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第16章 勇者と憤怒決着編

第195話 愛よ届け!

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「ダメです! こんなキャラグラフィックと動きじゃ、このキャラ達が可哀想です。やり直してください」


 椅子に座る男が、目の前に立つ新人クリエーターにやり直しを命じていた。


「チーフ……お言葉ですが、ゲームの最初に出てくる雑魚キャラを、ここまで作り込む意味あるんですか? こんなのに時間を掛けるぐらいなら、適当にキャラを作って、他のクオリティを上げた方がいいのでは?」

「私もそう思います。ゲームシナリオの最初に出て来て、すぐにやられちゃう雑魚キャラなのに、動きとグラフィックが甘いって……チーフ、これで十回目のやり直しですよ? それより他の部分を仕上げた方が絶対に良いですよ」


 入社半年が過ぎ、ゲームクリエイターとして成長した新人の二人は、幾度となく言われたやり直しの言葉に、ウンザリしながら男に意見していた。


「君たちの言うことも分かるけど、雑魚キャラと言えども手を抜くのはダメです。このままでは、この雑魚キャラとメインキャラのクオリティが、かけ離れ過ぎて浮いてしまいます。
時間はまだあります。やり直してください」

「ですが……」

「やり直してください」


 男がそれだけを語ると、再び手を動かしキーボードを叩きだした。怒るわけでもなく部下を諭して丁寧にやり直しを命じる……幾度となく交わされた会話に疲れ果てた新人の二人が、肩を落としながら男の前から離れようとした時だった。


「たかがゲームの雑魚キャラじゃねーか。適当で良いだろうに、雑魚なんて!」

「だよな。たかが雑魚キャラに何こだわってんだか。それより他にやる事があるだろうに……分かっていないんだよチーフは!一部のクオリティを高めれば多少他のクオリティが低くても問題ないって事に! あ~あ、俺たちに任せてくれれば、大ヒットさせてやるのにさ」

「お、おい、止めろ、それ以上は!」

「アイツらを黙らせろ!」


 新人の二人が男に聞こえるように愚痴を溢し、それを聞いた別の先輩社員が作業の手を止め、新人の二人を止めようとするが……。


「雑魚キャラなんて、適当でいいんだよ。ストーリーにも対 たいして絡まない、すぐに死ぬだけの存在なんだか『ガシャン!』ら⁈」

 突如、何かを叩き壊わす音がオフィス内に響き渡り、背後から聞こえた破壊音に新人の二人が振り返ると……そこには、さっきまで温厚な顔で自分達たちにやり直しを命じていた男が、怒りの形相でキーボードを叩き割っている姿があった。

 飛び散ったキーボードのキーが床に転がり、オフィス全体に緊張が走る。


「マズイ! 芦屋あしやは⁈」

「さっき広報の打ち合わせのために、ミーティングへ……」

「誰か呼んで来い! 早く!」


 騒然となるオフィス内……事態を飲み込めない新人二人が、鬼気迫る殺気を漲らせながら立ち上がる男を見て、ゴクリと喉を鳴らすと……。


「たかが雑魚? 君たちはゲームがメインキャラだけで出来ているとでも思っているのか! どんなものにもバランスってもんがあるんだよ! メインキャラだけでも雑魚キャラだけでもない! ゲームはどちらか片一方だけでは成立しないんだ! メインだけ出来がよくても魅力的な敵や雑魚キャラがいなければ、ゲームの面白さは半減してしまうんですよ! いいですか? 半減ですよ、半減! 君たちの二人が任された雑魚キャラの作成はメインキャラを作るのと同じです。キャラは役割を与えられているだけであって、メインキャラも雑魚キャラも関係ありません! 両方揃って初めてゲームは成立するんです! それを雑魚だから適当に作れば良い? ド新人がゲーム制作を舐めるなよ! 雑魚キャラ一つでゲームの良し悪しが決まることだってあるんだよ! それ以前にお前らは雑魚を何だと思っている! ゲームとは全てが揃ったとき初めてプレイ出来るものなんだよ! MMORPGでプレイヤーが倒す敵が居なかったらどうするんだよ! 主人公は誰と戦うんだよ! いきなりボスと戦うのか⁈ 開始早々、始まりの街でラスボスがエンカウントってどんなクソゲーだよ! そもそもゲームの中で最も姿を見る機会が多いキャラが誰か知っているのか? お前達が適当に作ろうとしている雑魚キャラなんだよ! 下手したら主人公やヒロインより画面に表示されている時間が長いんだぞ! 分かっているのか? プレイヤーを飽きさせずプレイしてもらう雑魚キャラの重要性を! いつまで見ても飽きのこない可愛いさやカッコいいグラフィクス、コミカルな動きや唸るような美しい動作でありながら、メインキャラを喰わないように調整するバランスの難しさ! お前らは分かって言っているのか!」


