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第10章 勇者と親子の絆編
第92話 オークとリンボー!
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「へへ、リンボーはオーク族の子供が、狩りに出ることを神に許してもらう儀式のことだよ」
「神に許しを請う儀式ですか?」
「うん! 大地に立てた二本の棒の間に、水平にした長い棒を乗せて、棒に触らずに体の上体を逸らしながらくぐり抜ける儀式なんだ」
「それって……リンボーダンスですか?」
ヒロはシーザーの話を頭の中でイメージし、元の世界で言うリンボーダンスを思い出していた。
リンボーダンスは西インド諸島にあるトリニダード島に起源を持つダンスであり。ハワイ発祥と勘違いする人が多い。
リズムカルな音楽に乗せて体をのけ反らせるダンスとして、大人から子供まで楽しめるリンボーダンスは、世界中に普及していた。
「ヒロ? なんの話をしているのですか? リンボーダンス?」
蚊帳の外にいたリーシアが、ヒロの発した言葉に質問してきた。
「ええ、いまオーク族の儀式の話をしています。オーク族は狩りに出るために、リンボーと呼ばれる儀式で神に許しをもらわなければならないと、シーザー君が教えてくれてます」
「リンボー? 私も聞いたことない言葉ですね」
どうやら、リーシアもオーク達の文化については何も知らない様子で、ヒロは静かにシーザーの話に聞き入る。
「ん~、リンボーッて言うのは、僕らが大地の何とかに成長を伝え、狩りに出る許しを請う儀式だって父上が言っていたかな?」
「坊ちゃん、大地の女神セレス様ですよ。次期族長なのですから、ちゃんと覚えましょう」
「ん~、会った事がない者の名前なんて覚えておけないよ……」
「いや、それくらい覚えましょうよ……族長なんて村人全ての顔と名前を全て覚えていますよ」
「う~ん。人の名前を覚えるのは得意じゃないんだよ……」
父カイザーと比べられ、少し落ち込むシーザー……。
「人の名前や物事を覚えるには、言葉を単語として覚えずに、何かと関連付けするのが覚えるコツですよ」
「え? ヒロどう言うこと?」
ヒロの一言に、シーザーが喰いついてきた。
「例えばシーザー君は獅子のように勇ましい名前だけど、今はまだ小さな獅子で、これからに期待の子供って、物語仕立てにして名前を連想すると覚えやすいですね。僕が女神セレス様を覚えるなら、泣き虫でいつも一生懸命な可愛い女神様って、イメージで覚えていますから」
「へ~、ヒロは物知りなんだな! 今度試してみるよ。ありがとう!」
それを聞いたリーシアが訝しみ、ヒロに聞いてくる。
「ヒロ? 何で女神セレス様の名前が出てきたのですか?」
「今、リンボーの儀式で許しを請う神については話してくれましたが、どうやらオーク族は大地の女神セレス様を崇拝しているみたいです」
「オーク達も女神様を崇拝しているのですか? なるほど、興味深い話ですね……時にヒロ? まるで女神様に会ったことあるみないな言い方してますが……具体的過ぎませんか? あと、泣き虫で可愛いって? 女神様の彫像や絵を見て綺麗と思うことはありますが……可愛いとか、泣き虫と言うイメージは聞いたことがないのですが?」
ヒロが話す女神のイメージに、リーシアの心中に経験した事がないモヤモヤとした感情が生まれ、何故かヒロに変な質問をしてしまっていた。
「あ、あくまで覚えるためのイメージですよ」
ドキリとしてしまうヒロ……女神と知り合いとは言うわけにはいかず、セレスの事は内緒にする。
「ん? ヒロ殿、アナタ達は大地の女神セレス様を知っているのですか?」
ムラクも女神セレスの話に喰いついてきた。
「はい。人族も女神を崇拝する人はいます。こちらのリーシアは、その女神を崇拝する女神教のシスターですし」
急に話を振られ、シーザーとムラクの二人の視線に晒されたリーシアは、ワケもわからずペコリと頭を下げていた。
「人もオークも、同じ女神様を崇拝するのですね……言葉は違えど、崇拝する女神の名前は変わらないのか」
ヒロは、二つの種族の共通点に疑問感じながらも、脱線しつつある話を元に戻す。
「話が逸れましたが、話を聞く限りだと、リンボーとは僕が知っているリンボーダンスに近いもの。シーザー君は狩に出るためにリンボーの試練に挑むのですか?」
「うん! ただリンボーは潜る高さが低ければ低いほど優秀な戦士とされるんだけど……」
そこでシーザーが顔を暗くし、言葉を詰まらせてしまい、代わりにムラクが続きを話しだす。
