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三章 ケリュネオン参戦編
単行本10巻ダイジェスト② ロッツガルドの識
しおりを挟む私が主とする方には、確率に偏りがある。
予め理解はしていたつもりではあるが、今回はこの意味をつくづく体に教えられた。
そんな気がする。
ここロッツガルドからは遠く北の地を主戦場とする筈の魔族とヒューマンの戦争からの飛び火。
大国リミアの大貴族ホープレイズ家の次男の因縁への奇跡的な割り込み。
独自の文化を築くローレル連邦が秘蔵とする戦力である竜騎士部隊との異国での接触。
そして、女神との邂逅。いや、若様にとっては再会か。
ああ、再会といえば竜殺しソフィアと上位竜ランサーとの再戦もそうとも言えるだろうな。
実に。
実に激動の時だった。
巴殿、澪殿に続き若様、真様と契約した私にとってもそれは同様。
特にケリュネオンの強奪に向かった巴殿らと違い今回私は若様に同行し……ランサーを討つ場を与えられたのだから。
あれは私にとって間違いなくこれまでの生涯で一番の戦いだった。
「今思えば、やや無謀もあったかと思いもするが……討ててしまうものだな、上位竜であっても」
毎度の訓練では巴殿にも澪殿にも未だ及ばぬとはいえ、私も少しずつ若様の従者として成長しているのだと実感できた。
そして支配の契約下に在るのだから当然の事だが、若様の、他人の為に怒り戦っているという感覚。
あれも、まだ慣れぬものながら割と心地よかった。
思えば若様と出会う前は、定めた研究テーマの完成だけを生き甲斐としていた。
それとて元を辿れば確かに……友人の為というのが根底にあった気がしないでもないが、理由はどうあれリッチと化して長い時間を過ごす内、半ば狂気に陥り研究のための研究をしだしていたのも事実。
当たり前の事だが手段は目的の為のもの。
手段を試す為に目的を設定するなど極めて無意味だ。
今の我が身は若様の為に。
そして彼の行く末をこれからも見続けていく為に。
まだまだ……強くならねばな。
「しかし、お二方もランサーを成敗したかったのはわかるが奴との戦いの疲労や負傷が癒える前にあそこまでの模擬戦、いや鍛錬というのも……久々に、きつい」
あれは報告の場で私がうっかりとランサーと遭遇して勝ったなどと口にしたのがまずかった。
おかげでほとんど休む事が出来ないまま、学園都市ロッツガルドで未だ暴れ続ける変異体の始末に臨む事になってしまった。
まあそちらは仕事としては正直些事に過ぎない。
元々学園都市の方はもう、我々クズノハ商会としてはやる事はほぼやり終えた後だ。
立ち回るべき事は済ませた。
後は結果がどうなるかだけ。
変異体についても森鬼とエルダードワーフ、それにライムに大部分を任せて無事処理も終わった。
学生や住民の目はもちろんの事……学園長、学園の講師どもの派閥、それに商人ギルドのザラも含めてこの街でクズノハ商会を邪険に扱う事などもう出来まい。
若様はこの後の復興まで積極的に協力するようだし、な。
「む、来たか」
学園の近くにあるカフェ。
そこで直近の事を考えていた私は待ち人が到着した事を知る。
見慣れた人影を視界に捉えた。
若様の生徒の一人だ。
今日は生徒達が若様に無理に講義をねだった結果、本来の力に大分近い状態のミスティオリザードに模擬戦という名のお仕置きを受けた。
見慣れぬ体術を使う三匹目のミスティオリザードは若様からの手加減少なめという注文を忠実に実行し、ジン=ロアンを始めとする学生らに絶望を叩き込んだ。
見ていた私も苦笑いするしかない程、一方的な蹂躙。
結局当面は講義よりも復興の手伝いに重点的に参加するよう若様から『お願い』され、彼らは色々とネガティブな感情が渦巻く顔でそれを了承したと言う訳だ。
で、私としても別件で用事があった為声を掛けた所、そのうちの一人、彼が同行を申し出てくれて今に至る。
若様にも少々『この件』についてはお話をし、幾つかの許可を頂いている。
