月が導く異世界道中

あずみ 圭

文字の大きさ
上 下
418 / 551
六章 アイオン落日編

禁断の特濃

しおりを挟む
 ネチーキトス鑑定団は世界に名を馳せる有名な鑑定のスペシャリストだそうだ。
 いかんね、興味や関心が薄い分野の事はどれほど有名でも情報収集に穴がある。
 大体さ、ツィーゲならまだ反神教のアレの所為で鑑定集団を僕らに差し向ける気持ちもわからんではないよ?
 でも学園都市でウチの商品の鑑定なんてして何になるんだ?
 目的がわからない。
 それに鑑定団、と。
 団とつくと何か凄く感じる。
 妙な言葉の圧がある。
 正直ケリュネオン産とか、ある程度まとめて出るようならあの国をお披露目する良い機会にもなるから、有難くもあるんじゃないかと。
 どうせそんな国が実はあるんだと知れてもすぐには接触できないんだし。
 魔族の支配地にぐいぐい入り込んであの国に至るのは言うまでもなく困難で。
 リミアやグリトニアを動かしてもケリュネオンに到着するのはいつになる事やら。
 
「貴方がたが著名な鑑定組織である事は理解しました。それで、私どもの商品を鑑定する理由は何でしょうか?」

「……おや、何かやましい事が?」

「いえ、まったく。ただ何故このロッツガルドで皆さんがクズノハ商会を名指ししたのかに興味がありまして」

「依頼人を明かす事は出来ん」

「そうですか、残念です」

 い、依頼人がいるの?
 ええ……それ言っちゃって大丈夫なの?
 誰か個人の意図に従って鑑定しに来たって事だよね、それ。

「重ねて質問するが、ここの商品には何も問題が無いのだな?」

「当然です。謳っている品質の確認は常に行っております。むしろ十分な効果を発揮しない不良品や誤っている表記があれば今回は教えていただける訳で。感謝こそすれ疎むような真似は致しませんよ」

「……ほう。大した自信だ。ではまず、万能薬アンブローシアを出してもらおうか」

「……」

 ネチーキトス鑑定団の代表格らしい中年男は何故かウチの通常ラインナップにない商品を指定した。
 ほら、バイトしてたジンとアベリアがポカンとした顔をしてる。
 そりゃそうだよ、あいつらの前であの薬を扱った事は無いんだからさ。
 ここでアンブローシアの事を知ってる可能性があるのなんて……一体誰だ?
 これは本当に、ツィーゲの方と何か繋がってる?
 もう勘弁してほしいな。
 店全部に攻撃を仕掛けるつもりかと。
 リオウめ、邪魔くさい。

「どうした? かの秘薬を扱っているのだろう? 出してみろ。本物かどうか確認する」

「……申し訳ありませんが、ございません」

「無いだと?」

「はい。過去扱った事は確かにございます。素晴らしい精度の情報網をお持ちのようで感服しました。ですが、あれは材料から特殊な、長く歴史から姿を消していた薬」

「……」

「ご所望であれば用意する算段はありますが在庫として常備するような代物でもなく。ご容赦ください」

 いや、当たり前だろう。
 僕自身言ってて自信満々になるくらい普通の事だと思う。
 あんなのその辺の薬品棚に置ける訳ないじゃないか。
 
「在庫が無い、お前らはアレを必要としていたレン、商人に必要量の秘薬を即座に提供したと伝え聞いているぞ」

「以前依頼を受けて材料を調達した事はあるのですが……少し話が歪んで伝わってしまっている様ですね」

 いやまったく。
 レンブラントさんを知っているようだけど、あの時僕が受けたのは材料である素材の調達。
 情報って何だかんだ漏れてしまうものだとして、秘薬の為の素材調達だったと知っている?
 元の精度は高いのに伝言ゲームに失敗してる残念な例だろうか。

「隠していない、とは言い切れない」

「無いことの証明ですか? ご冗談が過ぎます」

 あの噂もそうだけど、やけに強引だな。

「ならばこの店舗で扱っている商品すべてを皆で鑑定させてもらおうか!」

「お断りします」

「何故!」

「いうまでもなく、他のお客様のご迷惑になるからです」

 片っ端から全員で店中の商品にスキルを使用するって事だろ?
 そりゃレンブラントさんとかツィーゲの商人がやってるような純粋な鑑定、目利きよりは時間はかからないだろうよ。
 でもこのロッツガルドの店だってツィーゲの新店舗よりは少ないとはいえ、それなりの商品数がある。
 間違いなく他の客がまともに買い物できなくなる。
 朝っぱらからアポもなしでやってきた連中、この上どうぞどうぞと営業妨害までさせられるか。
 有名だからってやって良い事と悪い事はある。
 ……むしろ著名な人ほどそれを自覚して欲しいよ、本当に。
 初歩的な常識を守るってだけだよ。

「我らネチーキトス鑑定団を拒むか、クズノハ商会!」

「暴挙は許さない、と申し上げているだけです。どうしても全商品を鑑定なさると仰るなら一点ずつご購入の上で好きにされればいい」

「ぐっ」

「それに万能薬アンブローシアをご存知のようですが、対価はお持ちでしょうか? 勿論我々クズノハ商会は珍しいからといって必要以上の付加価値を付けて暴利を貪るような事は致しません。それを必要とする患者様がおられるのですから。ですがご用意する以上、相応の対価は頂きます。例え鑑定の為であれ、変わらぬ値段で」

 もし。
 もしもだ。
 この人か周りの人があの薬をどうしても必要としていてこんな嫌がらせまがいの事をやりだしたというのなら。
 売る用意はある。
 相当厄介な病気か、呪病だろうし。

