月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

両輪

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 ツィーゲを離れていた冒険者たちがポツポツと帰還してきた。
 この街が戦争を始めてからというもの、彼らの行動が劇的に変化してきていた。
 コランや近隣の街、黄金街道周辺の雑用などで北門をくぐる連中と荒野を目指して厳つい南門をくぐる連中がかなりの割合で逆転していた。
 元々実力や資格の面では荒野に入れなくもない中堅どころの中でもやや慎重主義でまだ荒野入りしない者。
 いざ荒野を目指しツィーゲに来ても同レベル帯で先に荒野入りした冒険者がどんな悲劇に見舞われたかを聞かされる内に怖気づく人は当然いる。
 人の出入りが激しいこの街ではそんな宙ぶらりんの冒険者も結構いて、実力に見合わない収入で貯蓄を切り崩していくなんて悲しいパターンも多い。
 だから冒険者ギルドは一線級のパーティに高額依頼としてルーキーのインストラクターを頼み、この時期に中堅層から荒野入りする冒険者を増やそうとしていた。
 戦争下だろうが冒険者ギルドは冒険者の為と困っている依頼者の為だけに存在する。
 商人たちがグレーゾーンギリギリで戦争関連の依頼も出す中。
 将来有望な、はっきり示すなら荒野内の依頼をこなせそうな中堅が糊口をしのぐ為に戦争に関与し無駄死にしないようやるべき事をしている訳だ。
 けれどインストラクターについては巴と澪をベースに考えていた幹部もそれなりにいて、安全性、報酬の面で大分紛糾し僕らもいらぬ恨みを一部から買う羽目になった。
 今となっては笑い話だけど、巴と澪は報酬よりも面白そうな連中を中心に育ててたし、報酬は……正直僕もあまり意識してなかったから安過ぎた。
 結局最近になってルトが自らやってきてツィーゲの冒険者ギルドに新たに荒野級ってクラスを別に創設、ランクもとりあえずCからSまでの四段階用意された。
 従来のランクは通常ランクとしてそのまま。
 で、主にその荒野ランクでAとSに位置するパーティがかなりの数、北門を出て各々目指す方向に出発していた彼らが戻り始めたと。

「豪華なエサと超一流の釣り人をばら撒いたのか」

「独自に協力した場合にはツィーゲとのお付き合い特典も用意していたようで。そこそこの街がエサの提供に同意し、成果がそれなりに出たらしいですな」

 僕は巴からの報告で普段荒野で活躍している冒険者がアイオンで何をしてきたのかを聞かされた。
 それは相手部隊への奇襲。
 ただし、商隊を護衛する名目で。
 かの国の伝統で決戦前に騎馬部隊を用いてゆく先々、方々にこれから大軍をもって逆賊やら賊徒の討伐をする事を告知して周るんだとか。
 その騎馬部隊に先回りして冒険者を配置。これが釣り人。
 ツィーゲ、または協力を申し出た街が用意した隙だらけかつ多くの荷物を持った商人たちも配置。こっちがエサ。
 アイオンの軍は告知の際に金を要求し、後続の部隊への物資供与も約束させてまわる役割も持つ。
 前者は役得、後者は任務らしい。
 その性質に目を付けたツィーゲの商人ギルドは、襲ってくるようなのなら冒険者使って撃退しても良いよね、と思いついたらしい。
 実際にはそこそこの冒険者では守り切れない事も多々ある精鋭で構成されている騎馬部隊。
 でも荒野で一線級なら奇襲で挑めば一方的な殲滅戦になる。
 正確な戦果はまだまとまっていないけど、最早歩兵を待って後に主力と合流できる状態ではなくなっている線が濃厚だとか。
 帰ってきた中で暗い顔してるパーティはほぼいなかった。

「襲うんだねえ、商人」

「放っておいても野盗などに襲撃される。ならば先々に賊がいれば討伐してやるから金寄越せ、という感覚が蔓延しておりました。完全なる建前ですが、拒めば半日以内に精強な賊が襲い掛かってくる、と」

