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6巻
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僕、深澄真の指示で、ロッツガルド学園敷地内の廃虚区画を調査していたライム=ラテとの連絡が途絶えた――。
いつもなら開店前の清掃には必ず戻ってくるのに。それどころか、昨夜ライムが最後にいた場所に、戦闘の痕跡まで見つかった。
僕の従者である元死霊の識に、ロナさんの動向を追わせていたけど、昨夜の彼女に動きはなかった。ロナさんは正体を偽って学園に潜り込んでいる魔族の女性だ。目的はよくわからないんだけど、よりにもよって僕の生徒の一人だったりするんだよね……。そんないかにも怪しいロナさんじゃないとすると、一体何があったんだ?
共に行動していたはずの森鬼のアクアとエリスは何事もなく戻ってきている。彼だけが危険を伴うような場所に近づいたんだろうか。でもそんな報告は受けていない。
「ライムさん、あとは商人ギルドに顔を出して戻ると言っていたのですが」
アクア曰く、彼女達と別れたあとに何か起こったようだ。
「見敵必殺の指示もないのに戦闘は不自然。あの人ならまず逃げる。そして尾行する」
必ず殺せとか、僕はそんな指示を出した事は一度もないよ、エリス。
確かに、ライムが姿を消したらしい戦闘跡地は、二人とライムが別れた場所から商人ギルドへ向かう途中の通りだった。それにしても、彼はたとえいきなり襲撃されてもあっさりやられるような腕じゃない。刃を交えながらも逃げてやり過ごし、戻る相手を尾行して僕に報告する。それが出来る人だ。
となると、考え難いけど逃走さえさせてもらえないほどの相手だったのか。この学園都市に、新たな腕利きでも入ってきたのかな。どこかの商人に専属で雇われた冒険者というパターンなら考えられなくもない。
僕と識、森鬼達は今、ドワーフに店を任せ、店の二階で話してるけど、こうしていられるのも忙しくなるまでの間だ。流石にドワーフ達だけで店を回させるのは酷だから、アクアとエリスにも店に戻ってもらわないといけない。どの道、ライムが捕まるかやられるかしたのなら、二人の実力では同じようにやられる可能性が高い。
僕と識で動くのが妥当だろう。
ライムの危機だというのに僕がまだ落ち着いていられるのは、戦闘の痕跡を調べた識が命は無事だろうと言ってくれたからだ。勿論、それを妄信してのんびりと探す気はない。一刻も早く助けるつもりでいる。戦闘で命を落としていないからといって、今も無事とは限らないし。ただ、攫った以上は相手にも何か目的があると思うから、少しは時間の猶予があるはず。
「ライドウ様、どうやら一杯食わされたのかもしれません」
識が僕に言う。
「……ロナさんに動きはなかったんだろう?」
「ええ。ですが、以前聞いた念話の妨害、祝福を抑制する指輪の話と状況が一致します。何やら奇妙な力の流れが。どうやら、ライムはこちらに連絡させてもらえなかったのではないかと。このような技術は魔族しか持ち得ないかと思いますが」
「あれか……。その技が使われた痕跡があるんだ? ロナさん以外にも何人か魔族が入り込んでいて、隠していた手札で僕達に喧嘩を売ってきている?」
「可能性は、あると思います。奴ならこの程度、握手したままやりかねません」
「……。他に何か、ライムの居場所に関係する情報は?」
「気になる人物の魔力を見つけました。学園図書館の司書エヴァ。彼女の魔力が何故か現場にありました」
エヴァさん。確かに予想してなかった人物だな。辺りを見渡す。
図書館の司書である彼女が出歩く場所でも時間でもない。
それなりに知り合いではあるけど、出会ってからの彼女は図書館司書としての顔と、ゴテツ亭で働くルリアの姉としての顔しか僕に見せていない。時折不自然に詮索してくる様子も、噂好きの範囲に止まる程度だった。
「エヴァさんか。でも彼女がライムの隙を突けるとは思えないんだけど。もし単なる好奇心から事件に巻き込まれたなら、不憫だね」
