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七章 蜃気楼都市小閑編
吉兆の陰に凶兆あり
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「んーっ!」
商人ギルドの扉が閉まるのを背中越しに確認した僕は両手を絡めて天に伸ばす。
先日レンブラントさんにショーケースに展示していたエンジン模型を譲った時に代金だけでは申し訳ないとか何とか言ってくれて、いくつかの商会との顔合わせをお膳立てしてくれた。
僕からすると容易い相手というのがいないのがツィーゲの商人であって、しかもレンブラントさんからの紹介となれば更に能力値が高い人たちな訳で……。
されどクズノハ商会にしても僕にしてもまだまだ商人同士の付き合いや顔見知りが少ないのも確か。
片っ端から会って世間話から軽い商談までしていく内に瞬く間に数日が過ぎ去った。
疲れたけど凄く身になる時間だったと思う。
ウチは何でも屋だけに、こういう時は相手の職種や得意分野が何であれそれなりに話せるし商売の機会も持てる。
生き残れた何でも屋の数少ない特権かもしれない。
「治安、ねえ」
顔見知りになった商会の代表や営業担当から口々にあがり危惧していた事の一つだ。
ツィーゲは今物凄いピッチで街の外の平野や丘陵部、森林から魔物を駆除している。
ほんのひと時のバブルだと知りながら近隣から荒野に挑むほどの力を持たない冒険者であっても一時的にツィーゲに流れ込み、拠点として滞在している理由の一つでもある。
当然全ての魔物を駆逐して安全な往来を確保、道の整備を進めつつ街を一気に拡大していくための準備に他ならない。
つまりツィーゲの外は今街の近くであれば城壁の外であっても魔物に襲われる危険は少ないって事だ。
ただ……。
「魔物の代わりに賊、ときたか」
外の魔物が減ればそれだけ安全になるというものでもないみたい。
今はわかりやすい太い道が敷かれたエリアの周辺で強盗が増え始めているんだとか。
荷を襲われるケースも増えてきて無視できない数になりつつあるらしい。
カプル商会についてはそんな話を代表からも幹部からも聞かない辺り、大商会は避けているのか、或いはカプリさん達はその辺も織り込み済みで優秀な用心棒を帯同させているのか。
考えてみれば輸送中の強盗対策についてはカプリさんに聞いた事は無かった。
今度後学の為に話を伺って見るのも良いな。
「ライドウさん!」
「? ああ、トア」
「お一人ですか?」
「今日は皆忙しくてね。たまには一人の時もあるよ」
そういうトアも一人だ。
荒野に出ては荒稼ぎして戻ってくるアルパインのリーダー。
彼女もすっかりこの街の顔になった。
聞けば彼女らの誰かがギルドを訪れたり、店に入ったりするだけで畏敬や憧れの視線が集まるんだとか。
「あまりお一人で出歩かれない方が良いですよ? 最近街の外の強盗やら賊もそうなんですけど街中でも夜になると治安が悪い箇所が増えてるんです」
「……へえ」
街の外だけじゃなく中もか。
それは……良くないな。
トアの声に恐怖はない。
それは彼女がそれなりの実力者であり、自身にとって街の治安の悪化が脅威ではないからだろう。
ただ、不快感は明らかに含まれてる。
そうなる冒険者も少なくない中、トアやアルパインの面々は賊徒に堕ちる道は選んでいない。
何だかんだ根っこが悪人ではないんだな、彼女たちは。
「ライドウさんはもう商会に戻られるところですか?」
「いや、少しブロンズマン商会に顔を出そうと思ってるところだけど」
「……」
「トア?」
「まあライドウさんの顔も知らないようなのをいくらか狩っても問題解決とは行かないけど……」
「?」
「お邪魔にならないようにするので少しだけ同行させてもらっても構いません?」
「不穏な事ぶっちゃけてから言われても不安しかないんだ」
「ちょっとだけ帰り道に掃除をしようって出来心ですから。ささ、私はこの通り――」
話しながらトアの気配が一気に消え去る。
凄まじく不自然なんだけど、数秒でその違和感さえもなくなる。
その場で彼女が透明になったかのような希薄さだ。
ああ、これトビカトウのスキルか。
凄まじい隠形術。
六夜さんのを見てなければもっと感動していたかもしれない。
「隠れてますので、お一人で悠々とブロンズマン商会にお向かいください」
「……はぁ。僕はエサか」
ブロンズマン商会は職人らが集まる界隈に工房と店を構えている。
