月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

火を見るよりも明らかな

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 バトマ商会での出店コンペらしきものに挑もうとしている二人組に協力する事にした僕は、事務所に連れ込まれる前に今ツィーゲに入ってきている米を見て回った。
 細長い粒だったり団子サイズの巨大種、明らかにキヌアみたいなナリなのに米だと言い張って売っているバッタモンまであって中々にカオスな市場状況で笑いがこみ上げてきた。
 同行しているオロシャに亜空の品種、ジャポニカ米だったっけ、それに似た感じのを幾つか買ってもらって彼らルシリー商会の拠点に到着。
 うーん、一応最低限の調理設備はあるみたいだな。
 ただし開発をするとなると正直心許こころもとない。
 屋台を色々とやっていると言っていたから要はここで良さげなメニューをパク、模倣したりアレンジしたりというところなんだろう。
 一からやるなら狭いし道具も足りないだろうが、そのくらいなら何とかって感じの調理場だ。

「米の種類があそこまで多いとは思ってなかったっす」

「中には米じゃないのまで米だって売ってましたよ」

「それはまあ目利きが出来るかどうかってとこすね。本場ならともかく米なんて最近まで殆どみなかった穀物なんで」

 売れるみたいだから似たようなのを仕入れて、或いは米だと言われて信じてそれを仕入れた。
 確かにありそう。
 ツィーゲに荷を運んでくる立場で考えれば荷台に余裕なんて無い方が良い。
 隙間があればなんぞ詰めて持ってくるだろう。
 本来なら自分が目利き出来る品で埋めるのが当然、でもそうもいかない時もある。
 ……米ってのはまだまだマイナーな荷だから扱いも混沌としていて当然だ。
 ローレルときっちり話をして米を仕入れるようになれば少しずつ改善されていくかもしれないから、そこに期待ってとこですかね。
 大体偽物はともかく品種が違うのは別の調理方法があってそれが知られれば話も違ってくる。
 例えばチャーハンとか、ナシゴレンとか、焼き飯とか、まあ色々。
 こっちは料理人の好奇心と探求心に期待かなあ。
 ツィーゲでロッツガルドみたいな大規模な図書館が無いもんだから知識の広がり方も限定的なんだよな。

「目利き、ツィーゲにも図書館があればまた違ってくるんだろうけど……」

「トショカン?」

「ロッツガルドなどの大都市にある各地数多の書物を集めた施設の事です」

「本を集めた……はー中々興味深いすね」

「ま、今ないモノは頼れません。んでは早速米の調理方法を伝授するとしますか」

「おなしゃす、ライ、マさん!」

 ?
 確か僕はラマさんだったはず。
 いや元はライマゴスットコだっけ?
 あれ、ラマ、マゴ……うん、やめ。
 買ってきた四種類を日本式の手順で炊いていく。
 設備の関係上四種同時に出来ないので二種類ずつ。
 最初のはコメの形をしたスイートコーン。
 二つめは同様で栗っぽい。
 三つめは同じく香木。マジか、白檀だよ!
 香りが強烈過ぎて味はほのかに甘かったようだけど僕の記憶には残らず。
 四つ目はやや柔らかかったが無個性の米。
 食べ慣れた僕が食べてみても味が殆どしない御飯、これは……今のとこ一番米だけどどうなんだろうか。
 
「最後のが一番それっぽいすけど……味も香りも無いような」

 オロシャの味覚も大体僕と同じ感覚のようだ。
 澪の店で出しているオニギリはこの米じゃあとても作れない。
 確か古米とか古古米を美味しく食べる方法ってのもあったと思うんだけど……駄目だ、思い出せん。
 そもそも古いから味が落ちているのか、本来この味なのかもわからん。
 塩ふって中身を入れれば一応それっぽいのは作れる、んだろうか。

