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第13章 勇者と憤怒の紋章編

第154話 聖女開眼

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「さあ、決着をつけようぜ!」

 暴れ馬バイクに跨る聖女ヤンキーが憤怒にガンを飛ばし、アクセルを吹かす!

「人よ、我の邪魔をするな。我は憤怒、母に代わり愚かなる人を断罪する者なり。人よ滅びよ」

 150cmにも満たない背丈のオークが、憎悪に満ちた目でリーシアを睨み、怨嗟の籠った声で話し掛ける。

 右腕に刻まれたあざ……憤怒の紋章が赤い輝きを放ち、シーザーの体を凶々しいオーラで包み込んでいた。

(どうやら、シーザー君の意識は完全に飲み込まれてしまったようですね……リーシア、打ち合わせ通りに行きますよ)

 ヒロはモニター画面で、周りの状況を確認しながら、コントローラーを握り直し、技のコマンド入力に備えていた。

「ああ、任せておきな。コイツとの戦い方も何となく分かった。もうアイツに遅れは取らねえよ。なあ相棒!」

 バイクのエンジンから高らかな音が轟き、自分に跨るご主人に同意のいななきを上げていた。

「時間もねえ、サッサとおっ始めるぜ」

 前輪にブレーキをかけ、荷重を前にしたリーシアが、その場を動かずに後輪を空転させて力を溜める……後輪から白煙が上がり、それを見た憤怒が先制攻撃を仕掛けるべく動いた。

「滅び去れ」

 憤怒が、肩の触手を伸ばして攻撃してくると予想していたリーシア……だがその予想は外れ、振り下ろした腕はそのまま地面に叩きつけられていた。

 そしてコンマ数秒の後、バイクの下から無数の触手が生え出しリーシアを襲う。

 だが、両腕を頭上に掲げた憤怒が、その腕を振り下ろした瞬間、ヒロが攻撃を看破して動いていた。
 
 ヒロがヒールコマンドを入力すると、バイクの後輪のタイヤが光に包まれ、さらにアクセルボタンを押していた。
 エンジンから凄まじい音が鳴り響き、地面を空転するタイヤから凄まじい白煙が立ち上る。

(リーシア! バイクを左に思いっきり寝かして左足を軸に立ってください)

「任せろ」

 次の瞬間! バイクはリーシアの足を軸に、凄まじい横回転を行い、地面から生えてきた無数の触手が全て高速に空転するタイヤに引きちぎられ、ヒール(滅)で黒い塵と化していく。

 二回、三回とクルクルと駒のように回転するバイク……あまりにも高速に回転するタイヤが地面に削られ、大地に黒い真円の跡を残していた。

 バーンアウトとアクセルターンと呼ばれるバイクテクニックの合わせ技が、憤怒の触手を完膚なきまでに引き潰す!

(無駄ですよ。お前のモーションはすでに見切った。1フレームも見逃しません)

 コンマ数秒の世界で戦い続けたヒロを前に、もはや先制攻撃など意味をなしていなかった……攻撃パターンとモーションを把握済みの勇者ゲーマーにとって、全てをカウンターで迎え討つなど造作もない。

「バカな……おのれ!」

 全ての触手を倒され驚愕と怒りに憤怒が声を上げ、すぐさま次の行動に移ろうと後ろに飛び退く。

「逃すかよ!」

 瞬時に逃げに入ろうとする憤怒に、リーシアがアクセルを全開にして、バイクでロケットスタートを切る。
 ゼロからのありえない加速が、瞬時に飛び退いた憤怒の追いつく。

 だが、前輪がその小さなオークの体にぶつかろうとした時、憤怒はリーシアの顔目掛けて跳び上がり、肩に生える触手を打ちだした。

「ヒロ!」

「予測済みです」

 憤怒が跳び上がる前からすでに前輪にフルブレーキを掛けていたヒロ…… バイクは後輪を浮かせながら急停車する。普通ならバランスを崩して転倒するような状況で、リーシアが完璧な重心移動でバランスを保ってくれていた。

 バイクの前輪を支点に、リーシアが慣性をコントロールし、バイクの車体を180度回転させる。

 打ち出された触手がタイヤに当たるが、リーシアはかまわず後輪で憤怒を蹴り飛ばす!

 ジャックナイフターンと呼ばれるバイクの方向転換の技が、蹴り技として憤怒に当たる。

 200キロを超えるオフロードバイクと子供のオークでは質量が違いすぎ、憤怒が横に蹴り飛ばされて地面を転がる。

 地面をゴロゴロと転がり起き上がった憤怒が、顔を上げた時、視界いっぱいにバイクのタイヤが広がっていた。

 激突する前輪と憤怒!

