月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

披露の場

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 方々へ唐揚げの配達を済ませた頃。
 夕食時を前に亜空へ帰ろうかと思っていたまさにその時だった。
 商人ギルドから緊急招集を受けた。
 幸い商会にいたからすぐに対応できて、着替えを済ませた僕は身一つでギルドに向かい指定された会議室に到着。
 
「っと、ここは……」

 一瞬部屋を間違えたかと躊躇う。
 一番奥にレンブラントさんがいる。
 この人はもう馴染みも馴染み、一番付き合いのある商人でもあるから立場の違いはともかく問題ないとして。
 他の面々が、知っているのでもビッグネーム、後見慣れない人も数人。
 明らかにツィーゲの商人でトップに君臨する方々が集まっている。
 普段付き合いのある横の関係にいる商人たちとは全く違う顔ぶれだ。

「やあ、待っていたよクズノハ商会代表ライドウ君。席はこっちだ」

 レンブラントさんにいつも通りのノリで手招きされて僕に割り振られた席を発見する。
 ……はい?
 そこはレンブラントさんの隣だった。
 確かに空席が一つある。
 だけど、奥のレンブラントさんの前にあるずいぶん大きい机の左右に二席ずつ、四つの席はもう埋まっていて。
 そこにはツィーゲ屈指のネームバリューを持つ商会の代表が座ってる。
 この状況で僕に、そこへ行けと。
 で、座れと。
 一体、今日は何事なにごとの招集でございましょうか。
 でも状況は立ち止まっていても何も変わらない。
 仕方なく僕は確か素材関係の最大手であるムゾー商会の代表さんと配達や流通に革命を起こしたと言われてるカプル商会の代表さんの後ろを頭を下げながら通って、レンブラントさんの隣に到着した。
 この状況、あまり良い予感はしないよね。

「さてお歴々、こちらが嵐の中心地クズノハ商会の代表、今をときめくライドウ君だ」

 なんという紹介。

「初めまして、クズノハ商会代表ライドウと申します。緊急招集との知らせで参りました」

「先日話したが、この通り五体満足で黄昏街から無事に戻っている。蜃気楼都市との関わりについてはかの地に潜む人攫いエルフの企みだったそうだな?」

「あ、はい。根も葉もない一時の噂ではありましたが、お騒がせしてすみませんでした」

 リオウがいなくなって今のあそこはちょっとしたカオスになってる。
 でも、残念ながらあそこにはリオウに代わる統治力を持ったのがいない。
 良くも悪くも好き勝手、個性的な連中の巣窟だったもんな。
 同士討ちもしてるようだし、黄昏街としての形そのものをぶち壊すつもりなら今は狙い時だ。
 レンブラントさんはその辺りも狙っているようで、冒険者ギルドに色々依頼も出していると聞いてる。

「だ、そうだ。どうだろうな、皆さん。この通り、自分の事は自分で始末をつけられる、最低限の能力は持ち合わせている人物だと私は評価しているが?」

『……』

 最低限の能力、といっても行って帰ってきた場所が黄昏街だ。
 レンブラントさんの悪ふざけの発言って事になる。
 四人の内、三人は苦笑交じりに小さく笑っている。
 一人、確かレストランだか屋台だかの取りまとめをしてる……バトマ!
 そう、バトマ商会。
 そこの代表さんは若干苦みが強い目で僕を見ていた。
 ……飲食は今超が付く激戦区だからな、正直本業が大変なのもあるんじゃないかな。
 僕もクズノハ商会も商人によっては毛嫌いするとこもある。
 こればかりは仕方ない。
 むしろ四分の三でそれなりに受け入れてもらえてる風なだけで奇跡だ。

「始末と仰るが、未だ彼は蜃気楼都市との関係をはっきりさせてはいない」

「確かに従業員の何割かが蜃気楼都市と行き来が出来る関係を構築してはおりますが、それは冒険者にもちらほら出てきています。僕らは誰よりも早く荒野で細々と商いをしていた頃からかの都市と付き合っていた、というだけの事でして」

 良い頃合いだろう。
 僕は何度も何度も読み込んで話す練習もした設定を元にバトマ商会さんに説明する。

「個の商会が独占するにはあまりにも巨大すぎる利権だとは思わないのか?」

「そもそも独占などしておりません。もしバトマ商会があそこと本格的な取引を望むのであれば、実力ある冒険者と定期的な契約を結び、物資の取引を代行してもらえば多分問題なく商品を手に入れられると思います」

 それなりの冒険者たちは蜃気楼都市に出入りするようになっていると報告を受けている。
 彼らは彼らなりに取引もしているし、クズノハ商会の名を出して妨害していたりもしない。
 する必要が無い。

