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六章 アイオン落日編
魔の山温泉郷再び
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かぽーん。
どこからともなく音が聞こえてきそうなここはケリュネオンの山奥。
巴がケリュネオンに、よりによって真冬の吹雪渦巻く中で突貫工事の上で完成させた温泉リゾート。
何気にクズノハ商会のリゾート事業第一号でもある。
第二号の予定は今のところまるでないんだけどね。
「あのさライム。予想外が色々重なるとさ、テンパる事ってあるよ。わかる。凄くわかる。僕はこれについては一家言あるからさ」
「うす」
「識と違ってライムはその辺りも多少共感できる、ある意味希少な男性陣だから、そこを含めても有難い存在だよ? でもさ、見えてる危険は避けられる。ほんの少しだけ気をつけるだけなんだから……頼むよ」
「……すんませんした!」
湯煙を挟んでライムが勢い良く頭を下げる。
勢い余ったか、ざぷんと彼の頭が湯船に沈む。
引き締まった身体には古傷が幾つも残っていた。
治りかけも多少あるが、基本的には古傷だけだ。
ひとまず、今日できた傷は無い。
奇跡的に無傷で済んだのである。
ライムは突然黄昏街に入ってきて僕らを探し始めた。
隠密行動など考えていない、たのもー! とでも言わんばかりの堂々たる入場だった。
当然だけどライムが僕らを見つけるよりもリオウの目や耳にライムの行動が捕まる方が早い。
今思えば、それを見越しての行動だろう。
カンタに連れられたライムが僕らと合流したのはその後すぐの事。
何かを伝えたがっている様子も丸わかりで、行動といいライムにしては珍しい動きをしていた。
澪の存在が気になっているようだったから、一応、人払いという事で澪に部屋の外に出てもらったんだけど。
……わかるよね?
澪がさ。
物理的に距離を取ったところで、何かしら聞き耳は立ててるって事くらいさ。
なのにライムはドアが閉まる音を聞いて僕と二人きりになったのを確かめると、大きく深呼吸を一つ。
「旦那! 会わせてえ女がいるんで一緒に風呂! 行きやしょう!」
深呼吸、何の意味も無かったよね。
何言っちゃってますか状態、とはきっと今これを指す状態異常だと思った。
女。
一緒。
風呂。
全くわからない。
「言えた、行ける!」
「遺言を? 地獄に?」
「!?!?」
ドアを開けた音すらしなかったけど、発言直後にはライムの背後ぴったり。
澪がいた。
だよねえ……。
「澪の姐さん! いえ、違いやす! そういう意味じゃ決してありませんっ!!」
いつの間にやら澪の事もすっかり姐さん呼ばわりか。
上司って意味で使ってるなら、まあ間違っちゃいないか。
「ええ、そうねライム。貴方が若様に悪い遊びを教える、なんて。死に急ぐ性質じゃありませんものね、貴方」
「はいっ!!」
「……で?」
「はいっ、え?」
「い・い・わ・け・は?」
「は、はい!! 一度ウェイツ孤児院に顔を少しだけでも出して頂きたいので! で、俺の昔馴染みのが女で、そこで働いてやして!」
「会わせてえ女、はソレ?」
「です! はい!」
「じゃ一緒に風呂、は?」
「機会があれば一度旦那と、いや亜空の男どもで一緒に風呂なんざどうかな、と常々思っていたのが何故だか混ざりやした!」
「殿方同士の裸の付き合い、ですか」
「そうです!」