「普通は皆、1m程の高さを潜れば良い儀式なのですが、坊ちゃんの場合、次期族長の立場上、それよりも低い高さに挑む必要があります。風習だと前族長が挑んだ高さと同じがそれ以上が好ましいと言われてますが……族長の記録が50cmなんですよ……」
シーザーがムラクの話を聞いて、さらに暗くなり下を向いてしまった。
「大半の者は、族長の記録がおかし過ぎるから普通で良いだろうと言ってくれてますが、族長に反発する奴らが、風習を蔑ろにするなと騒いでいまして……」
「それでシーザー君がリンボーの試練で、現族長の記録、50cmに挑戦しなければならないと?」
シーザーは首を縦に振ると、再びヒロの顔を見上げた。
「父上の息子として……いや、次期族長として50cmの高さをクリアー出来なければ、皆に示しがつかないんだよ。でも何度やっても成功しなくて……こう毎日やっていると飽きてきて、気分が滅入るから、気分転換にヒロ達に食事を持っていく者に手を上げたんだ」
「高さ50cmって、背の低い子供でも難しいですね……カイザーは、よくそんな高さに挑戦しましたね」
「族長は加減を知らないからな……若い頃はガミシャラ過ぎてやり過ぎる気があったと聞いている。おかげで村も豊かになった反面、非常識な族長に振り回されて、苦労したと長老達がボヤいていたな」
「はあ~、なんとか試練を成功させる事が出来ないかな……同年代で狩りに連れて行ってもらえない者も、ついに僕ひとりになっちゃったし……」
またもやションと肩を落としてしまうシーザー……そんなシーザーにヒロが助け舟を出す。
「もしかしたら、役立てるかもしれません。一度シーザー君のリンボーを見せてくれませんか?」
「別にいいけど……だけど棒が」
リンボーに必要な道具がないか周りをキョロキョロ見回すシーザー……すると、ある物が目に止まった。
「そうだ、ムラク、その槍を貸して!」
「え? 何を言っているんですか、武人の魂をリンボーの棒に使うなんて」
「だって、今リンボーの棒を取りに戻っていたら、続きはまた明日になっちゃうし……」
「いくら何でも大事な槍を、リンボーの棒に使うなんてダメです!」
かたくなに拒むムラクへ、シーザーが黒い顔をして話し掛ける。
「リンド焼きを食べて、門番をサボッた事……父上に言っちゃうよ? お仕置きされちゃうよ? いいの?」
「ひ、卑怯ですよ坊ちゃん……坊ちゃんだって同罪ですよ」
「フフフッ、食事を運ぶだけの僕が、牢屋の中に入って話したり、物を貰ったとしても多少は怒られるだろうけど……見張りのムラクはどうかな? 見張りの役割を放棄して一緒にリンド焼きを食べていたんたよね?」
「ご自由にお使いください!」
族長のお仕置きが余程怖いのか、ムラクはすぐに折れ、武人の魂を差し出してきた。
リンボーに必要な棒(武人の魂)が手に入ったところで、シーザーが早速リンボーをヒロに披露する。
ムラクとリーシアが棒(武人の魂)を持つ。高さは1m、儀式で平均的な高さに固定してもらった。少し離れた距離にシーザーが立ち位置を取る。
「じゃあ、やるよ。見ててね」
そう言うと、シーザーが上体を後ろに逸らし、足を交互にだすと、前へ少しずつ進み出す。
足を進める毎にリズムを取り、後ろに逸らした頭が棒(武人の魂)の下を通り抜ける。
「こんな感じだよ」
「やはり僕の知っているリンボーダンスと同じです。次は挑戦している50cmの高さをやってみてください」
「分かったよ」
今度は棒(武人の魂)の高さを50cmに固定して、再度シーザーが挑戦する。
先程よりも逸らす上半身をより深く倒し、足を横に伸ばす事で腰の高さを低くして50cmの高さに挑む。だが無理な態勢のため、一歩前に進む度にバランスが崩れてしまう。頭を大きく上下する事でバランスを保ち、なんとか前に進む。
結果…… 棒(武人の魂)を潜ろうとして、体に当たってしまい失敗に終わる。
「こんな風に、どうしても体に棒(武人の魂)が当たって潜れないんだよ……」
シーザーが涙目で顔を伏せてしまう。
「上体をブラさずに、バランスを取れば行けそうに思えますが……あれはアホみたいな身体能力の族長だからできる芸当で、普通そんな状態で進むなんて無理なんです」
ムラクがリンボーの動きをやって見せるが、やはり低い姿勢になると上体がブレてしまう。バランスを取ろうとすると頭のブレが激しくなり、そのまま後ろに倒れてしまった。
「やっぱり俺には、できないのかな……」
「坊ちゃん……これはできなくて当たり前なので、気にしない方が……」
