上 下
222 / 226
第17章 勇者と嵐の旅立ち編

第222話 聖女と偽りの魔女

しおりを挟む
「リーシア? アッハッハッハッ! まだ私が優しい姉だと思っているのか? バカな奴らだ! いいだろう、私の糧として生きたお前たちに私の正体を教えてやる。私は災厄の魔女リーシア、この世に最大の災厄を招く魔女なのさ! さあ、私を恐れよ! 人よ、震え上がるがいい! あっはっはっはっはっ!」

「リーシアお姉ちゃん……」


 リーシアは子どもたちを見ながら愉快そうに笑い、その姿を見た子どもたちは震え出す。

 震えの原因……それはリーシアから放たれた、真冬に汲んだ井戸水よりも冷たく、夜の闇よりも暗い殺気によるものだった。

 無作為に周囲へ放たれた殺気が、子どもたちのみならず、周りにいた者すべてを恐怖で震え上がらせる。


「いいぞ、その恐怖……力が満ちてきた。魔女にとって人の悲しみや恐怖は力となる。ありがとう。お前たちが私に恐怖すればするほど、魔女である私に力を与えてくれる」

「リイ姉……」

 急変したリーシアに抱きつき子どもが、体を震わせながら姉と慕った少女の顔を見ると……。


「あら、どうしたの? なんで泣きわめかないの? ほら、私のために泣きわめきなさい。お前たちに優しくしてやったのは、こんな時のためだったのだからね。ほら、早く泣きなさい!」


 冷たい目をした魔女が、邪悪な笑みを浮かべていた。


「まさか、こんな手枷ひとつで力を封じられるなんて、私も想定外だったわ。本当ならお前たちを使って、このアルムの町に最大級の災厄を振りまいてやろうとしていたのに、予定が狂った」

「リーシアお姉ちゃん、なにをいって……」


 リゲルは、魔女の殺気に体を震わせながらも口を開く。


「なにを? まだわからないのか? なら、バカなお前にもわかるように教えてやる」


 リゲルと子どもたちを見回し、とびっきりの笑みを浮かべるリーシア……だが、その笑顔は普段の優しさに満ちたものではなく、見たこともないような邪悪なものだった。



「お前たちは私がこのアルムの町に災いをもたらすためのにえだったのよ。私は災厄の魔女、他人が感じた恐怖や悲しみを集め、災厄を振り撒く者なのさ」


「そんなの嘘だ! リーシアお姉ちゃんがそんなことするわけないよ」


「リゲル、ありがとう。こんな私を信じてくれて、でも少し優しくしすぎたかしら? まさか真実を聞いてまだ偽りの私を信じるなんて……本当にバカで困ったものね。はあ~」


 魔女はアゴに手を当て、心底困った様子でため息を吐いていた。


「まあそうなるように優しく接してきたのだから仕方ないか。とくにお前はとびっきりの贄になるよう、世話していたからな。毎日大変だったよ。『リーシアお姉ちゃん~』と鬱陶しく寄ってくる、お前の世話を焼くのはな」

「リーシアお姉ちゃん……」

「まったく……魔女とバレないよう、孤児院に潜りこみ、女神教のシスターとして町に災厄を振りまこうと力を蓄えていたのに、憤怒のせいで計画が台無しだ」


 殺気を振り撒きながら、魔女は悔しそうに親指の爪を噛む。怒りで顔を歪ませながら、強く噛み締める歯が爪を砕き指から血を流す。

 長い時を共にしたリゲルですら、見たことのない仕草と光景に、子どもたちは得体の知れないものを感じてしまう。すると――


「ほう、つまり貴様は、この町に災いを振り撒こうとしていたのか?」


――異端審問官は、衛士に目を配りながらリーシアに質問する。すると周りにいた衛士たちは、子どもたちを庇うかのように壁を作り、リーシアに剣を構えながら取り囲んでいく。


「そうだな。孤児院や教会にいる奴らに絶望を与え、それを糧に、この町に災厄を招き、皆殺しにする予定だった」


 リーシアの顔が邪悪に歪む。それは誰も見たことがない、とびっきりの笑顔だった。


「だから……悲しめ。優しいと思っていた私が、実は魔女だったと知って悲しいだろう? その悲しみが私に力を与えてくれる。さあ、もう少しだ、もう少しでこのアルムの町に災厄を招ける。もっと悲しめ、もっと恐怖しろ!」

「うそだ……うそだよ。リーシアお姉ちゃんは魔女なんかじゃないよ」


 リゲルは信じる。ただ一人、目の前にいるリーシアが優しい姉であることを……しかし――


「まだわからないのか? あっはっはっはっ、なら見せてやる」


 するとリーシアは足元に転がる真実の水晶を手にすると頭上に掲げた。


「さあ、聞いてみろ。私が魔女なのかってね」


 リゲルはその言葉に聞き戸惑ってしまう。それは信じていたものが崩れ去るかもしれないと思うからだった。だが、リゲルは信じたかった。目の前のリーシアが、自分が知る優しい姉であることを信じたかったのだ。


