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第7章 勇者と絶望編

第62話 絶望襲来!

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 順調に作戦は進んでいるはずだった。

 リーシア達が村の外で火を放ち陽動……オーク達の目を引き付け、村の警備が手薄になったタイミングで、陽動とは逆方面に集合の後、オーク村を脱出する。

 いまもヒロとシンシアは、簡易MAPを確認しながら脱出ポイントへと急ぐ……途中、オークと何度もすれ違うが、水樽のカモフラージュのおかげで難を逃れ、すでに村の出口付近にまで足を進めていた。

 作戦は順調に進み、もう脱出成功は時間の問題であったのだが……ヒロは途中から、言い知れぬ不安に襲われ脱出を急いでいた。

 リーシアの陽動が功を奏し、ほとんどのオークが火を着けた方へと集まりだし、数百あるオークの光点は右往左往し、何かしらの動きを見せる。

 だがそんな数百の光点の中で、ヒロはある光点がずっと微動だにせず、止まっていることに気がついた。

 オーク村のほぼ中央に位置する場所にいる、ただ一つの光点……例えようのないプレッシャーがヒロを襲い、その逃げる足を早める。


『リーシア、合流地点に問題はありませんか?』

『はい。こちらは問題はありません。外から見ても村の中が慌ただしくなっています。陽動が成功したようですね』

『取り越し苦労であってほしいのですが……いやな予感がします。最後の見張りが隙を見せるまで、隠れてやり過ごすつもりでしたが、予定を変更するかもしれません』

『何かありましたか?』

『不安な要素があります……状況次第では最悪、強行突破してオーク村から急ぎ離脱します』

『では強行突破の際は、私たちが外から見張りの注意を引きつけます。ヒロはその隙に一気に脱出してください』

『お願いします』


 ヒロを自分の直感に従い、移動の足をさらに早め、合流地点へと急いだ。
 
 やはりといおうか……合流地点手前の監視体制は、等間隔で見張りが互いの死角をカバーし、外からの接近に隙なく監視の目を光らせていた。

 さらに逃げた捕虜と侵入者に対して警戒を強めており、仕切りに村の中と外に視線を向け、監視に余念がない。

 簡易MAPを確認しても 侵入する時より村の境界線を監視するオークの数が増えており、明らかに警戒レベルが上がっているのが分かる。

 作戦だと、このまま入り口付近に潜み、三箇所に放った火の混乱に乗じて、逃げ果せる手はずだったが……。

 ヒロがこのまま待つべきか、強行突破するべきかと悩んでいると、ついにそれは動き出した!

 簡易MAPに表示されていた中央の微動だにしなかった光点が、突然動き出したのである……真っすぐヒロ達の方角へ。


『作戦変更です! リーシア、見張りを引き付けてください。敵が来ます!』


 メッセージを受け取ったリーシアは、ヒロに返事する間もなく立ち上がる。


「作戦が変更になりました! ケイトさんヒロが強行突破します。私たちで見張りの注意を引き付けて脱出をサポートします!」


 リーシアは被っていた水樽を横に倒すと、オーク村に向かって思いっきり転がし始めた!
 ケイトもそれを見て同じく被っていた水樽を横にすると、リーシアを追いかけて転がし始める。

 転がる水樽は中身が空のため、その転がる勢いがドンドン上がり、気が付けば制御不能の暴れ馬の様にリーシアとケイトの手を離れ、前方へ転がり出していた!

 村の入り口を見張っていたオークは、突如前方から向かってくる荒れ狂う水樽に警戒し、近くにいたオーク達の視線を釘付けにする。

 地面の微妙な凹凸に乗り上げた水樽は、一つはあらね方向に向きを変えて転がり出したが、もう一つは見張りオークの一匹に向かって縦に飛び跳ねて行く。

 突然の出来事に警戒していたオークは、水樽の動きの変化に頭が追いつかず、避けるのが遅れて直撃する!

 中身が入っていない水樽とは言え、転がる勢いが加わる事で、直撃すれば多少なりともダメージが入り、当たりどころが悪ければ凶器にもなり得た。

 直撃したオークは、その場で倒れ込みピクピクと痙攣を始める。

 近くにいた見張りのオーク達は、倒れたオークの様子を見るため、持ち場を離れて倒れ伏したオークにワラワラと群がる。


「シンシアさん、今です!」


 ヒロはシンシアに声を掛けると水樽を捨て去り、頭を低く保ち中腰で走り始めた、シンシアもその後に続く。

 見張りのオーク達はまだヒロ達に気づかず、倒れたオークの様子を見ていた。イケルと感じたヒロは中腰を止め、一気に走り始めようとした時だった……ヒロは目の前に広がる空間に、途方もない不安を感じてしまった。

 目の前には何もなく、この先にリーシアとケイトの二人が待っている。このまま走り出し、二人と合流して一目散に森の中へ逃げてしまえば作戦は終了のはずだった。夜の森の中、よほど近くまで接敵しなければ逃げ切るのは安易であろう。

 だが……言い知れぬ不安を押し込め、走り出そうとするヒロは、無意識に視界の端に置いておいた簡易MAPに視線を走らせていた。
 まだ距離があったはず……中央にあった光点、が自分のすぐ後ろにまで追いつき、光点が赤く光っていることにヒロは気がついた。

 いきなり目の前に殺気が満ち、走り出そうとしたヒロは足に急ブレーキを掛けた瞬間、目の前の地面が爆発した!

