月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

初めての連名

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「とうとうこの時が来たわね」

 割り振られたそれなりに上等な客間風の一室でトアが口を開いた。
 ラニーナ、ルイザはリーダー同様に深刻な表情を浮かべている。
 そして唯一の男性メンバーであるハザルは空飛ぶハンカチなる愛称を持つ可愛らしい哺乳類に顎を足蹴にされつつ正座している。

「巴様や澪様からのクエストは滅多にない事だったけれど、その都度難易度は跳ね上がってきた」

「だな。生還率は逆にダダ下がり、という事でもある」

「何とか今までは全員生きて帰ってこれたが……」

『ハザルが死んだ』

 三人の声が見事にハモる。

「それも依頼を受けた直後よ? もはやこの先何が待っているのか全く見当がつかないわ」

「ある程度回復する時間こそあれ結構な連戦続きだしな。もっとも武具の手入れが万全なら今回ハザルが死ななかったかといえば微妙な所だが」

「事実上、巴様澪様連名での頼み事、ときているからな。どれほどの困難が待ち受けているか予想もつかん」

「やー正確にはライドウさんのお父さん? らしき人からの依頼だから巴様と澪様は口添えしてるだけじゃないですかねえ」

「だとしても史上最上級にヤバいのは事実でしょ」

 お気楽に口を挟むハザルにトアはため息交じりの指摘をする。
 いよいよ序盤からメンバーの生死に関わるクエストに足を突っ込む事になったのだからトアを始め女性陣の不安はもっともなものだ。
 たける空飛ぶハンカチに髪を引っ張られつつさっきまで死んでいた当の本人がお気楽すぎる。

「ですかねえ。何というか額面通りの依頼で意外とさっくり終わるような気もしてるんですけど……」

「おう、さっきから妙に儂らと気が合いそうなネズミ。ハザルの楽観的意見はあれか? 星の精霊? 的な後押しあっての直感か? 或いはほれ、理力とかそういう」

「っち! あたたた! 駄目です、耳はかじらないで! 凄い痛い、死ぬより痛いから!」

「……そんな訳ないでしょう、という意思表示かな」

 ルイザが心底同意するかのようにハザルを軽く蹴る。
 今この時死ぬより痛いとか気軽に言ってほしくない、当然の心境からの親愛の一撃だ。
 半目を開いて呆れるラニーナも、そしてトアも頷く。

「まさか巴様が蘇生までやってのけるとは思わなかったよね」

「御屋形様とやらの様子から見ても今回限りの奇跡という程大層なもんでもない感じだったな」

「まあ覚悟を決めるしかあるまい。これまで我々がこの都市に来られなかったのは恐らく巴様たちの意思だろう? なのに今回はそれが叶った。いよいよお眼に適うのかどうかを試されているのかもしれない。正直私としてはこの街には大いに興味がある。是非にでも今回の依頼を乗り越えて修練の場として、休息の場として活用できる関係を築きたい」

 ルイザは森鬼の存在を始めとしてこの都市の亜人や外の森に殊の外興味を持っていた。
 正直なところトアやラニーナ、ハザルにしても蜃気楼都市はこれまで何故か来る機会に恵まれなかっただけで興味はそれぞれに抱いていた。
 招かれなかった理由は今になって思えば巴達との濃い関係故だったのだろうと察してはいる。

「依頼、か。2パーティで協力してほしいとも言われているが……あのビルギットという連中、ちょおっと心細い感じよね。四人しかいないし」

「トア。四人なのはこちらも同じですよ。できれば充実した前衛が壁になってくれるようなパーティが嬉しいのは事実ですが」

「そうよね。何故だか前衛の前に躍り出て自殺する魔術師殿がいるものねー」

「心意気だけは嬉しく受け取るがな、二度とやるなよ、殺すぞ」

「大丈夫よラニーナ。その前に手足を撃ち抜いておくから」

「よろしくねルイザ」

「任せておけリーダー」

 さらに追撃のモモンガアッパーがハザルの眉毛を微かに抉った。
 心なしか小さくなったハザルはちっとも楽しくなさそうな笑顔を張り付けたまま、そっと俯いている。

「将来的にはどちらかのパーティでビーストクルーザーを引き取ってほしいんだっけ」

 明らかに乗り気でなさそうなトアの言葉。
 三人が彼女の確認に首肯した。

「との事だったな。この都市周辺を生息圏とする魔獣ツキノワグリズリーを偶然にもテイム成功してしまった冒険者とその魔獣との円滑な関係を構築する手伝い、との事だった」

「依頼内容だけみればさほどきつくなさそうだと思った端からこの有様だからな。一体何がどう面倒に結びついていく事やら」

「うちのパーティに男はハザルだけで良いしね。リノンに手を出されでもしたら」

『潰す』

「ありがと」

 パーティの総意も確認出来て満面の笑みを浮かべるトア。
 
「とりま、夜になったらビルギットと正式に顔合わせしてツキノワグリズリーについての情報収集でしょう。魔獣使いの子についてはツィーゲでクズノハ商会が確保してくれているようですし」

「しっかし魔獣使いなんて荒野で役に立った話まったく聞いた覚えないわよね、何を考えてそっちに進んだんだろ」

 トアが純粋な疑問を口にする。
 荒野で活躍する冒険者は様々なジョブを鍛えて危険な土地に出向く。
 新たな発見により注目されるジョブはいくらでもあるが、これまでに魔獣使いの系統がそうなった事はない。
 理論上というか、スキルだけを見れば魔獣を使役する魔獣使いのジョブは強力だ。
 前衛も中衛も後衛も状況に応じて召喚する魔獣を変えて対応する事が出来る。
 だが現実には使役できる魔獣の数、強さに難があり、かつ暴走による全滅などという最悪の可能性まで孕んでいるジョブでもある。
 具体的にビーストクルーザーなるジョブがどの程度の力を持っているかはともかく、強力な魔獣との正式な契約を結びパーティへの所属まで面倒を見るとなると……なるほど凄まじい面倒の匂いしかしない。
 更に連携するよう紹介されたビルギットはといえばアルパインにとって弱みを埋めてくれるような構成でもない格下ときた。
 トアが仲間の死も相まって憂鬱な気分を抱くのは無理からぬ事だった。

「……詳しい話は聞いてみなきゃわかりませんよ。でもトア、ツィーゲにしろベースにしろ……誰もが望んで荒野に出入りする訳じゃありません。もし事情があるのなら今度は私たちが手を差し伸べるというのも、運命ってやつじゃないでしょうかね」

 かつて自分たちが救われたように。

「ハザル、ネズミちゃんにかじられながら良い事言わないでよ。一瞬感動しかけたじゃない」

「お前らは頼むから慎重にな。早とちりとうっかりは今回絶対に封印だぞ。まずは報、連、相だ」

「アイテムバッグがあるから忘れ物はともかく……前に出ようとしたら足は許せよ、良いな?」

「私……今凄く良い事を言った気がするんですよ。ええ、本当にね。なのになんで顔がそこら中痛いんですかね、何か理不尽だなあ、おかしいよなあ。あとこの子モモンガっていうらしいですよ」

 首を傾げる彼に賛成してくれるパーティメンバーはただの一人もいなかった。
 蜃気楼都市からの依頼、開始。
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