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第17章 勇者と嵐の旅立ち編

第209話 セレス……堕ちゆく魂

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「はあ、はあ、はあ……」


 天界において最も荘厳なレリーフに彩られたある最高神が住まう天宮……その中に設けられた廊下を、息を切らしながら走るものがいた。


「まさか、このタイミングでなんて……」


 天界に住まう者でも、ほんの一握りの神しか入れない、最奥の部屋へと続く道を急ぎ走る女性の姿がそこにあった。


「マナの流れから、魂が消失する案件調査に加え、メインシステムへの不正侵入の対応で、猫の手も借りたいほどだというのに……」


 そこには、長い髪をなびかせながら、真剣な眼差しで走る女神セレスの姿があり、最奥にある自分の私室へと急いでいた。


「二日前に発覚したメインシステムへの不正侵入……創世神によって封印され、私たち三女神のソウルパスワードがなければ、メインシステムへは決して入れないはずなのに、どうやって? 幸い侵入されただけで、中のデーターは何もされてはいないようですが……」


 二日前に発覚したメインシステムへの不正侵入……その対策に追われたセレスは多忙を極め、一睡もしないまま徹夜明け三日目に突入していた。


「オマケに行方知らずだった災厄シリーズのひとつが、地上世界に現れた反応まで……あれがひとつでもガイヤに解き放たれれば、どれだけの被害がもたらされるか、検討もつきません」


 立て続けに起こる異常事態に天界は、いまや上も下も巻き込んだ大騒ぎとなり、天界のトップであるセレスは、不眠不休で事態の収拾に当たっていた。
 次々に上げられる情報を整理し、的確に処理していたそんな折……セレスに見習い女神のニーナから、緊急の念話が入ったのだ。

 自分付きの見習い女神である、ニーナとのホットライン……心で会話できる念話からもたらされた報に目を見開くと、執務室に集まり指示を仰ごうとする神々を置いたまま、部屋を飛び出していた。


「これは緊急事態です。メインシステムへの不正侵入と災厄シリーズの出現、そして……」


 真剣な眼差しで先を急ぐ女神の視界に、ついに目的地である自分のプライベートルームの扉が見えた。スピードを落とし、息を整えるながらセレスは歩いて扉の前へ向かう。


「はあ、はあ、はあ、ふ~、す~は~。廊下を走るなんて女神として、はしたなかったでしょうか? ですが、緊急事態です。仕方ありません」


 誰が聞いているでもないが、自分自身にそう言い聞かせたセレスは、自分の部屋だというのに、わさわざ扉をノックする。


「ニーナ、私です。入りますよ」

「はい。セレス様、どうぞ」


 セレスが扉を開き中へと入ると、いきなり扉に鍵を掛け、誰も入って来られないように念入りに封印を施す。


「セレス様……」


 ちょうど封印が終わったタイミングで、見習い女神のニーナがセレスに声を掛ける。


「ニーナ、念話で話は聞きましたけど、本当ですか? もし話が本当なら、メインシステムへの不正侵入や災厄シリーズの出現などかすんでしまう大事件ですが……」

「はい。セレス様、本当です」


 その言葉にゴクリと息を呑めセレス……二人の間に緊張が走る。


「それで例の物はどこに?」

「あちらです」


 ニーナが目線を部屋の中央に置かれたテーブルの上に向けると、釣られてセレスもテーブルの上に乗るものに視線を向ける。


「ニーナ……ほ、本当だったのですね」

「はい。このことを早くお知らせしたかったのですが、二日前からの騒ぎでセレス様にお伝えしようにも、執務室の前で門前払いを受けてしまい取り合っていただけませんでした。仕方なく、緊急連絡時のみ許可されていた念話を使用してしまいました。申し訳ありません」


 セレスは微笑みながら、頭を下げるニーナの手を握る。


「頭を上げてください。こんな時のために、ニーナと念話できるようにしていたのです。気にしなくていいのですよ。それよりも、よく知らせてくれました。この情報を聞くのが、もっと遅かったらと思うと、ゾッとします。ありがとうニーナ」


 その言葉に、ニーナが頭を上げると、そこには柔和な笑みを浮かべる女神の姿があった。


「セレス様♪」


 セレスの優しさに触れたニーナは、あらためて、このお方にどこまでもついて行こうと決意を新たにする。


「ニーナ、見せてもらいますよ?」

「もちろんです。セレス様、どうぞ」


 その言葉に、セレスはテーブルに置かれた物を近くで見ようとツカツカと部屋の中を歩きだす。遠くから見る分には普通だったが、近づくにつれシルエットは大きくなる。そして机の前に立ち、見下ろす二人の女神の前に、異常ともいえる大きの物体が鎮座していた。あまりの大きさに、セレスは信じられないものを見たと、思わず目を大きく見開いた。


