433 / 551
六章 アイオン落日編
鳶加藤への祝福
しおりを挟む
澪は本当に来なかった。
朝から……いや早朝そっとベッドを抜け出て厨房に向かうのがわかった。
そうだよ、朝御飯は唐揚げでしたよ。
これは声を大にして言っておきたい事なんだけどさ。
味付けが違う唐揚げを四種類出されておかず四品というのはちょっと道理が通らないと思うんだ。
一部歓喜の軍勢がいてくれて本当に助かった。
唐揚げ自体はね、似たようなのが既に亜空にあった。
鶏もそのものがいるし……ちょっとだけデカくて脚の太さと爪がちょっとだけ危険度が高いだけで。
ただ何となく竜田揚げのような唐揚げのような……それっぽい味だった。
や、十分に美味いんだ。
でも、昨日六夜さんから分けてもらったアレは思わず熱の入った唐揚げトークを展開してしまう程衝撃的に美味かったんだ。
迂闊だった。
澪が頂点を目指して始めてしまった。
と反省しながら、僕は朝はやはり味噌汁などが美味いと思います。安心します。
いやコーンスープというのも懐かしみが凄いな。
本格的なのじゃなく……その、粉の。
思い出すと何だかあのダマが妙に恋しくなる。
「六夜さん、昨日みたいのはマジで困ります」
まずはこれを先制攻撃で言っておかないといけない。
だから使命感のままに僕は昨日と同じ店の同じ席にいた六夜さんに言ってやった訳ですよ。
「? ようやく重い足を前に出したのだろ? 困るも何も、あれだけ待たされる澪さんが気の毒で気の毒で、ついなぁ。あ、これ定番で済まんが赤飯だ。ツィーゲは食材も異様に揃ってるな。簡単に再現できた」
「あ、どうもご丁ね……何の定番ですか!」
真顔で反論が飛んできた。
次いで四角い木の箱をつつ、と僕の方に渡してきた六夜さん。
中々大きい。
そして定番とはなんぞ?
「で、巴さんとはどうなんだ?」
「っ!?」
「……お? おお?」
「……」
驚くほどに誤魔化しも何も出てこなかった。
商人的には最近ムリなく出来る様になったのに!
これは洞察力どうの以前の問題で……百パーバレてるー!!
「ほー! 君も中々やるなあ。良き良き。若者はこうでなくてはな! 帝国のもちょっといき過ぎているが、まあ無理からんかなと思わんでもなし」
「……智樹と一緒にしないでください。いき過ぎってまた何かやらかしてんですか、あいつは」
「いや? そこそこ前からのだ。帝国の施策で面白いのが出ていてね。端的に言えば人口増加の為の策だな。大国とはいえ人口の減少は後々大変な問題になる。そもそも数はヒューマンの利の一つ。シンプルだが効果的と言えよう」
「……もしかして女は全員帝都に来て俺の所に来い、とかですか? どこのエロゲですか」
パーティでハーレムとか貴族の令嬢だろうがお構いなしに魅了したり。
あの分だと多分間違いなく既婚者でも気にしてないだろうからなあ。
現実にNTRとかするんじゃないよ。ゲームの中だけにしとけって。
「……いや? 流石にそれは身が持たんだろうし、人口増加と言っても誤差だ」
「じゃあ?」
「都市単位で順に媚薬を無料でばら撒いて勇者の名の下に数日間を休息日に設定、無礼講の大人のお祭りという訳だ」
「……」
馬鹿が過ぎる。
人口増加ってお前。
せめて結婚を法律で義務化するとか、そういうまともな考えって無いのかね。
どんだけ頭の中ピンクに染めれば……そこまで直接的で終わってる考えが出てくるのか。
「ははははっ、君が口を開けて呆気に取られる様など滅多に見れんだろうな! これは良い物を見せてもらった!」
「あまりに馬鹿過ぎて……もう」
「……どうだろうな。確かに過激なアプローチだが、確実に国単位で人が増えていくのは間違いないぞ?」
「にしたってですねえ。いや、もう帝国の話は良いです。あ、巴のも。昨日の用事の続き、お願いします」
「ん、了解した。ライドウ君は冒険者ギルドと我々の関係をもう知っていると思うが……」
で、さらっと切り替える。
年の功だよなあ、ホント。
「はい。一通りは」