「ええ最後のが辛うじておにぎりに使えそうですが、うーん」

「クズノハ商会の澪さんとこは米をどこから仕入れているんすかねえ。少なくとも市場には出回ってないのはわかりましたけど」

 そうか。
 ツィーゲで澪のとこは安定して米を出し続けてるもんな。
 オロシャの読みとしてはどこかで安定した仕入れが出来るはずだってとこか。
 探せば多分ツィーゲの飲食店でも米を扱うとこはあるだろうけど、まずウチが目立つよね。
 
「ローレル……」

 から仕入れてるって事にしてるんだろうな。
 かといって今安定してローレルと直接交易している商会はまだ無い。
 間にいくつも入った商談の末にようやく動き出したって段階だとレンブラントさんに聞いた。
 あれは結構最近の事だ。
 まだ、と言った時の彼の様子が少し匂わせている風だったのは何か水面下では動いてるって事だと思う。
 でも今はまだ、のままだ。

「やっぱあそこからっすかね。クズノハ商会さんは黄金街道も頻繁に使って大量の荷を仕入れてるみたいすから、あん中に米もあるってことっすか」

「……」

「ラマさん?」

 あったな、そんなの。
 見るからに目立つデカい荷台を何台も。
 中身はスッカスカだったり上げ底だったり、まともな品をアレで運んだ事は一度もないのだけど。

「ああ、なんでもないです。ひとまずこの四つはキープという事で、一度思い切って澪、さんのお店で米の事を聞いてみるのもアリかもですね」

「ド直球、通じますか?」

「駅で売りたいというのであれば、そんなに競合する訳でもありませんからもしかするかもしれません」

「見ての通り名ばかりの商会なもんで使用料とか請求されただけで吹き飛ぶっすよ?」

「ハハハハ、まあ冗談はともかく」

「……」

「商人の世界は時に情報も価値になります。一つめと二つめのなんか持っていったら意外と興味を持って話を聞いてくれる、かも」

 澪からあのとんでも米の事を聞いた覚えは無いし、僕から一言入れとけばアドバイスくらいはしてもらえるだろう。
 毎回肉屋の時みたいにクリティカルヒットが出る訳じゃない、って事だな。
 正直米探しは亜空のをこっそり回すとかしか思いつかん。
 炊飯道具については少し時間はかかるけどエルドワに話をしてみるかね。
 亜空で最先端となると……米を入れるだけであら不思議三十分後にはふっくら御飯が炊けている『ハガマー特式』だからな。
 あれは現代人でも欲しがる出来だ。
 澪に言わせればあれは毎回九十八点が出る道具で満点にはならないから駄目らしいけど。
 それでもお店用にはしっかり使っている辺り、澪はきちんと割り切れるタイプ、って事なんだろうな。

「オロシャ! こっちはばっちりナシつけてきたぜ! って、ん? お客人か? ……!?」

「あ、いや。私はもう帰るところで。おにぎりでの出店、叶うよう応援してます。それでは」

「あ、お帰りすか? あざっした、ラマさん!」

「また、そう三日後にでもお邪魔します」

「了解っす」

 っと。
 オロシャはともかく兄貴分の方は僕の顔か名前か、その両方を知っているかもしれない。
 どう見ても外回りするのは兄貴分の彼の方だろうからな。
 それにここに来るついでにちょっと面白そうなのも見つけたんだよ。
 あれ、多分楊弓だよな。
 それにあんまり僕も知らないけど弾弓みたいのもあった、気がする。
 ちょっと遊んで帰ろっと。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「おい」

「お帰りなさい、エツ兄」

「おいおいおいおいおいおい!」

「あー……ラマさんの事、っすよね」

「ありゃどこからどうみてもライドウだろうが!」

「やーあのーエツ兄が米を全否定するようなパワー溢れる捨て台詞を大声で言ってくれた縁で声を掛けられまして」

「俺!?」

「なんかラマコマうんたらとか妙な名前を名乗ってらしたんで、そのまま合わせてたら協力してくれる話になって」

「ハイ?」

「米の炊き方と選び方を指南してくれたっす。まあピンときた品種はこん中には無かったみたいすけど」

 オロシャはそう言いながら先に炊いた二つの品種、スイートコーンと栗味の米を握ったものを口に運ぶ。
 その様は飄々としていて、ライドウの存在に慌てるエツ兄ことエッセンとは対照的だ。