「……世紀末だな」

「今回に限り羊の方も世紀末でしたのでおあいこかと」

「でもさ。かなりの数のトップ冒険者を抑えたって聞いてるけど、ちょっと過剰戦力じゃないか? トアなんて名実ともにツィーゲのエースだろ? 勿体ない気がする」

 拒まれたら元も子もない。
 でも彼女たちもツィーゲにホームを持つ身だ。
 街の傍まで軍が押し寄せてきたら他人事とはいかないだろうに。
 それとも一旦ツィーゲを離れて落ち着いたら戻る気だろうか。
 こちらが負ける前提なら賢い選択ではあるか。

「若。トップクラスの冒険者というのは名が売れております。彼らにはそちらの役割もあるようで」

「というと?」

「各街、それもパーティと縁が深い場所を優先して回ってもらいツィーゲへの協力や、せめて中立の立場で見守ってほしいと里帰りがてら伝えてもらう、など」

「……アイオン中の街に?」

 えげつな。
 成功者になった冒険者が我が街の英雄よろしく凱旋帰郷してツィーゲは良いとこだぜー、アイオン王国は容赦ねえぜーみたいな事を触れ回るの?

「はは……レンブラントはそこまで――」

「だよねえ」

「甘くありません。黄金街道、転移の移動費含み帰郷してもらうパーティの費用ついえは全て出してやり……世界中にばら撒いておりますよ。アイオン以外を目指すパーティにとっては街が全額もってくれて思い出巡りの里帰りツアーですから。黄門様も真っ青の大名旅行ですな」

「……世界、かー」

「それも後ろ暗い連中は避けて、比較的明るく見栄えもする、要は憧れの的になるようなパーティの身上からがっつり調査して依頼を振っております。容赦ありませんな、あっはっは」

 棒読みで笑うな、巴。怖いから。

「憧れの冒険者か……トアがねえ」

「今やアルパインと言えば名指しの依頼もひっきりなしの荒野の代名詞のようなパーティになっておりますから。あれらはアイオン中をゆったりと回りながら骨休めを兼ね、街々と交流しながら情報収集もしている様子」

「……アイオン? ローレルや亜人の集落を目指してるんじゃなく?」

「この間など、ほれ若が昔に教えて下さったスライム料理の街などにも立ち寄ったようで」

「ああ、あそこ。かなりアイオンの王都に近いとこだね」

「はい。これで以外と街には掘り出し物もありマジックバッグや一部装備の新調も出来たとギルドに報告を上がっておりましたな」

「……一部装備の新調、ね」

 六夜さんのアレか。
 というか、あの人どんだけ鳶加藤が嬉しかったんだか。
 物凄いハイペースで動いてるな。
 こないだ僕をからかいに来たのも、思えばよく暇があったもんだよ。

「なんです?」

 おっと。
 巴が僕の言葉に含みを感じたのか先を促してくる。

「六夜さんだよ、装備の新調の件は」

「六……ああ。あの忍び紛いの」

「トアが世界初のジョブ、鳶加藤になったのが相当嬉しかったらしくてね。僕にまでお礼を言いに来た」

「トビカトウ……?」

「あれ、知らなかった? 日本の戦国時代の有名な人物だよ。加藤段蔵って言ってね、忍者とか幻術使いとか言われてる人。その異名が鳶加藤。どういう訳か冒険者ギルドのジョブにはムガイとかヤギュウもあるらしいよ」

 集合スキルの元になったとかいうゲーム。
 どんなMMOだったのかね、ホント。
 
「忍者!? シノビ!?」

「ああ。忍者にも数はいれどトアがハンゾウとかフウマとかじゃなく鳶加藤になったのはもしかしたら幻術が得意な巴が師匠の一人だったかもなあ」

 そもそも半蔵や風魔がジョブとして存在するのかも知らんけど。

「……若。なぜ……何故それを早う教えてくれんのですか!」

 え?
 巴が拳を震わせて、何やらワナワナしている。
 いやトアのジョブの話題とか、あんま巴とする話題でもなし。
 というか六夜さんの所為でもうあの店しばらく行けないし。
 食事時もお風呂もその後も……やっぱり相応しい話題には挙がらない、だろ。