「ニーナ、これがそうなのですね?」

「はい。セレス様ほど神気を使い慣れていないのと、私のもつ神気が少ないので、拡張パーツになってしまいましたが……」

「いいえ、ニーナ、これはとても素晴らしいものですよ。これが……これこそが『ギガCD』なのですね!」



 ギガCD……ゲームソフトはまだROMカセットやカード型ソフトが主流の時代、ゲームソフト開発の技術進歩により、大幅に増大したゲームデータとハード本体の処理速度向上を目指し、SAGAが開発した『ギガドライブ』専用拡張パーツ……それが『ギガCD』だ!

 8ビット全盛の時代、16ビットマシンとして世界に先駆け発売されたギガドライブだったが、時代は16ビットマシン全盛となり、他社からも続々とニューマシンが投入されていた。ジリジリと追いつかれるSAGA……32ビットマシンである『サガパターン』の開発も、はじまったばかり。別の16ビットマシンをもう1台、開発する余裕と時間もない。

 そこで『俺たちの技術は世界一!』の声の元、ギガドライブ開発者たちが集まって出した答えが、ギガドライブに備え付けられていた用途不明の謎コネクターに、ムリやりパワーアップパーツを合体させるムチャな専用拡張パーツ……それが『ギガCD』なのである。

 画面の回転縮小機能に優れたスーパーウラコンや、他社に先駆けて世界初のCD-ROMドライブ搭載によるアニメーションや動画再生を可能にした、PG猿人えんじんCD-ROM2など、続々と次世代ゲーム機が発売された。他社の強みをすべてぶち込み、性能を強化する約束された勝利の周辺機器バーとして発売された。

 ゲーム業界に旋風を巻き起こすべく発売された『ギガCD』であったが、大きな問題を抱えて発売されてしまい、それが株式会社SAGA落日への一歩を踏むハメになろうとは、誰も予想できなかったのである。


『ギガCD』が抱える大きな問題……それは本体価格とソフトにあった。

 当時発売されていたゲーム機本体の平均価格が、2万円台とお高かった時代、この『ギガCD』、なんと5万円を切る49800円で発売されたのである。

 バブルが弾ける寸前、大卒の初任給が17万円台であり、好景気に湧いていた時代であっても高額すぎた。しかも拡張キットなのである。当然ながら拡張すべきギガドライブ本体は、別売りの21000円……合わせて70800円と恐るべきハードルの高さに一般人は手を出せず、一部のコアなゲーマーが買うだけに留まってしまったのだ。

 これがのちに、サガ信者と呼ばれる者たちが誕生した瞬間でもあり、苦行のはじまりでもあった。


 そしてもうひとつの問題、それはゲームソフトの供給数にあった。

 この『ギガCD』……実はCDで読み込んだデータを、ドッキングさせた本体であるギガドライブに送る必要があり、その結果……ボタンを連打してもノロノロとした反応で、動きがもっさりとしてしまうのだ。パンチボタンを連打しても、連打してくれないと思ってもらえばわかりやすいだろう。まともに動くゲームを開発するには、高い技術を必要とし、実にプログラマー泣かせなハードとして、業界で有名となってしまったのだ。

 普通にソフトを開発してもマトモに動かず、高い開発技術を必要とするハードに、開発コストはかさみ、結果としてゲームソフトの発売タイトルが激減してしまったのだ。

 ギガドライブの総発売ソフト本数422本に対して、ギガCDは114本という数字を見ればどれだけ開発が難しいのかは一目瞭然である。


 それゆえに、ギガCDのゲームは名作と迷作……どちらかのソフトしか存在しない極端なゲーム機として有名だった。

 とくにソフト開発の難しさから、糞ゲー率が非常に高い。他にやるゲームがなく、最初に発売されたローンチタイトルのRPG『惑星ウッドズドッグ ファンシーホラーバンド』と呼ばれるゲームのくそっぷりは、ハードの伝説と共に永く語られるほどである。


 数々の拡張機能を引っさげて発売されたにもかかわらず、高い本体価格とソフト開発の難しさが災いし、世界で7番目に売れなかったゲーム機としてノミネートされた不運の拡張パーツ……それが『ギガCD』だ!