シーザーは肩を落とし、ムラクが慰めの言葉を掛けるが……ヒロがそんな二匹の姿を見て希望の声を上げた。
「う~ん……やり方を変えれば、いけそうですね」
「え? ヒロ本当?」
「ええ? どうやるんですか?」
シーザーとムラクの二人が、ヒロの言葉に半信半疑で答える。
「実際にやってみましょう。棒(武人の魂)をお願いします」
再びムラクとリーシアが棒(武人の魂)を80cmの高さに調整して立つが……。
「あっ! 高さはシーザー君の挑む高さ50cmでいいですよ」
「え? ヒロ……本気ですか? この高さは大人の背では無理ですよね?」
「子供の背でないと無理だよヒロ」
「ヒロ殿……さすがにこれは無理では?」
三人が皆、これは大人の背の高さでは無理だと言うが……。
「リンボーには一角ありまして……母のダイエットのために、無理やりリンボーダンスに付き合わされた経験が、役に立つ日が来ようとは思いませんでした……まあ見ててください」
するとヒロはW字に足を開き地面にペタンと座り込む。いわゆりアヒル座り……女の子座りと言われる座り方だった。
正座を崩し、足を横に開いたW字状態で、お尻を床に着けて座る。
「コツは以下に上体を安定させて、上半身を逸らして進むかですが……その答えがコレです!」
ヒロは女の子座りの体勢から、地面に着けた足の側面に力を入れると、お尻が地面から浮いた。
「股関節の柔らかさが重要で、骨盤の可動域が広く柔軟な筋肉を持つ女性だと難易度は低い目です。子供も関節と筋肉が柔らかいのでシーザー君でも特訓すればできるとおもいます。そしてココからこう歩きます」
ヒロは足の側面を支点とし、地面と接している足の側面をジリジリと動かし、少しずつ前進を始めた!
「足の側面を少しずつ小刻みに動かします。コツは進行方向に足の甲を真っ直ぐに向けることです。これが斜めっていたりすると、バランスを崩すばかりか余計な力が掛かり、前に進むのが困難になります」
ヒロが地面スレスレで座った状態から、ジリジリと棒(武人の魂)に向かってにじり寄る!
「そしてここからは、インナーマッスル次第です。腹筋がどれだけ鍛えられているかが鍵です」
するとヒロは上半身を後ろに逸らし前進を始めた。
「腹筋の鍛え具合によっては、上半身をほぼ水平にもできますね。この時、両手でバランスを取るのが重要ですから、しっかりと手を伸ばしてください」
そして身長178cmのヒロの体が、僅か50cmの棒(武人の魂)の下を触れることなく潜り抜けた!
「ええぇぇ! す、スッゲエ! 本当に通り抜けちゃったよ!」
「ウソでしょ? 大人の背であの高さを?」
「ヒロ……相変わらずデタラメですね」
三者三様で、ヒロのリンボーに声を上げる。
「ヒロ、チョットやって見るから見ててよ!」
早速ヒロに教わった事を試してみるシーザー。ペタンと座り込み、足をWの字で座ることができた。
やはり関節と筋肉が柔らかい子供だったため、ここは難なくクリアーした。
「意外といけるかも! えと、ここから足に力を入れて足の甲を進行方向に向けて動かすと……」
お尻を持ち上げる事に成功したが、中々進まない。力の入れ方が分からず力尽きて腰を地面に着けてしまう。
「坊ちゃん。頑張ってください!」
「そこまで足に力を入れなくても大丈夫ですよ。あと内モモとふくらはぎの間を、拳一個分開けてみてください」
「拳一個分開ける……こうかな? やってみる!」
ヒロのアドバイス取り入れ、再びチャレンジするシーザー……少しずつだが前に進み出した!
「やった! 進んだよ! ほら!」
「やりましたね坊ちゃん!」
嬉しそうにはしゃぐシーザー。
「さあ、最後の難関です。シーザー君なら、それほど上半身を逸らさなくても大丈夫そうです。少しずつ上体を後ろに倒して進んでみてください。手は真っ直ぐに伸ばすのを忘れずに」
「こうかな?」
少しずつ後ろに体を逸らすシーザー……だが途中で耐え切れなくなり背中を地面に着けてしまった。
「お腹に力を入れて意識してみましょう。腹筋の鍛え方次第ですが、今の状態を見る限りいけそうですよ」
「本当? 頑張ってみるよ! え~とお腹に力を入れてっと……」
再度チャレンジするシーザー、今度は無理に体を逸らさず、お腹に力を入れて棒(武人の魂)の下を通れるギリギリの角度を維持して動き始めた。10cm進むだけで苦悶の表情を浮かべるシーザー……大人でも苦しい体勢に歯を食いしばって懸命に足を動かす。
10cm……20cm……一心不乱に進むシーザーの眼前に棒(武人の魂)が近づいて来た。
最後の難関を前に、シーザーが最後の力を腹に込め、上体をさらに逸らしたとき!