 ジャックナイフターンで蹴り終わると同時に、ヒロは容赦なく憤怒に向かってアクセルを全開にしていた。

 小さな体に容赦なく叩き込まれた攻撃で、憤怒が再び数メートル吹き飛ばされる。
 
 先ほどよりも、さらに緩慢で動きが鈍くなる体を無理やり動かし憤怒は立ち上がる。

「な、なぜだ……思うように体が動かん⁈ 力が出せぬ⁈」

「はん! 当たり前だ! 非力な子供の体で、オークヒーローと同じ力が出せるわけねえんだよ!」

「なんだと? そんなわけはない。我の力が……グゥッ!」

 体に走る痛みで憤怒の言葉が止まる。

「お前は取り憑く相手を間違えたんだよ。そんなひ弱な子供に取り憑いた時点で、お前はもうオレたちに勝つ事はできねえ。オークヒーローのような強い肉体でなければ、お前は力を発揮できないのさ」

「おのれ! ならば……」

「ああ、逃げて成長しようとしても無駄だぜ。なんでこの広い森の中を移動するお前に追いつけたと思う? お前の居場所はスキルで常に分かるからな。どこに逃げようと成長しきる前に必ず倒してやる」

「グゥッ! 愚かなる人の分際で我に勝てると思うなよ!」

「勝てるさ! お前はオーク以外に取り憑けないんだろう? しかも血縁関係にある家族にしかな! 仮に家族以外に取り憑けたとしても、オークヒーロー以外の強い古参オークはもういない。弱い個体に取り憑いたとこで、たかがしれてる」

 その言葉に憤怒はうつむき顔を下に向けてしまった。

「確かに我は、血縁関係にあるオーク以外に取り憑くことはできぬ……」

 観念したかのように語る憤怒……だが、うつむいた顔の口元が吊り上がっていることに、聖女は気づいていなかった。

 憤怒の紋章が乗り移れる条件が、血縁者だけでなく自らを倒した相手に取り憑けることを知らない聖女に悟られぬよう、うつむいた憤怒が下卑た笑みを浮かべていた。

「お? ついに観念したか?」

「我は憤怒、人を滅ぼす存在、全てを修正するデバッカー、人よ我と共に滅びるがいい!」

 憤怒が声を荒らげると、右腕の紋章が凶々しい輝きを発すると、シーザーの体が宙に浮かび上がる。

「てめえ、まだ何かするつもりか⁈」

 リーシアが声を無視して地上から5メートルの位置でシーザーの上昇が止める。

「人に絶望を! 滅びを! キサマに地獄を! 人よ、報いを受けるがいい!」

 憤怒が怨嗟の声を上げた瞬間、シーザーの体の表面から次々と触手が生えた出し、その小さな体を包み込む。

 触手が際限なく成長すると、その体積と質量をドンドン増やし、触手同士がより合わさることで、強靭な四肢と肉体を形作る。
 そして長大な首と背中に巨大な翼を生えだし、巨大なシルエットが浮かび上がると地面に落下した。
 
 落下の衝撃で『ズシン』と大地を揺れていた。それは落ちた物体がとてつもなく重い質量を持った何かだという事を物語っていた。

「なっ! なんだこれ⁈」

(まあ、定番ですね……)

 目の前に現れた巨大なものを見て、驚きの声を上げる聖女ヤンキーと、もはや使い古された当たり前の展開に食傷気味のヒロ……。

「て、定番って……こんなのヒロの世界じゃ当たり前なのかよ?」

(当たり前というか……予想通りというか……驚くほどのことではありませんね。今までに七段変身するボスや、山よりも巨大なヤツ、七つの体が生えた意味不明なのとか、いろいろなボスと戦いましたからね。あの程度では、もはや驚きが足りません)

「アレで驚きが足りないって……」

(せめて、触手の動きと生え方がもっと突き抜けていれば、ボスッぽさが出て、いいセンいっていたかもしれませんが……中途半端すぎて微妙ですね)

 姿を変えた憤怒に臆することなく、デザインに駄目出しするヒロ……リーシアは顔を上げて苦笑いしていた。

「グオォォォ! 我は憤怒、怒りを司るもの! 滅びよ! 滅びよ! 人よ、全て滅び去れ!」

「これのどこが微妙なんだよ⁈」

 聖女ヤンキーの前に、触手で形作られた……巨大なドラゴンの姿があった。

〈憤怒が、中途半端なデザインで真の正体を現した〉
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