物静かで読書好きな彼女が噂話に敏感というのも妙な感じはするけど、確かに僕の高校にもいたしなあ。やたらとアンテナ立てているようなタイプ。いつか絶対に厄介事に巻き込まれそうな人種が。
それにしても、僕達がまだ全然手札を見せていない状況下で、ロナさんが先に動くというのはどうにもピンとこないんだけど……。
「やはり、まだ判断を下せる状況ではありませんな。私も、どうも魔族の仕業と決めつけてしまっていますし。アクアとエリスには店に戻ってもらって、ライドウ様と私で現場に戻ってみますか」
「……そうだね。学園の廃墟区画、行ってみるか」
現場百遍なんて言葉もあるし、犯人の足取りを探ってみるか。
ライムが消えたのは、学園の敷地から商人ギルドまでの通りでのことだ。今は使われていない区画から延びた通りなので人気もない。
だけど彼が調べていたのは学園の敷地内。今は使われなくなった通称廃墟区だ。正しくは再開発予定の立ち入り禁止区画という。こっちを重点的に調べるべきだと思う。
「その前に一応、失踪した現場からお願いします。新しい発見があるかもしれません」
「了解。それじゃあアクアとエリスは店に戻って。僕らは多分遅くなるから来客があれば用件を聞いて、後程こちらから連絡するとお伝えしておいて」
『いってらっしゃいませ』
頷いて頭を下げた二人の従業員に見送られて、僕と識は消えた仲間を探しに出た。
◇◆ ライム ◆◇
「……無事かい、ねえちゃん」
「今目を覚ました貴方に言われたくないわ。今のところは無事だけど」
「そりゃ、良かった。で、状況を教えてもらえるかい」
「あの青年にやられた貴方を介抱してあげようと思ったんですけどね。すぐ別口が来たみたいで、私は貴方の仲間扱いされてこの様よ。多分もう朝。無断欠勤。勘弁して欲しいわ」
「ああ、司書さんだったな。確か名前はエヴァさんとか言ったっけ。まあ仕事なんざ一回や二回休んだ事を気にしていても仕方ないってもんさ」
「……」
「にしても、ちっ、しくじっちまったかあ。抜いて負けるたぁ情けねえや。……刀もねえか、姐さんと旦那に合わせる顔がねえよ」
「……ちょっと」
「あん?」
「何で私の名前知っているのよ? それに職まで」
「ああ。俺はライム=ラテ。クズノハ商会の従業員。おたく、ライドウ様の知り合いだろう? なら顔くらい見知ってるさ、従業員としてな」
軽く自己紹介をしながら俺の目はもう周囲の把握を終えた。牢屋だな、それも空気の篭り具合から察すると地下か。饐えた臭いがするし、小さな生物の気配がそこら中にある。虫でも這い回っているんだろう。ヒューマンは俺と司書の女が一人。旦那から一応洗っておいて欲しいと頼まれた女だ。
今のところ確定的な証拠は出てきていないが、俺の勘ではこの女は何か企んでいる。昨日、あんな場所にいた理由もわからないしな。少なくとも夜の散歩で通るコースじゃない。不安を押し隠そうとして平然とした顔を保っているが、そう冷静でもないだろう。調べた情報通りならこの女は虫が苦手らしいのに、耳を澄ますだけで奴らの存在が感じられるというのに取り乱してもいない。嫌悪感も見られない。内心は相当焦っていると見た。
次に体の各部を確認する。五体は満足に動く、だが俺の命より大事な刀をはじめ大半の武装は解除されてしまっている。刀は絶対に取り戻すとして、ドワーフの兄さん達が作った幾つかのものが無事だった。
単なる装飾具と思われたのか。だとしても武具を取り上げた連中をお粗末だとは思わない。俺だって以前だったらこれが武装だとは思わないだろうからな。魔力も限界まで隠蔽してあるし。
右手首のバングル。これは実はドワーフの作った武器だ。
俺は鍵となる短い言葉を口にした。
ほのかな淡い光がバングルと右手を包み、一瞬で手に重量が伝わる。右手に剣が出現した。
「っ!? それは!?」
「しっ、大声を出すな」
驚くのはわかる。だが状況を考えて欲しい。現状、俺と彼女の目的は一致しているはずだ。脱出という確かな目的がな。
「貴方、店員なんて嘘でしょ? 用心棒かしら?」
剣を振る仕草から何か感じたのか、司書が俺に疑いの目を向ける。やれやれ、姐さんに連れて行かれたあの魔境じゃ、俺なんぞ大した事ないんだがな。森鬼のモンドとの勝率もようやく上向いてきた程度だし、この一件が終わったらまた鍛え直さねえといけねえ。
