてたやつ。
 もし先輩にとっての当たりがあの石だとして、そっちにも反応するのかこっちにしか反応しないのか、はたまた両方ともに反応するのか。
 ちょっと気になった。
 ポケットに突っ込んだ手に先輩のアクセサリーの感触が伝わる。
 もちろん僕には全く反応しない。
 
「随分丁寧に確認していくものですね」

「うん、先輩に比べると智樹は雑だったな。いや識が言う様にあっちが普通で先輩が丁寧なのか」

「ええ、抜け目が無いというか……巴殿が響について思うところがあるのが納得できます」

 識は良い機会だとばかりに先輩を観察しているようだ。
 ここでは勇者殿、なんて呼びもしない。
 商会の地下で僕らのホームだからこその識である。
 当然先輩が識の態度を諫める気が無いのを見抜いた上での変貌だ。
 抜け目ない、のは識も一緒だよね。

「ナチュラルに集中できる人だからねえ響先輩」

「……昔の立場を利用し甘えて頼み事をして見せる癖に、その相手に嫌悪どころか感心させて真剣に品を確かめるような真似をする小癪な大胆さ」

「!?」

「奴とて勇者なのですからアイテムボックスに類似する何かは所有していて当然でしょうに。この場で笑顔で受け取って後で検品する手もありましょう」

「でもそれだとさ」

 もしお目当てが無くて再依頼なんて事になった時面倒では。
 しかし僕の言葉が続く事は無かった。

「味方だと嘯いても完全に胸襟を開く事なく。ともすれば同郷だと甘えて平気で己がトラブルに他人を巻き込む」

 ……。

「なるほど……怖い人物です。何より若様が苦手とされる対人関係を最も得意とする、一言……性質が悪い」

「識さ、巴からまた何か吹き込まれてる?」

「はは。完全に私の私見であり印象ですよ」

 もっと酷いわ。

「ですが魅力的だ。ライムが惹かれたのも若様が評価するのもわかります」

「おお」

 従者で初めてまともに先輩を評価する声を聴いたかもしれん。

「私も客観的に評価するよう心掛けてはおりますが、やはり基本的には男の見方というのをするようです」

 苦笑いを浮かべながら識がこめかみのあたりを掻いてみせた。

「男女でそんなに変わるものかな、あの人の評価って」

 むしろ同性からも圧倒的に好かれてたような。

「響を嫌うのは、現実的にはとても優れた能力を持つ女性、が多数でしょう」

「優れた、優秀な女の人限定?」

「更にその一部かと」

「つまり馬鹿な男女と優秀な男は先輩を嫌わない?」

 なんじゃそれ。
 そして何だろうその区分け。
 ほんのりと自分がどの区分けにいるかわかるだけに少しモヤモヤするものがあるんですが、識さんや。

「あの如才なさと織り込み済みの図々しさ。そこに気付けるだけの能ある者の中でも男性ならそれを可愛いと魅力の一つに数えるか、そう、猫の様な生意気さだと許す者が多数かと。大して女性なら嫌悪や嫉妬、憎悪を抱く者もいるでしょう」

「でも先輩は別に悪事を働いたり誰かの物を奪ったりと過激な事をしたりするわけでも」

「ないでしょうね。だから余計、綺麗ごとを嫌う層からは蛇蝎の如く嫌われる。響は、言うなればその綺麗ごとを清濁併せ呑んで実現させる。自分一人で足りなければ平気で他人の手を取って」

「うん。だから凄い人じゃない?」

「若様。世の中にはそういう人物が腹の底から気に食わないというのもいるものです」

「……それが巴だって? あのな識」

 巴が好きな時代劇だってそういう傾向は結構あるもんだ。
 巴はむしろ清濁併せ呑むとか、綺麗ごとを通して見せるとか好物だよ。
 まったく。

「清濁併せ呑むにも、色々ありますから。かくいう私も響の所作に可愛らしさを若干は感じますが、巴殿の方が余程好感が持てますね」

「え?」

「どちらも同じタイプですが少しだけ違うのです。得てしてお互い気に食わない間柄とは、そんな些細な違いから生じるものでして……」

 清濁併せ呑むの違い……あるの?
 いやあるんだろうな。
 深い。
 ただその理屈だと澪もなんだろうか。
 彼女もある意味で何でも呑み込むといえなくもない、気がする。