 男は二人に詰め寄りゲームへの愛を説く。普段の温厚なイメージしか知らない新人たちは、男のあまりの変わりように驚き言葉を失くしていた。


「プレイヤーにしてみれば、雑魚キャラは取るに足りない存在かも知れない。だがな、どのキャラもメインキャラを引き立てるために……ゲームを最高に面白くするために生まれてくるんだ。それを産み落とす僕たちが、たかが雑魚キャラだと馬鹿にして適当に作ったキャラがいるゲームが面白いと思うのか? 面白いわけないだろうに!」

「お、おい、誰か止めてやれよ」

「オレ達で、あの鬼と化したチーフを止められるわけないだろう」

「なにケンカ?」

「おいあれって? アチャ~、またアイツか……大方、新人がゲーム制作で悪態をついたんだろ? バカな奴らだな」

「あの人のゲーム愛は異常だからな……」

「ああなったったら、もう止まらないぞ。アイツのゲーム愛で新人どもが洗脳されるまで、丸一日だって喋り倒すぞ?」

「ああ、普段は物腰が柔らかくて、仕事もできる良い人なんだが、適当な仕事をした奴には容赦ないからな……しかしこれで制作進行がまた遅れるぞ」

「チーフがいてこの進行スピードだからな、あの人抜きじゃ、絶対に今月の納期に間に合わないぞ?」

「徹夜三日目で、今日こそ帰ろうと思っていたのに、チキショウ!」


 遠巻きに三人のやりとりを見守る同僚たち………男の声に、隣の部署にいた者たちまで何事かと引き寄せられ、ちょっとした人垣が出来上がっていた。
 すると、その人垣をかき分けて、男の背後からツカツカと歩いて近づくひとりの女性の姿が……。


「君たちはゲームが好きだから、愛しているからクリエイターになったんじゃないのか? それが雑魚キャラだから適当でいい? ふざけるのも大概にしろ! 僕はゲームを愛している。モニターの中で彩られる世界と物語が好きだ! 困難の果てにクリアーした時の達成感が好きだ! 愛くるしい、カッコいいキャラ達の姿が好きだ! ゲーム内で奏でられる音楽が好きだ! あの現実ではあり得ない効果音が好きだ! 千差万別なゲームシステムをやり込むのが好きだ! 現実ではタブーなことができる世界が好きだ! 好きなんて言葉で言い表せないほどゲームが好きだ! 君たちも、そう思うからゲームクリエイターになったんだろう? なのにどうして適当になんて言葉が吐ける? ゲームを愛する奴が死んでも言ってはいけない言葉をどうして! 君たちのゲーム愛は? 愛もなくこの業界に来る奴なんていないはずだ! 過酷な環境と労働条件、休みも不定期、体を壊すのもいとわずゲームを制作するのは、愛しているからだろう! それを……雑魚キャラだから適当でいいだと? 良いわけないだろう! そんな思いで作られた雑魚キャラの身にもなって見ろ! 君たちの親が自分を産んだのは適当だったなんて言われたらどう思う⁈ 愛なく産んだなんて言われたら! 悲しくないかのか? 悲しいよな? 雑魚キャラだって同じ何だよ! ちゃんと祝福されて生まれたいに決まっているだろうに! それを……適当で良いだと⁈ 大概にしろ!」

「大概にするのはアナタです!」


 リンとした女性の声が男の背後からオフィスに響き渡り、男が振り返った瞬間!