確かに商人ギルドからそちらに真っすぐ向かうとなれば、それなりに人気の少ない通りも経由するし職人街の中でも鍛冶職人の住む区画は元々の治安もそこまでよろしくない。
腕っぷしもないと住めないとか言われてるエリアでもある。
「ライドウさんなら無視して行くのも余裕でしょうけど、どうせなら街のゴミ掃除をするのも悪くないなって。えへ」
「かのアルパインのトアに守ってもらえるなら言う事はないよ。よろしく」
余裕というか。
確かに賊が絡んでくるなら撒いてしまおうと思っていたのも事実。
ツィーゲの軍はまだそこまで体裁も整っていない。
警察機構みたいなものは無いに等しい。
そりゃ治安も悪くなるか。
おそらく常人には存在さえ掴めないトアを伴って徐々に人気が少なくなっていく通りを進んでいく。
町人といった雰囲気の人々に職人たちが混じり始め、目立ってきた頃。
「……うわ」
信じられない位堂々と僕を標的にした三人組が立ちはだかってきた。
場所柄はあるにしても、本当に街中でエンカウントしたぞ。
明らかに冒険者くずれのチンピラ。
おうちにトゲトゲ肩パッド忘れてきちゃったのかな、って聞きたくなるくらいのどチンピラどもだ。
へっへっへ、とか金持ってそうだな兄ちゃん、とか言ってきそうな雰囲気前回だよ。
「へっへっへ」
「中々よさそうな服着てんじゃねえか兄ちゃん」
「金、余ってんじゃね?」
うん、ほぼ正解だね。
『っ!?』
さて、どうしようかと考えるより早く。
三人組が白目を剥いて崩れ落ちた。
よく見ると仲良く縄で縛りあげられてる。
おいおい、この縛り方。
一々触れないからな。
「助かったよ」
往来が騒がしくなっていく中、小声で礼を言っておく。
トアの早業の仕業なのは明白だったから。
すると目の前にピースをした手がにゅっと出てきた。
部分的に存在感を戻す、こういう小技も出来るのか。
トビカトウって結構遊びもあるジョブなんかな。
「ああ、すみません」
「は、はい!?」
「どうも強盗のようで。近くの冒険者ギルド詰所か商人ギルド所属の商会に連絡してもらえますか」
「わ、わかりました!!」
近くの人を捕まえて既に意識が無い三人組を指さしてお願いをしておく。
商人風か金持ち風に見えるのが一人で歩いているだけでこれか。
確かに人による治安の悪化は結構な問題だ。
魔物と違って街中でも外でも潜めるってのが人のタチの悪さだよなあ。
こんな感じだとすると巴、澪、ライムなんかも遭遇してる可能性はあるな。
今夜みんなの状況とか対処を確認しておくか。
それに……単なる強盗ならともかくこういう輩に紛れてなんぞ企むのだって出てくるかもしれない。
なんといっても一番怖くて厄介なのは人、だもんなあ。
「?」
ふと視線を感じた。
反応して目を向けた先にはやや高い煙突。
はしごが掛けられていて……小人!?
一瞬目が合った気がした直後キラッと光った。
狙撃。
標的は……おや僕か。
トアが反応する様子は無い。
煙突の影から半身ほどものぞかせていない相手から放たれたのは短い矢だった。
幸い射線に僕以外は誰もいない。
少し体をずらしてタイミングよく飛来した矢を下から掴む。
クロスボウかボウガンみたいな武器か。
中々射程もある。
驚いて一瞬固まったのか、狙撃手はまだ多少姿を見せたままそこにいる。
残念。
身を隠していさえすれば煙突ごと貫いて仕留める気までは無かったのに。
掴んだ矢をそのまま相手に投擲、多分亜人だろう狙撃手の肩口を抉り取って矢は彼方に消えていった。
「何か?」
「いえ何でも。それでは失礼します」
僕が唐突に右手を振ってみせたように見えた通りがかりの人が怪訝な顔をする。
適当に取り繕って再び歩き出す僕ら。
「……強盗なのか襲撃なのか。三人組の方は囮ですか?」
「さて。ちょっと実力が違い過ぎた感があったから別口かも」
「ええ。あの狙撃手は正直荒野で鍛えた冒険者クラスです。あの一撃、私でも躱すのが精一杯だったと思います」
「運良く狙撃に気付けたので何とか対応できました」
「……肩吹っ飛ばして矢の方は見えなくなりましたよね。何とか対応っていうのは私みたいなやつをいうんですよライドウさん」
「はははは」
「おいおい兄ちゃん俺の影踏んでんじゃねえぞコラ!」
「五月蠅いわね!」
二度目の遭遇は何故か不機嫌になったトアが一瞬で蹴散らして終わってしまった。
「ちょっと、聞いてますライドウさん!?」
「うーん、一応」
「一応!? 命狙われてるかもしれないのに軽い! 軽すぎます!」