「六夜さんがハイテンションだっただけで特に共有する事でもないかなーって」

「最、優、先、事項ですぞ!」

「な訳あるか」

「それにムガイ? ヤギュウ? なんです、その垂涎情報は!? 亜空からも住人を冒険者ギルド登録させる件を確定させる至高情報とは正に! コレ!」

 垂涎とか至高とか、大袈裟な。
 確かに面白そうな情報だったけども、これよりは海王のツナのライバルがイワシの双子アンとチョビ、の方がよっぽど衝撃情報だろうに。
 コランの守りと野暮用で海王から人を派遣したいと言われて会った時はのけ反るのを堪えるので必死だったわ。
 後お土産で頂いた山の様なイワシーズも。
 料理のレパートリーも無数にある魚とはいえ、フルコースが数日続くと終わり頃には余程気に入った種族以外は苦笑いになった。
 量、量、量。
 とにかく物量が物凄かったんだ。
 あ、気に入った種族というのは翼人。
 それはもう毎日が誕生日みたいな喜びようでありました。
 そうそう、唐揚げ地獄は絶賛続いております。
 流石に三食は続きませんが出てこない日がありません。
 子ども達が大喜びです。
 気のせいか魔族のサリもかなり気に入ったのか味付けが違えばおかずとして別品に数える勢いで大食らいしております。
 僕は正直六夜さんとうっかり好みの唐揚げトークをしたのを後悔しつつあります。

「そこまで……かぁ?」

「トアか。むう、流石にこれから会いに行くのはちとまずい。六夜め、こんな慶事を内緒にしおって……!」

「慶事って……」

 もう無茶苦茶だな。

「しかしトビカトウが忍者に由来する名前とは。まだまだ儂も勉強が足りませぬな。こうなればトアについては重点的に気にかけてやらねば……」

「アイオンを回ってるって事は、好感度集めや分裂狙いじゃない別任務がアルパインにはある訳か」

「? 使徒か王の手の者を釣りたいのでしょう?」

「トアで?」

「ええ、適任ですな」

「……あ、そういう事か。街の両輪を崩すって事ね」

「それも戦力を持って権力と距離がある方を」

 ツィーゲは商人と冒険者の街だ。
 冒険者はそこまで政治に干渉しないのが殆どだから、結果として街を運営、動かしていくのは商人になる。
 で、トアにはラピスって短剣を巡って僕らクズノハ商会といざこざが起こりそうな素地が
 そうか、その後の顛末まではまだアイオンに情報が渡ってないのか。
 だからわざわざアイオンをのんびり回らせていると。
 納得した。

「で、仕掛けてきた所でカウンターを返す」

「でしょうな」

「はー、色々考えてるねお互いに。戦争なんだから当たり前か」

「王都に全軍突然転移させて大暴れ、なんて策は普通うてませんからな」

 僕らなら出来る。
 でも僕らしかやれない、か。
 
「いずれにせよ。今の所はツィーゲの思惑で事態は進んでいると儂も見ております」

「わかった、ありがとう。……なあ、巴」

「?」

「ヤギュウと言えばさ、ジョブの元になったのは誰なんだろうな」

 ふと気になって六夜さんとの会話を思い出し、巴に聞いてみる。

「剣豪からの派生であれば十兵衛、個人的には連也斎も捨てがたいですが。既にムガイとありますからなあ。となれば将軍家指南役を由来だとして……宗矩あたりでは?」

「……」

「若?」

「十分勉強してると思うよ、巴は。時代劇、本当に好きだよな」

「ライフワークですので!」

 連也斎、厳包か。
 なんだかなあ、僕の記憶で時代劇やらを歴史やらを見ているんだから当然化も知れないんだけどさ。
 巴の好みは時々僕とも重なって。
 時代劇を共有できる人すらさほど多くも無かった僕にとってそれは。
 くすぐったくも嬉しい。
 こういう時間、良いものだな。
 ずっとこうありたいもんだ。
 巴の為にも……トアには無事に帰ってきて欲しい。
 六夜さんと巴に気にかけてもらってりゃ問題ないとは思う。
 ただどうしてか、そう思った。
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