「グホッ!」


 男の腹部を激痛が襲い、痛みの信号が脳へと駆け上がる。すると痛みに耐え切れなくなった男は、腹を押さえながら膝から崩れ落ちてしまう。腹を抑え痛みに耐えながら、男は自分の前に立つ者を見上げる……。


「新人相手に何やっているんですか! 愛、愛うるさいですよ! 仕事中なんですから静かにしなさい!」


 腹パンチを放った金髪の女性が、仁王立ちして男を見下ろしていた。


「芦屋だ! 助かった」

「芦屋が来たぞー!」

「だ、誰だ、あの金髪で派手なの、染めすぎだろ?」

「宣伝部の芦屋さん、アレは地毛よ。ハーフだって言ってたわ」

「相変わらず、彼氏と言えど容赦ないな……あ~こわ!」

「芦屋さん、普段は陽気で優しいのにチーフにだけは当たりが強いよな」

「なんにしても、これでチーフが仕事に戻ってくれる。あと三日でイベントを完成させて納品しないといけないのに、こんな無駄なことに時間をいているヒマはないよ」


 女性の登場でオフィス内の緊張が解かれ、人垣を作る者たちは安堵していた。

理央りお……」

「理央じゃありせん! ただでさえ制作進行が遅れて納期をギリギリなのに、アナタは何しているんですか?」

「い、いや、この二人が聞き捨てならないことを「シャラップ!」」


 女性が流暢な発音で、男の言葉を問答無用とばかりに無理やり黙らせる。


「どうせ、またゲームに対して愛がないとか言ってたんでしょう? はあ~、いい加減、学んでください。みんながアナタのようにゲームを愛して人生を捨てているわけじゃないんです」

「で、ですが、ゲームクリエイターとして、自分が作るゲームを適当になんて」


 男が反論しようとするが、女性が再び拳を握る姿を見た瞬間ーー土下座が入った!


「え? ええ?」

「あ~、またいつものパターンだな」

「だな、よし解散! もう消化試合だ。みんな持ち場に戻れ、まだ頑張れば今月の納期に間に合うからな」

「おお!」


 目を白黒させ事態が飲み込めない新人二人……周りの同僚たちは慣れているのか、何事もなかったかのように解散して持ち場へと戻って行く。


「はあ~、本当に反省してます? もうこのやり取り何度目ですか? まったく……あとそこで固まっている二人、この人はかなり変な人ですが、ゲームに関しては間違いないです。コレがやり直しを命じたなら、素直に従ってください。いいですね?」


 新人二人は女性の言葉にただ頷くしかなく、そのまま自分のデスクへ戻り素直に作り直しの作業に入る。
 取り残される土下座男を見下ろし、コイツはどうしたものかとパツ金の女性が頭を悩ませていると……。


「あの、理央?」

「なんですか?」

「反省したので、そろそろ戻っても? 早く仕事をやりたいんだ。今月中に絶対完成させたいんだ……」

「このゲームバカはまったく……いいですよ。サッサと戻って続きをどうぞ」


 ゲーム好きが高じてゲーム会社に就職した男……それを追っかけて同じ会社に入社してしまった女……我ながら、なんでこんな男にと最近では自問自答する始末。惚れた弱みだと女はもう諦め、男を見送って仕事に戻ろうとすると……。


「ありがとう。理央、来月の誕生日には絶対に間に合わせます。予定空けといてください。仕事に戻ります」

「ん? 誕生日?」


 それだけを言うと男は、女性の答えを待たず、急ぎ自分のデスクへと戻って行った。そして取り残された女は……。

「誕生日って誰の?……あっ!」


 その瞬間、女性は思い出す。自分の誕生日が来月の頭であることを……ここ最近の忙しい日々に、すっかり自分の誕生日を忘れていた。本人が忘れてしまうくらいの忙しさの中で、男は覚えていてくれた。そして普段ならゲームの納期を遅らせてでも面白いゲームをと話す男が、今回に限りヤケに完成を急ぐ理由を知った女性は、思わず顔をニヤけさせてしまう。