「や、やったあぁぁぁぁぁぁっ!」
「坊ちゃん、やりましたね!」
「おお! 良かった通れました!」
「シーザー君、良かったですね」
ついにリンボーの試練を突破したシーザーが喜び、三人が祝福する。
「ありがとう! ヒロ! ムラク! リーシア! これで俺も狩に行けるよ!」
「坊ちゃん、早速今夜の集会でリンボーの儀式をやってみては?」
「うん! そのつもりだよ! 夜までまだ時間があるし、練習してくるよ!」
「それが良いでしょう。っと、少し長くなり過ぎましたね。今日のところはこれくらいで、また明日話しましょう」
「あっ! もうそんなに時間が経っているのか! じゃあヒロ、リーシア、また明日来るから!」
「はい。儀式が成功するのを祈っています」
「ヒロ、いろいろ教えてくれてありがとう! 俺、人族って俺たちを食べることしか考えない奴らだと思っていたけど、ヒロは違うんだね! またヒロ達のこと教えてよ。バイバイ!」
「ヒロ殿、感謝致します」
ただ一言、礼を述べたムラクは、シーザーを連れて牢屋を後にする。
「ふ~、なんか騒がしかったですね」
「私にはブヒブヒとしか聞こえなくて全く会話が分かりませんでした。ヒロ……詳しく教えてください」
「ええ、二人と会話して、いろいろな疑問点や分かったことがありましたから、そこについてもリーシアの意見を聞きたいです」
結局その後、シーザーとムラクの会話からヒロが気づいたことをリーシアと考察し、その日はそのまま休息するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこはオーク村の中央にある族長が住む小屋の中……二匹のオークが真剣な面持ちで向かい合って座っていた。
「予想以上に侵蝕が速い。このままでは……もう力で押さえつけるのも、限界だ」
「あなた……」
「すまんアリア……我が弱いばかりに、力を欲した結果がこの様だ」
「自分を責めないで、あなたがその力を求めなければ、私たちはとっくに殺されていた。責められるべきは弱い私たちなの……あなたの所為ではないわ」
アリアはそっと、無骨なカイザーの手に自分の小さな手を重ねる。
「やはりあの二匹を使うしかないか……だが、たった数日で傷が癒たとしても、果たして我に届きうるか……もし届かぬ時は……シーザーをこの手で殺すしかない」
「あなた!」
母であるアリアは、父カイザーの息子を殺す発言に異を唱える。
「仕方がないのだ! 俺が生きていてはオーク族は……かといって自ら命を断てば、次はシーザーに……ならば残された道は一つしかない……一族のためとは言え、同族殺しは禁忌……これは族長として、我がやらねばならぬ!」
カイザーが、やるせない気持ちを拳に込め、大地を叩く。
「でも、だからと言ってあなたが……父親が息子を殺すなんて」
「我ら親子二人の命で、多くの命が助かるのならば、悩むまでもない……単純な話だ」
「数の問題ではないわ。あなた達がいなくなったら私は……」
アリアは静かに泣き出していた。カイザーは妻の横に座り直し、その肩にそっと手を置き肩を寄せた。
「すまない……我の戦士としての誇りが皆を苦しめている。だがコレだけは譲れぬ。手を抜いて倒されるなど、今まで屠ってきた者たちを冒涜するような行いはできぬのだ。全身全霊で戦って敗れてこそ、誇りは守られ生き続ける」
「もしあなたが倒されて呪縛から逃れられたなら、シーザーは私が立派に育てます。でもあなたがシーザーを殺して、自ら命を断つのであれば、私も一緒よ。私たちは家族なのですから……たとえ死の先がどんな世界だったとしても、ずっと一緒にいましょう」
アリアは、自分の頭をカイザーの肩に乗せるとその身を夫に預ける……カイザーはそんな妻の肩に置いた手にさらに力を込めて二匹は寄り添う。
「皮肉なものだ。皆を守るために手に入れた力が、滅びを招くことになろうとは……希望があるとすれば、あの捕まえた人族の二匹だけだ。我を倒す得る可能性を秘めた存在……やらねば成らぬ。奴らを……我を屠る程の強者に仕立て上げなければ、オーク族に未来はない!」
〈絶望が希望を求めた時、オーク族の未来は加速を始めた!〉
「神に許しを請う儀式ですか?」
「うん! 大地に立てた二本の棒の間に、水平にした長い棒を乗せて、棒に触らずに体の上体を逸らしながらくぐり抜ける儀式なんだ」
「それって……リンボーダンスですか?」
