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第12章 勇者とエクソダス編

第139話 絶望に終止符を!

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【回復魔法(滅)】

 神が封印した禁忌の回復魔法。
 強力過ぎる回復力でいかなる怪我も瞬時に癒すが、回復スピードに体細胞が耐え切れず崩壊する。

 崩壊した肉体は壊死してしまうため、肉体は黒く変色し、ヒールの効果により壊死した組織は腐り果てる。
 
 この際、正常な肉体部分と破壊された細胞は拒絶反応を示し、激痛に見舞われる。

 体細胞の崩壊に耐え切ったとしても、肉体の再生のには、膨大な体力が使われるため、傷が治ったとしても衰弱死する可能性が高い。

 およそ生命活動をしている生物で滅せないものはおらず、回復魔法の名を冠しながら、回復できない禁断の回復魔法である。


…………


「リーシア! 今です!」

「ヒール!」

 リーシアの掌底が弾かれる感触を感じた時、彼女は禁断の回復魔法(滅)を解き放つのだった!

「な、なんだと⁈ グアァァッ!」

 体勢を崩され目の前に立つリーシアの攻撃が避けられないと判断したオークヒーローが、絶対防御スキルを発動しながらリーシアの掌底を左腕で受け止めていた。

 いつも通り、スキルにより攻撃を弾き反撃に出ようとしたオークヒーローだったが、腕に走った激痛に驚き痛みで声をあげてしまった。

 その隙を見逃さずリーシアが追撃しようとするが、カイザーはとっさに健在な右手に持ったハルバードを振るい後ろに下がらせた。

「ぬうぅぅ、左手が動かん! それにこの痛みは⁈」

 オークヒーローが左腕を見るとリーシアが手を当てた部分が黒く染まり壊死していた。

「やはりヒロの予想通りです。オークヒーローの絶対防御スキルは攻撃を弾きますが、それ以外は素通りします」
 
「リーシアのヒールは強力過ぎるため、回復はできませんけど、敵に使うならば強力な力になると予想していましたが……想像以上でした。むしろ危なすぎます。それを人に向かって打つのは、殺す覚悟が決まった相手以外には止めた方がいいです」

「大丈夫です。こんな技、私のぶっ殺すリストに載っている人物と、ヒロ以外には使いませんよ」

「……待ってください。なんでサラッと僕も含まれているのですか?」

「え? 当たり前すぎて答える気も起きませんが?」

「……」

 オークヒーローに注意を払いながら、二人は軽口を交わしていた。

「グゥゥ、左手が動かん⁈ それにこの体の中から発する痛みは……」

 カイザーが顔に苦悶の表情を浮かべ、状況を確認する。

 ズキズキと痛む左腕から発する痛みは、絶えずカイザーを襲い、痛みを和らげるために浅い呼吸を繰り返す。

 左手は全く動かず、黒く変色した部位より上の肘と肩は動く。

「絶対防御スキルで弾けない攻撃があろうとはな……面白い! この痛み……忘れていたわ。そうだ、この痛みがあればこそ、戦いに意味があるのだ! クックックッ、最後の最後に思い出させてくれた。勇者エロヒロよ、感謝するぞ!」

 カイザーは、健在な右手でハルバードを掴むと、重量級のハルバードを片手で持ち上げ、地面から引き抜きながら肩に担ぐ。

「ヒロ……片手でもるき満々ですよ」

「みたいですね。だけど痛みで呼吸を乱せました。これで絶対防御スキルをかい潜って攻撃を当てるチャンスが増えたはずです」

 すると肩にハルバードを担いだカイザーが、片手でハルバードを振り、振り心地を確かめ始める。
 
 二度、三度と、ハルバードを軽々と振るうたびに、凄まじい風切り音が聞こえてくる。

「フン! ウム、片手でもハルバードを振るうのに支障はない。さあ、戦いの続きだ!」

「ヒロ……片手だからと油断してはダメです。あれは片手でも何も変わってません」

「ええ、リーシア分かっています」

 片手で軽々とハルバードを扱うオークヒーローに、ヒロは片手のハンデなど何の意味もないと、剣と腰に差したダガーに溜めを開始しながら気を引き締める。

『リーシア、残りMPはどうですか?』

 ヒロとリーシアはカイザーに悟られないよう、チャットで話し掛ける。

『ヒロ、MPはヒールがあと一回分と言った所です』

『リーシア……ヒールはもう使いません。この戦いに、ヒールを使えばもっと楽に戦えるのは分かっていますが、真のエクソダス計画を成すには、最後のピースであるヒールが絶対に必要です。……なのでもうヒールは使えません』

『分かりました。ヒール一回分のMPを温存しておきます』

『お願いします。……これは賭けですから、失敗する可能性が高いですが、望みはあります。僕のワガママにつき合わせてしまって、ごめんリーシア』

『ヒロ、いいんです。この計画を話してくれた時、私はあなたと一緒にその道を選んだんです。どんなに困難な道だろうと後悔はありません』

『リーシア……ありがとう。でも、リーシアの許可さえあれば、コントローラースキルを使ってヒールを温存しなくてもカイザーを倒せるのですが……使いませんか?」

「し、死んでもお断りです! あんなスキルを使うくらいなら死んだ方がマシです! 勝手に私にあのスキルを使ったら……ヒロは私のぶっ殺すリストの一位に輝きますからね!」

