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終章 月と亜空落着編
王者の石
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先輩の思惑はともかく、ジン達にとって響先輩は良い刺激になると思う。
つまり学園に関しては僕が心配するような事はない。
先日の智樹の時と同じく陳列された石を慎重に確かめながら手に取っていく先輩を眺めながら僕は考える。
ちょっと思うところあって、でもそんな事ってあるもんなのかと思ってあの中に一つだけ加えてないものがある。
先輩の私物だった日本から持ち込まれた石、クリソプレーズだ。
ただ陳列した中にも実は急だけど探してもらったクリソプレーズがある。
掌にすっぽり収まる大きさの玉に加工されてたやつ。
もし先輩にとっての当たりがあの石だとして、そっちにも反応するのかこっちにしか反応しないのか、はたまた両方ともに反応するのか。
ちょっと気になった。
ポケットに突っ込んだ手に先輩のアクセサリーの感触が伝わる。
もちろん僕には全く反応しない。
「随分丁寧に確認していくものですね」
「うん、先輩に比べると智樹は雑だったな。いや識が言う様にあっちが普通で先輩が丁寧なのか」
「ええ、抜け目が無いというか……巴殿が響について思うところがあるのが納得できます」
識は良い機会だとばかりに先輩を観察しているようだ。
ここでは勇者殿、なんて呼びもしない。
商会の地下で僕らのホームだからこその識である。
当然先輩が識の態度を諫める気が無いのを見抜いた上での変貌だ。
抜け目ない、のは識も一緒だよね。
「ナチュラルに集中できる人だからねえ響先輩」
「……昔の立場を利用し甘えて頼み事をして見せる癖に、その相手に嫌悪どころか感心させて真剣に品を確かめるような真似をする小癪な大胆さ」
「!?」
「奴とて勇者なのですからアイテムボックスに類似する何かは所有していて当然でしょうに。この場で笑顔で受け取って後で検品する手もありましょう」
「でもそれだとさ」
もしお目当てが無くて再依頼なんて事になった時面倒では。
しかし僕の言葉が続く事は無かった。
「味方だと嘯いても完全に胸襟を開く事なく。ともすれば同郷だと甘えて平気で己がトラブルに他人を巻き込む」
……。
「なるほど……怖い人物です。何より若様が苦手とされる対人関係を最も得意とする、一言……性質が悪い」
「識さ、巴からまた何か吹き込まれてる?」
「はは。完全に私の私見であり印象ですよ」
もっと酷いわ。
「ですが魅力的だ。ライムが惹かれたのも若様が評価するのもわかります」
「おお」
従者で初めてまともに先輩を評価する声を聴いたかもしれん。
「私も客観的に評価するよう心掛けてはおりますが、やはり基本的には男の見方というのをするようです」
苦笑いを浮かべながら識がこめかみのあたりを掻いてみせた。
「男女でそんなに変わるものかな、あの人の評価って」
むしろ同性からも圧倒的に好かれてたような。
「響を嫌うのは、現実的にはとても優れた能力を持つ女性、が多数でしょう」
「優れた、優秀な女の人限定?」
「更にその一部かと」
「つまり馬鹿な男女と優秀な男は先輩を嫌わない?」
なんじゃそれ。
そして何だろうその区分け。
ほんのりと自分がどの区分けにいるかわかるだけに少しモヤモヤするものがあるんですが、識さんや。
「あの如才なさと織り込み済みの図々しさ。そこに気付けるだけの能ある者の中でも男性ならそれを可愛いと魅力の一つに数えるか、そう、猫の様な生意気さだと許す者が多数かと。大して女性なら嫌悪や嫉妬、憎悪を抱く者もいるでしょう」
「でも先輩は別に悪事を働いたり誰かの物を奪ったりと過激な事をしたりするわけでも」
「ないでしょうね。だから余計、綺麗ごとを嫌う層からは蛇蝎の如く嫌われる。響は、言うなればその綺麗ごとを清濁併せ呑んで実現させる。自分一人で足りなければ平気で他人の手を取って」
「うん。だから凄い人じゃない?」
「若様。世の中にはそういう人物が腹の底から気に食わないというのもいるものです」
「……それが巴だって? あのな識」
巴が好きな時代劇だってそういう傾向は結構あるもんだ。
巴はむしろ清濁併せ呑むとか、綺麗ごとを通して見せるとか好物だよ。
まったく。
「清濁併せ呑むにも、色々ありますから。かくいう私も響の所作に可愛らしさを若干は感じますが、巴殿の方が余程好感が持てますね」
「え?」
「どちらも同じタイプですが少しだけ違うのです。得てしてお互い気に食わない間柄とは、そんな些細な違いから生じるものでして……」
清濁併せ呑むの違い……あるの?