ヒロはシーザーの話を頭の中でイメージし、元の世界で言うリンボーダンスを思い出していた。
リンボーダンスは西インド諸島にあるトリニダード島に起源を持つダンスであり。ハワイ発祥と勘違いする人が多い。
リズムカルな音楽に乗せて体をのけ反らせるダンスとして、大人から子供まで楽しめるリンボーダンスは、世界中に普及していた。
「ヒロ? なんの話をしているのですか? リンボーダンス?」
蚊帳の外にいたリーシアが、ヒロの発した言葉に質問してきた。
「ええ、いまオーク族の儀式の話をしています。オーク族は狩りに出るために、リンボーと呼ばれる儀式で神に許しをもらわなければならないと、シーザー君が教えてくれてます」
「リンボー? 私も聞いたことない言葉ですね」
どうやら、リーシアもオーク達の文化については何も知らない様子で、ヒロは静かにシーザーの話に聞き入る。
「ん~、リンボーッて言うのは、僕らが大地の何とかに成長を伝え、狩りに出る許しを請う儀式だって父上が言っていたかな?」
「坊ちゃん、大地の女神セレス様ですよ。次期族長なのですから、ちゃんと覚えましょう」
「ん~、会った事がない者の名前なんて覚えておけないよ……」
「いや、それくらい覚えましょうよ……族長なんて村人全ての顔と名前を全て覚えていますよ」
「う~ん。人の名前を覚えるのは得意じゃないんだよ……」
父カイザーと比べられ、少し落ち込むシーザー……。
「人の名前や物事を覚えるには、言葉を単語として覚えずに、何かと関連付けするのが覚えるコツですよ」
「え? ヒロどう言うこと?」
ヒロの一言に、シーザーが喰いついてきた。
「例えばシーザー君は獅子のように勇ましい名前だけど、今はまだ小さな獅子で、これからに期待の子供って、物語仕立てにして名前を連想すると覚えやすいですね。僕が女神セレス様を覚えるなら、泣き虫でいつも一生懸命な可愛い女神様って、イメージで覚えていますから」
「へ~、ヒロは物知りなんだな! 今度試してみるよ。ありがとう!」
それを聞いたリーシアが訝しみ、ヒロに聞いてくる。
「ヒロ? 何で女神セレス様の名前が出てきたのですか?」
「今、リンボーの儀式で許しを請う神については話してくれましたが、どうやらオーク族は大地の女神セレス様を崇拝しているみたいです」
「オーク達も女神様を崇拝しているのですか? なるほど、興味深い話ですね……時にヒロ? まるで女神様に会ったことあるみないな言い方してますが……具体的過ぎませんか? あと、泣き虫で可愛いって? 女神様の彫像や絵を見て綺麗と思うことはありますが……可愛いとか、泣き虫と言うイメージは聞いたことがないのですが?」
ヒロが話す女神のイメージに、リーシアの心中に経験した事がないモヤモヤとした感情が生まれ、何故かヒロに変な質問をしてしまっていた。
「あ、あくまで覚えるためのイメージですよ」
ドキリとしてしまうヒロ……女神と知り合いとは言うわけにはいかず、セレスの事は内緒にする。
「ん? ヒロ殿、アナタ達は大地の女神セレス様を知っているのですか?」
ムラクも女神セレスの話に喰いついてきた。
「はい。人族も女神を崇拝する人はいます。こちらのリーシアは、その女神を崇拝する女神教のシスターですし」
急に話を振られ、シーザーとムラクの二人の視線に晒されたリーシアは、ワケもわからずペコリと頭を下げていた。
「人もオークも、同じ女神様を崇拝するのですね……言葉は違えど、崇拝する女神の名前は変わらないのか」
ヒロは、二つの種族の共通点に疑問感じながらも、脱線しつつある話を元に戻す。
「話が逸れましたが、話を聞く限りだと、リンボーとは僕が知っているリンボーダンスに近いもの。シーザー君は狩に出るためにリンボーの試練に挑むのですか?」
「うん! ただリンボーは潜る高さが低ければ低いほど優秀な戦士とされるんだけど……」
そこでシーザーが顔を暗くし、言葉を詰まらせてしまい、代わりにムラクが続きを話しだす。
「普通は皆、1m程の高さを潜れば良い儀式なのですが、坊ちゃんの場合、次期族長の立場上、それよりも低い高さに挑む必要があります。風習だと前族長が挑んだ高さと同じがそれ以上が好ましいと言われてますが……族長の記録が50cmなんですよ……」
シーザーがムラクの話を聞いて、さらに暗くなり下を向いてしまった。