「お風呂は同姓との社交場でもあるものね。嘘も無さそう。……そう、なら」
「……っ」
「許します」
「すんませんっした!!」
「……」
「決して姐さんの目を……んあ? え?」
「許しますと言いました。若様、夕食までにはお戻りくださいませ」
「あ、うん。いや僕は別におふ」
「是非! 是非一度、お願いしやす旦那! そうだ、どうせですから巴の姐さんが仰ってた、ほら、魔の山温泉郷! ちょっくらご一緒するってのはいかがでしょう!?」
「わざわざケリュネオンまで?」
転移するからツィーゲだろうが亜空だろうがケリュネオンだろうが一緒とはいえ、中々の提案だ。
孤児院関連で何か困りごとだろうか。
基本的に巴に任せてるし、森鬼やエルドワにしても問題起こしそうには思えない。
でもまあ、ただならぬ雰囲気だよな。
「はい、夕食までに戻らなきゃですし、善は急げっす! ささ!」
「あ、ああ、わかっ」
「ささ!」
ライムに急かされるままにこうして魔の山温泉郷に来たわけだ。
でまあ彼の提案通り、裸の付き合い。
体の汚れを落として湯舟に体を浸すのは実に気持ち良い。
それが広ければ更に快適は加速する。
ケリュネオンでも春は訪れてきているようで、最近の気候は見る限りでは穏やかになってきている。
今日は夕暮れの朱の空と雪のコントラストが凄い。
じきに花が咲いたり、緑が広がったり。
山の露天風呂の醍醐味を存分に味わわせてくれるだろう。
巴がまた騒ぐな。
亜空の温泉も大々的に場所の選定から進めてるから、そっちが先かな。
大浴場的なものは亜空には既に幾つもあるから入浴自体はもう間に合ってるんだけど……温泉という言葉には何か魔力がこもっているようで。
意欲的な連中が結構いるらしい。
「あの発言はさ、完全にアウトでしょうよ。わかるだろ?」
「……はい。あの、旦那」
「ん?」
「澪の姐さん、少し、その」
「なにさ」
「態度が丸くなられたような……?」
「丸くなった、というか……うーん」
瞬間湯沸かし器が如き感情の激変は多少減ったかもしれない。
確かに澪も、巴も少し変わった。
それは確か。
「以前の姐さんなら聞かれたらもう、どうなっていた事か。なのに、許します、で。後から何かある雰囲気でもありませんでした」
「こうなった、とはまだ言えないけど、二人とも前とは雰囲気が違う気はするなあ」
「反対に巴の姐さんの方はキツくなった気がしやす……」
「それはライムの話の内容にもよるんじゃない?」
「……確かにそれもありやすが」
「まあそうかも。前ならあっけらかんと流してた所を気にしてる時はあると思う。澪は人と話の内容にもよるけど行動に移る前に一呼吸入れる事が増えた、気がしなくもない」
あくまで一緒にいる時の巴と澪を見ていて僕が感じただけの事だけど。
ただ今回のライムの発言は、ライムが必死だったのと、そもそも彼だったから澪も「待て」を少しだけしただけな気もするんだ。
ライムとの付き合いは長いし、僕が親しく話す数少ない男性の一人でもあるから。
「さて、風呂で絶景を眺めてリフレッシュ、男同士の裸の付き合いってのは取り合えずしてるけどさ。これからどうするの? 追加で識か、モンドかベレン辺りでも呼ぶ? 二人でいる内にしたい話でもあるなら相談に乗るし」
孤児院のライムの昔馴染みが何かトラブルにでも巻き込まれたんかな?
……その位の事で僕でなきゃいけないような問題が出てくるとは思えないな。
その女性とライムが結婚する事になったとか?
仲人なんてした事ないし、そもそも僕自身がまだ結婚してないよ?