「クズノハの店員には俺程度はごろごろしてるよ。一応確認するが、エヴァさん、あんた脱出したいよな?」
「……」
ん? おかしい、迷っている? どういう事だ、この女まさかここに俺を閉じ込めた連中と関わりがあるのか? 内輪揉めとなると少し話も変わってくるが……。
「……ここは学園の廃墟区。ここに拠点を作れる連中は、相当な組織よ」
「へぇ、推測だけじゃない言葉の強さだねえ。あんた、何が言いたい?」
「つまり学園内にも協力者がいるって事。ここから逃げただけじゃ一司書に過ぎない私にとっては状況はあまり変わらない事になる」
命が危ないかもしれないってのに、冷静な事を言うじゃねえか。まあ、確かに天下のロッツガルド学園内で怪しげな連中が動き回るには、内部の協力者は必須だろうな。それが誰かを明らかにするのはこれからだ。刀を取り戻すついでにやるさ。
「ごもっとも。数日後に手が回るかもな」
「それに貴方は彼に負けた。それも素人目にも圧倒的に。あれは、勝つどころか逃げる事さえ出来なかった。そうよね?」
痛いところを突くねえ。確かに、逃げられねえと悟って腹を決めて本気で戦って負けた。次やれば勝てるなんて生易しい実力差じゃねえ。姐さんや旦那にやられた時みたいな絶望的なものを感じた。
あのガキ、年は旦那より少し上、識さんと同じくらいか? だがあんなナリであれだけの力なら評判にもなっていようものなのに、まったく聞いた事がねえ奴だった。
「あんたの言う通り、アレがいたら終わりだ。でも安心しな、ここにあいつはいない。俺も俺なりに手は尽くしてる。勝算があっての行動さ」
俺とてただやられただけじゃない。少しでもやれる事があれば足掻くさ。それは今の俺が心に決めていることでもある。現在、あの野郎は少なくともこの付近にはいない。行動を起こすには好都合だ。
俺は確かに奴に一撃は入れたし、その際に奴の現在位置はばっちりわかるように刻印を刻んでやった。俺の相棒でもあるあの刀に備わった力の一つだ。
「それを信じるとしても私の危険は変わらない。もしここから助けてくれると言うなら、学園に巣食っている連中を一掃するところまで面倒を見て欲しいの」
嫌な目をしやがる。人を値踏みするような目だ。どうにも調べたところの司書のエヴァってのと、今俺の目の前にいるこいつに相違点が多いな。こっちがこいつの地か? しっかし……だとすると、こういう人種の出身っていえば……貴族かなんかが身分を偽っているか、それとも没落した元貴族とか、そんなパターンが多い気がするがなあ?
だとすれば名前も偽名かもしれねえ。旦那も面倒な女と関わりを持ってらっしゃる。こういうのは巴の姐さんが好きだったりもするから、すぐ始末しちまうのもまずいんだよなあ。旦那の知り合いでもあるから余計に難しい。
「面倒を見ろ、ね。まあ奴らにはきちんとお礼はする気だがよ……そこまであんたにやってやるメリットは何よ?」
タダで働いてやる道理はない。今の俺は商会に仕える身だ。仕事をするなら報酬はもらっておかないと、後々面倒事に繋がる事もある。
「……貴方の身元が本当にクズノハ商会の店員なら、私は貴方の主に有益な情報を提供出来る。そしてもしこの組織が学園に伸ばそうとしている手を潰せると言うのなら……」
この組織ね。こいつ、連中の事を確実に知ってやがる。旦那は怒るだろうから、識さんと二人でちょいと内緒で頭の中見させてもらう事になりそうだな。どういう関わりかは知らんが、怯える程度には相手の事を知っていると見える。
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「……潰せると言うのなら?」
「莫大な報酬を約束するわ」
キナ臭いねえ。本当に。冒険者時代、特に疑った言葉の一つだぜ。
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……そういえば、だからこそ思うんだが、兄さんらが苦心する旦那達の武具は一体どれだけの代物なんだ?