「大半の者は、族長の記録がおかし過ぎるから普通で良いだろうと言ってくれてますが、族長に反発する奴らが、風習を蔑ろにするなと騒いでいまして……」
「それでシーザー君がリンボーの試練で、現族長の記録、50cmに挑戦しなければならないと?」
シーザーは首を縦に振ると、再びヒロの顔を見上げた。
「父上の息子として……いや、次期族長として50cmの高さをクリアー出来なければ、皆に示しがつかないんだよ。でも何度やっても成功しなくて……こう毎日やっていると飽きてきて、気分が滅入るから、気分転換にヒロ達に食事を持っていく者に手を上げたんだ」
「高さ50cmって、背の低い子供でも難しいですね……カイザーは、よくそんな高さに挑戦しましたね」
「族長は加減を知らないからな……若い頃はガミシャラ過ぎてやり過ぎる気があったと聞いている。おかげで村も豊かになった反面、非常識な族長に振り回されて、苦労したと長老達がボヤいていたな」
「はあ~、なんとか試練を成功させる事が出来ないかな……同年代で狩りに連れて行ってもらえない者も、ついに僕ひとりになっちゃったし……」
またもやションと肩を落としてしまうシーザー……そんなシーザーにヒロが助け舟を出す。
「もしかしたら、役立てるかもしれません。一度シーザー君のリンボーを見せてくれませんか?」
「別にいいけど……だけど棒が」
リンボーに必要な道具がないか周りをキョロキョロ見回すシーザー……すると、ある物が目に止まった。
「そうだ、ムラク、その槍を貸して!」
「え? 何を言っているんですか、武人の魂をリンボーの棒に使うなんて」
「だって、今リンボーの棒を取りに戻っていたら、続きはまた明日になっちゃうし……」
「いくら何でも大事な槍を、リンボーの棒に使うなんてダメです!」
かたくなに拒むムラクへ、シーザーが黒い顔をして話し掛ける。
「リンド焼きを食べて、門番をサボッた事……父上に言っちゃうよ? お仕置きされちゃうよ? いいの?」
「ひ、卑怯ですよ坊ちゃん……坊ちゃんだって同罪ですよ」
「フフフッ、食事を運ぶだけの僕が、牢屋の中に入って話したり、物を貰ったとしても多少は怒られるだろうけど……見張りのムラクはどうかな? 見張りの役割を放棄して一緒にリンド焼きを食べていたんたよね?」
「ご自由にお使いください!」
族長のお仕置きが余程怖いのか、ムラクはすぐに折れ、武人の魂を差し出してきた。
リンボーに必要な棒(武人の魂)が手に入ったところで、シーザーが早速リンボーをヒロに披露する。
ムラクとリーシアが棒(武人の魂)を持つ。高さは1m、儀式で平均的な高さに固定してもらった。少し離れた距離にシーザーが立ち位置を取る。
「じゃあ、やるよ。見ててね」
そう言うと、シーザーが上体を後ろに逸らし、足を交互にだすと、前へ少しずつ進み出す。
足を進める毎にリズムを取り、後ろに逸らした頭が棒(武人の魂)の下を通り抜ける。
「こんな感じだよ」
「やはり僕の知っているリンボーダンスと同じです。次は挑戦している50cmの高さをやってみてください」
「分かったよ」
今度は棒(武人の魂)の高さを50cmに固定して、再度シーザーが挑戦する。
先程よりも逸らす上半身をより深く倒し、足を横に伸ばす事で腰の高さを低くして50cmの高さに挑む。だが無理な態勢のため、一歩前に進む度にバランスが崩れてしまう。頭を大きく上下する事でバランスを保ち、なんとか前に進む。
結果…… 棒(武人の魂)を潜ろうとして、体に当たってしまい失敗に終わる。
「こんな風に、どうしても体に棒(武人の魂)が当たって潜れないんだよ……」
シーザーが涙目で顔を伏せてしまう。
「上体をブラさずに、バランスを取れば行けそうに思えますが……あれはアホみたいな身体能力の族長だからできる芸当で、普通そんな状態で進むなんて無理なんです」
ムラクがリンボーの動きをやって見せるが、やはり低い姿勢になると上体がブレてしまう。バランスを取ろうとすると頭のブレが激しくなり、そのまま後ろに倒れてしまった。
「やっぱり俺には、できないのかな……」
「坊ちゃん……これはできなくて当たり前なので、気にしない方が……」
シーザーは肩を落とし、ムラクが慰めの言葉を掛けるが……ヒロがそんな二匹の姿を見て希望の声を上げた。
「う~ん……やり方を変えれば、いけそうですね」
「え? ヒロ本当?」
「ええ? どうやるんですか?」