「実は、俺の昔馴染み、同じ孤児院で育ったので今はそこでガキどもの面倒を見ているセーナってのがいるんです」
「うん」
孤児院の職員さん。
孤児からそういう就職ルートもあるのか。
ライムの選んだ冒険者って道はあまりに短絡的だけど、結構メインルートだと思ってる。
後は商会勤務も以外と多い。
レンブラントさんとこも孤児の採用には結構積極的だ。
「クズノハ商会の代表にどうしても一度会っておきたいって言いだしまして」
「僕に? なんで?」
確か……ウェイツ孤児院だっけ。
大手の商会がどれだけ孤児院を援助するものなのかは把握してないけど、レンブラント商会がやってる援助に近い内容の事はやってる筈だ。
加えてライムが育った故郷みたいなとこだっていうから折々に差し入れなんかもしてる。
今以上の援助を頼まれても、出来ない事はないけど、困りはする。
なんでそこまで肩入れするんだって他の商会から疑われても面倒だから。
「その、多大な援助の割りに代表に一度も会ってないのは失礼だからと。その、お忙しいのはわかってるんで。何ならセーナと院長だけでも商会の方に顔出させても構わねえですし」
「……うーん、ライム」
「へい」
「ウェイツ孤児院? だっけ。あそこには文字通り結構多大な援助ってのをしてると思うんだよね」
「それはもう間違えなく」
「上乗せを強請られても正直困るよ?」
「いえ旦那。会って金をせびろうとか、院の惨状を見せてもっと援助を引き出そうとか」
「うん」
それしか思い浮かばないよ?
そして僕は下手に顔を出せば子どもたちの状況とボロイ(だろう)建物を見て追加援助を約束してしまいそうな気がしてる。知らんけど。
ちょろい代表と思われるのも切ない。
「むしろ逆なんで」
「逆とな」
逆?
……という事は。
援助が多すぎる?
なら別に代表と会う必要なくないか?
だって黙ってても十分な援助をしてくれて口も大して出さないスポンサーって事だろ?
最高じゃない?
「クズノハ商会の援助は、俺も改めて確認しましたけど、凄まじいっす。ウェイツ孤児院はほぼクズノハ商会からの援助だけでやっていけるレベルなんす」
スポンサーの目を気にせずのびのび孤児院がやれて子どもが飢えない。
理想的じゃん?
……いや。
理想的、と頭で考えた瞬間。
あれ、と思考が一瞬止まる。
「……、もしかして」
「……」
「疑われている訳か、ありもしない陰謀やら企み、下心を」
「……心底申し訳ねえ気持ちでいっぱいですが……その通りす。すみません」
つまり。
善意だけの寄付なんてあり得ない。
見返りを求めない援助は疑え。
タダより怖いモノは無し。
そういう事なんだろう。
社会の底辺に位置する組織ほど、そうやって対価の無い他者の行動に疑惑を持つ。
レンブラントさんから教わった事だ。
善意の寄付はありがとう。
見返りを求めない援助は宴。
タダ最高。
とはならないものなんだと。
「となると巴に就職を斡旋してもらったのも裏目か」
「……へい」
「ライムのボーナス名目で料理を教えに行かせたのも」
「……その節は過分なとりなしを頂き、ありがとうございやした」
「僕らの勝手なお節介だから気にしないで。そっか。余りものの食料や服もまずかったか。取りに越させたしあの位はと思ったのに」
「……大変助かる援助でした。ですが、新鮮な野菜は余す事なく食えちまうもんですし、乾物は保存がききますから余るもんでもなく。服に至っちゃサイズも色々、汚れも無し。セーナでなくとも多少の疑念は仕方ねえかと」
どうせなら長く使える方が良いし、新鮮な食材は栄養あるし。