「ん~、そう言う事なら今回は許してあげましょう。フフ」


 男が去ったオフィスの通路で女は佇み、少しの間だけニマニマするのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「鬱陶しい。ほとんどが雑魚の癖にしつこくまとわりつく」


 触手が体に群がる雑魚キャラ達を地面に叩きつけて剥がそうとするが、倒しても倒しても新たなる雑魚キャラにまとわりつかれて引き剥がせない。

 触手一つのHPは100、対して雑魚キャラ一匹が1回に与えられるダメージは1しかなく…………単純に考えれば100回攻撃を加えねば、倒すことは叶わない。およそ1対1の戦いならば、触手が負ける要素は皆無だった。そう、1対1でなら……。


「クッ! おのれ、大した攻撃ではないのに!」


 いまもなお、雑魚と侮った弱き者たちが群がり、また一本の触手が倒された。ヒロの元いた世界の人が見れば、それはグンタイアリと呼ばれる恐るべき蟻が、大群で襲い掛かる光景に似ていると思うだろう。
 
 グンタイアリは目が退化し物が見えないため、相手がどんな相手だろうと戦いを挑む。それが自分たちの何百倍も大きいものだろうと関係なしにである。最大の武器である発達した牙とアゴは、人の皮膚すら容易く切り裂く。
 南米のジャングルにおいて、食物連鎖の頂点に立つジャガーでさえ、逃げ出すほどの最小にして最強の生物……それがグンタイアリなのである。
 
 触手に群がる雑魚キャラたちの姿は、そんなジャングルの奥地に生息するグンタイアリによる狩りの様相を呈していた。

 たとえ1ダメージがしか与えられないとしても、群がる百の雑魚キャラが一斉に攻撃すればどうなるか……結果は犠牲を払いながらも、僅かな時間でまた一本の触手が倒されてしまう。
  
 すると群がった雑魚キャラたちが、次なる獲物を求め一斉にその場を離れていく。いたる場所で倒された触手と雑魚キャラたちの姿が取り残されていたが、犠牲となった雑魚キャラたちの顔は、皆一様に満足気な表情を浮かべていた。彼らの顔には死の怯などはなく、愛してくれたゲーマーのためにやり切った達成感を胸に死んでいたのだ。


「一匹一匹は弱いくせに、死を恐れずに突き進んで来る。奴らは死が怖くないのか⁈ ん!」


 倒して倒しても終わらない雑魚キャラの猛攻に、憤怒が辟易し始めた時、それは起こった。


「な、なんだあれは!」


 森の外、黒い大地に突如として現れた輝きに憤怒が気付くと……その顔は驚愕の表情に染まっていく。


「あの光は一体なんだ⁈」


 その光を見た憤怒の本能が、ガンガン警鐘を鳴らし危険を知らせていた。すると憤怒の心にヒロ顔がチラつき、光の方角へ意識を集中し気配を探る。


「間違いなく奴の気配だ。やはりあの光は奴が発しているのか⁈」


 徐々に増す光に、言い知れぬ恐怖を感じた憤怒は、自らの頭上に両手を上げ腕を伸ばす。
 

「まだ間に合う……先に攻撃を当てれば!」


 右腕に宿る憤怒の紋章が黒き光を放ち、凶々しいオーラが腕を伝い手の平へと流れ込んでいく。すると憤怒の頭上に黒い……全ての光を飲み込む漆黒の黒い球体が浮かび上がった。