識が必要だと思ったなら幾らでも使って良いよ。
即答で金を使う事を許可して下さった。
契約とは関係なく、私を信頼して頂いているのがわかる。
あと、クズノハ商会が規模に見合わぬ程に蓄財出来ているのも理由の欠片くらいにはなっているかもしれない。
「識さん、お待たせしました」
「いえ、それほど待っていませんよミスラ。にしても案内ではなく口頭で大体の場所を教えてくれるだけでも良かったんですよ?」
彼はミスラ=カズパー。
女神の敬虔な信者である両親を持ち、自身もそれなりに神殿に顔を出して奉仕活動などに勤しんでいる。
では彼も女神を深く信仰しているかと言えば、私の見立てではそうではない。
彼は流される性質なのだろう、と私は思っている。
つまり神殿に従順なのも、両親の願いを受け入れ、流されるままにそうしているだけ、だろう。
ミスラ自身は宗教的にはかなりニュートラルな見方をする青年だと見ている。
鉄壁の守備、回復や防御中心の魔術への習熟など、その戦闘スタイルについてはミスラの体によく馴染んでいる。
きっと自分の適性をよく把握した上で選んだものだ。感心する。
「ちょうど神殿の傍でしたから、失礼な言い方ですがついでです。俺も司教様に呼ばれてまして」
立ち上がり、ミスラと合流する。
会計を済ませて早速彼と一緒に外に出る。
ロッツガルドで行きたい場所があったのだが、生憎聞き覚えのない地名で生徒に場所を聞いた所、ミスラが詳しいとの事だった。
アベリアも一緒に来ようとしたが、今回は遠慮してもらっていた。
そうか、神殿の傍だったか。
確かにあの辺りの住所にはあまり詳しくなかった。
今回を機として把握しておくとしよう。
「司教様、ですか。ミスラはご両親ともども神を深く信仰しているんですね」
心にもない事を口にしつつ、ミスラに相槌を打つ。
「……いえ、俺なんか。確かに親の望みもあって神殿への出入りは多いですから、真面目だとか熱心な信者だとか誤解もされますけどね。今の司教様は面白い方ですから、俺が行くのをあまり苦にしていないってのもありますけど」
「面白い、ですか? 大変美しい方だとは聞いた事がありますが?」
「そりゃ、司教様にまでなる方ですから。面白いというのは、あの方は女神に仕える高位の神官でありながらタバコを嗜まれるからです。あれ、美容にはあまり良くないって意見が多くて司教様クラスになるとほぼやってる人はいないですから」
「ああ……タバコですか。確かに」
あの女司教、喫煙者か。
確かに珍しい。
亜空でも若様が嗜まれないからか、あまり広がってはいないな。
美容についてどうかは知らないが健康に良くないのは事実のようだし、広まる必要もないが。
エルダードワーフとハイランドオークの一部でその習慣がある程度だと記憶している。
「司教様曰く、例え多少美容に悪くとも、これで心が平穏に保てるならその方が体には良いに決まっています、だそうで」
「それはまた、随分と強引な意見ですね。確かに面白い方のようです」
ストレスの方が美容や健康を害するという考え方か。
止められん者の屁理屈の様にも聞こえるが、さて。
「信仰へのお考えも柔軟なんです。住民の神殿への奉仕についても。だから俺としては今の司教様の方が……その、楽でいいです」
「正直ですね、ミスラは。そうですか、今の司教様は比較的……緩く考えてくれる方ですか」
「だと思います。あと上で決めて下を従わせるってだけじゃなく、草の根の活動もきちんと評価して見てくれたりもするんで」
「なるほど」
……面倒なタイプだな。
神殿と住民を結果として強く繋げかねん。
だがそれも今となってはな。
変異体と魔族には感謝すべきか。
「今日も、街の復興支援について俺に話を聞きたいとかで」
「君にですか?」
「俺、神殿と学園両方に仲良い知り合いいるんで。多分、その辺りで目を付けられたかもですね」
「ミスラを架け橋に、厚意から支援の手を早期に下町にまで、ですか。策士ですねえ」
そしてミスラを利用してあわよくば我々の協力も狙っている、か?