「リ、リーシアお姉ちゃんは、本当に魔女なの」

「ええ、リゲル、私は魔女なんですよ。アナタと出会った時から……いいえ、この町に来た時からずっとね」


 リゲルはリーシアの手にした水晶球を凝視する。他の子どもたちと群衆も、皆が水晶球を見ていた。すると――手にした水晶球から青い光が放たれた。


「青い光……本当にリーシアお姉ちゃんが魔女なの?」

「魔女? リー姉が本当に魔女なの⁈」


 リゲルをはじめ、子どもたち全員がリーシアの言葉を否定するのだが――


「あっはっはっはっ。いいぞ、ドンドン力が溜まる。お前たちの悲しみが私に力を与えるんだ。さあ、もっとだ。もっと悲しめ。そのためにお前たちに何年も優しくしてやってきたんだ。この枷を外すために、もっと力を寄越せ!」


――リーシアは子どもたちに追い討ちをかける。手にする水晶球は青い光を放ち続けていた。


「どうやら、教会や孤児院の子たちは、この娘を魔女と知らなかったようだな。子どもたちを下げろ。力を取り戻さぬ内に、その魔女の首をはねよ!」


 異端審問官が高らかに命令を下すと、リーシアは数名の衛士に抱えられ、広場に作られた壇上へと登らされた。


「クッ、離せ! クソ、まだ力が足りない。もっと私に恐怖しろ、早く悲しみを寄越せ! この役立たずどもめ!」


 衛士から逃れようと暴れる魔女……だが力を封じられた少女は、屈強な衛士から逃れられない。

 子どもたちは、別の衛士に連れられて広場から離れていく。リゲルもまた呆然としながら衛士に促され歩き出す。

 信じたくないリーシアの言葉が、頭の中で何度も繰り返されなか、リゲルはふと気づく……自分を見つめる目があることを。

 リゲルは足を止め、後ろを振り返る。するとそこには、壇上で頭と肩を押さえつけられ、土下座のように座らされた魔女の姿があった。

 そしてリゲルは見てしまった。呆然として歩く自分たちの後ろ姿を、ほほ笑みながら見送る優しい姉の顔を……。


「リーシアお姉ちゃん!」


 リゲルはリーシアの微笑みを見て理解してしまった。
 さっきのは、嘘の下手な姉が自分たちのために吐いた、一世一代の嘘だったことに……気づいてしまった。

 リゲルは昔と変わらず自分達を見守る姉の元へ駆け寄ろうとすると、一緒に歩いていた衛士に阻まれ、抱きかかえられてしまう。


「離して! 違うよ! やっぱりリーシアお姉ちゃんは魔女なんかじゃない! 嘘が下手くそな優しいお姉ちゃんなんだよ! だから、だから!」


 リゲルは泣き叫び、必死に抵抗しても……子どもの力では衛士の手から逃れられない。少年はただ、優しく微笑む姉の姿を眺めることしかできなかった。


 そんなリゲルを見て、リーシアは心の中で胸をなで下ろす。


「よかった。これで少なくとも、教会やあの子たちに危害を加えられる心配はなくなりました。我ながら名演技です。ヒロと二人でいると、こんなことばかりうまくなりますね。困ったものです」

 リーシアは抵抗することもなく、斬首台に頭を乗せられ、体を抑えられていた。壇上にはリーシアを抑える二人の衛士と、少女の首を斬る斬首人が大きな剣を持って立っていた。

 分厚く鋭利な大剣をリーシアの首筋に当て、二度三度と斬首人は剣を振り下ろし、切る位置を確かめる。


「なんとなく、母様が斬首台に登った時の気持ちがわかります。自分が死ねことより、あの子たちが無事である喜びの方が大きくて、死ぬことなんてこれっぽっちも怖くありません。きっと母様も、いまの私と同じだったんですね」


 斬首人の剣がついに止まり、リーシアの首筋に鋭利な剣先を添える。


「最後に言い残すことはないか?」

「そうですね……もし私が死んだあとに変態ヒーローを名乗る男が町に現れたら伝えてください。アナタとの約束を守れなくて、ごめんなさいって……」

「承知した。覚悟はいいな?」

「はい」


 リーシアは軽い返事をすると目を閉じる。その顔はこれから死に行くとは思えないほどの安らかな微笑みを浮かべていた。


「では、いくぞ……」


 剣が首筋から離れていくのを感じたリーシアの脳裏にある言葉が浮かんだ。それは母カトレアと死に別れる前につぶやいた最後の言葉としくも同じものだった。


「願わくは、あの子たちとヒロに祝福があらんことを……」

「お願いだよ! だれかお姉ちゃんを助けてぇぇぇ!」

「さらばだ!」


 太陽の光を反射させながら勢いよく振り下ろされる大剣……その時、広間の時計塔の屋根から銀光が瞬き、一条の流星が空を駆け抜けた!