「だな。という訳で私達はギルド関係に詳しい。例えば近頃このツィーゲでケンカクが生まれたろう?」
「ああ、はい」
ローニンってジョブからクラスアップしたんだとか。
同時候補が出てて、確かクロバカマ。
大分和な系統で驚いた。
「ローレルは見ての通り賢人の影響が非常に強いが……それでもケンカクなどは現在存在しない。色々とこちら側に染まっているというのに、な」
「……」
「その分いつの間にかコスプレが妙な浸透ぶりをしていたのが正直意外で……といかんな、この話はまた唐揚げの様に熱くなってしまう。で、ジョブの話だ。ケンカクにはまだ上がある」
「お、そうなんですか。剣客ときたら剣聖とか剣鬼、剣豪ですか?」
「うむ、剣豪だな。これも過去には存在したが今はおらん。そして更に上」
「剣豪の上?」
「ああ。ムガイというのがある。まだギルドで確認されていないジョブだ。だが私達は存在だけは知っている」
「元は皆さんの能力ですもんね。しかし……ムガイ。無外流ですか?」
何とまあ。
ゲームチックといえば、何となくあってもおかしくはないような。
ムガイね、どんなジョブか興味はあるな。
「だろうとアズが言っていた。無外流とはそんなに有名な流派なのかね。あいつ以外は誰も知らなかったが」
「えー」
そんなものなんだろうか。
「指揮系統ジョブの頂点はヤギュウなんだが、これは私達でもわかった。柳生十兵衛とかああいうのだろうと、ね」
「指揮系統、というなら柳生宗矩の方かと思いますけど」
宗厳の方は新陰流というべきだろうし。
将軍に仕えた御留流としての柳生を指してるつもりだろうから……だよねきっと。
「……まあ、そういう系という事でな。で、こういう初出のジョブが出る事は私達にとって当然の事ながら物凄く嬉しいんだ。我々が到達しえなかった領域に人々が到達していく、というのがな」
「なるほど」
という事はケンカクが珍しく出てきた事へのお礼みたいなものかな?
初出じゃないし、微妙な気がする。
昨日のがあるからなあ。
かこつけて僕をからかいに来ただけ、という線もまだ捨てきれない。
「この度、ギルドで新たなジョブを記録する事が出来た。君に近しい者からな。しかも私にとっては同じ系統のジョブという事で、久々に年甲斐もなく興奮している。本当に、ありがとう」
六夜さんがテーブルの天板ぎりぎりまで頭を下げて真面目に礼を言った。
僕に近しい冒険者って、アルパインの誰か。
いや六夜さんが近いというなら……トアか。
へえ、荒野とは逆の方向に依頼を受けて出かけてクラスアップ。
何てタイミング。
「……トアですか、ひょっとして」
「うむ。既に話は聞かせてもらったんだが、アズが渡したギルド武器が影響したらしく、かなり特殊な条件が必要になるものだった可能性がある。非常に興味深い!」
「と言う事は影朧じゃないのに変わったんですか……へえ」
「鳶加藤だよ、君ならもしかして知ってるんじゃないか? アズは忍びには興味ないようで知らんと言われたが君は意外とそういうのは全方位カバーしてるだろう!?」
トア、凄いのになったな。
あれか、巴に一時期師事してたのも影響してるのか?
ジョブの名前で良いのかって気もするけど……弱くはないよな絶対。
「人を変態みたいに言わないでくださいよ、加藤段蔵の異名でしょう」
「そう! そうなんだ!! まさかそんな亜流のジョブがあるなど思いもしなかった……わかるかね! 鳶加藤には独自の忍術スキルが満載らしいんだよ!」
「ろ、六夜さん! 一応トアの機密情報になりますから! 大声、大声!」
「想像などつくものか! この爺でさえ、ただただ感嘆して頷くしかなかった驚きのジョブなのだから!」
驚きなのはマジであんたのテンションの方だよ、と思った。
想像がつくかどうかの問題じゃないから!
「もう嬉しくて嬉しくて、私の秘蔵装備を幾つか貰ってもらった程だよ。私は気付いたらアサシンロードに染まっていたから忍び関係は憧れからの収集癖くらいしか残ってなかったのが残念だ」
アサシンにも道なんてあるのか。
暗殺道とか?