「……いくらだ」

 お。
 僕が一歩も引かないと悟ったのか、苦々しい表情であちらは値段を聞いてきた。
 それとも本当に、病人がいて恐喝紛いの行為に及んだ?
 はぁー……だとしたら心底呆れる。

「……そうですね。材料の調達、術師の確保、安全な輸送。全て併せて」

「……」

「一名様一回分のアンブローシアで金貨400枚程でしょうか」

「はあ!? 安っ!?」

『!?』

 腐っても鑑定団の頭だからなのか。
 僕が弾き出した価格に彼は安いと驚きを口にした。
 ジンとアベリアは値段そのものに、恐らくは高いという意味で驚いてる。
 薬って時に唯一無二のものだ。
 それで病気が治る、それでしか病気が治らない。
 たった一錠で億を超える薬を欲しがる人は沢山いる。
 まあでも原価ギリに近い値段をつけたのは確かだ。
 どうしてもアンブローシアを必要としている人がいるかもと思ったら、つい。
 病気には甘くなる、僕の悪い癖です。

「よ、4000ではなく?」

『!?』

 彼の確認に僕は説明を省いて頷くだけで答える。
 4000という数字は特におかしくない。
 ツィーゲでアレを売るとなると多分商人によっては5000、下手をすると足元を見て10000吹っ掛けるかもな。

「……ポーションと果物、それに武具を数点」

「はい?」

「鑑定の為、購入したい。秘薬については無理を言った。日を改める」

「……ジン、アベリア」

『はいっ!』

「見繕って差し上げて」

『はい!』

 日を改めるか。
 本当にいそうだな、病人。
 鑑定団の数人を伴ってジンとアベリアが接客にあたる。
 下手にモノを知ってる従業員よりはあの二人にやらせた方が、より無作為で鑑定する商品が選ばれるかなと。
 まあ。
 そんな一幕を経て今日もクズノハ商会は開店を迎え、多くのお客様に商品を手に取ってもらう事ができた訳だ。
 鑑定団以外には特に問題も無く。
 いや、現在進行形で一つある。
 
「時に、何故二人ともウチに来る?」

 シフとユーノだ。
 ミスラはいない。

「今日は何か、その美味しいスイーツは出ていないかと思いまして」

 姉の言葉にうんうんと頷く妹。
 今日の講義が終わった辺りの時間だろうか、ちょうどたそが、いや夜が来る少し前にやってきたレンブラント姉妹。
 しばらく黄昏って言いたくない気分の僕が聞いたのは甘くて美味しい物が欲しいという愉快な回答。
 困ったもんだ。
 澪の茶スイーツ、そんなに気に入ったのか。
 あんみつとか善哉ぜんざいが今日の澪セレクトだったからお茶系は無かったんだが。
 普通に冷えた焙じ茶なら出てきた。
 そして識は折角の善哉に容赦なくクリームをトッピングして澪に張り倒されていた。
 クリーム善哉ってあるからさ、別にアレ自体は駄目じゃないんだよ。
 一口の味見も無しでうっきうきでクリームオンするから張り倒されるんだよ、識。
 オンせずに別皿で優雅にクリームも別に味わうとかさ、そういうのでも良いんじゃないだろうか。

「出来れば、あのお茶を使うので……!」

 結果的にはシフのが爆食いしてたけど、妹も相当気に入った様子。
 レンブラント家の女性に受けるのかな?
 だったら奥様、リサさんにも一度幾つかお土産に持っていってみるか。
 しかし二人とも若干ヤバい目付きをしている。
 ここで更なるお茶系を与えてよいものか。
 依存性は当然ながら一切無いはずなのに、何か恐ろしげな予感が背中を這っている。
 今日は果物で誤魔化しても良い――

「若様、お疲れ様でした。どうです? 一緒にわたくし渾身の特濃抹茶ソフトとパフェなど」

「っ、今!?」

 識!
 お昼にクリーム善哉食べたでしょ!?
 見事にまたクリーム系だし。
 どうしてそっちに限っては料理もするのに、味見なしでトッピングする暴挙には思い至らないのか――!
 でも最高、いやもしかしたら最悪のタイミングだ。
 もはや結果はわかりきっているけど、シフとユーノを見る。
 二人は既に僕を見ていなかった。
 識の両手に爛々と輝く肉食獣の瞳を向けている。
 よだれ、は辛うじて出てないな。
 良かった、まだ一応令嬢だ。

「? レンブラント姉妹? な、何を見ている?」

 合掌。
 背後にレンブラントさんの守護も浮かんでいる今のあの姉妹には識や僕さえも敵ではない。
 あの時与えるエサを間違ってしまっていたのか。
 困った餌付けをしてしまったかもしれない。
 一瞬の挙動の差で姉であるシフがパフェをゲット、ユーノはソフトを獲得した。
 口を付けた瞬間、至福の表情で仲良く恍惚の世界に旅立つ二人。
 ……茶という言葉に反応し過ぎだろ。
 デザートであの鮮やか過ぎる緑の物体を持ってこられて、一切の躊躇なく食べるなんて。
 チャレンジャーにも程がある。
 
「あ、先生。お疲れ様です!」

「お疲れ様です!!」

 そこにジンとアベリアも登場。
 憑かれたように緑の物体を食すレンブラント姉妹を見る事になる。

「……はぁ。識、ジンとアベリアの分も用意できる? 僕は今日はいいから」

「あ、はい。もちろんです」

「じゃ、特濃御馳走してあげて。お疲れさん」

 これから胸焼けするような爆食を延々と見るなんて御免だ。
 識はきっと大量のクリームをストックしてるだろうから、後何人分か十人分かはあるだろ。
 後は任せた!

しおりを挟む
感想 3,605

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。  その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。  すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。 「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」  これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。 ※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。