階層全体に漂う古びた雰囲気に合わない真新しい金属の格子を、手に出現させた剣で細切れにする。大した芸当じゃない。
武器が良すぎるからこんな事も容易く出来るってだけだ。
さて足手まといは一人いるが、反撃開始といくか。
◇◆◇◆◇
これは、どうなっている?
僕と識は事件現場と思われる場所で戸惑っていた。
事前に識が調べた時にはなかった、あからさまな痕跡が残っていたからだ。
魔力の残滓。
それもこの感じ、巴とかランサーと同じ……。
「ライドウ様。この痕跡、点々と廃墟区まで続いておりますが」
「前はなかった、だよね」
「はい、それも痕跡から、竜の気配を感じます」
やっぱり。竜というと、やはり巴かランサーが思い浮かぶ。ランサーとは、以前僕に突然斬りかかってきたあの戦闘狂のソフィアと一緒にいた竜だ。御剣とも呼ばれていた。
巴だったら僕に連絡がない訳ないし、ランサーか? 確かにライムが負けても不思議ではない相手だ。
ソフィアとの再戦? 冗談じゃないな、まだやりたくない。というかもうやりたくない。会いたくもない。とにかく話を聞かないんだよなあ、あいつら二人とも。
識がいるし、相手の手札もある程度見ているから以前よりはよい勝負が出来ると思う。でも基本、やるなら確実に勝てる見込みが欲しい。結果のわからない勝負は避けたい。
「この痕跡、一応隠蔽してあるけど隠す気は殆どないよね」
「まず罠でしょうな。ただ竜となると、魔族の線は薄くなったかもしれません。ロナと親しい竜はいなかったはずです」
「ランサーって事もある。彼らは一応魔族側なんだと思う」
「竜殺しと同行していたというランサーですか。ふむ……なら迷う事もありませんな、ライドウ様、行きましょう」
「はあ!?」
いやいや、迷おうよ!? 識までバトルジャンキーになられたら僕の胃が潰瘍的な意味合いでぼっこぼこになるよ!?
「この先にランサーと竜殺しがいるなら、よい機会ではありませんか。我が主に血を流させた事、懺悔しながら死んでもらわなくては」
「し、識?」
「ふくくく、ライムめ。時によい仕事をする奴。本来なら巴殿と澪殿を呼ぶのが流儀、されどこの非常事態下にあっては止むなしと言い訳も立つ。竜殺しだか御剣だか知らんがまさかこの私に機会が回ってこようとは……いいね、いいよ。素晴らしいじゃないか」
あの時の話を一番冷静に聞いていてくれたのは識だったと思っていたんだけど。どうやら静かに我慢していただけだったようだ。こ、怖い。
目なんて初めて会った時の、赤く輝くあの瞳よりも狂気を感じるくらいだ。薄く笑っているから余計に迫力が増加している。
「おい、あいつらは本当に強いんだって。聞いているか、識?」
「……勿論でございます。つまり存分にやれるという事でございますね? 大丈夫です、微塵も手加減するつもりはありません。万が一私が及ばなくても、その時はあのお二人をお呼びすれば……絶望の底はそう浅くはないぞ愚か者どもが」
完全にいっちゃってるな。ソフィアと再戦する時は、もしかしたら僕の出番はないかもしれない。やられっぱなしも寂しいけど、識ですらこれだ。従者を抑えられる気がしなくなってきた。いや、本心を言えば僕の事で怒ってくれる彼らを抑えたくないというのもある。
識がこれだけやる気なんだ。僕も一緒に行くんだし、余程の事には対応出来る。以前とは違うと言える程度の自信はあった。
罠ね。
面白いかもしれない。従者になってから識の本気はまだ見た事がない。僕と修練すると、打ち消し魔術の練習が主になるからだ。契約して様々な事を学んだ彼の戦い振りはこれが初めてじゃないかな。森鬼の訓練には識は参加していないし。
いや。純粋に敵と対峙してという意味では、識に限らず、僕はまだ巴や澪の本気だって見た事がない。
何が待っているのかわからないけど、僕と識は廃墟区に向かった。
ぶつぶつ呟きながら凶悪な魔力に身を包んだ識。既に話しかける雰囲気じゃないね、これは。
(旦那、ヘマをして申し訳ございやせん。ライムです、学園の司書エヴァさんも一緒です。今、廃墟区にて先日ご命令を頂いた施設とその実態を確認。エヴァさんの安全を最優先にした上で、施設の機能停止と敵の殲滅を完了しやした)
へ?