子どもなんてすぐ大きくなるんだから服のサイズは色々あった方が良いと思って。
ただ言わせてもらうなら、新鮮な野菜は亜空で大量に取れて本当に余ってるレベルの品種から出してる。
乾物だって大量に作った試作品から見られる食えるのを選んだ。
服に至っちゃゴルゴンやオークの手習いだ。
別に大金かけて援助物資を買い揃えた訳ではない! んだけどねぇ。
それにウェイツ孤児院は亜空の役に立ってもいる。
全くこっちの都合でしかない。
意図的に従業員として亜人を向かわせて子どもや職員の反応を観察してきてもらってる。
巴から定期的にきちんと報告ももらってる。
見下されるような非常識な事は殆ど無いと、嬉しい報告が大半だ。
最初のころは多少あったようだけどね。
クズノハ商会とウェイツ孤児院の関係を考えれば当然かもしれない、でも例え自らが弱者であっても平気で亜人を奴隷や家畜として扱うのもヒューマンだ。
「……」
「旦那を実際に見て知ってる俺なら、旦那やクズノハ商会だったらその位、と思うんです。ただ世間一般から見れば、そんな事をして何の得があるんだと。スレちまった奴ほど、どうしたって多少は……」
待てよ。
アレ、使えないかな。
孤児院で似た様な試みがあっても、不思議は無いよな。
「……元は罪人の更生、だけど」
「罪人? 旦那?」
いけそうな気がする。
応用は出来る、はず。
それに、クズノハ商会の援助が過分だったっていうならセーナさん? と院長さんに会うにしても何かしらそれらしい要求の一つも持っていく方が向こうも納得しやすいよな。
「巴が前に出てた案件だしな」
「姐さん、すか?」
江戸と鬼平。
どっちも巴の大好物だ。
喜んで調整を、いやもしかしたら喜んで前にでてくれるかもしれん。
亜空ではあまり用途もなく、作る予定も無かったシステムでもあるから。
「また敵も増えそうだけど、しばらくはこっちに力を入れられる。考えてみるか……」
「あの、旦那。何を?」
決めた。
そしてそろそろ上がろう。
男同士でも逆上せました、じゃ二人にいじられてしまう。
……環も混ざりそうだから三人か。
どっちにしてもご免だ。
「人足、いや寄場を作る」
「にんそく? よせば?」
「ライム」
「はい」
「明日セーナさんに会おう。僕から孤児院にお邪魔する」
「! ほ、本当っすか!?」
「もちろん。巴と一緒に行くから向こうの都合の良い時間を聞いて調整しておいて」
「旦那の、お時間の方は。あいつらの都合なんてどうとでもしやす。旦那は今黄昏街でお仕事をなさっている最中なんすから」
「……いや、そこに乱入してきたの、ライムじゃん」
「あ、こりゃ……面目ありません」
「大丈夫。こっちは一日二日でどうなるものでもないからね。ここのトップも、話は聞いたけどどこまで信じて良いものかわかりかねてるとこだし。場所が場所だけに動くのは見極めてからにするつもりでいる。なら孤児院の方の都合に合わせるよ」
それに。
今回の相手はウチが援助してる相手だ。
元々立場はこちらが上。
面会の時間を相手に合わせれば、圧倒的にこちら優位で話も出来るだろう。
もらえるハンデはいくらあっても困らない。
ウェイツ孤児院め。
黙って援助を受けていれば、悪口とか大々的に言わなきゃ、そのままで院の運営ができたものを。
もはやこのままでは済まさん、改造してくれる。
「今日中に話をまとめます!」
「よろしく。じゃ、戻ろうかね」
「あの!」
「?」
「脱衣所で結構ですので、是非、色々と秘訣をお伺いしたい事もありやして!」
「ライムが、僕に、秘訣?」
なんのこっちゃ?