「ちなみに澪殿は若様ファーストですから清いも濁りもありません。悪食と清濁併せ呑むというのは全く違う考え方でございます、若様」

「……はい」

 何だろう、最近識にも考えを見透かされてる気がする。

「真君」

「っと。すみません、少しぼーっとしてました」

 いかんいかん。
 先輩がいつの間にやら戻ってきてた。

「これが何となく他とは違う感触だったわ。ただ、女神の説明とは違う気がするの」

 ああ、そうか。
 智樹の時みたいな分かりやすい反応が無かったから油断してたのか。
 気が抜けてた。
 先輩の手にはクリームがかった緑色の玉。
 ……王者の石、本当にクリソプレーズが先輩の石なのかい。

「クリソプレーズ、ですか」

「あら詳しいのね」

「流石に扱った品の名前くらいはわかりますよ、先輩」

「何となく、これだって気はするのだけど……ピンとはこない。もどかしい感じ」

「……じゃあ、これならどうです?」

「? っ!」

 僕は一対の耳飾りを先輩に渡す。
 いや、返す、か?

「これ……は」

「先輩のですよね。ツィーゲで珍品として闇ルートに乗ってたので一応引き取っておきました。もちろん服なんかも」

 と言ってそれらを詰めた布袋を目で示す。
 僕らにとって価値があるかといえば、コレクター用品以上の物でもない。
 この機会に返しても何ら問題ないって事だね。

「……ううん、コレだけで十分」

 案の定、やっぱり、ですよねー、なんて文言が脳裏に浮かぶ。
 先輩の力が跳ね上がった。
 智樹の時と同じだ。
 勇者二人には守護石なるものがある。
 僕は、どうなんだろうな。
 識はさっき百に一つは落とすかもしれないと言ってたけど、僕の見立てだと今は……。
 ふと識を見ると表情が強張ってる。
 世にも珍しい現象に立ち会えたってのと、先輩のパワーアップ後の潜在能力を予測して、だろう。
 数字だけ並べるなら少しだけ、識が勝るかな。
 理不尽なもんだ。
 たった一つの装備品で、こうなるんだから。

「僕らとしてもあまり持ってて意味がある物でもないんですが……」

「なら、勇者の私物って事で学園にでも売りつけてみたら?」

 !?
 そ、その手が!!
 ツィーゲのオークションで何かエロそうな親父(偏見だけど)に売るよりかなり良き案では!!
 くっそう、どうしてコレをさっさと思い付けないんだ、僕は!

「……」

「真君、商人よね?」

「い、一応」

「ま、まあ良いわ。でも、何でコレなのかしら。元々持ってた時には大してご利益があった訳でもないのに」

 早速装着したイヤリングを軽くもてあそびながら先輩は首を傾げる。

「愛用の品が主に奉公すべく覚醒したのかもしれませんね」

 適当に答えておく。
 完全なる主人公ムーブです、ありがとうございました。
 とは僕は言わぬのです。

「愛用? 付けるのこれで二度目なのに?」

 へ?