ラ、ライム!?
突然、まったく繋がらなくて諦めていたライムから念話が入る。こっちの受信状態を常にオープンにしておいて良かった。良かったんだけどさ。
(ライム、無事なのか!? それにエヴァさんも一緒!? えっと、あれ、そこ竜とかいなかった?)
(竜? いえ竜はいませんでした。一応、施設には事前のお話にあったものだけ……。二人とも、五体満足です。詳しいご報告は後ほど、ただエヴァさんが旦那に話したい事があるようでして。これからそちらに向かいます。今、あっしが襲われたあたりにおられやすね?)
(あ、ああ)
凄い位置把握能力だな。もう本職の工作員みたいだ。
(では)
では!?
って事は直にこっちに来るって事!?
まずい、識! こいつを元に戻さないと! エヴァさんに見られると凄くまずい!
「識、ライムが戻ってくる! もう済んだみたいだ! おい、戻れ識! スイッチオフ! 脱げ!その凶悪な魔力、さっさと脱ぎ捨てろ! 微笑み! 微笑み!」
「……ライムゥ。あ奴という奴は……!」
「聞こえてるか!? 切り替えろーー!!」
「ここまで昂ぶらせておいて、ただいまとは何事だ! 何故もう十分が待てんのだ、あいつは!!」
「いややややや! 竜なんていなかった! 勘違い! 勘違いだった!」
ライムが戻ってくるまでに識を宥め、何とか平素の学園モードにする。久々の高難易度ミッションだった……。
◇◆ ロナ ◆◇
(ライドウか。商人だなんて言葉を真に受けはしない。でも私達魔族への嫌悪は確かに微塵も感じなかった。かと言って『竜殺し』どものように、何かの目的の上で手を組むという様子も見せない。普通、本当に普通。あの坊やはまるで他国のヒューマンと話すかのように魔族とも接する)
カレン=フォルスというヒューマンの女に姿を変えて学園に潜り込んでいるロナは、宛がわれた一室で静かに寝台で横になっていた。目も閉じている。しかし頭の中では、今回の遠出で全く予定になかった要素の情報を整理していた。
魔将としての彼女の主な役割は情報の収集と活用。時に戦術や戦略を進言する事もある。単騎での戦闘能力では、四人いる魔将の中で三番手。だが彼女はそのあたりはあまり気にしていない。各々が得意な分野で王に仕えればそれでよいと考えているからだ。だから己が任されている分野で周囲に恐れられても蔑まれてもロナは動じない。むしろ任務に忠実である事の証明と、彼女は内心で誇っている。
(ヒューマンの学園講師としても、やはりライドウの力は強大すぎる。私から見ても数名が高い水準を誇っている学園講師の中でもかなり異質ね。そして今後、彼が育成しようとしている戦闘スタイルのヒューマンが現れてくるとなるとこれも少し都合が悪い。あのやり方は私達にも通じるものがある。数に勝る側に同じ事をされれば不利は必定。つまり本来は速やかに処理すべき対象なのだけど……。何よりも問題なのはあの情報量。魔族でも限られた者しか知らない私の名、それを知り得た情報の入手経路は潰しておきたいところね。魔族側でもヒューマン側でもなく、あくまでも中立でいようとするライドウ自身の考え方には驚いたけど、本当ならとても有益なのよね。彼自身は扱いやすそうに感じたし凄く使える駒になってくれそう。ただその場合に邪魔なのがあの識。私の勘だと、彼が情報組織をまとめていると思う。私の名を知っていた油断のならない人物。最上の手としては、識を消してライドウに取り入る事。これなら魔族にとっても益の大きい結果になるでしょう)
今、ロナは密かに忍ばせている数名に、クズノハ商会とライドウについて調査を命じている。当初の任務計画時には、ロッツガルドはさほど危険度が高い場所でもないという認識だったために、連れてきた部下は特別能力に優れている訳ではない。人材不足だったとはいえ、今となってはこの選択が悔やまれる。