「現状80%の完成度と聞いていましたが、もう動くのですか?」

「はい。内部機関については、100%再現できています。」

「外装が一部、ついてないようですが?」

「お渡し頂いた記録映像では、不鮮明の部分があり、残念ながら細部の再現はできておりません。また、私の神気が足りないせいで、一部外装は未装着になります。ですがセレス様、外見なんて飾りです。重要なのはゲームをプレイできるかですので、問題はないかと?」

「何を言っているのですか、同志ニーナ!」


 ニーナの言葉に声を荒らげる女神セレス……その目は悲しみに包まれていた。


「ゲームが出来れば問題はない? 外装は飾り? ニーナ、悲しいことは言わないでください」

「セ、セレス様⁈」


 ニーナは見た。女神の優しき眼差しから流れ落ちる一雫の涙が、床に流れ落ちていく様を……そして悲しみに包まれた声を聞いた。


「ニーナいいですか? ゲーム機とは、ただゲームが出来ればよいというわけではないのですよ」

「え? ゲーム機はゲームをプレイする道具では?」


 悲しみに顔を曇らせた女神が、首を左右に振る。


「それだけではありません。ニーナ、ゲーマーとは、ゲーム機本体の外観……デザインもでるものなのです」

「デザインを愛でる⁈」

「そうです。ゲーム機とは完成されたひとつの美、つまり芸術なのです。ヒロ様のいた世界に、ゲーム機は星の数ほどありますが、ひとつとして、同じ形のゲーム機はありません。完成に至るまでに込められた喜びや苦悩と葛藤……制作者のさまざまな思いが、ゲーム機の個性やデザインとして現れます。それはどんな場所に置かれようと決して失われないなのです。見た者に、さまざまな感情が抱かせるもの……いわば芸術なのです!」


 セレスはニーナの肩をガッチリと掴み、真剣な眼差しで力説する。


「つ、つまりゲーム機とは……ただゲームをするだけでなく、外観からも制作者の意図を読み、アートの如く楽しむものなのですか?」

「その通りです! ゲーム機とは、ただゲームをプレイするだけにあらず、制作者の思いと愛を詰め込んだ言わば愛の芸術なのです!」

「あ、愛の芸術……はっ! そ、そうか、私……なんてことを⁈」


 セレスの言葉にニーナの顔は曇り俯いてしまう。

「セレス様……も、申し訳ありません。私はゲーム機を、ただの道具だと思い違いをしていました。ゲームさえプレイできれば外装なんてなくても問題ないなどと、愚かなことを……ゲーム機とはプレイするだけのものにあらず、見る者に愛を伝える神聖なる芸術。せっかくゲーム機の作成という崇高なる使命を、まだ未熟な女神である私に託していただいたのに……私では、セレス様のご期待に応えられませんでした」


 下を向き弱々しく答えるニーナ……セレスは肩に置いた手から、彼女の震えを感じると、優しく語りかけた。


「同志ニーナ、よくぞ気がついてくれました。私は嬉しいです。あなたのゲームへの愛が本物だったことに……あなたをパートナーに選んだ私の目に、狂いはありませんでした」

「セ、セレス様?」


 顔を上げたニーナな目に、屈託のない笑顔を浮かべたセレスの顔が映っていた。


「ニーナ、誰しも間違いはあります。やってしまったことは仕方がありません。重要なのは間違いに気がつき、受け入れることです。失敗を糧に、次へ活かせばよいのです」

「ですが、この不完全なギガCDを作るのに、私の神気はもう空っぽです。外装を完璧にしてあげようにも、神気が…………私、不器用だから何度も失敗しちゃって、もう神気がないんです。セレスさま、ごめんなさい……」


 ポロポロと玉のような涙がほほを伝い、ポタポタ床に湿らせていく。

 神々が奇跡を起こすのに必要とする力の源でる神気を、ニーナはすべてメガCD作成に注ぎ込んでしまった。本来は自分専用の神器を作るため、女神として生まれてから16年間もの長い年月を掛けて溜め込んだ神気を、使いはたしてまで作成したにもかかわらず、出来上がったのは不完全なゲーム機だった。ニーナは完璧なものが用意できなかった自分への不甲斐なさに涙する。


「それなら、私のを使えばよいのです。最近、神気の使用を控えて貯蓄しているのです。一部外装の作成ならば賄えるはずです」

「よろしいのですか? セレス様の神気は、このガイヤに調和をもたらす大事なものなのに、私の作ったものになんて……」

「いいのです。ニーナの大事な神気を使ってまで作り上げたこのギガCDを、私は決してムダにしたくないのです。だから私の作ったもになんて、悲しいことを言わないで、私はニーナの一生懸命作ったこのギガCDだからこそ、完成したその姿をみたいのです」


 ニーナは感動していた。天界のトップである三女神の一人に優しい言葉を掛けてもらい、導かれことに……そして見習い女神は両手で目をゴシゴシして涙を拭うと決意する。何があろうと、一生この方について行こうと!