いやあるんだろうな。
深い。
ただその理屈だと澪もなんだろうか。
彼女もある意味で何でも呑み込むといえなくもない、気がする。
「ちなみに澪殿は若様ファーストですから清いも濁りもありません。悪食と清濁併せ呑むというのは全く違う考え方でございます、若様」
「……はい」
何だろう、最近識にも考えを見透かされてる気がする。
「真君」
「っと。すみません、少しぼーっとしてました」
いかんいかん。
先輩がいつの間にやら戻ってきてた。
「これが何となく他とは違う感触だったわ。ただ、女神の説明とは違う気がするの」
ああ、そうか。
智樹の時みたいな分かりやすい反応が無かったから油断してたのか。
気が抜けてた。
先輩の手にはクリームがかった緑色の玉。
……王者の石、本当にクリソプレーズが先輩の石なのかい。
「クリソプレーズ、ですか」
「あら詳しいのね」
「流石に扱った品の名前くらいはわかりますよ、先輩」
「何となく、これだって気はするのだけど……ピンとはこない。もどかしい感じ」
「……じゃあ、これならどうです?」
「? っ!」
僕は一対の耳飾りを先輩に渡す。
いや、返す、か?
「これ……は」
「先輩のですよね。ツィーゲで珍品として闇ルートに乗ってたので一応引き取っておきました。もちろん服なんかも」
と言ってそれらを詰めた布袋を目で示す。
僕らにとって価値があるかといえば、コレクター用品以上の物でもない。
この機会に返しても何ら問題ないって事だね。
「……ううん、コレだけで十分」
案の定、やっぱり、ですよねー、なんて文言が脳裏に浮かぶ。
先輩の力が跳ね上がった。
智樹の時と同じだ。
勇者二人には守護石なるものがある。
僕は、どうなんだろうな。
識はさっき百に一つは落とすかもしれないと言ってたけど、僕の見立てだと今は……。
ふと識を見ると表情が強張ってる。
世にも珍しい現象に立ち会えたってのと、先輩のパワーアップ後の潜在能力を予測して、だろう。
数字だけ並べるなら少しだけ、識が勝るかな。
理不尽なもんだ。
たった一つの装備品で、こうなるんだから。
「僕らとしてもあまり持ってて意味がある物でもないんですが……」
「なら、勇者の私物って事で学園にでも売りつけてみたら?」
!?
そ、その手が!!
ツィーゲのオークションで何かエロそうな親父(偏見だけど)に売るよりかなり良き案では!!
くっそう、どうしてコレをさっさと思い付けないんだ、僕は!
「……」
「真君、商人よね?」
「い、一応」
「ま、まあ良いわ。でも、何でコレなのかしら。元々持ってた時には大してご利益があった訳でもないのに」
早速装着したイヤリングを軽くもてあそびながら先輩は首を傾げる。
「愛用の品が主に奉公すべく覚醒したのかもしれませんね」
適当に答えておく。
完全なる主人公ムーブです、ありがとうございました。
とは僕は言わぬのです。
「愛用? 付けるのこれで二度目なのに?」
へ?
「どうしてそんな気に入ってもない物をこっちに持ち込んだんですか」
「日本に置いておいても余計な柵になるだけの面倒な物だったから」
「と言いますと?」
そこは雰囲気である程度察しましょうと後に識に注意をいただいたんだけど、僕はつい最近は大分控えるようになったのに脊髄反射で聞いてしまった。
「……向こうの許嫁のお祖父様にお会いした時に頂いた贈り物なのよ。だから私がいなくなった家に置いてあっても誰も得しないでしょ?」
「……いいなずけ」
「これがね、今でも一部ではあるのよ許嫁。政略結婚てやつね」
「せいりゃくけっこん」
物凄い単語が飛び出して参りました。
え、これ現実の話だよね。
「なんて顔してるのよ真君。大体こっちの世界には許嫁や政略結婚なんて当たり前だし剣も魔法も飛び交ってるでしょうに」
「日本ではテレビ以外で身近で聞いた事ない単語だったんで。少々アホになりました、すみません」
「いいわ、許してあげます」
「ありがとうございます?」
「だからちょっと私と一緒に魔族と決着つけにいかない?」
「謹んで辞退させていただきます」
「ちっ、ダメ?」
「どさまぎで何言ってるんですか、まったく」
「冗談はここまで、か。じゃあ協力の御礼に少しばかり私が知る現状についても情報共有しましょうか」
「……いいんですか?」
「もちろん。私は真君に嫌われたくないもの。役に立つ、新しい情報を提供できるかはわからないけど精一杯頑張るわ」
先輩を連れて識と三人で応接室へ。