シーザーとムラクの二人が、ヒロの言葉に半信半疑で答える。
「実際にやってみましょう。棒(武人の魂)をお願いします」
再びムラクとリーシアが棒(武人の魂)を80cmの高さに調整して立つが……。
「あっ! 高さはシーザー君の挑む高さ50cmでいいですよ」
「え? ヒロ……本気ですか? この高さは大人の背では無理ですよね?」
「子供の背でないと無理だよヒロ」
「ヒロ殿……さすがにこれは無理では?」
三人が皆、これは大人の背の高さでは無理だと言うが……。
「リンボーには一角ありまして……母のダイエットのために、無理やりリンボーダンスに付き合わされた経験が、役に立つ日が来ようとは思いませんでした……まあ見ててください」
するとヒロはW字に足を開き地面にペタンと座り込む。いわゆりアヒル座り……女の子座りと言われる座り方だった。
正座を崩し、足を横に開いたW字状態で、お尻を床に着けて座る。
「コツは以下に上体を安定させて、上半身を逸らして進むかですが……その答えがコレです!」
ヒロは女の子座りの体勢から、地面に着けた足の側面に力を入れると、お尻が地面から浮いた。
「股関節の柔らかさが重要で、骨盤の可動域が広く柔軟な筋肉を持つ女性だと難易度は低い目です。子供も関節と筋肉が柔らかいのでシーザー君でも特訓すればできるとおもいます。そしてココからこう歩きます」
ヒロは足の側面を支点とし、地面と接している足の側面をジリジリと動かし、少しずつ前進を始めた!
「足の側面を少しずつ小刻みに動かします。コツは進行方向に足の甲を真っ直ぐに向けることです。これが斜めっていたりすると、バランスを崩すばかりか余計な力が掛かり、前に進むのが困難になります」
ヒロが地面スレスレで座った状態から、ジリジリと棒(武人の魂)に向かってにじり寄る!
「そしてここからは、インナーマッスル次第です。腹筋がどれだけ鍛えられているかが鍵です」
するとヒロは上半身を後ろに逸らし前進を始めた。
「腹筋の鍛え具合によっては、上半身をほぼ水平にもできますね。この時、両手でバランスを取るのが重要ですから、しっかりと手を伸ばしてください」
そして身長178cmのヒロの体が、僅か50cmの棒(武人の魂)の下を触れることなく潜り抜けた!
「ええぇぇ! す、スッゲエ! 本当に通り抜けちゃったよ!」
「ウソでしょ? 大人の背であの高さを?」
「ヒロ……相変わらずデタラメですね」
三者三様で、ヒロのリンボーに声を上げる。
「ヒロ、チョットやって見るから見ててよ!」
早速ヒロに教わった事を試してみるシーザー。ペタンと座り込み、足をWの字で座ることができた。
やはり関節と筋肉が柔らかい子供だったため、ここは難なくクリアーした。
「意外といけるかも! えと、ここから足に力を入れて足の甲を進行方向に向けて動かすと……」
お尻を持ち上げる事に成功したが、中々進まない。力の入れ方が分からず力尽きて腰を地面に着けてしまう。
「坊ちゃん。頑張ってください!」
「そこまで足に力を入れなくても大丈夫ですよ。あと内モモとふくらはぎの間を、拳一個分開けてみてください」
「拳一個分開ける……こうかな? やってみる!」
ヒロのアドバイス取り入れ、再びチャレンジするシーザー……少しずつだが前に進み出した!
「やった! 進んだよ! ほら!」
「やりましたね坊ちゃん!」
嬉しそうにはしゃぐシーザー。
「さあ、最後の難関です。シーザー君なら、それほど上半身を逸らさなくても大丈夫そうです。少しずつ上体を後ろに倒して進んでみてください。手は真っ直ぐに伸ばすのを忘れずに」
「こうかな?」
少しずつ後ろに体を逸らすシーザー……だが途中で耐え切れなくなり背中を地面に着けてしまった。
「お腹に力を入れて意識してみましょう。腹筋の鍛え方次第ですが、今の状態を見る限りいけそうですよ」
「本当? 頑張ってみるよ! え~とお腹に力を入れてっと……」
再度チャレンジするシーザー、今度は無理に体を逸らさず、お腹に力を入れて棒(武人の魂)の下を通れるギリギリの角度を維持して動き始めた。10cm進むだけで苦悶の表情を浮かべるシーザー……大人でも苦しい体勢に歯を食いしばって懸命に足を動かす。
10cm……20cm……一心不乱に進むシーザーの眼前に棒(武人の魂)が近づいて来た。
最後の難関を前に、シーザーが最後の力を腹に込め、上体をさらに逸らしたとき!