 突如大声を上げたリーシアに、カイザーを始め、戦いを見ていたオーク討伐隊の面々が顔を向けていた。

 リーシアは恥ずかしそうに顔を赤らめると、ヒロを睨みつけていた。
 
『わ、分かりました。リーシアの意思を無視してコントローラースキルは使わない約束ですから、安心してください』

『ヒロ、信じてますよ。私の手でヒロを殺すなんて悲しい事をさせないでください』

 リーシアの言葉に……二度もその手で殺されているヒロが『どの口がそれを言うんだ?』と、心の中でツッコミを入れていた。

「フン、闘気も高まった。では最後の戦いを始めようか? 行くぞ!」

 カイザーが、一際大きく声を上げるとハルバードを肩に担ぎ走り出した!

『来ます! 動かない左から攻めます。リーシア合わせてください』

『フォローします!』

 ヒロが先行しリーシアがその後に続く!

「ふん!」

 カイザーが肩に担いだハルバードを、渾身の力を込めてヒロに放つ!

 横なぎに迫り来るハルバードを、ヒロはタイミングを見計らいジャンプして空中で回避する。リーシアは腰を落とし頭の位置を低くするとハルバードの下を潜り抜けていた。

 重量級のハルバードを渾身の力で振るったカイザーは、武器を振り切り、次の攻撃に移るまでに時間が掛かる。

 カイザーの攻撃を回避した二人が、このチャンスを逃さない!
 
 上下に分かれた二人が攻撃を繰り出そうとした瞬間、ヒロとリーシアは嫌な予感を覚えた。

「パワースレイブ!」

 カイザーが右手の手首を一瞬で返し、振り切る途中の体勢から瞬時に空中にいるヒロへ、槍術スキルを発動しながらハルバードを下から上へ切り返していた。

 カイザーは攻撃のモーションを途中でキャンセルし、別の技につないできた。技を出したあとの体勢と、次の攻撃につなげるタイミング……これを突き詰めると本来ならありえない現象が起きてしまう。それは攻撃を途中でキャンセルし、別のスキル攻撃につなげられることだった。

 ヒロの世界にある格闘ゲームのテクニックに『キャンセル』と呼ばれる技がある。これは取り消すなどの意味ではなく、行動の動作を途中で止め、次の動作へ素早くつなげるテクニックである。

 ヒロがひとつ目の仮面の男、サイプロプスとの修行で会得し、先ほどヒロが見せたスキル同士のありえない連携を、ひとめ見ただけでカイザーは理解し技をつなげてきた。

 恐るべき戦闘センスと戦いの勘が、ヒロとの死闘の中で、カイザーをさらに進化させていく。

「Bダッシュ!」

 迫り来るハルバードにヒロは、二段ジャンプにより足場を作り、Bダッシュの加速でさらに上へと駆け上がる。

「チッ!」

 ギリギリのタイミングで上空に逃れたヒロを舌打ちするカイザー。

「隙ありです!」

 その隙を見逃さずリーシアがカイザーの左手側に躍り出ると、拳を握り込み震脚からの肘を左脇腹に向かって打ち出していた。

 とっさに息を止めるカイザー……だが痛みで息を乱されてしまい、絶対防御スキルが発動しない。

 巨大な籠手ギガンティック・ガントレットによって攻撃の重量と威力が増した肘がカイザーの脇腹に打ち込まれる!

 闘気による防御を突き破り、脇腹の骨を何本か折られながらもカイザーは横に跳びすさり、リーシアに牽制のハルバードを振るって距離を空ける。

 振われたハルバードによりリーシアは追撃ができない。

 だがそこへ、空中にいたヒロが腰に差したダガーを素早く手にし、オークヒーローに投げていた!

 空中から一条の銀光がカイザーに迫る。

 リーシアから距離を空けるため、牽制のハルバードを振るってしまい、防御に回せないカイザーには、もう銀光を防ぐことができない。
 
 カイザーは銀光が当たっても、最小のダメージで済む場所を瞬時に判断し、それを銀光に向かって盾とした。

 もはや役に立たない黒く変色した左腕を銀光に差し出すと、全身に闘気をまとい、爆発に備える。

 そして左腕の黒く変色した部位に銀光が深々と突き刺さった!

「グオォォ⁈」

 銀光がぶつかった衝撃がカイザーの体を揺さぶる!

 からくも致命傷は免れたカイザーだったが、安心はできない。次に来る爆発に備えて闘気を一気に高め防御に回す!

 だがダガーは爆発しない……その時、カイザーは腕に突き刺さるダガーの柄から伸びる魔力のワイヤーに気がついた。

 そのワイヤーは空に伸び……その先にはワイヤーを巻き取りながらオークヒーローに向かって流れる白い流星のきらめきが見えていた。

 白く輝くミスリルロングソードを振りかぶったヒロが、地上に流れ落ちる!