尻尾を掴まれては意味がないどころか裏目に出てしまうため、ロナは相手に悟られない事を至上命題として部下に指令を出した。情報の精度に問題は出るだろうが今は少しでも相手を知る必要がある。
(学園ではクズノハ商会に目立った動きはない。あとで商品は確認するけれど……雑貨店である以上特筆すべき点があるかどうか。ギルドでライドウの情報を照会したら区分は何でも屋だった。ギルドへの登録時期、業種の選択から察すると、どうやら商才に優れている訳でもないようね。……いえ本人にまったく優れた資質がないのに周囲に優秀な者ばかりが集まるというのもおかしな話、何かしらの才能は持っているか。そうね、戦闘能力は大したものだった。危うく私も本気でやろうかと思ったくらい。でも、助手の識も相当強いと思うんだけど……。果たして戦闘能力だけが優秀な存在を集める要因足り得るか)
雲を掴むようにあやふやな推測を並べたまま、一向にまとまらない思考にロナは苛立つ。少なくとも彼らが今後、何の障害にもならないとは彼女には考えられない。ならば何らかの策を講じるべきなのだが、相手の姿がはっきりと掴めない上に得体の知れない情報網を持っているらしい。そんな相手にどこまで踏み込めるのか、まだ判断がつかない。
(一先ず、あの件で彼らの行動力と戦力の一端を見せてもらいましょ。私がここに来た本来の目的はもう済んでいるから危ない橋を渡る必要もない。少なくとも神殿の関係者でもない限り、あの件でヒューマンに好印象を抱く事もないでしょうし。亜人への非道は、転ずればヒューマンへの非難、私がここにいる事も含めれば魔族への好感に繋がる可能性だってある。どう転んだとしても害にはならない。協力を求められたら私個人で手伝えば支障も出ない。自然に消えるための布石にもなる。あの状況にしては、まあ合格の立ち回りだった)
ロナがゆっくりと目を開く。今のところ、アクシデントにも対応出来ているし、先の見通しも立った。そう思考に一区切りをつけると、夜の帳が下りてきている事に気付く。
それなりの時間を使ってしまった事にロナは苦笑する。
しばらくすれば、また魔族とヒューマンとの間に大きな戦闘が起こる公算が高い。ロナはその戦闘に自身も参加する事になるだろうと予想していたし、それまでにやっておかなければならない仕事はたくさん残っていた。ただ、ライドウの存在で彼女の予定が少し狂っていた。
(もっとも、ステラ砦の方はイオがいれば殆どは万が一の備えになってしまうのよね。こと戦場での采配と戦闘能力では彼ほど信頼をおける存在はそうはいない。現状の戦闘規模を考えても、今はソフィアがヒューマンの戦力筆頭なのだから彼女を抑えている以上、向こうの攻撃はそれを下回るのは間違いない。後は『魔人』の正体と正確な能力さえ分かれば磐石ね。舞台は全て我が王の描いた通りに進行している……。魔人がライドウだというならそっちも結構簡単な話なのだけど。流石にそこまでは上手くいかないわよね。戦闘の時期、魔術の規模、信頼性は低いけれど集まった容姿の情報。ライドウとの一致は、性別を別にすればあのコートのような防具だけ。はぁ、でもあの青いコートだけで疑うようじゃ、私の勘も鈍ってるわね。大体、戦場だからといって目撃情報が赤と青の二種類ってとこから元の情報の信憑性も怪しいものよ。学園の平和ボケが伝染したりはしていないつもりだったのに。もう、今日はこのまま休もう)
今頭を悩ませる二人、ライドウと魔人が同一人物だと彼女が気付くのは、まだ先のようだった。
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