「私が君に問いたいのは、本来なら街と街との関係を構築してお互いのルートを太く確実な物として確保すべきではないか、商人ギルドに属する商人として全体の利益を考えはしなかったのか。そういう話なんだ」

「あくまで私達が開拓した当時は単なる独自ルートという感覚で……すみません、どの商会でもやっている事かと思っておりました」

 蜃気楼都市はクズノハ商会が持つ、他にはない強みの一つだ。
 確かに街ぐるみで付き合いを持てば全体的な取引の量は増える。
 でも当初からそうしていたら僕は初っ端から蜃気楼都市の主として振舞わなきゃいけなくなる。
 無理だ、と断言できるね。
 どう考えても独自ルートを一つ持ってるルーキー商人のが良かった。
 ただバトマ商会さんは納得したくないのか因縁をつけたいのか、妙に苛立った様子のままだった。

「ああ、独自のルート開拓など小売りでも卸でも誰もが必死にやっている事に過ぎん。それにクズノハ商会は登録時に何でも屋を選択する猛者だからな。蜃気楼都市との交易くらいの強みでもなければ無茶というものだろう」

 レンブラントさんから助け船も来た。
 うん、結果的にだけど当時の行動についても説明は出来る。

「それに我々だけで独占しようなどという考えは先にも申しました様に全くありません。なので今後別の商会が蜃気楼都市と交易を行う関係を築いても問題ありませんし」

「っ! ほう、ではかの都市についての情報も頼めば寄越すと君は言うのか?」

 バトマさんとこ、相当苦しいのか?
 蜃気楼都市と関わってもバトマ商会じゃ食材位しか旨味も無いだろうに。

「はあ。実は今回の噂はあちらにも届いておりまして、都市の主殿も黄昏街と噂については大変困惑し、また憤りも感じておられました。ツィーゲと街同士の付き合いを持つつもりは未だ無いようですが、誤解を解く為にと我々が知る程度の情報開示を認めてもらい、またあちらから武力の提供もしてもらいましたので」

『!!』

「あ、武力と言いましても黄昏街の調査で活躍してもらっただけで、今はもうあちらにお戻りですから。という訳で幾らかの情報料を提示して頂けたらどなたにというではなく商人ギルドに情報を渡そうと思っています」

「そこは初耳だな、ライドウ君」

「つい最近の事で、報告が間に合っていませんでした」

「ふむ……だから君らだけで潜入したというのに大物と称されているリオウとカンタを排除するに至った訳か。納得できたよ」

『!?』

 リオウとカンタの排除。
 そこについてはレンブラントさんには報告してある。
 彼が初耳なのは蜃気楼都市の情報開示、だけだ。
 けれど他の四つの商会についてはこれはそれなりのニュースだった。
 そりゃ、未だ謎のヴェールが濃い蜃気楼都市の情報だ。
 ツィーゲに莫大な利益ももたらしている存在となれば興味が湧かない商人なんていない。
 皆さん、口を開くタイミングを今か今かと待っているのがわかる。

「リオウの排除、だと? まさかあの妖怪をったってのか」

 彼は……ブロンズマン商会。
 鍛冶職人を中心に職人を束ねる商会だ。
 儲けというよりも職人を守り、技を高め、伝えるという事に力を入れている所で普通の商会とは少し違う。
 代表の彼はドワーフとヒューマンのハーフでかなりの古株らしい。

「側近のカンタごと? もし本当なら蜃気楼都市の助力、凄まじいな。出来る事なら此度の戦争でも共闘を願いたいが……今の時点で申し出が無いのがおそらくはあちらの返答という事になるんだろうな……残念だ」

 ムゾー商会の代表が蜃気楼都市の力に感嘆していた。
 彼の所は荒野から入ってくる素材全般を広く扱っている。
 最近は冒険者の実力向上で商売の規模も右肩上がり、クズノハ商会じゃないけど一手に担うには荒野が巨大すぎて最近は分業にも力を入れているとか何とか。
 付き合いのある素材商に話を聞いても隙の大御所で鬱陶しいんだそうな。
 つまり出来る方って事でもある。

「なるほどねぇ。だからレンブラント君が最近黄昏街を潰すような動きをしてるって事なのねぇ。ライドウ君も大したものよ、その若さで今ここにいるんだもの。それに君みたいな若い子の力というのが、どんな時でも街を動かす原動力になるのよねえ、本当、嬉しいわあ」

 カプル商会さんはのんびりした雰囲気を出してる。
 レンブラントさん曰く、この人は本質的には僕と似てるんだとか。
 流通のドンという事で、クズノハ商会でもほぼ何らかの形でカプル商会とは関わる。
 Amaz〇nみたいな印象ではあるな。