さて、現場ではどうなってるのか。
魔族からは特に連絡もないし、好意に甘えて先輩から話を聞くとしますか。
つまり学園に関しては僕が心配するような事はない。
先日の智樹の時と同じく陳列された石を慎重に確かめながら手に取っていく先輩を眺めながら僕は考える。
ちょっと思うところあって、でもそんな事ってあるもんなのかと思ってあの中に一つだけ加えてないものがある。
先輩の私物だった日本から持ち込まれた石、クリソプレーズだ。
ただ陳列した中にも実は急だけど探してもらったクリソプレーズがある。
掌にすっぽり収まる大きさの玉に加工されてたやつ。
もし先輩にとっての当たりがあの石だとして、そっちにも反応するのかこっちにしか反応しないのか、はたまた両方ともに反応するのか。
ちょっと気になった。
ポケットに突っ込んだ手に先輩のアクセサリーの感触が伝わる。
もちろん僕には全く反応しない。
「随分丁寧に確認していくものですね」
「うん、先輩に比べると智樹は雑だったな。いや識が言う様にあっちが普通で先輩が丁寧なのか」
「ええ、抜け目が無いというか……巴殿が響について思うところがあるのが納得できます」
識は良い機会だとばかりに先輩を観察しているようだ。
ここでは勇者殿、なんて呼びもしない。
商会の地下で僕らのホームだからこその識である。
当然先輩が識の態度を諫める気が無いのを見抜いた上での変貌だ。
抜け目ない、のは識も一緒だよね。
「ナチュラルに集中できる人だからねえ響先輩」
「……昔の立場を利用し甘えて頼み事をして見せる癖に、その相手に嫌悪どころか感心させて真剣に品を確かめるような真似をする小癪な大胆さ」
「!?」
「奴とて勇者なのですからアイテムボックスに類似する何かは所有していて当然でしょうに。この場で笑顔で受け取って後で検品する手もありましょう」
「でもそれだとさ」
もしお目当てが無くて再依頼なんて事になった時面倒では。
しかし僕の言葉が続く事は無かった。
「味方だと嘯いても完全に胸襟を開く事なく。ともすれば同郷だと甘えて平気で己がトラブルに他人を巻き込む」
……。
「なるほど……怖い人物です。何より若様が苦手とされる対人関係を最も得意とする、一言……性質が悪い」
「識さ、巴からまた何か吹き込まれてる?」
「はは。完全に私の私見であり印象ですよ」
もっと酷いわ。
「ですが魅力的だ。ライムが惹かれたのも若様が評価するのもわかります」
「おお」
従者で初めてまともに先輩を評価する声を聴いたかもしれん。
「私も客観的に評価するよう心掛けてはおりますが、やはり基本的には男の見方というのをするようです」
苦笑いを浮かべながら識がこめかみのあたりを掻いてみせた。
「男女でそんなに変わるものかな、あの人の評価って」
むしろ同性からも圧倒的に好かれてたような。
「響を嫌うのは、現実的にはとても優れた能力を持つ女性、が多数でしょう」
「優れた、優秀な女の人限定?」
「更にその一部かと」
「つまり馬鹿な男女と優秀な男は先輩を嫌わない?」
なんじゃそれ。
そして何だろうその区分け。
ほんのりと自分がどの区分けにいるかわかるだけに少しモヤモヤするものがあるんですが、識さんや。
「あの如才なさと織り込み済みの図々しさ。そこに気付けるだけの能ある者の中でも男性ならそれを可愛いと魅力の一つに数えるか、そう、猫の様な生意気さだと許す者が多数かと。大して女性なら嫌悪や嫉妬、憎悪を抱く者もいるでしょう」
「でも先輩は別に悪事を働いたり誰かの物を奪ったりと過激な事をしたりするわけでも」
「ないでしょうね。だから余計、綺麗ごとを嫌う層からは蛇蝎の如く嫌われる。響は、言うなればその綺麗ごとを清濁併せ呑んで実現させる。自分一人で足りなければ平気で他人の手を取って」
「うん。だから凄い人じゃない?」
「若様。世の中にはそういう人物が腹の底から気に食わないというのもいるものです」
「……それが巴だって? あのな識」
巴が好きな時代劇だってそういう傾向は結構あるもんだ。
巴はむしろ清濁併せ呑むとか、綺麗ごとを通して見せるとか好物だよ。
まったく。
「清濁併せ呑むにも、色々ありますから。かくいう私も響の所作に可愛らしさを若干は感じますが、巴殿の方が余程好感が持てますね」
「え?」
「どちらも同じタイプですが少しだけ違うのです。得てしてお互い気に食わない間柄とは、そんな些細な違いから生じるものでして……」
清濁併せ呑むの違い……あるの?