 まるで隕石が落ちて来たのかと思う程の衝撃と音……立ち止まらなければ、直撃して確実に死んでいた。モウモウと立ち上がる土埃の様子を伺いながら、ヒロはショートソードに溜めを開始する。

 もはや目の前には現れる者が何であれ、ヒロ達を逃すつもりはないことを、この殺気が物語っている。

 そして叩き付けられた殺気がヒロに警告する。目の前にいる者が、かつて戦ったオーガベアーとは比較にならない殺気を放ち、あれ以上の強敵である事を……。

 どこからか吹きつけた風が巻き上がった砂埃を払うと、夜の闇の中からそれは悠然と姿を現した。

 月明かりに照らされあらわになった姿を見て、ヒロは戦慄する。その姿を一目見て、普通のオークではないと悟ってしまった。

 まず尋常ではない殺気もだが、それ以上にヒロを驚かせたのは、ただそこにいるだけで他者をひれ伏せさせる圧倒的な存在感であった。

 弱者なら、すぐそばにいるだけでその重圧プレッシャーで押し潰されてしまうような……空気までが重く感じるほどの圧力をヒロは感じていた。

 その謎のオークの立ち姿は……威厳に満ち溢れ、気高さを感じさせる王者の風格を醸し出していた。

 オークにしては背が高く、身長は190cmを超えている。全身の筋肉が発達しているが、筋肉で太っている感じはしない。極限まで圧縮された筋肉が、スリムな体型を維持していた。無駄のない筋肉が全身を覆い、それは研ぎ澄まされたナイフみたいなイメージを見る者に与える。

 手には身の丈二メートルを超えるハルバードが握られ、その一撃が地面の土砂を打ち上げ、目の前に大きな穴を穿っていた。

 巨大なハルバードを軽々と持つ謎のオークの顔は、精悍な顔立ちをしており、理知的な瞳で静かにヒロを見ていた。

 他のオークと同様に防具は着ておらず、粗末な布だけを腰に巻いた姿は、ゲームにおいて数多い防御を捨てた攻撃力特化型タイプのキャラにヒロは見えた。

 ハルバートの一撃で作られたクレーターの中から、それは何かを語りながらヒロに向かってゆっくりと歩き出す。


「ブヒ、ブヒイブヒイブヒ」
 

 何を言っているのか、全く分からないヒロ……だがその殺意は、ヒロ達を絶対に逃がさないと物語っていた。

 殺気を周囲に放ちながら、一歩ずつヒロに歩み近づく謎のオークにヒロは構える。

 後ろにいたシンシアは、重圧プレッシャーに飲まれ動けなくなっていた。ヒロは辛うじて、圧倒的強者からの重圧プレッシャーを浴びても体が硬直していない。それはオーガベアーとの命を賭けた死闘による賜物だった。

 一歩ずつ近づく謎のオークに、ヒロはタイミングを合わせる。残り三メートルの位置にオークが足を踏み入れた瞬間、先制とばかりにヒロが攻撃を仕掛ける。


「Bダッシュ!」


 ヒロはすでに頭の中で集中のスイッチは入れ、スローモーションの世界へと飛び込んでいた。

 ハルバードの長さは二メートル、踏み込みと同時に攻撃するならば三メートルの距離から振りかぶって、斧刃で攻撃してくるとヒロは予想していた。

 ハルバードのような大型武器は攻撃力は高いが、最大の力を発揮するにはどうしても大振りとなり隙ができやすい。

 勝機があるとすれば、その瞬間だけだった。

 ヒロには、地面にクレーターを作るような圧倒的な攻撃を凌ぐ手段がない。こちらの手の内を相手に知られる前に、最速最大の攻撃で勝機を見出だすしか、いまのヒロには手がなかった。

 Bダッシュによる短距離からの攻撃は、スピードの増加により、相手には瞬間移動したかのように錯覚させ、相手の虚を突くことができる。

 いかに強いと言っても、想定外の攻撃に防御が間に合わなければ、何らかのダメージは与えられるはずだ。

 溜めにより攻撃力が増したショートソードに、剣術スキルのパワースラッシュを組み合わせれば、多少の防御など意味を成さない。 

 ヒロが腰に差した鞘から、ショートソードを抜き横に振るうと、謎のオークの胸に向かって一条の銀光が放たれた!

 オーガベアーの鋼のような体を引き裂いた必殺の一撃が、謎のオークに決まろうとしたその時!

 
「ブヒイ!」


 何かを叫ぶオークの声が森に響き渡たった! 

 突然の声に反応し、攻撃を打ち出しながらもヒロがオークの姿を確認すると……そこには口元を吊り上げて笑っているオークの顔が見えたのであった。


〈謎のオークが、【絶対防御】スキルを発動した!〉
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