「確実に奴を葬り去る!」


 ヒロを確実に殺すため、すぐに黒球を撃ち出さず力を流し込み続ける憤怒……漆黒の球体が徐々に膨れ上がり、凶々しい気配が戦場に満ちていく。

 そしてヒロもまた、憤怒を確実に倒すため、力を溜め続けていた。手元で光る上書きオーバーライトの輝きが世界を照らし出す中で、憤怒の膨れ上がる凶々しいオーラの気配に感付いていた。

 相手との力の差を正確に読み取ったヒロは、今のままでは恐らく自分の力が高め終わる前に、憤怒の方が先に攻撃してくるだろうと悟ってしまう。

 かと言って、不完全なまま攻撃をしたところで、憤怒を倒すには至らないこともまた……たがそんな状況にあっても、ヒロの顔に焦りの色はまったく見られない。彼はただ静かに目を閉じ、穏やかな顔で輝く剣に力を流し続ける。

 それは自分が愛したゲームキャラたちが、俺たちに任せろとその背で語ってくれたからであり、託された思いを無駄にしないため、ヒロはただ黙って手に持つくアブソルートソード絶対の剣に力を流し込み、解き放つタイミングを待ち続けていた。


 その様子を見たアンソンとゾニッグが動き出す。


「わっせ! わっせ! わっせ! わっせ! 漢ビーム!」


 アンソンの頭から放つ必殺の漢ビームが、ヒロと憤怒の間に生える触手を焼き払い道を作り出すと、触手たちが空いた道を塞ごうと一斉に動き出す。

 だが、そんな触手たちの動きを音速で転げ回るゾニッグが許さない。立ち塞がろうとする触手に次々と体当たりをかまし、土手っ腹に穴を開けられた触手がバンバン倒されていく。

 それに続けとばかりに、非暴力の体現者マイコーがダンシングしながら演歌を歌い、道に群がる触手たちの動きを止めてしまう。そこへすかさず、セクシーダイナマイツなスーパーマリナが、ジャンプ攻撃で動きを止めた触手を片っ端から踏み倒す。

 次々と倒される触手たち、追い打ちを掛けるかのように、森の外周で待機していたゲームキャラたちがいつの間にか開いた道に集まり、一斉に雪崩なだれ込み道を押し広げていく。

 
「ちぃ、雑魚が鬱陶しい。ならば!」


 次々と倒される触手を見て焦りは感じた憤怒……まだ健在な触手にオーラを飛ばし強加しようとするが、一瞬だけ考えて思い止まると触手に飛ばそうとしていたオーラさえも、頭上に浮かぶ漆黒の球体へと注ぎ込み始めていた。


「ふん! 大方、無駄なオーラを我に使わせ、こちらの一撃を一秒でも長く遅らせるつもりだろう? もう騙されんぞ。先に奴に撃たせるための時間稼ぎなどに誰が引っ掛かるか! 触手などいくらでもくれてやる。あんなものいくらでも再生できるのだからな!」


 何度も煮湯を飲まされてきた憤怒は、持てるオーラを球体に注ぎ続ける。すでに球体の直径は三メートルを超えていた。それを見た憤怒が口元のホホを吊り上げた時……突如として右横の地面がぜ、その爆発した跡には浅いクレーターが出来上がっていた。


「クッ! まさか、また天から?」


 慌てて真上に視線を向けた憤怒だったが、そこには何もない。ホッとした憤怒だったが、すぐにその顔は嫌なものを見た表情に変わってしまう。それは自分に向かって撃ち出された様々な種類の砲弾が見えてしまったからだった。


「遠距離攻撃だと⁈ そんなもの我が【絶対防御】の前では無意味だ!」


 憤怒が息を止め、あらゆる物理攻撃を弾く防御スキルを発動した瞬間、砲弾の一つが憤怒に直撃する! 着弾により凄まじい衝撃と爆発音が鳴り響き爆煙が立ち上る。するとその中から無傷の憤怒が姿を現した。