「新ジョブに新装備ですか。そりゃまたトアもホクホクな事で」
「ひとまず二刀流をやるにはラピスに並ぶ位の武器が必要だと悩んでいたからドマの逆鱗を引き千切って……というのは冗談で快く鱗を提供してもらって、アズの幻獣からお祝いに使うからとお願いして貰った素材と併せてツィーゲの職人に加工してもらった」
「……それを、トアにあげちゃったんですか?」
いや、ドマ。
物凄い流れ弾で酷い目見てる。
僕に会うのは絶対嫌だロクな事にならないと逃げ回っていたのに……哀れな。
センサーを潜り抜けて不幸に見舞われるタイプか。
何だろう、他人事に聞こえない。
「むふん!」
「むふんて」
力強く頷いてるからそうなんだろう。
誰が加工したのかわからないけど、とんでもない依頼で偉い目みたねえ、その人も。
「新ジョブ誕生の祝いならこの程度構わんさ。それに……」
「?」
「彼女たちはアイオンの奥深くまで入り込んでいる。そして綻びは既に埋まっているが彼女は向こう側からは未だツィーゲの亀裂に見えている。つまり、危険な立場にいる。鳶加藤をそう簡単に死なせるものか」
「……危険とは言いますけど、あれでトアのとこは強かでしぶといですよ?」
「出てくるかもしれないのが女神の使徒とあれば、それなりに警戒もすべきさ」
「それは一応僕らで対処しようかと思ってるんですが……」
「どうかな、相性で言うなら彼女たちアルパインの方が使徒と良い勝負をする可能性もある。クズノハ商会は君を含めて魔術にかなり頼っているからな。もっと冒険者のスキルの研究と使用も考えるべきかと思うよ」
「スキル……」
僕だけに限って言えば確かにスキルなんて使った記憶もないくらいだ。
間違いなく偏ってる。
それがまずい相手、って事か……面倒な。
「うむ」
「僕、レベル1の商人なんですが」
永遠のレベルワンっす。
「……そうだったな、スキル、ああ、そうか」
「一応、巴と澪、他の人には六夜さんからの忠告、ちゃんと伝えておきます」
「あ、ああ。ソレが良いだろう。何、ギルドのトップは無能ではない。その内原因も突き止めてくれる」
「だと良いんですが」
「……巴さんも澪さんも君を気遣ってか君を見習ってか、スキルを極力排して戦うやり方を追求している節がある。何事も万が一まで考えられる内に対策して備えた方が良い。悔いなく、とはかくあるべきだ」
「はい、ありがとうございます」
僕の存在がスキル忌避に繋がってたら、はっきり言って問題だ。
気にせず冒険者登録してどんどん極めていってほしいくらいなのに。
ムガイとかヤギュウの戦い見たいよね。
「さて、しかし何をもってお礼とすれば良いか……それが問題だな」
「?」
いや既にありがとうもらってるし、昨日美味しい唐揚げ紹介してもらった。
今回は頑張ったのもトアだ。
僕らがお礼をしてもらう筋でもない。
トア自身は既に六夜さんから結構なお祝いの品をもらってる。
「この短期間に巴さんとも関係を持つとは……トアの件もあるし……うーんライドウ君は底が知れんな」
「ちょおお!?」
既視感。
人はそれをデジャブと言います。
いやいやしかも今回一人は誤解だ、完全な。
おいおいもしもし!
視線が痛い……からの流石はツィーゲの冒険者だ、早くも僕らのテーブルが囲まれている。
「声量の大きい暗殺者ってどうかと思います……」
「なに、明日も赤飯を持ってくるから」
「結構で、ってずるい、もう消えてる!」
そうだった、この人にはこれがあった。
僕にも感知できないハイディングスキルー!
ああ、くそ。
また昨日と同じもげろコールがどこからか始まってしまった。
汗と熱気が凄まじい。
何という不快。手は出さないけど徐々に近づいてきて身体で圧するとかいう微妙で奇妙な嫌がらせもキツイ。
はは澪も巴もツィーゲに馴染んでいる、どんな形か知らんけど慕われている証明だと思えばこんな仕打ち、余裕でがま、が……ま……耐えられるかー!!
胸板! 肩! 腹ー!!
