月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

白羽の矢

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 さてと。
 お仕事が一つ片付いた僕は、クズノハ商会の代表として亜空、いや蜃気楼都市をうろつく。
 ツキノワグリズリーを何の間違いか幸運にもテイム成功してしまった冒険者をどうするか、という少しだけせんしてぃぶな問題の解決策として目を付けたのが同じく冒険者パーティであり、彼らに押し付けつつもそれなりにフォローもするという玉虫色なそりゅーしょんを我々は用意してみた訳です。
 トア達は正直なところあまり適切な押し付け先ともいえず、結果としてビルギットというパーティに白羽の矢が立った。
 見たところ亜空の住人からも一部から注目されている、やや偏った、まあ将来性がない事もない感じの冒険者たちだった。
 良くも悪くも己の信念や欲望に忠実なタイプの冒険者、巴よりは澪が好みそうな連中だけどジョブ的には巴のストライクである剣豪がいる。
 つまり……評価が難しいんだよねえ。

「!」

 あまり人の目を気にせず、ビルギットの面々にはわざと顔を晒すくらい無防備風にやってきたのは巨大な檻の前。
 中にはクマが一頭。
 以前狼と一緒に遭遇したヒグマを名乗った個体のが大きく、そして強さも格段にあちらの方が上らしい。
 あの森の正確な序列ってどうなってんだろうな。
 そのうちに聞いてみるのもいいか。

「や」

「ち、何の用だよ、ですかい」

 ?
 ああ。
 一応森の外の僕らについても彼らなりの社会で説明は受けてるのか。
 だから外のボスが僕だって事も一応知っていて、それなりの口の利き方をしようとしていると。
 ブチ切れっぱなしで話にならないよりはずっと良い状況だな。
 舌打ちは忘れよう。
 何気にパンダっぽいやる気のない座り方も可愛いしね。
 同じクマ枠だけある。

「まさか亜空の獣が冒険者にテイムされて外に出てるとは、全く想像してなかったよ」

「!! あの無茶苦茶なクソ野郎を知ってんのか!!」

「実力でテイムだの契約されるほど弱そうにも見えないし、一体何があったのさ」

 だんまりを通してくれてるみたいだからな。
 巴が行く行かないで何だかエマと揉めてたし勘弁してほしいもんだ。

「……森には森のルールってもんがある、んですぜ」

 無理してるな。
 
「別に話しやすい喋りで良いよ」

「オスならば群れのボスに挑む権利は誰にでもあるってこって」

「うん、野生の世界だねえ」

「当然挑めば勝ちも負けもありまさあ」

「負けたんだ。縄張りは……ヒグマんとこじゃないみたいだし樹園とか菜園のあたり?」

「あの魔境で暮らせる獣はよっぽどの変わり種だけ、俺らは元々ロック鳥さんの山の麓辺りが縄張りだ」

 ロック鳥。
 ああ、あっちの山脈の方か。
 となると詳しいのは翼人たちになるかな。

「狼がいる森からは大分離れてるね。てっきりあそこかもっと奥から来たかとばっかり思ってた」

 確かにそうだとすると冒険者と接触するような場所が皆無だな。
 都市に入る前のほんのわずかなラグで冒険者と遭遇するとなるとかなり限られる。
 それこそ樹園や菜園といった特殊な森や草原で追い立てられたケースの方が現実的だけどそれも違うと。

「……悔しいがね、王窟に今挑むほど無鉄砲でもねえ」

 王窟。
 あー、前に狼があの森の事を似たような言葉で呼んでいた事があったような。
 ただ、見えてきたな。
 こいつ、要は群れを追われた若いオスだ。
 まさに野生の世界。

「うん……」

 そして手ひどくフルボッコにされて弱っていた所を冒険者に不意打ちでもされた、か。
 こっちから口に出すのはちょっとだけ可哀そうな気がして少し黙ってみる。

「ボスに」

「……」

「コテンパンに、それこそ死ぬかって程叩き潰されてよ。あの野郎まさかあそこまで強ぇなんざ……畜生が!」

「……」

「死にかけで何とか逃げて逃げて……んで食わねえと怪我も治らねえから菜園の端でちょいとカボチャと芋なんぞを掠めてよ」

「……」

 熊ってそういえば雑食か。
 どうも肉食オンリーのイメージがあるな。
 強烈な内臓食いの印象がある。

「何とか腹に詰め込んで何とか隠れて寝られたと思ったら……目が覚めた次の瞬間、クソ弱い雑魚どもとあんたのお仲間みたいな武装した連中が喚き散らしやがる」

 戦争の時だな。
 レンブラントさんが買い集めた魔獣を封じた結晶、夜襲代わりにアイオン軍に放り込んだって聞いてる。
 しっかし不意打ちどころか寝込みか。
 ビーストクルーザーだっけ、かなりついてるな。
 結局手に負えないと直感して売りさばく辺りも中々危機管理能力が高い気がする。
 意外と優秀な冒険者じゃなかろうか。