 ヒロの姿を見たカイザーは、ハルバードでは闘気のチャージが間に合わないと判断すると柄を掴む手を離し、ハルバードを捨てていた。

 そして右手を固く握り込むと、素手で空から落下する流星に向かって、拳を打ち出していた!

「カイザー!」

「ヒロ!」

 二人の男が互いの名を呼び合い激突する!

 その瞬間、世界が白い光に包まれた。

 まぶしい光に皆が目を隠していた。そして光が収まったのを感じて皆が激突した場所を見ると……白い流星とオークヒーローがいた場所には土煙が上がり、辺り一面の様子を隠してしまっていた。

「ヒ、ヒロ⁈」

 リーシアが土煙の中で二人の男の気配を探ると、見知った気配に気づき少女が男の元へと走る。

「ど、どうなったんだ! 勝ったのか?」

「頼む、勝っていてくれ!」

「お願いだ! 神よ、我らを救い給え」

 固唾を飲んで戦いの行方を生還していた討伐隊の皆が、口を開いて願う。絶望よ倒れてくれと……。

 そして風が土煙を押し流した時、討伐隊の兵士たちの目に、左肩を切り飛ばされて片腕を無くして倒れるオークヒーローと、少女に抱かれて横たわるヒロの姿があった。

 大量の血を流しながら、ピクリとも動かないオークヒーローの姿に、討伐隊の皆が固唾を飲んで見守っていた。
 
「ヒロ、生きてますね! 良かった!」

「はい……なんとか生きてはいますが、カイザーのパンチが腹に決まりまして……し、死ぬかと思いました」

 ヒロが鎧の上から腹をさする。

「でも意外にダメージは少なかったみたいですね? 防具のおかげですかね?」

 リーシアがヒロの頬に手を置くと、少女が持つ聖女の癒しスキルによるオートヒーリングの効果が発揮され、体を蝕んでいた痛みが引いていく。

「ええ、ケイトさん達が届けてくれた装備がなかったら、正直危なかった。ありがとうナターシャさん」

「ナターシャさんに感謝です♪」

 ヒロとリーシアが二人揃ってナターシャに感謝するが、二人は気づいていなかった。

 普段からリーシアに腹◯◯◯シリーズで殴り蹴られ、数え切れない土下座を続けたヒロの腹が、知らない内に異常なレベルにまで鍛えて上げられている事に!

「勝った……勝ったぞ! 勝ったぞおぉぉっ!」

「やったぞ! あいつら、やりやがった!」

「す、すごい! ヒロさん!」
 
「ああ、お願い! オークヒーローの解体は私にやらせてぇぇっ!」

「ヒロ……私の目に狂いはなかったわ。やはりあなたは……」

「勝ったのか! 俺たちは生き残れたのか!」

「でかしたぞ! オークヒーローを討伐したんだぞ! 当然、討伐隊を指揮したワシの功績だ! オークヒーローの死体を回収しろ! 討伐の証拠を持って凱旋だ!」

 ナターシャ達を始め、次々とオークヒーローを倒した光景を目の当たりにした兵士達が声を上げて喜び合う。

 そして自分たちを救ってくれヒロとリーシアを讃えるため、皆が二人に近づこうとした時だった!

「ブ、ヒィィ」

 片腕を斬り飛ばされ、地に伏せ死んだと思われていたオークヒーローがうめいたのだ。

「ヒロ、オークヒーローが!」

「まだ生きている? だとすると……まずい!」

 ヒロの勘が警鐘を鳴らした。

「まだ生きているのか! と、トドメを刺せ! 誰でもいい! もう奴は虫の息だ! 奴を倒せば英雄だぞ!」

 ドワルドが声を上げて叫ぶと、その言葉に意地汚い兵士が踊らされ、剣を片手に幾人もの兵士たちが立ち上がりオークヒーローにトドメを刺すため、我先にと走り寄る。

「待て! ダメだ!」

 ヒロがいやな予感を感じ取り、砂糖に群がるアリのようにオークヒーローに近づく兵士を静止したが止まらなかった。

「へへっ、残念だったな! オークヒーローを倒した称号は俺のものだ!」

 いち早く倒れたオークヒーローに辿り着いた兵士が。剣をふりかぶり、カイザーの首元へ刃を振り下ろした!

 だが……次の瞬間、兵士の首が斬り飛ばされ、血を噴き出しながらその体を横たえる。

 オークヒーローがゆっくりと立ち上がった。先ほどとはまるで違う雰囲気に兵士たちはもちろん、ヒロとリーシアも驚き警戒する。

「滅びよ……滅びよ! 人よ滅び去れ! 一人残らず死ぬがいい!」

 狂気に満ちた瞳で声を荒らげるカイザー……その右腕に巻かれた布がほどけ、その下から禍々しいオーラに包まれた憤怒の紋章が姿を表していた!

〈憤怒の紋章が、ついにオークヒーローの意識を乗っ取った!〉
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