朝から……いや早朝そっとベッドを抜け出て厨房に向かうのがわかった。
そうだよ、朝御飯は唐揚げでしたよ。
これは声を大にして言っておきたい事なんだけどさ。
味付けが違う唐揚げを四種類出されておかず四品というのはちょっと道理が通らないと思うんだ。
一部歓喜の軍勢がいてくれて本当に助かった。
唐揚げ自体はね、似たようなのが既に亜空にあった。
鶏もそのものがいるし……ちょっとだけデカくて脚の太さと爪がちょっとだけ危険度が高いだけで。
ただ何となく竜田揚げのような唐揚げのような……それっぽい味だった。
や、十分に美味いんだ。
でも、昨日六夜さんから分けてもらったアレは思わず熱の入った唐揚げトークを展開してしまう程衝撃的に美味かったんだ。
迂闊だった。
澪が頂点を目指して始めてしまった。
と反省しながら、僕は朝はやはり味噌汁などが美味いと思います。安心します。
いやコーンスープというのも懐かしみが凄いな。
本格的なのじゃなく……その、粉の。
思い出すと何だかあのダマが妙に恋しくなる。
「六夜さん、昨日みたいのはマジで困ります」
まずはこれを先制攻撃で言っておかないといけない。
だから使命感のままに僕は昨日と同じ店の同じ席にいた六夜さんに言ってやった訳ですよ。
「? ようやく重い足を前に出したのだろ? 困るも何も、あれだけ待たされる澪さんが気の毒で気の毒で、ついなぁ。あ、これ定番で済まんが赤飯だ。ツィーゲは食材も異様に揃ってるな。簡単に再現できた」
「あ、どうもご丁ね……何の定番ですか!」
真顔で反論が飛んできた。
次いで四角い木の箱をつつ、と僕の方に渡してきた六夜さん。
中々大きい。
そして定番とはなんぞ?
「で、巴さんとはどうなんだ?」
「っ!?」
「……お? おお?」
「……」
驚くほどに誤魔化しも何も出てこなかった。
商人的には最近ムリなく出来る様になったのに!
これは洞察力どうの以前の問題で……百パーバレてるー!!
「ほー! 君も中々やるなあ。良き良き。若者はこうでなくてはな! 帝国のもちょっといき過ぎているが、まあ無理からんかなと思わんでもなし」
「……智樹と一緒にしないでください。いき過ぎってまた何かやらかしてんですか、あいつは」
「いや? そこそこ前からのだ。帝国の施策で面白いのが出ていてね。端的に言えば人口増加の為の策だな。大国とはいえ人口の減少は後々大変な問題になる。そもそも数はヒューマンの利の一つ。シンプルだが効果的と言えよう」
「……もしかして女は全員帝都に来て俺の所に来い、とかですか? どこのエロゲですか」
パーティでハーレムとか貴族の令嬢だろうがお構いなしに魅了したり。
あの分だと多分間違いなく既婚者でも気にしてないだろうからなあ。
現実にNTRとかするんじゃないよ。ゲームの中だけにしとけって。
「……いや? 流石にそれは身が持たんだろうし、人口増加と言っても誤差だ」
「じゃあ?」
「都市単位で順に媚薬を無料でばら撒いて勇者の名の下に数日間を休息日に設定、無礼講の大人のお祭りという訳だ」
「……」
馬鹿が過ぎる。
人口増加ってお前。
せめて結婚を法律で義務化するとか、そういうまともな考えって無いのかね。
どんだけ頭の中ピンクに染めれば……そこまで直接的で終わってる考えが出てくるのか。
「ははははっ、君が口を開けて呆気に取られる様など滅多に見れんだろうな! これは良い物を見せてもらった!」
「あまりに馬鹿過ぎて……もう」
「……どうだろうな。確かに過激なアプローチだが、確実に国単位で人が増えていくのは間違いないぞ?」
「にしたってですねえ。いや、もう帝国の話は良いです。あ、巴のも。昨日の用事の続き、お願いします」
「ん、了解した。ライドウ君は冒険者ギルドと我々の関係をもう知っていると思うが……」
で、さらっと切り替える。
年の功だよなあ、ホント。
「はい。一通りは」
「だな。という訳で私達はギルド関係に詳しい。例えば近頃このツィーゲでケンカクが生まれたろう?」
「ああ、はい」
ローニンってジョブからクラスアップしたんだとか。
同時候補が出てて、確かクロバカマ。
大分和な系統で驚いた。
「ローレルは見ての通り賢人の影響が非常に強いが……それでもケンカクなどは現在存在しない。色々とこちら側に染まっているというのに、な」
「……」
「その分いつの間にかコスプレが妙な浸透ぶりをしていたのが正直意外で……といかんな、この話はまた唐揚げの様に熱くなってしまう。で、ジョブの話だ。ケンカクにはまだ上がある」
「お、そうなんですか。剣客ときたら剣聖とか剣鬼、剣豪ですか?」
「うむ、剣豪だな。これも過去には存在したが今はおらん。そして更に上」
「剣豪の上?」
「ああ。ムガイというのがある。まだギルドで確認されていないジョブだ。だが私達は存在だけは知っている」
「元は皆さんの能力ですもんね。しかし……ムガイ。無外流ですか?」
何とまあ。
ゲームチックといえば、何となくあってもおかしくはないような。
ムガイね、どんなジョブか興味はあるな。
「だろうとアズが言っていた。無外流とはそんなに有名な流派なのかね。あいつ以外は誰も知らなかったが」
「えー」
そんなものなんだろうか。
「指揮系統ジョブの頂点はヤギュウなんだが、これは私達でもわかった。柳生十兵衛とかああいうのだろうと、ね」
「指揮系統、というなら柳生宗矩の方かと思いますけど」
宗厳の方は新陰流というべきだろうし。
将軍に仕えた御留流としての柳生を指してるつもりだろうから……だよねきっと。
「……まあ、そういう系という事でな。で、こういう初出のジョブが出る事は私達にとって当然の事ながら物凄く嬉しいんだ。我々が到達しえなかった領域に人々が到達していく、というのがな」
「なるほど」
という事はケンカクが珍しく出てきた事へのお礼みたいなものかな?