 空に銀色の軌跡を残し飛来した流星は、リーシアに向かって振り下ろされた剣に当たる。あまりの衝撃に斬首人は大剣を弾き飛ばされ、流星は放物線を描いて空を舞った。

 壇上を勢いよく転がる大剣の音に、リーシアは目を開けると、放物線を描きながら、上空を舞っていたダガーが壇上へと突き刺さる。

 突き刺さるダガーに残る微かな銀光を見て、少女は目を見開いた。この銀光を使える者は、リーシアの知り得る者の中で一人しか存在しない。


「まさか……これ……なんで……なんで!」


 リーシアは顔を上げ、いまだ空中に残る流星の描いた軌跡を辿る。リーシアの直感が告げていた。そこにいる者はあの人だと……。自分と一緒に歩んでくれると約束してくれた男だと……。リーシアの目に、時計塔の屋根に立つ人影が映った。

 その影を見てリーリアは男の名を叫んだ。

ヒーロー変態!」


 とつぜん顔を上げ変態と叫ぶ魔女につられて、広場の皆が一斉にリーシアの目線の先……時計塔の屋根の上に現れた人影を見る。するとそこには……頭に素晴らしいつぼを被り、パンツ一枚のほぼ全裸でポーズを決める変態ヒーローが立っているのだった。


〈聖女の危機に、謎の変態ヒーローが現れた。異世界ガイヤがバグりはじめる!〉

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―

浅山いちる
ファンタジー
この作品は改稿版があります。こちらはサクサク進みますがそちらも見てもらえると嬉しいです!  大事なモノは、いつだって手の届くところにある。――人も、魔法も。  幼い頃憧れた、兵士を目指す少年ジャック。数年の時を経て、念願の兵士となるのだが、その初日「行ってほしい部署がある」と上官から告げられる。  なくなくその部署へと向かう彼だったが、そこで待っていたのは、昔、隣の家に住んでいた幼馴染だった。  ――モンスターから魔法を作るの。  悠久の時を経て再会した二人が、新たな魔法を生み出す冒険ファンタジーが今、幕を開ける!! ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「マグネット!」にも掲載しています。

サモンブレイブ・クロニクル~無能扱いされた少年の異世界無双物語

イズミント(エセフォルネウス)
ファンタジー
高校2年の佐々木 暁斗は、クラスメイト達と共に異世界に召還される。 その目的は、魔王を倒す戦力として。 しかし、クラスメイトのみんなが勇者判定されるなかで、暁斗だけは勇者判定されず、無能とされる。 多くのクラスメイトにも見捨てられた暁斗は、唯一見捨てず助けてくれた女子生徒や、暁斗を介抱した魔女と共に異世界生活を送る。 その過程で、暁斗の潜在能力が発揮され、至るところで無双していくお話である。 *この作品はかつてノベルアップ+や小説家になろうに投稿したものの再々リメイクです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

桃太郎「あれ一人多くね?」 犬猿雉鬼「え?」

家紋武範
恋愛
 鬼を退治した桃太郎。凱旋のために準備をしていると見覚えのないお供がおります。  桃太郎はお供たちを呼びました。

長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。 その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。 魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。 首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。 訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。 そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。 座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。 全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。 ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

都市伝説と呼ばれて

松虫大
ファンタジー
アルテミラ王国の辺境カモフの地方都市サザン。 この街では十年程前からある人物の噂が囁かれていた。 曰く『領主様に隠し子がいるらしい』 曰く『領主様が密かに匿い、人知れず塩坑の奥で育てている子供がいるそうだ』 曰く『かつて暗殺された子供が、夜な夜な復習するため街を徘徊しているらしい』 曰く『路地裏や屋根裏から覗く目が、言うことを聞かない子供をさらっていく』 曰く『領主様の隠し子が、フォレスの姫様を救ったそうだ』等々・・・・ 眉唾な噂が大半であったが、娯楽の少ない土地柄だけにその噂は尾鰭を付けて広く広まっていた。 しかし、その子供の姿を実際に見た者は誰もおらず、その存在を信じる者はほとんどいなかった。 いつしかその少年はこの街の都市伝説のひとつとなっていた。 ある年、サザンの春の市に現れた金髪の少年は、街の暴れん坊ユーリに目を付けられる。 この二人の出会いをきっかけに都市伝説と呼ばれた少年が、本当の伝説へと駆け上っていく異世界戦記。 小説家になろう、カクヨムでも公開してましたが、この度アルファポリスでも公開することにしました。

処理中です...