だとすれば食えん女だ。
と、しまった。
仮にも司教を策士、とは言い過ぎたかもしれん。
「ま、身も蓋もない言い方ですけど狙いはそんなとこかもしれません」
「……いえ、司教様に対して策士だなんて少々不謹慎な発言でした。すみません」
やはり、さほど信仰心はないか。
だが失言だったな。
気を抜いていた。
「あ、識さん。ここですよ。左に入って真っ直ぐ行けば識さんが行きたいって言ってた住所はすぐです」
「おや、そうですか。本当に神殿の近所だったんですね。ミスラ、助かりました。ここまでで結構ですよ。私に付き合わせて司教様をお待たせしては申し訳ありませんし」
「……わかりました。ところで、その」
「なんです?」
「この先って住宅街ですよね? どなたかお知り合いでもいるんですか?」
「ふふ、らしくありませんねミスラ。アベリア辺りにでも用事を探れと頼まれましたか?」
「い、いえ!? そんな事はありませんよ!? まさか愛人とか子どもがいるかもしれないだなんてこれっぽっちも頼まれてませんよ!?」
……何か色々と。
ふふ、あの娘ときたら何を考えているのか。
しかもそれをミスラに頼むなど。
困ったものだ。
ただ……これは面白いか。
たまには学生達に話題を提供するとするか。
「おや、驚きましたね」
「え?」
「大正解ですよ、ミスラ。この先には女と、子どもがいます。皆には内緒ですよ? それでは」
「え、ええ!?」
口元に人差し指を立て、にこやかに誤解を招く事を言ってやる。
まあ、女と子どもがいるのだけは確かだ。
……私の、ではないが。
流石にミスラも後を追う度胸はなかったか、さっさと歩き出す私の背を見守るだけ。
やがて、彼も自身の用件である神殿に向かうべくその場を去った。
ふふふ。
秘密だ内緒だと言ったところで、ミスラの性格を考えれば早晩誰かさんに洗いざらい吐かされる事だろう。
さてさて。
思わず含み笑いが漏れた。
いかんな。
ん、ここか。
一軒の家の前で立ち止まる。人の気配はある。
女と、それに子どももいるか。
ノックをし、名乗る。
「失礼、私はクズノハ商会の識と申します。こちらはクロエ=ナルガさんのお宅でしょうか」
例えそれがどこまでを意図したものかは別として。
かの上位竜ランサーとの戦いにおいて、私はある冒険者に結果として助けられた。
あの冒険者の最後の言葉が何であったかは私にはわからない。
私に何かを望んだのかさえ、最早知る術はない。
彼はランサーによって剣にされ、消えたから。
その遺志や魂、想念は私にも追えなかった。
だから、せめて。
私に出来る、私なりの借りの返し方をさせてもらう。
……勝手にな。
「……クズノハ商会? 悪いけど物は間に合って――」
「冒険者シーリー=ベイトが亡くなりました。彼の……友人としてご報告と、貴女へと預かった遺産についてお知らせに参りました」
出てきた女性に事を告げる。
彼について急ぎ調べ上げ、そして浮かんだ五人の女性達。
港ごとに女がいる、ではないが冒険者としてあの男、シーリーは中々に成功していた者のようだった。
一緒に暮らしてもいない女達に律儀に金を送り続けられていたのだしな。
このクロエは一人目。
この後、残る四人の所へも同様に訪れ……訃報と遺産について伝えていく。
皆が目の前の女の様に泣き崩れるかはわからぬし、問題でもない。
例え罵倒を受けようと、やると決めたのだから。
もっとも、その遺産の方は私が若様の許可を得て用意した偽物にすぎん。
だが例え遺産としては偽物でも、財貨としては本物に違いない。
そして必ず生活には必要になるだろう。
だから魂すら残さずに消えたシーリー=ベイトよ。
私はランサーを本当の意味で圧倒できず、結果お前を死なせた。
そして救われた。
願わくば、シーリー。
私の身勝手なお節介を許せよ。
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