「黄昏街を……まさかレンブラント代表。貴方は街を生まれ変わらせるこの機にあの最悪のゴミ溜めを潰してしまおうとお考えなのか」

 バトマ商会さんが黄昏街の現状とレンブラントさんの行動に心底驚いた様子で訊ねる。

「もしこの場のどなたかが今後もあそこには利用価値をあると、付き合いを持ちたいとお考えなら再考も考慮するが?」

「いや、バトマ商会は賛成する。無いならそれに越した事はない」

「ブロンズマンも賛成だ。まさか生きている内にツィーゲからあのクソッタレな区画が無くなってくれるとは思ってなかった。今夜は酒が美味いぜ」

「カプルもよ。あってもなくても構わないけど、従業員やパートナー商会が安心して入っていけない場所なんて要らないわ」

「ムゾーとしては一部の素材確保に有用ではありましたが。昨今の冒険者の成長度合いを鑑みるに許容できる損害と考えます。あそこから未熟な冒険者が荒野入りするのは間接的にではありますがウチの痛手にもなります」

「ライドウ君は?」

「いや、今回妙な噂で迷惑を被ったのは僕のとこですし。もちろん、黄昏街の解体となっても問題ありません」

「ならば黄昏街には消えてもらおう。新たなツィーゲにはあそこは不要だ」

 はっきりした断言に皆が頷く。
 駆け引きや反論が一つも無かったのはちょっと意外だ。
 どっか一つくらいは深く黄昏街と繋がってるかと思った。
 凄く巧妙にやってたからこっちの調査でも名前が出てきてないのかなーと漠然と思ってた。
 
「その噂の方は、全くの作り話だったと街も落ち着くと考えてよいかな、ライドウ君」

「はい、直に落ち着きます」

 僕がレンブラントさんの質問に肯定で応じた瞬間、周囲から小さく息が漏れた。
 ほぉ、といった様子の声。
 むう。
 ただでさえこの場で一番の上座に座らされているストレスフルな環境なのに。
 お歴々の一挙一動が気になって仕方ない。

「では次、本題の新生ツィー」

「お待ちください、レンブラントさん。確かにその話題を彼にも話す事については私も今は納得しています。ですがライドウ殿からまさに緊急に相応しい案件が持ち込まれたではありませんか」

 ああ、本題は新しいツィーゲについてですか。
 あの無茶な壁についてタネ明かしする気だったんだな、レンブラントさん。
 残念、もうPRG経由で聞いて界で存在も把握しました。
 ……いや、無茶苦茶驚きましたけどね。

「? ムゾーの。それは一体」

「蜃気楼都市ですよ! かの都市の情報はツィーゲにとっても相当に重要だと断言します! 幾らで買うかはともかく、私としては今すぐに聞きたいですね」

「あら、私はライドウ君とクズノハ商会が今日あちこちに配ってた良い匂いの揚げ物が気になるわぁ。屋台に並べるでも黒髪のお嬢さんのお店で提供するでもなく傭兵や孤児院、お客さんにタダで振舞ってたんですって?」

 カプルさんとこには揚げ物行脚を見られていたのか。
 でも配達員さんとかにも多分振舞ってるだろうから、報告はその内入るだろうに。
 それに結構なご高齢だけど揚げ物にまだ興味あるの?
 凄いお婆ちゃんだ。

「何!? 揚げ物だと!? いや、だが売ってはいないのか……。しかしクズノハ商会の揚げ物か……不愉快だが……気になる」

 元はバトマが仕切ってるであろう屋台の一軒から始まってるのに。
 大きくなりすぎることが商会として問題に繋がる事もあるんだね。

「う……む。私としてはこの閃きを彼に披露できる今日を楽しみにしていたんだが……仕方ない。蜃気楼都市の情報を先にお聞かせ願うとしよう。そうだ、その揚げ物はここにも届けてもらえるのかね」

「え、ああ。大丈夫ですよ。じゃあすぐに持ってこさせます」

「にくいね。ちゃんと量は確保してあったという訳か。ははは、じゃあ君が話せる範囲で話題の街の事を教えてもらうとしようか」

 にっこりと笑うレンブラントさん。
 なんであれ、この人が味方で横にいてくれるという状況は安心するな。
 まあ……揚げ物については策でも何でもなく減らない、ってだけの事なんですけどね。
 概ね皆さんに好評な事だけが救いだよ。
 さて、と。
 
「では、蜃気楼都市についてお話します。既に冒険者の方から情報を集めておられる方には重複する部分があるでしょうがお許し下さい」

 丁度良い機会でもある。
 今の蜃気楼都市やスタンスについて、ツィーゲのお偉方にもきちんと知っておいてもらおう。
 僕は場違いな会議室でゆっくりと、亜空の街について説明を始めた。

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