「……美味いか?」

 心の底から疑っている声音のエッセン。

「かなりイケるっすよ。炊き方もあるんでしょうけど、あの人、まず目利きが物凄いんだと思うっす」

「ク・ズ・ノ・ハ・しょ・う・か・いのライドウだぞ! 超人に決まってんじゃねえか!」

「超人、とは少し違う感じでしたけどね」

「何のたくらみでうちに近づいてきやがった! ルシリー商会最大のピンチじゃねえか! バトマさんライドウが死ぬほど嫌いなんだぞ!?」

「いやエツ兄、それ少し古いっすよ。何か最近バトマの旦那、レンブラント商会ともちょくちょく会ってて泊まりがけで出かける事もあるみたいで、戦後に何かあったって噂も」

「……マジか? そーいや俺最近は企画の事しか考えてなかったから現場の方々としか話してねえな」

「それに、ご令嬢のアーシェス――」

「おお、我が天使!」

 エッセンの乱高下するテンションがアーシェスの名を聞いた途端に上に向けて振り切った。

「……ソレはとりま置いといてくださいっす。ともかく、アーシェスさんもクズノハ商会に時折出入りしてるなんて話もありますから」

「マサカ、アイツ。カネニモノヲイワセテ……ユ・ル・ス・マ・ジ!」

「エツ兄、もう少しだけ正気で頼むっす。そんな感じなんで開戦の時ほど関係は悪くないんじゃないかと思ってるんすよ」

「オロシャ、お前やっぱり考える方はとことん向いてんな。じゃ、ひとまず現時点で板挟みで詰んでるって訳じゃねえんだな」

「その線で動くしかないっす。何か澪さんの協力ももらえる雰囲気ですし、俺は明日もう一回お店に行ってみるっす。直球でいくと良い事あるかもってラマさんが言うもんで」

「……わかんねえ。なーんでライドウが偽名まで使って俺たちなんかに協力するんだ? マジであいつから見たら俺らなんて塵だぞ?」

「自虐じゃなく事実なのが怖いすけど、同意っす。にしてもエツ兄、オニギリの容器もう抑えたんすか?」

「ん、まあな!! ちょっとした出会いが会ったもんでよ、もう即決だぜ! 代金も置いてきてやった!」

「……最早退路はねえって事を今まさに理解したっす。で、その職人フリーなんすか?」

 職人本人と話をしたとしても、彼彼女がどこかギルドに属していたり商会のお抱えだったりすると相手次第では土壇場でも話を引っくり返される。
 オロシャの危惧はもっともだった。

「もちろん、抜かりはねえよ!」

「なんて職人すか?」

「キャロって名前だ。最近独り立ちしたばっかだってよ。木工職人なんだが、時々妹さんと冒険者もしてるらしい。天使とは比較にもならんが、中々良い女だったぞ」

「キャロ……確かに面倒そうなとこに名を連ねてる連中の中では聞かない名前すね。流石エツ兄、良縁の申し子っす!」

「しゃあ! 何かようわからんけど流れがキてんのをビンビン感じるぜオロシャ! ここで一発ルシリーの名前を売ってやろうじゃねえか!」

 エッセンとオロシャが水で乾杯する。
 ただただ無駄金を惜しんでの水だったが、ライドウが見れば思わず苦笑した事だろう。
 彼からみれば旅立ちや門出に水杯みずさかずきを交わすのは離別の覚悟を示すものでもあったから。
 そんな微かな暗雲を残しつつ、吹けば飛ぶようなとある小さな商会が一か八かの賭けに出ようとしていた。
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