今日のライムは本当によくわからないな。
「見る方はもうばっちり拝ませてもらいましたんで、姐さんらに殺されない程度に、よろしくおなしゃっす!!」
拝む。
確かに頭を洗ってる時に何やら驚きだか悲鳴の短い声と、手を合わせる音は聞こえたけど。
やっぱり意味が分からん。
「巴と澪が関わる事は今はもう本当に、せんしてぃぶな、案件だからな。頼むぞライム、本当に口からぽろっとダメな事言わないように。内容次第じゃ、言葉と一緒に命も出てっちゃうからね!? そんな事で蘇生がどうとかなんて僕は聞きたくないから! いいね!」
「お口チャック完了っす!」
ダメな気がする。
魔の山温泉郷リターンズ。
本日はのぼせずに入浴完了。
どこからともなく音が聞こえてきそうなここはケリュネオンの山奥。
巴がケリュネオンに、よりによって真冬の吹雪渦巻く中で突貫工事の上で完成させた温泉リゾート。
何気にクズノハ商会のリゾート事業第一号でもある。
第二号の予定は今のところまるでないんだけどね。
「あのさライム。予想外が色々重なるとさ、テンパる事ってあるよ。わかる。凄くわかる。僕はこれについては一家言あるからさ」
「うす」
「識と違ってライムはその辺りも多少共感できる、ある意味希少な男性陣だから、そこを含めても有難い存在だよ? でもさ、見えてる危険は避けられる。ほんの少しだけ気をつけるだけなんだから……頼むよ」
「……すんませんした!」
湯煙を挟んでライムが勢い良く頭を下げる。
勢い余ったか、ざぷんと彼の頭が湯船に沈む。
引き締まった身体には古傷が幾つも残っていた。
治りかけも多少あるが、基本的には古傷だけだ。
ひとまず、今日できた傷は無い。
奇跡的に無傷で済んだのである。
ライムは突然黄昏街に入ってきて僕らを探し始めた。
隠密行動など考えていない、たのもー! とでも言わんばかりの堂々たる入場だった。
当然だけどライムが僕らを見つけるよりもリオウの目や耳にライムの行動が捕まる方が早い。
今思えば、それを見越しての行動だろう。
カンタに連れられたライムが僕らと合流したのはその後すぐの事。
何かを伝えたがっている様子も丸わかりで、行動といいライムにしては珍しい動きをしていた。
澪の存在が気になっているようだったから、一応、人払いという事で澪に部屋の外に出てもらったんだけど。
……わかるよね?
澪がさ。
物理的に距離を取ったところで、何かしら聞き耳は立ててるって事くらいさ。
なのにライムはドアが閉まる音を聞いて僕と二人きりになったのを確かめると、大きく深呼吸を一つ。
「旦那! 会わせてえ女がいるんで一緒に風呂! 行きやしょう!」
深呼吸、何の意味も無かったよね。
何言っちゃってますか状態、とはきっと今これを指す状態異常だと思った。
女。
一緒。
風呂。
全くわからない。
「言えた、行ける!」
「遺言を? 地獄に?」
「!?!?」
ドアを開けた音すらしなかったけど、発言直後にはライムの背後ぴったり。
澪がいた。
だよねえ……。
「澪の姐さん! いえ、違いやす! そういう意味じゃ決してありませんっ!!」
いつの間にやら澪の事もすっかり姐さん呼ばわりか。
上司って意味で使ってるなら、まあ間違っちゃいないか。
「ええ、そうねライム。貴方が若様に悪い遊びを教える、なんて。死に急ぐ性質じゃありませんものね、貴方」
「はいっ!!」
「……で?」
「はいっ、え?」
「い・い・わ・け・は?」
「は、はい!! 一度ウェイツ孤児院に顔を少しだけでも出して頂きたいので! で、俺の昔馴染みのが女で、そこで働いてやして!」
「会わせてえ女、はソレ?」
「です! はい!」
「じゃ一緒に風呂、は?」