「や、やったあぁぁぁぁぁぁっ!」
「坊ちゃん、やりましたね!」
「おお! 良かった通れました!」
「シーザー君、良かったですね」
ついにリンボーの試練を突破したシーザーが喜び、三人が祝福する。
「ありがとう! ヒロ! ムラク! リーシア! これで俺も狩に行けるよ!」
「坊ちゃん、早速今夜の集会でリンボーの儀式をやってみては?」
「うん! そのつもりだよ! 夜までまだ時間があるし、練習してくるよ!」
「それが良いでしょう。っと、少し長くなり過ぎましたね。今日のところはこれくらいで、また明日話しましょう」
「あっ! もうそんなに時間が経っているのか! じゃあヒロ、リーシア、また明日来るから!」
「はい。儀式が成功するのを祈っています」
「ヒロ、いろいろ教えてくれてありがとう! 俺、人族って俺たちを食べることしか考えない奴らだと思っていたけど、ヒロは違うんだね! またヒロ達のこと教えてよ。バイバイ!」
「ヒロ殿、感謝致します」
ただ一言、礼を述べたムラクは、シーザーを連れて牢屋を後にする。
「ふ~、なんか騒がしかったですね」
「私にはブヒブヒとしか聞こえなくて全く会話が分かりませんでした。ヒロ……詳しく教えてください」
「ええ、二人と会話して、いろいろな疑問点や分かったことがありましたから、そこについてもリーシアの意見を聞きたいです」
結局その後、シーザーとムラクの会話からヒロが気づいたことをリーシアと考察し、その日はそのまま休息するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこはオーク村の中央にある族長が住む小屋の中……二匹のオークが真剣な面持ちで向かい合って座っていた。
「予想以上に侵蝕が速い。このままでは……もう力で押さえつけるのも、限界だ」
「あなた……」
「すまんアリア……我が弱いばかりに、力を欲した結果がこの様だ」
「自分を責めないで、あなたがその力を求めなければ、私たちはとっくに殺されていた。責められるべきは弱い私たちなの……あなたの所為ではないわ」
アリアはそっと、無骨なカイザーの手に自分の小さな手を重ねる。
「やはりあの二匹を使うしかないか……だが、たった数日で傷が癒たとしても、果たして我に届きうるか……もし届かぬ時は……シーザーをこの手で殺すしかない」
「あなた!」
母であるアリアは、父カイザーの息子を殺す発言に異を唱える。
「仕方がないのだ! 俺が生きていてはオーク族は……かといって自ら命を断てば、次はシーザーに……ならば残された道は一つしかない……一族のためとは言え、同族殺しは禁忌……これは族長として、我がやらねばならぬ!」
カイザーが、やるせない気持ちを拳に込め、大地を叩く。
「でも、だからと言ってあなたが……父親が息子を殺すなんて」
「我ら親子二人の命で、多くの命が助かるのならば、悩むまでもない……単純な話だ」
「数の問題ではないわ。あなた達がいなくなったら私は……」
アリアは静かに泣き出していた。カイザーは妻の横に座り直し、その肩にそっと手を置き肩を寄せた。
「すまない……我の戦士としての誇りが皆を苦しめている。だがコレだけは譲れぬ。手を抜いて倒されるなど、今まで屠ってきた者たちを冒涜するような行いはできぬのだ。全身全霊で戦って敗れてこそ、誇りは守られ生き続ける」
「もしあなたが倒されて呪縛から逃れられたなら、シーザーは私が立派に育てます。でもあなたがシーザーを殺して、自ら命を断つのであれば、私も一緒よ。私たちは家族なのですから……たとえ死の先がどんな世界だったとしても、ずっと一緒にいましょう」
アリアは、自分の頭をカイザーの肩に乗せるとその身を夫に預ける……カイザーはそんな妻の肩に置いた手にさらに力を込めて二匹は寄り添う。
「皮肉なものだ。皆を守るために手に入れた力が、滅びを招くことになろうとは……希望があるとすれば、あの捕まえた人族の二匹だけだ。我を倒す得る可能性を秘めた存在……やらねば成らぬ。奴らを……我を屠る程の強者に仕立て上げなければ、オーク族に未来はない!」
〈絶望が希望を求めた時、オーク族の未来は加速を始めた!〉
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