「前の戦争でそこそこ目立っちゃったみたいですし、街の治安以前にそこそこ狙われるんですよね最近。若干慣れてきた節はあります」
「その辺の冒険者よりもヘヴィな環境に身を置いてますね……」
「こっちは事情も特殊だから。とはいえ街中での強盗も輸送隊の襲撃は困った問題だよね、放置すればエスカレートする一方だろうし」
「……私たち冒険者もツィーゲが安心できる拠点であって初めて荒野に繰り出せますから。ギルドもこの段階で何かしら手を打つだろうとは思ってますが」
「あ、じゃあしばらくはホームに滞在する感じ?」
「ですね。エースだと思ってくれる人が増えてきたのは嬉しい事ですけど、その分街の為に動かないといけない場面も出てきますので」
「そりゃいい。リノンもトア達がこっちにいる時の方がイキイキしてるからさ」
「ふふ、だったら姉冥利につきますね」
姉妹仲睦まじいってのは良い事だよ。
リノンはしっかりした子だけどまだ二十歳にもなってない子どもでもあるんだから。
「で、ハザルと皆さんのハーレム結婚式はいつなの?」
「どうしてこう良い空気の中で悪意満々の質問をストレートにするんですか!?」
ハザルの奴。
ヒューマンとエルフとドワーフを一人ずつ娶るとか何という主人公ムーブ。
全員アルパインのメンバーだし立場を考えても絶対ツィーゲで大々的に結婚式をする事になるだろう。
冒険者だから簡単に、とか今のこの街の雰囲気で許される訳がない。
僕個人としてはそれでハザルに街中からの嫉妬やら羨望やらを集めてもらって僕らから注目が逸れてくれる事を願っていたりいなかったり。
これまでトア達には相当貸しがあるんだから、ここらで少し返してもらってもばちは当たらないと思うんだ。
ちなみにブロンズマン商会までの道筋、僕らはそんな話題に興じていたんだけど。
トアはほぼ完全に気配を消した状態だったため、謎多きクズノハ商会代表の眉唾物のエピソード集に独り言を呟くと強盗がひとりでに亀甲縛りになる、というかなり不本意なモノが付け加えられる事になってしまった。
正解ってさ、どこにあるんだろうね……。
商人ギルドの扉が閉まるのを背中越しに確認した僕は両手を絡めて天に伸ばす。
先日レンブラントさんにショーケースに展示していたエンジン模型を譲った時に代金だけでは申し訳ないとか何とか言ってくれて、いくつかの商会との顔合わせをお膳立てしてくれた。
僕からすると容易い相手というのがいないのがツィーゲの商人であって、しかもレンブラントさんからの紹介となれば更に能力値が高い人たちな訳で……。
されどクズノハ商会にしても僕にしてもまだまだ商人同士の付き合いや顔見知りが少ないのも確か。
片っ端から会って世間話から軽い商談までしていく内に瞬く間に数日が過ぎ去った。
疲れたけど凄く身になる時間だったと思う。
ウチは何でも屋だけに、こういう時は相手の職種や得意分野が何であれそれなりに話せるし商売の機会も持てる。
生き残れた何でも屋の数少ない特権かもしれない。
「治安、ねえ」
顔見知りになった商会の代表や営業担当から口々にあがり危惧していた事の一つだ。
ツィーゲは今物凄いピッチで街の外の平野や丘陵部、森林から魔物を駆除している。
ほんのひと時のバブルだと知りながら近隣から荒野に挑むほどの力を持たない冒険者であっても一時的にツィーゲに流れ込み、拠点として滞在している理由の一つでもある。
当然全ての魔物を駆逐して安全な往来を確保、道の整備を進めつつ街を一気に拡大していくための準備に他ならない。
つまりツィーゲの外は今街の近くであれば城壁の外であっても魔物に襲われる危険は少ないって事だ。
ただ……。
「魔物の代わりに賊、ときたか」
外の魔物が減ればそれだけ安全になるというものでもないみたい。
今はわかりやすい太い道が敷かれたエリアの周辺で強盗が増え始めているんだとか。
荷を襲われるケースも増えてきて無視できない数になりつつあるらしい。
カプル商会についてはそんな話を代表からも幹部からも聞かない辺り、大商会は避けているのか、或いはカプリさん達はその辺も織り込み済みで優秀な用心棒を帯同させているのか。
考えてみれば輸送中の強盗対策についてはカプリさんに聞いた事は無かった。
今度後学の為に話を伺って見るのも良いな。
「ライドウさん!」
「? ああ、トア」
「お一人ですか?」
「今日は皆忙しくてね。たまには一人の時もあるよ」
そういうトアも一人だ。
荒野に出ては荒稼ぎして戻ってくるアルパインのリーダー。
彼女もすっかりこの街の顔になった。