「機会があれば一度旦那と、いや亜空の男どもで一緒に風呂なんざどうかな、と常々思っていたのが何故だか混ざりやした!」
「殿方同士の裸の付き合い、ですか」
「そうです!」
「お風呂は同姓との社交場でもあるものね。嘘も無さそう。……そう、なら」
「……っ」
「許します」
「すんませんっした!!」
「……」
「決して姐さんの目を……んあ? え?」
「許しますと言いました。若様、夕食までにはお戻りくださいませ」
「あ、うん。いや僕は別におふ」
「是非! 是非一度、お願いしやす旦那! そうだ、どうせですから巴の姐さんが仰ってた、ほら、魔の山温泉郷! ちょっくらご一緒するってのはいかがでしょう!?」
「わざわざケリュネオンまで?」
転移するからツィーゲだろうが亜空だろうがケリュネオンだろうが一緒とはいえ、中々の提案だ。
孤児院関連で何か困りごとだろうか。
基本的に巴に任せてるし、森鬼やエルドワにしても問題起こしそうには思えない。
でもまあ、ただならぬ雰囲気だよな。
「はい、夕食までに戻らなきゃですし、善は急げっす! ささ!」
「あ、ああ、わかっ」
「ささ!」
ライムに急かされるままにこうして魔の山温泉郷に来たわけだ。
でまあ彼の提案通り、裸の付き合い。
体の汚れを落として湯舟に体を浸すのは実に気持ち良い。
それが広ければ更に快適は加速する。
ケリュネオンでも春は訪れてきているようで、最近の気候は見る限りでは穏やかになってきている。
今日は夕暮れの朱の空と雪のコントラストが凄い。
じきに花が咲いたり、緑が広がったり。
山の露天風呂の醍醐味を存分に味わわせてくれるだろう。
巴がまた騒ぐな。
亜空の温泉も大々的に場所の選定から進めてるから、そっちが先かな。
大浴場的なものは亜空には既に幾つもあるから入浴自体はもう間に合ってるんだけど……温泉という言葉には何か魔力がこもっているようで。
意欲的な連中が結構いるらしい。
「あの発言はさ、完全にアウトでしょうよ。わかるだろ?」
「……はい。あの、旦那」
「ん?」
「澪の姐さん、少し、その」
「なにさ」
「態度が丸くなられたような……?」
「丸くなった、というか……うーん」
瞬間湯沸かし器が如き感情の激変は多少減ったかもしれない。
確かに澪も、巴も少し変わった。
それは確か。
「以前の姐さんなら聞かれたらもう、どうなっていた事か。なのに、許します、で。後から何かある雰囲気でもありませんでした」
「こうなった、とはまだ言えないけど、二人とも前とは雰囲気が違う気はするなあ」
「反対に巴の姐さんの方はキツくなった気がしやす……」
「それはライムの話の内容にもよるんじゃない?」
「……確かにそれもありやすが」
「まあそうかも。前ならあっけらかんと流してた所を気にしてる時はあると思う。澪は人と話の内容にもよるけど行動に移る前に一呼吸入れる事が増えた、気がしなくもない」
あくまで一緒にいる時の巴と澪を見ていて僕が感じただけの事だけど。
ただ今回のライムの発言は、ライムが必死だったのと、そもそも彼だったから澪も「待て」を少しだけしただけな気もするんだ。
ライムとの付き合いは長いし、僕が親しく話す数少ない男性の一人でもあるから。
「さて、風呂で絶景を眺めてリフレッシュ、男同士の裸の付き合いってのは取り合えずしてるけどさ。これからどうするの? 追加で識か、モンドかベレン辺りでも呼ぶ? 二人でいる内にしたい話でもあるなら相談に乗るし」
孤児院のライムの昔馴染みが何かトラブルにでも巻き込まれたんかな?
……その位の事で僕でなきゃいけないような問題が出てくるとは思えないな。
その女性とライムが結婚する事になったとか?
仲人なんてした事ないし、そもそも僕自身がまだ結婚してないよ?