「どうしてそんな気に入ってもない物をこっちに持ち込んだんですか」

「日本に置いておいても余計な柵になるだけの面倒な物だったから」

「と言いますと?」

 そこは雰囲気である程度察しましょうと後に識に注意をいただいたんだけど、僕はつい最近は大分控えるようになったのに脊髄反射で聞いてしまった。

「……向こうの許嫁のお祖父様にお会いした時に頂いた贈り物なのよ。だから私がいなくなった家に置いてあっても誰も得しないでしょ?」

「……いいなずけ」

「これがね、今でも一部ではあるのよ許嫁。政略結婚てやつね」

「せいりゃくけっこん」

 物凄い単語が飛び出して参りました。
 え、これ現実の話だよね。

「なんて顔してるのよ真君。大体こっちの世界には許嫁や政略結婚なんて当たり前だし剣も魔法も飛び交ってるでしょうに」

「日本ではテレビ以外で身近で聞いた事ない単語だったんで。少々アホになりました、すみません」

「いいわ、許してあげます」

「ありがとうございます?」

「だからちょっと私と一緒に魔族と決着つけにいかない?」

「謹んで辞退させていただきます」

「ちっ、ダメ?」

「どさまぎで何言ってるんですか、まったく」

「冗談はここまで、か。じゃあ協力の御礼に少しばかり私が知る現状についても情報共有しましょうか」

「……いいんですか?」

「もちろん。私は真君に嫌われたくないもの。役に立つ、新しい情報を提供できるかはわからないけど精一杯頑張るわ」

 先輩を連れて識と三人で応接室へ。
 さて、現場ではどうなってるのか。
 魔族からは特に連絡もないし、好意に甘えて先輩から話を聞くとしますか。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道
ファンタジー
「充実した人生を送ってください。私が創造した剣と魔法の世界で」 唯一の肉親だった妹の葬儀を終えた帰り道、不慮の事故で命を落とした世良登希雄は異世界の創造神に召喚される。弟子である第一女神の願いを叶えるために。 人類未開の地、魔獣の大森林最奥地で異世界の常識や習慣、魔法やスキル、身の守り方や戦い方を学んだトキオ セラは、女神から遣わされた御供のコタローと街へ向かう。 目的は一つ。充実した人生を送ること。

異世界漫遊記 〜異世界に来たので仲間と楽しく、美味しく世界を旅します〜

カイ
ファンタジー
主人公の沖 紫惠琉(おき しえる)は会社からの帰り道、不思議な店を訪れる。 その店でいくつかの品を持たされ、自宅への帰り道、異世界への穴に落ちる。 落ちた先で紫惠琉はいろいろな仲間と穏やかながらも時々刺激的な旅へと旅立つのだった。

死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか
恋愛
「お飾りの王妃らしく、邪魔にならぬようにしておけ」  かつて、愛を誓い合ったこの国の王。アドルフ・グラナートから言われた言葉。   『お飾りの王妃』    彼に振り向いてもらうため、  政務の全てうけおっていた私––カーティアに付けられた烙印だ。  アドルフは側妃を寵愛しており、最早見向きもされなくなった私は使用人達にさえ冷遇された扱いを受けた。  そして二十五の歳。  病気を患ったが、医者にも診てもらえず看病もない。  苦しむ死の間際、私の死をアドルフが望んでいる事を知り、人生に絶望して孤独な死を迎えた。  しかし、私は二十二の歳に記憶を保ったまま戻った。  何故か手に入れた二度目の人生、もはやアドルフに尽くすつもりなどあるはずもない。  だから私は、後悔ない程に自由に生きていく。  もう二度と、誰かのために捧げる人生も……利用される人生もごめんだ。  自由に、好き勝手に……私は生きていきます。  戻ってこいと何度も言ってきますけど、戻る気はありませんから。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~

クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。 だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。 リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。 だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。 あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。 そして身体の所有権が俺に移る。 リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。 よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。 お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。 お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう! 味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。 絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ! そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!

私の幸せは貴方が側にいないこと【第二章まで完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
※ 必ずお読みください 「これほどつまらない女だとは思わなかった」 そのひと言で私の心は砕けた。 どれほど時が流れようが治らない痛み。 もうたくさん。逃げよう―― 運命にあらがう為に、そう決意した女性の話 5/18  第一章、完結しました。 8/11 もしかしたら今後、追加を書くかもしれない、とお伝えしていた追加を公開させていただきますが。 ※ご注意ください※ 作者独自の世界観です。 「昆虫の中には子を成した相手を食べる種がいる。それは究極の愛か否か」 なんて考えから生まれたお話です。 ですので、そのような表現が出てきます。 相手を「食べたい」「食べた」といったような言葉のみ。 血生臭い表現はありませんが、嫌いな方はお避け下さい。 《番》《竜》はかくあるべきというこだわりをお持ちの方にも回避をおすすめします。 8/11 今後に繋がる昔話を公開させていただきます。 この後、第二章以降(全三章を予定)を公開させていただく予定ですが、 綺麗にサラッと終わっておきたい方には、第一章のみで止めておく事をおすすめします。 感想欄は開けております。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 この作品は小説家になろうさんでも公開しています

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。