いやあるんだろうな。
深い。
ただその理屈だと澪もなんだろうか。
彼女もある意味で何でも呑み込むといえなくもない、気がする。
「ちなみに澪殿は若様ファーストですから清いも濁りもありません。悪食と清濁併せ呑むというのは全く違う考え方でございます、若様」
「……はい」
何だろう、最近識にも考えを見透かされてる気がする。
「真君」
「っと。すみません、少しぼーっとしてました」
いかんいかん。
先輩がいつの間にやら戻ってきてた。
「これが何となく他とは違う感触だったわ。ただ、女神の説明とは違う気がするの」
ああ、そうか。
智樹の時みたいな分かりやすい反応が無かったから油断してたのか。
気が抜けてた。
先輩の手にはクリームがかった緑色の玉。
……王者の石、本当にクリソプレーズが先輩の石なのかい。
「クリソプレーズ、ですか」
「あら詳しいのね」
「流石に扱った品の名前くらいはわかりますよ、先輩」
「何となく、これだって気はするのだけど……ピンとはこない。もどかしい感じ」
「……じゃあ、これならどうです?」
「? っ!」
僕は一対の耳飾りを先輩に渡す。
いや、返す、か?
「これ……は」
「先輩のですよね。ツィーゲで珍品として闇ルートに乗ってたので一応引き取っておきました。もちろん服なんかも」
と言ってそれらを詰めた布袋を目で示す。
僕らにとって価値があるかといえば、コレクター用品以上の物でもない。
この機会に返しても何ら問題ないって事だね。
「……ううん、コレだけで十分」
案の定、やっぱり、ですよねー、なんて文言が脳裏に浮かぶ。
先輩の力が跳ね上がった。
智樹の時と同じだ。
勇者二人には守護石なるものがある。
僕は、どうなんだろうな。
識はさっき百に一つは落とすかもしれないと言ってたけど、僕の見立てだと今は……。
ふと識を見ると表情が強張ってる。
世にも珍しい現象に立ち会えたってのと、先輩のパワーアップ後の潜在能力を予測して、だろう。
数字だけ並べるなら少しだけ、識が勝るかな。
理不尽なもんだ。
たった一つの装備品で、こうなるんだから。
「僕らとしてもあまり持ってて意味がある物でもないんですが……」
「なら、勇者の私物って事で学園にでも売りつけてみたら?」
!?
そ、その手が!!
ツィーゲのオークションで何かエロそうな親父(偏見だけど)に売るよりかなり良き案では!!
くっそう、どうしてコレをさっさと思い付けないんだ、僕は!
「……」
「真君、商人よね?」
「い、一応」
「ま、まあ良いわ。でも、何でコレなのかしら。元々持ってた時には大してご利益があった訳でもないのに」
早速装着したイヤリングを軽くもてあそびながら先輩は首を傾げる。
「愛用の品が主に奉公すべく覚醒したのかもしれませんね」
適当に答えておく。
完全なる主人公ムーブです、ありがとうございました。
とは僕は言わぬのです。
「愛用? 付けるのこれで二度目なのに?」
へ?
「どうしてそんな気に入ってもない物をこっちに持ち込んだんですか」
「日本に置いておいても余計な柵になるだけの面倒な物だったから」
「と言いますと?」
そこは雰囲気である程度察しましょうと後に識に注意をいただいたんだけど、僕はつい最近は大分控えるようになったのに脊髄反射で聞いてしまった。
「……向こうの許嫁のお祖父様にお会いした時に頂いた贈り物なのよ。だから私がいなくなった家に置いてあっても誰も得しないでしょ?」
「……いいなずけ」
「これがね、今でも一部ではあるのよ許嫁。政略結婚てやつね」
「せいりゃくけっこん」
物凄い単語が飛び出して参りました。
え、これ現実の話だよね。
「なんて顔してるのよ真君。大体こっちの世界には許嫁や政略結婚なんて当たり前だし剣も魔法も飛び交ってるでしょうに」
「日本ではテレビ以外で身近で聞いた事ない単語だったんで。少々アホになりました、すみません」
「いいわ、許してあげます」
「ありがとうございます?」
「だからちょっと私と一緒に魔族と決着つけにいかない?」
「謹んで辞退させていただきます」
「ちっ、ダメ?」
「どさまぎで何言ってるんですか、まったく」
「冗談はここまで、か。じゃあ協力の御礼に少しばかり私が知る現状についても情報共有しましょうか」
「……いいんですか?」
「もちろん。私は真君に嫌われたくないもの。役に立つ、新しい情報を提供できるかはわからないけど精一杯頑張るわ」
先輩を連れて識と三人で応接室へ。
さて、現場ではどうなってるのか。
魔族からは特に連絡もないし、好意に甘えて先輩から話を聞くとしますか。
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