「実は、俺の昔馴染み、同じ孤児院で育ったので今はそこでガキどもの面倒を見ているセーナってのがいるんです」
「うん」
孤児院の職員さん。
孤児からそういう就職ルートもあるのか。
ライムの選んだ冒険者って道はあまりに短絡的だけど、結構メインルートだと思ってる。
後は商会勤務も以外と多い。
レンブラントさんとこも孤児の採用には結構積極的だ。
「クズノハ商会の代表にどうしても一度会っておきたいって言いだしまして」
「僕に? なんで?」
確か……ウェイツ孤児院だっけ。
大手の商会がどれだけ孤児院を援助するものなのかは把握してないけど、レンブラント商会がやってる援助に近い内容の事はやってる筈だ。
加えてライムが育った故郷みたいなとこだっていうから折々に差し入れなんかもしてる。
今以上の援助を頼まれても、出来ない事はないけど、困りはする。
なんでそこまで肩入れするんだって他の商会から疑われても面倒だから。
「その、多大な援助の割りに代表に一度も会ってないのは失礼だからと。その、お忙しいのはわかってるんで。何ならセーナと院長だけでも商会の方に顔出させても構わねえですし」
「……うーん、ライム」
「へい」
「ウェイツ孤児院? だっけ。あそこには文字通り結構多大な援助ってのをしてると思うんだよね」
「それはもう間違えなく」
「上乗せを強請られても正直困るよ?」
「いえ旦那。会って金をせびろうとか、院の惨状を見せてもっと援助を引き出そうとか」
「うん」
それしか思い浮かばないよ?
そして僕は下手に顔を出せば子どもたちの状況とボロイ(だろう)建物を見て追加援助を約束してしまいそうな気がしてる。知らんけど。
ちょろい代表と思われるのも切ない。
「むしろ逆なんで」
「逆とな」
逆?
……という事は。
援助が多すぎる?
なら別に代表と会う必要なくないか?
だって黙ってても十分な援助をしてくれて口も大して出さないスポンサーって事だろ?
最高じゃない?
「クズノハ商会の援助は、俺も改めて確認しましたけど、凄まじいっす。ウェイツ孤児院はほぼクズノハ商会からの援助だけでやっていけるレベルなんす」
スポンサーの目を気にせずのびのび孤児院がやれて子どもが飢えない。
理想的じゃん?
……いや。
理想的、と頭で考えた瞬間。
あれ、と思考が一瞬止まる。
「……、もしかして」
「……」
「疑われている訳か、ありもしない陰謀やら企み、下心を」
「……心底申し訳ねえ気持ちでいっぱいですが……その通りす。すみません」
つまり。
善意だけの寄付なんてあり得ない。
見返りを求めない援助は疑え。
タダより怖いモノは無し。
そういう事なんだろう。
社会の底辺に位置する組織ほど、そうやって対価の無い他者の行動に疑惑を持つ。
レンブラントさんから教わった事だ。
善意の寄付はありがとう。
見返りを求めない援助は宴。
タダ最高。
とはならないものなんだと。
「となると巴に就職を斡旋してもらったのも裏目か」
「……へい」
「ライムのボーナス名目で料理を教えに行かせたのも」
「……その節は過分なとりなしを頂き、ありがとうございやした」
「僕らの勝手なお節介だから気にしないで。そっか。余りものの食料や服もまずかったか。取りに越させたしあの位はと思ったのに」
「……大変助かる援助でした。ですが、新鮮な野菜は余す事なく食えちまうもんですし、乾物は保存がききますから余るもんでもなく。服に至っちゃサイズも色々、汚れも無し。セーナでなくとも多少の疑念は仕方ねえかと」
どうせなら長く使える方が良いし、新鮮な食材は栄養あるし。
子どもなんてすぐ大きくなるんだから服のサイズは色々あった方が良いと思って。
ただ言わせてもらうなら、新鮮な野菜は亜空で大量に取れて本当に余ってるレベルの品種から出してる。
乾物だって大量に作った試作品から見られる食えるのを選んだ。
服に至っちゃゴルゴンやオークの手習いだ。
別に大金かけて援助物資を買い揃えた訳ではない! んだけどねぇ。
それにウェイツ孤児院は亜空の役に立ってもいる。
全くこっちの都合でしかない。
意図的に従業員として亜人を向かわせて子どもや職員の反応を観察してきてもらってる。
巴から定期的にきちんと報告ももらってる。
見下されるような非常識な事は殆ど無いと、嬉しい報告が大半だ。
最初のころは多少あったようだけどね。
クズノハ商会とウェイツ孤児院の関係を考えれば当然かもしれない、でも例え自らが弱者であっても平気で亜人を奴隷や家畜として扱うのもヒューマンだ。
「……」