初出じゃないし、微妙な気がする。
昨日のがあるからなあ。
かこつけて僕をからかいに来ただけ、という線もまだ捨てきれない。
「この度、ギルドで新たなジョブを記録する事が出来た。君に近しい者からな。しかも私にとっては同じ系統のジョブという事で、久々に年甲斐もなく興奮している。本当に、ありがとう」
六夜さんがテーブルの天板ぎりぎりまで頭を下げて真面目に礼を言った。
僕に近しい冒険者って、アルパインの誰か。
いや六夜さんが近いというなら……トアか。
へえ、荒野とは逆の方向に依頼を受けて出かけてクラスアップ。
何てタイミング。
「……トアですか、ひょっとして」
「うむ。既に話は聞かせてもらったんだが、アズが渡したギルド武器が影響したらしく、かなり特殊な条件が必要になるものだった可能性がある。非常に興味深い!」
「と言う事は影朧じゃないのに変わったんですか……へえ」
「鳶加藤だよ、君ならもしかして知ってるんじゃないか? アズは忍びには興味ないようで知らんと言われたが君は意外とそういうのは全方位カバーしてるだろう!?」
トア、凄いのになったな。
あれか、巴に一時期師事してたのも影響してるのか?
ジョブの名前で良いのかって気もするけど……弱くはないよな絶対。
「人を変態みたいに言わないでくださいよ、加藤段蔵の異名でしょう」
「そう! そうなんだ!! まさかそんな亜流のジョブがあるなど思いもしなかった……わかるかね! 鳶加藤には独自の忍術スキルが満載らしいんだよ!」
「ろ、六夜さん! 一応トアの機密情報になりますから! 大声、大声!」
「想像などつくものか! この爺でさえ、ただただ感嘆して頷くしかなかった驚きのジョブなのだから!」
驚きなのはマジであんたのテンションの方だよ、と思った。
想像がつくかどうかの問題じゃないから!
「もう嬉しくて嬉しくて、私の秘蔵装備を幾つか貰ってもらった程だよ。私は気付いたらアサシンロードに染まっていたから忍び関係は憧れからの収集癖くらいしか残ってなかったのが残念だ」
アサシンにも道なんてあるのか。
暗殺道とか?