「ニーナ、私の神気をこのギガCDにそそいで、完成させてもよいですか?」

「はい! セレス様、お願いします」


 目を閉じて、テーブルの上に鎮座する未完成のギガCDに手をかざすセレス……するとかざした手がボンヤリと光り出し、輝きがゲーム機に降り注ぐと、不完全だった外装が瞬く間に本来の姿を取り戻す。


「セレス様!」

「ええ、ニーナ、あなたはやりました! このガイヤの世界にギガCDをあなたは誕生させたのです。素晴らしいです! これは偉業ですよ! 天地開闢かいびゃくにも匹敵する大偉業です!」


 セレスはニコリと表情を変えると嬉しそうにニーナの手を握り、その場でピョンピョン跳ねる。釣られてピョンピョンするニーナ……自分のことのように喜んでくれるセレスの笑顔を見て、見習い女神の顔も綻んでしまう。


「ニーナ見てください。このギガCDの造形美を!」

「はい、セレス様……とても美しいです」

「この丸みを持った曲線とシックな黒いボディーは、あくまでも拡張パーツだということを忘れず、ワザと目立たないようにデザインされているのです。そして自らはギガドライブ本体を下から高く持ち上げ、主役の座を明け渡す忠義の心!」


 セレスは拳を強く握り、目を閉じながら力説する。


「ギガドライブでは実現できなかった機能をさりげなく実装しましたが、『え? 自分はなにもしていません。ギガドライブさんのガンバリですよ』と、縁の下の力持ち的な発言で相手を立てる謙虚な心! まさにあなたこそ、拡張パーツの名に相応しい、拡張パーツの中の拡張パーツです!」


 セレスが魂を込めた声が響き渡り、それを聞いたニーナは――


「す、すごい! ギガCDさん、拡張パーツゆえに日陰の存在なのに、腐らずに職務を真っ当するその姿に、わたし感動しました!」


――意味不明な感動の渦に包まれていた。


「さあ、ニーナ、さっそくゲームをプレイしましょう。あるのでしょう? テストプレイ用のゲームが⁈」

「はい、セレス様、こちらに!」


 ニーナは素早く亜空間の穴を空中に開き、中から一本のゲームパッケージを取り出すと、それをセレスに渡す。


「これは?」

「勇者様の記憶の中で、よほどおもしろいのか、奇声を発しながらプレイしていたゲームです。私も記憶映像から自動で再現したソフトなので、どんなゲームなのかわかりません」

「ヒロ様が奇声を発するほど、おもしろいゲームですか……なるほど、このパッケージに描かれたキャラも奇抜な格好で、普通とは少し違うオーラを感じます」

「オーラですか?」

「ニーナには、まだ見えないようですね。ある一定のゲーマーになると、ソフトのパッケージを見ただけで、ゲームの凄みをオーラとして感じ、色として見えるのです」

「それが見えないとすると、私はゲーマーとしてまだまだですね……」

「ニーナ、ゲームを愛する心があれば、いつか見えるようになります。腐らず少しずつ前に進めば、いつかきっと」

「はい、セレス様!」

「さあ、ではこのゲームを二人でプレイしましょう。タイトルは『惑星ウッドズドッグ ファンシーホラーバンド』? 音楽の要素を取り入れたRPGのようですね。楽しみです♪」

「ファンシーなのにホラー……どんなゲームなのか、私も楽しみです♪」


 仲良くゲーム機の前に座り期待に胸を膨らませる二人の廃人女神だったが、その十時間後……。


「いやぁぁぁぁ! なんですかこのゲームは! 信じしいやぁぁぁぁ!」

「きぇぇぇ! どうしてこんなゲームがぁぁぁぁぁ!」


 精神崩壊寸前にまで追いやられ、奇声を発する二人の廃人女神の声が、天宮の奥深くに響き渡るのであった。



〈ガイヤの世界に、糞ゲーの概念が生まれた!〉
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