 やはり【絶対防御】スキルの前では、無力だったかとニタリと笑う憤怒……だがそんなことお構いなしにと、次々と砲撃が撃ち込まれていく。

 森の外周に集まる戦車や自走砲と呼ばれる戦闘車両から、砲弾が休む間もなく撃ち出され続け、着弾による爆発の衝撃と爆音が憤怒を襲う。巻き上がる土埃と爆煙が周囲の視界を妨げ、砲撃に巻き込まれた触手は攻撃の圧に耐え切れず、次々と爆散してしまう。

 吹き飛ばされる触手に目もくれず、息を止め砲撃をやり過ごそうとする憤怒は気付いていなかった。巻き起こる爆煙に身を隠し、耳を塞ぎたくなるような爆音で気配とエンジン音を隠した存在が、自分のすぐそばにまで近づいていることに……そして鳴り止まぬ砲撃の中、ついにその時は訪れた。


(ふっはっはっはっはっ! どうやら我の勝ちのようだな!)


 心の中で高らかに笑う憤怒の前に、直径五メートルを超える巨大な黒球が浮かんでいた。それはブラックホールの如く周囲の光を全て吸収し、あまりの黒さに、その空間だけが別次元になってしまったかのような錯覚を起こさせていた。


(さあ、これで終わりだ! ちりも残さず消滅するがいい!)


 憤怒が腕を突き出し黒球を撃ち出そうとした時、それは触手の森を縫うように走り抜け、黒煙の中から12.7ミリ弾をぶっ放しながら憤怒の目の前に踊り出て来た。

(何だアレは⁈)


 長い時を生きる憤怒でさえ初めて見る物で、それは 一際ひときわ異彩を放っていた。

 前面を黒い防弾仕様のスモークガラスで覆った、屋根付きの三輪バイク……ヒロの世界で言うならジャイロキャノピー、もしくはピザ屋の宅配バイクと呼ばれるものであり、背部にあるカーゴと呼ばれる巨大コンテナの上部に、ブローニング重機銃を装備した武装バイクだった。
 
 毎分五百発を超える弾丸が憤怒を襲うが、その全てが【絶対防御】スキルの前に弾かれてしまう。


(いかん。もう息が……おのれ、もう黒球は出来上がったと言うのに鬱陶しい!)
 

 終わらない砲撃による猛攻に息継ぎが出来ない憤怒……限界は近かった。

 憤怒がハエを払うかの如く腕を振るうと、宅配バイクの進路上に触手が生える。一瞬ーー触手が壁になり憤怒の目から宅配バイクの姿と機関銃の掃射が途切れるが、すぐに宅配バイクは触手の脇をスリ抜け、憤怒へと機関銃を撃ち続けながら近づいていく。


(小癪な!)


 その姿を見た憤怒が頭上に掲げた両手の内、紋章のない左腕を下ろし拳を握り込む。弓を引くかのように半身で腕を引いた体勢を取る憤怒に向かって、宅配バイクは躊躇ちゅうちょすることなく特攻を仕掛ける。

 憤怒の拳が、迷いなくスモーク仕様の大型スクリーンをぶち抜くと、宅配バイクは大爆発を起こした! 爆発による衝撃と音が周りの大気を大きく震わせ、モウモウと爆煙が立ち昇る中から、無傷の憤怒が姿を現した。


(無駄な努力だったようだな。攻撃もんだか?)

「ふ~」


 いつの間にか砲撃が止み、辺りから爆発の音がしなくなったことを確認した憤怒が、ホっとしながら息を吐き出し空気を吸い込んだ瞬間だった。

 宅配バイクが避けた触手の陰から、何者かが恐るべきスピードで震脚を踏み憤怒の懐へ潜り込む。一瞬の虚を突かれ、反応が遅れた憤怒の鳩尾に、下から突き上げるような強烈な肘打ちが炸裂した!


「グハッ! な、バ、ババア貴様!」


 呼吸の隙間を突いた老婆の一撃が、憤怒の鳩尾に打ち込まれていた!


「小僧! わしらを出し抜こうなんて……十年早いんじゃよ!」


〈武装宅配バイクが、ピザを届けずババアをお届けした!〉
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