「旦那を実際に見て知ってる俺なら、旦那やクズノハ商会だったらその位、と思うんです。ただ世間一般から見れば、そんな事をして何の得があるんだと。スレちまった奴ほど、どうしたって多少は……」
待てよ。
アレ、使えないかな。
孤児院で似た様な試みがあっても、不思議は無いよな。
「……元は罪人の更生、だけど」
「罪人? 旦那?」
いけそうな気がする。
応用は出来る、はず。
それに、クズノハ商会の援助が過分だったっていうならセーナさん? と院長さんに会うにしても何かしらそれらしい要求の一つも持っていく方が向こうも納得しやすいよな。
「巴が前に出てた案件だしな」
「姐さん、すか?」
江戸と鬼平。
どっちも巴の大好物だ。
喜んで調整を、いやもしかしたら喜んで前にでてくれるかもしれん。
亜空ではあまり用途もなく、作る予定も無かったシステムでもあるから。
「また敵も増えそうだけど、しばらくはこっちに力を入れられる。考えてみるか……」
「あの、旦那。何を?」
決めた。
そしてそろそろ上がろう。
男同士でも逆上せました、じゃ二人にいじられてしまう。
……環も混ざりそうだから三人か。
どっちにしてもご免だ。
「人足、いや寄場を作る」
「にんそく? よせば?」
「ライム」
「はい」
「明日セーナさんに会おう。僕から孤児院にお邪魔する」
「! ほ、本当っすか!?」
「もちろん。巴と一緒に行くから向こうの都合の良い時間を聞いて調整しておいて」
「旦那の、お時間の方は。あいつらの都合なんてどうとでもしやす。旦那は今黄昏街でお仕事をなさっている最中なんすから」
「……いや、そこに乱入してきたの、ライムじゃん」
「あ、こりゃ……面目ありません」
「大丈夫。こっちは一日二日でどうなるものでもないからね。ここのトップも、話は聞いたけどどこまで信じて良いものかわかりかねてるとこだし。場所が場所だけに動くのは見極めてからにするつもりでいる。なら孤児院の方の都合に合わせるよ」
それに。
今回の相手はウチが援助してる相手だ。
元々立場はこちらが上。
面会の時間を相手に合わせれば、圧倒的にこちら優位で話も出来るだろう。
もらえるハンデはいくらあっても困らない。
ウェイツ孤児院め。
黙って援助を受けていれば、悪口とか大々的に言わなきゃ、そのままで院の運営ができたものを。
もはやこのままでは済まさん、改造してくれる。
「今日中に話をまとめます!」
「よろしく。じゃ、戻ろうかね」
「あの!」
「?」
「脱衣所で結構ですので、是非、色々と秘訣をお伺いしたい事もありやして!」
「ライムが、僕に、秘訣?」
なんのこっちゃ?
今日のライムは本当によくわからないな。
「見る方はもうばっちり拝ませてもらいましたんで、姐さんらに殺されない程度に、よろしくおなしゃっす!!」
拝む。
確かに頭を洗ってる時に何やら驚きだか悲鳴の短い声と、手を合わせる音は聞こえたけど。
やっぱり意味が分からん。
「巴と澪が関わる事は今はもう本当に、せんしてぃぶな、案件だからな。頼むぞライム、本当に口からぽろっとダメな事言わないように。内容次第じゃ、言葉と一緒に命も出てっちゃうからね!? そんな事で蘇生がどうとかなんて僕は聞きたくないから! いいね!」
「お口チャック完了っす!」
ダメな気がする。
魔の山温泉郷リターンズ。
本日はのぼせずに入浴完了。
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こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
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俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
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30年待たされた異世界転移
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髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
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【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
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