「となると誰に封印されたのかもわからないのか」

「いや! ぼんやりと俺に何かする奴の事は覚えてる! そして臭いだ! 絶対に忘れねえ臭いってのが俺の頭ん中に刻み込まれてらぁ!」

 戦った後だもんな、例え負けて休みを取っていたとしても完全に熟睡はしないか。
 熊の嗅覚がどれほどのものかはともかく、その冒険者については忘れていないって事で間違いなさそうだ。

「こちら、つまり亜空の側からすれば……正直冒険者の事なんて忘れて森に戻って欲しいんだ。でも、それで収まりそうじゃないって聞いてね」

「当たりぇだ! この俺をよ、寝込みを狙ったにしてもだ! 勝手に契約して勝手に捨てて、勝手に見限りやがった! 筋ってもんが通るめえよ、ああ!?」

 殺意が溢れ出す。
 闘志も敵意も一緒だ。
 純粋というか若いというか。
 オンオフのスイッチがまだ無いんだろうな。
 だから群れのボスの力量も見誤る。
 胸元の三日月模様が赤く輝いて、赤光が全身を覆いゴツイ外殻を形成して立ち上がり……っと。
 見ている訳にも行かない、ヒートアップしっ放しで涎も凄い。
 こちらからも少し、殺意をグリズリーに向ける。

「!?」

 効果は覿面だった。
 赤い光は霧散して、すっかり冷静になった顔は何となく動物園の竹食べてるパンダちっくだ。
 ペタンと腰を下ろした姿は愛らしく見えない事もない。

「……冒険者に使役されるってのも、勉強かもしれないよ」

 諭すように提案を始める。

「っ」

「そこから見える景色は確実にこことは違うだろう? 荒野には歯ごたえのある魔獣もいる。聞いてる限り君はまだ若いみたいだ。群れにも戻れないのならいずれ違う森で君自身の群れを作る必要だってあるんじゃない?」

「……だが」

「ここと関わりある冒険者もフォローに付ける。一組は君と良い勝負くらい、もう一組は今の君じゃ勝てない」

「んだと?」

「そして君の契約者は明らかに君より弱い」

「弱ぇのに従う意味なんて何も無ぇ」

「そうでもない。自分より弱いのを守らなきゃならない場面は絶対にある。野生の世界だろうが人の世界だろうがね」

 無茶する学生とかね。
 森の生活だとやはり子供だろうか。
 群れを作るんだから多分オスは群れかメスか子供を守らんといかんだろう。
 自分より弱かろうとね。

「じゃあ何か、俺に、寝込みをスキルか何かで襲った奴に使われろってのか」

 うわ。
 超不満そう。
 あ、後方でこちらを窺っているビルギットの諸君把握。

「武者修行を兼ねた社会見学だよ。ついでにテイムをされた側がどれほど束縛されるものなのかも研究させてくれると助かる」

 さっさと一応の承諾だけでも取ろう。

「俺ぁ実験とかされんのは好きじゃねえ。大体束縛って何だ、元々暴れんのは好きなんだ。俺に芸でも仕込むんか」

「いや、例えばだけど冒険者の命令があれば僕にだって襲い掛かるものなのかな、とかね」

「っ! はは、冗談きついぜ」

 襲ったとしてどうする気だよ、と熊の目が語っている。

「熊に芸を仕込むよりは本気だよ」

 さあね、と流して冗談で返してやる。

「……あれだ」

「?」

「樹園からよ、時々物凄ぇ良いにおいがしやがるんだ。一粒がよ、俺の目ん玉くらいあるでっけえブドウだ」

「あー……あるね。それが?」

 シャインマスカットか、と。
 こんなものまであるのか亜空と驚いていたら、我は天山とか語り掛けてきたヤツだ。
 果物の品種までは流石に詳しく知りませんよ僕だって。
 そりゃリンゴとかミカンとか柿みたいな身近なのならわかるのもあるよ。
 でもシャインマスカットだぞ、僕にとってはお高い最先端のオサレフルーツでしかない。
 とても無理だ。

「時々、ここに戻ってこれんだろ? そん時にちょいとご褒美を頂く。であんたに協力をする。多少痛ぇ目には遭わせるかもしれねえが冒険者も殺さねえ様にする。そんなんで……どうだい」

「……ふぅん」

 妙に日和ったな。
 ただビーストクルーザー、魔獣使い系のジョブの真価も知っておきたい。
 亜空の皆も冒険者のジョブにかなり興味を持ってる。
 あとは陰ながらフォローしてアルパインとビルギットに期待しようか。
 
「? 何のつもり?」

「知ってるぜ、こういう時は笑顔で握手だろ、旦那」

 熊が近づいてきて立ち上がって見下ろしてきて右手を前に。
 握手ってより食われるって思うよね、多分、普通はさ。
 どこで握手なんて覚えてきてるんだか。

「わかった、ブドウで契約だ。よろしくグリズリー」

「おお。後ろの連中も殺さねえようにするさ旦那」

 旦那呼ばわりはライムだけで十分なんだけど。
 とりあえず外側の条件はこれで埋められたかな。
 しばらくの間、ツィーゲで話題になるかもなビーストクルーザーの子。
 ……ガンバレ。
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