聞けば彼女らの誰かがギルドを訪れたり、店に入ったりするだけで畏敬や憧れの視線が集まるんだとか。
「あまりお一人で出歩かれない方が良いですよ? 最近街の外の強盗やら賊もそうなんですけど街中でも夜になると治安が悪い箇所が増えてるんです」
「……へえ」
街の外だけじゃなく中もか。
それは……良くないな。
トアの声に恐怖はない。
それは彼女がそれなりの実力者であり、自身にとって街の治安の悪化が脅威ではないからだろう。
ただ、不快感は明らかに含まれてる。
そうなる冒険者も少なくない中、トアやアルパインの面々は賊徒に堕ちる道は選んでいない。
何だかんだ根っこが悪人ではないんだな、彼女たちは。
「ライドウさんはもう商会に戻られるところですか?」
「いや、少しブロンズマン商会に顔を出そうと思ってるところだけど」
「……」
「トア?」
「まあライドウさんの顔も知らないようなのをいくらか狩っても問題解決とは行かないけど……」
「?」
「お邪魔にならないようにするので少しだけ同行させてもらっても構いません?」
「不穏な事ぶっちゃけてから言われても不安しかないんだ」
「ちょっとだけ帰り道に掃除をしようって出来心ですから。ささ、私はこの通り――」
話しながらトアの気配が一気に消え去る。
凄まじく不自然なんだけど、数秒でその違和感さえもなくなる。
その場で彼女が透明になったかのような希薄さだ。
ああ、これトビカトウのスキルか。
凄まじい隠形術。
六夜さんのを見てなければもっと感動していたかもしれない。
「隠れてますので、お一人で悠々とブロンズマン商会にお向かいください」
「……はぁ。僕はエサか」
ブロンズマン商会は職人らが集まる界隈に工房と店を構えている。
確かに商人ギルドからそちらに真っすぐ向かうとなれば、それなりに人気の少ない通りも経由するし職人街の中でも鍛冶職人の住む区画は元々の治安もそこまでよろしくない。
腕っぷしもないと住めないとか言われてるエリアでもある。
「ライドウさんなら無視して行くのも余裕でしょうけど、どうせなら街のゴミ掃除をするのも悪くないなって。えへ」
「かのアルパインのトアに守ってもらえるなら言う事はないよ。よろしく」
余裕というか。
確かに賊が絡んでくるなら撒いてしまおうと思っていたのも事実。
ツィーゲの軍はまだそこまで体裁も整っていない。
警察機構みたいなものは無いに等しい。
そりゃ治安も悪くなるか。
おそらく常人には存在さえ掴めないトアを伴って徐々に人気が少なくなっていく通りを進んでいく。
町人といった雰囲気の人々に職人たちが混じり始め、目立ってきた頃。
「……うわ」
信じられない位堂々と僕を標的にした三人組が立ちはだかってきた。
場所柄はあるにしても、本当に街中でエンカウントしたぞ。
明らかに冒険者くずれのチンピラ。
おうちにトゲトゲ肩パッド忘れてきちゃったのかな、って聞きたくなるくらいのどチンピラどもだ。
へっへっへ、とか金持ってそうだな兄ちゃん、とか言ってきそうな雰囲気前回だよ。
「へっへっへ」
「中々よさそうな服着てんじゃねえか兄ちゃん」
「金、余ってんじゃね?」
うん、ほぼ正解だね。
『っ!?』
さて、どうしようかと考えるより早く。
三人組が白目を剥いて崩れ落ちた。
よく見ると仲良く縄で縛りあげられてる。
おいおい、この縛り方。
一々触れないからな。
「助かったよ」
往来が騒がしくなっていく中、小声で礼を言っておく。
トアの早業の仕業なのは明白だったから。
すると目の前にピースをした手がにゅっと出てきた。
部分的に存在感を戻す、こういう小技も出来るのか。
トビカトウって結構遊びもあるジョブなんかな。
「ああ、すみません」
「は、はい!?」
「どうも強盗のようで。近くの冒険者ギルド詰所か商人ギルド所属の商会に連絡してもらえますか」
「わ、わかりました!!」
近くの人を捕まえて既に意識が無い三人組を指さしてお願いをしておく。
商人風か金持ち風に見えるのが一人で歩いているだけでこれか。
確かに人による治安の悪化は結構な問題だ。
魔物と違って街中でも外でも潜めるってのが人のタチの悪さだよなあ。
こんな感じだとすると巴、澪、ライムなんかも遭遇してる可能性はあるな。
今夜みんなの状況とか対処を確認しておくか。
それに……単なる強盗ならともかくこういう輩に紛れてなんぞ企むのだって出てくるかもしれない。
なんといっても一番怖くて厄介なのは人、だもんなあ。
「?」
ふと視線を感じた。
反応して目を向けた先にはやや高い煙突。
はしごが掛けられていて……小人!?