「新ジョブに新装備ですか。そりゃまたトアもホクホクな事で」
「ひとまず二刀流をやるにはラピスに並ぶ位の武器が必要だと悩んでいたからドマの逆鱗を引き千切って……というのは冗談で快く鱗を提供してもらって、アズの幻獣からお祝いに使うからとお願いして貰った素材と併せてツィーゲの職人に加工してもらった」
「……それを、トアにあげちゃったんですか?」
いや、ドマ。
物凄い流れ弾で酷い目見てる。
僕に会うのは絶対嫌だロクな事にならないと逃げ回っていたのに……哀れな。
センサーを潜り抜けて不幸に見舞われるタイプか。
何だろう、他人事に聞こえない。
「むふん!」
「むふんて」
力強く頷いてるからそうなんだろう。
誰が加工したのかわからないけど、とんでもない依頼で偉い目みたねえ、その人も。
「新ジョブ誕生の祝いならこの程度構わんさ。それに……」
「?」
「彼女たちはアイオンの奥深くまで入り込んでいる。そして綻びは既に埋まっているが彼女は向こう側からは未だツィーゲの亀裂に見えている。つまり、危険な立場にいる。鳶加藤をそう簡単に死なせるものか」
「……危険とは言いますけど、あれでトアのとこは強かでしぶといですよ?」
「出てくるかもしれないのが女神の使徒とあれば、それなりに警戒もすべきさ」
「それは一応僕らで対処しようかと思ってるんですが……」
「どうかな、相性で言うなら彼女たちアルパインの方が使徒と良い勝負をする可能性もある。クズノハ商会は君を含めて魔術にかなり頼っているからな。もっと冒険者のスキルの研究と使用も考えるべきかと思うよ」
「スキル……」
僕だけに限って言えば確かにスキルなんて使った記憶もないくらいだ。
間違いなく偏ってる。
それがまずい相手、って事か……面倒な。
「うむ」
「僕、レベル1の商人なんですが」
永遠のレベルワンっす。
「……そうだったな、スキル、ああ、そうか」
「一応、巴と澪、他の人には六夜さんからの忠告、ちゃんと伝えておきます」
「あ、ああ。ソレが良いだろう。何、ギルドのトップは無能ではない。その内原因も突き止めてくれる」
「だと良いんですが」
「……巴さんも澪さんも君を気遣ってか君を見習ってか、スキルを極力排して戦うやり方を追求している節がある。何事も万が一まで考えられる内に対策して備えた方が良い。悔いなく、とはかくあるべきだ」
「はい、ありがとうございます」
僕の存在がスキル忌避に繋がってたら、はっきり言って問題だ。
気にせず冒険者登録してどんどん極めていってほしいくらいなのに。
ムガイとかヤギュウの戦い見たいよね。
「さて、しかし何をもってお礼とすれば良いか……それが問題だな」
「?」
いや既にありがとうもらってるし、昨日美味しい唐揚げ紹介してもらった。
今回は頑張ったのもトアだ。
僕らがお礼をしてもらう筋でもない。
トア自身は既に六夜さんから結構なお祝いの品をもらってる。
「この短期間に巴さんとも関係を持つとは……トアの件もあるし……うーんライドウ君は底が知れんな」
「ちょおお!?」
既視感。
人はそれをデジャブと言います。
いやいやしかも今回一人は誤解だ、完全な。
おいおいもしもし!
視線が痛い……からの流石はツィーゲの冒険者だ、早くも僕らのテーブルが囲まれている。
「声量の大きい暗殺者ってどうかと思います……」
「なに、明日も赤飯を持ってくるから」
「結構で、ってずるい、もう消えてる!」
そうだった、この人にはこれがあった。
僕にも感知できないハイディングスキルー!
ああ、くそ。
また昨日と同じもげろコールがどこからか始まってしまった。
汗と熱気が凄まじい。
何という不快。手は出さないけど徐々に近づいてきて身体で圧するとかいう微妙で奇妙な嫌がらせもキツイ。
はは澪も巴もツィーゲに馴染んでいる、どんな形か知らんけど慕われている証明だと思えばこんな仕打ち、余裕でがま、が……ま……耐えられるかー!!
胸板! 肩! 腹ー!!
1,321
お気に入りに追加
56,865
あなたにおすすめの小説
異種族キャンプで全力スローライフを執行する……予定!
タジリユウ
ファンタジー
【1〜2巻発売中!】
とある街から歩いて2時間。そこはキャンプ場と呼ばれる不思議な場所で、種族や身分の差を気にせずに、釣りや読書や温泉を楽しみながら、見たこともない美味しい酒や料理を味わえる場所だという。
早期退職をして自分のキャンプ場を作るという夢を叶える直前に、神様の手違いで死んでしまった東村祐介。
お詫びに異世界に転生させてもらい、キャンプ場を作るためのチート能力を授かった。冒険者のダークエルフと出会い、キャンプ場を作ってスローライフを目指す予定なのだが……
旧題:異世界でキャンプ場を作って全力でスローライフを執行する……予定!
※カクヨム様でも投稿しております。
「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件
ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」
その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。
そして、わたしは負け犬となったはずだった。
しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。
夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。
ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。
今度は王妃に?
有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。
※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
側妃のお仕事は終了です。
火野村志紀
恋愛
侯爵令嬢アニュエラは、王太子サディアスの正妃となった……はずだった。
だが、サディアスはミリアという令嬢を正妃にすると言い出し、アニュエラは側妃の地位を押し付けられた。
それでも構わないと思っていたのだ。サディアスが「側妃は所詮お飾りだ」と言い出すまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。