一瞬目が合った気がした直後キラッと光った。
狙撃。
標的は……おや僕か。
トアが反応する様子は無い。
煙突の影から半身ほどものぞかせていない相手から放たれたのは短い矢だった。
幸い射線に僕以外は誰もいない。
少し体をずらしてタイミングよく飛来した矢を下から掴む。
クロスボウかボウガンみたいな武器か。
中々射程もある。
驚いて一瞬固まったのか、狙撃手はまだ多少姿を見せたままそこにいる。
残念。
身を隠していさえすれば煙突ごと貫いて仕留める気までは無かったのに。
掴んだ矢をそのまま相手に投擲、多分亜人だろう狙撃手の肩口を抉り取って矢は彼方に消えていった。
「何か?」
「いえ何でも。それでは失礼します」
僕が唐突に右手を振ってみせたように見えた通りがかりの人が怪訝な顔をする。
適当に取り繕って再び歩き出す僕ら。
「……強盗なのか襲撃なのか。三人組の方は囮ですか?」
「さて。ちょっと実力が違い過ぎた感があったから別口かも」
「ええ。あの狙撃手は正直荒野で鍛えた冒険者クラスです。あの一撃、私でも躱すのが精一杯だったと思います」
「運良く狙撃に気付けたので何とか対応できました」
「……肩吹っ飛ばして矢の方は見えなくなりましたよね。何とか対応っていうのは私みたいなやつをいうんですよライドウさん」
「はははは」
「おいおい兄ちゃん俺の影踏んでんじゃねえぞコラ!」
「五月蠅いわね!」
二度目の遭遇は何故か不機嫌になったトアが一瞬で蹴散らして終わってしまった。
「ちょっと、聞いてますライドウさん!?」
「うーん、一応」
「一応!? 命狙われてるかもしれないのに軽い! 軽すぎます!」
「前の戦争でそこそこ目立っちゃったみたいですし、街の治安以前にそこそこ狙われるんですよね最近。若干慣れてきた節はあります」
「その辺の冒険者よりもヘヴィな環境に身を置いてますね……」
「こっちは事情も特殊だから。とはいえ街中での強盗も輸送隊の襲撃は困った問題だよね、放置すればエスカレートする一方だろうし」
「……私たち冒険者もツィーゲが安心できる拠点であって初めて荒野に繰り出せますから。ギルドもこの段階で何かしら手を打つだろうとは思ってますが」
「あ、じゃあしばらくはホームに滞在する感じ?」
「ですね。エースだと思ってくれる人が増えてきたのは嬉しい事ですけど、その分街の為に動かないといけない場面も出てきますので」
「そりゃいい。リノンもトア達がこっちにいる時の方がイキイキしてるからさ」
「ふふ、だったら姉冥利につきますね」
姉妹仲睦まじいってのは良い事だよ。
リノンはしっかりした子だけどまだ二十歳にもなってない子どもでもあるんだから。
「で、ハザルと皆さんのハーレム結婚式はいつなの?」
「どうしてこう良い空気の中で悪意満々の質問をストレートにするんですか!?」
ハザルの奴。
ヒューマンとエルフとドワーフを一人ずつ娶るとか何という主人公ムーブ。
全員アルパインのメンバーだし立場を考えても絶対ツィーゲで大々的に結婚式をする事になるだろう。
冒険者だから簡単に、とか今のこの街の雰囲気で許される訳がない。
僕個人としてはそれでハザルに街中からの嫉妬やら羨望やらを集めてもらって僕らから注目が逸れてくれる事を願っていたりいなかったり。
これまでトア達には相当貸しがあるんだから、ここらで少し返してもらってもばちは当たらないと思うんだ。
ちなみにブロンズマン商会までの道筋、僕らはそんな話題に興じていたんだけど。
トアはほぼ完全に気配を消した状態だったため、謎多きクズノハ商会代表の眉唾物のエピソード集に独り言を呟くと強盗がひとりでに亀甲縛りになる、というかなり不本意なモノが付け加えられる事になってしまった。
正解ってさ、どこにあるんだろうね……。
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