上 下
55 / 226
第5章 勇者と調査クエスト編

第55話 勇者の夜は未だ明けず

しおりを挟む
「リ、リーシアさん……あ、あのですね……」


 ミミックとの戦いを終えたヒロの目の前で、リーシアがにこやかに……怒っていた!


「彼女を介抱します。ヒロは後ろを向いて、周りを警戒してください」

「は、はい。分かりました……」


 ヒロの直感が警鐘をガンガン鳴らす……逆らってはならないと!


「ヒロ、あとで話があります。いいですね?」

「はい……申し訳ありませんでした」

「何を謝っているのですか? 助かったのですから、素直に喜びましょう。胸に見とれて殺されかけた変態ヒーローさん!」


 ここ数日、リーシアと共に過ごす内に、声の抑揚としゃべり方から何となく感情の機微が分かるようになってきた……今の彼女の状態は激オコである!

 顔は笑っていたが、目が笑っていない……汚物を見るような冷めた視線がヒロに突き刺さる!
 
 だがそれも仕方がない話だった。十五歳という、少女の域をまだ脱し切れていないリーシアの目から見ても、さっきののヒロの姿は情けなかった。
 ミミックとは言え、他の女性の胸に見て鼻の下を伸ばすヒロのダラしない態度に、文句の一つも言いたくもなる。

 さりとて、胸を見たくて見たわけではなく、不可抗力で見せられた事もリーシアは理解していた。

 だが胸を凝視して、チラチラ見てない振りをするヒロ姿を目の当たりにすると、なぜかリーシアの心の中にモヤモヤとした感情が湧き上がり、やがてその感情はイライラに変わっていた。

 リーシアは、自分でもよく分からない感情に戸惑いつつも、とりあえずこの気持ちの元凶であるヒロに対して、あとでこの感情をぶつけることにする。

 逃れられぬ運命を素直に受け入れるしかないヒロは、リーシアの言葉を素直に聞き入れ、後ろを向いて周りを警戒する。

 リーシアは自分の背負った革のリュックの中から、予備のフード付き外套を取り出すと、裸の女冒険者の肩に掛け、変態の視線からあられのない裸体を隠す。


「安心して下さい。もう大丈夫ですよ。」

「わ、私た……助かったの? 生きて、生きているの?」


 リーシアが優しく話し掛けると、女性は助かったことを信じられず、いまだ恐怖で体がガタガタと震えさせていた。

 ミミックによってあちこちの皮膚が溶けいる痛々しい怪我を見たリーシアが、腰のベルトと一体になったポーションホルダーから液体の入った筒を取り出す。


「怪我をした箇所にポーションを掛けますよ? いいですか?」

「……お願い」

 
 リーシアは、取り出した筒のフタを開けると、怪我をした箇所に中身を掛けていく。


つう……」


 ポーションを掛けた傷口から発する痛みに顔をしかめ、女性冒険者は痛みに耐えていた。

 ポーションを使用する方法は二通りあり、傷に直接掛けるか飲むかを選択して使用する。
 傷に直接掛ける場合、急速に怪我を治すため、かなりの痛みを伴う。逆に飲む場合は、ゆっくりと傷を癒す代わりに痛みはない。

 飲む方が痛みはないのだが、ほとんどの冒険者は傷にポーションを掛ける方を選ぶ。その訳は……ぶっちゃけ不味いからである!

 回復を優先するため、味が重要視されていないポーションはとにかく不味い。人によっては、コレを飲むくらいなら死を選ぶほど不味いのだ。

 それにポーションの飲むにも、人間が一度に飲める水分量には限界がある。大量にポーションをカブ飲みしてゴリ押し回復で敵を倒すみたいな戦い方はできないのである。
 
 その結果、ガイアの世界では怪我にはポーションを掛ける派が大半を占めるのである。


 溶けた皮膚にポーションを掛け終えると、リーシアがリュックから包帯代わりに清潔な長い布を出し、大きく怪我をした箇所に巻いていく。
 

「これでとりあえず、大丈夫ですね。立てますか?」

「え、ええ、一人でも立てるわ……」


 ケイトは借りたフード付きの外套の前を、両の手でしっかりガードして立ち上がる。

 
「助けてくれてありがとう。私の名前はケイト……」

「私はリーシアです。あっちの変態はヒロと言います。エッチですから、気を付けてください。変なことしてきたら、斬り殺しても構いません。ミミックの擬態した偽胸に見とれて死に掛けた人ですし……問題はありません!」
 
 まだオコ状態のリーシア……辛辣な紹介に意を唱えるため、ヒロは振り向こうとするが。


「こっちを向いたら、腹パンチですよヒロ!」

「はい!申し訳ありません!」


 ヒロは、一本の棒が背中に刺さったみたいに、背筋を伸ばし手をピンとして謝る!
 アルムの衛士ラングのアドバイスが、ヒロの頭の中で繰り返し再生されていた。
 
「余計な事は言わずに真っ先に謝れ……言い訳をせずに黙って謝れ……罵られようがとにかく謝れ……殴られようが謝り通せ……怒っている理由を絶対に聞くな、誠心誠意謝れ……同じ過ちを犯さないように全力で謝れ……」
 
 ヒロは、人生の先輩であるラングの言葉に従い、下手に逆らわず、謝り通すことにする。
 
 そんな二人のやりとりを見て思わず『プッ』と笑い出してしまうケイト。


「え~と……とりあえず、このままじゃ話ができないから、服を着るわ」

「そうしていただけると……あっちの変態とも、話をしなければなりませんから」


 ケイトは焚き火のそばに置いておいた自分のバックパックから、予備の服を取り出すと素早く着替え始めた。

 長袖と長ズボンを着ると、厚手の靴下を2足取り出し、二重に重ねて履く。ミミックに靴まで溶かされたケイトは、当然予備の靴を持ってまでクエストには挑んでいない。素足で森の中を歩くよりはマシと思い、靴下を二重に履く。

 地面に落としたクレイモアを鞘に戻し肩に担ぐと、リーシアとヒロに声を掛ける。


「もう、コッチを向いても大丈夫だよ」

「変態さん……変なことしないでください。いいですね?」

「分かっています!」


 ようやく、ケイトと話せる状態になったヒロは、リーシアのジト目に耐えながらも話を進める。


「改めて、助けてくれてありがとう。私の名前はケイト。Eランクパーティー、水の調べのリーダーをしていた」

「していた?」


 ヒロが疑問に思い、何気なく声に出してしまう……リーシアが『そこを聞いちゃいますか?』といった顔をする。


「ああ、わたし以外はみんな……気づいたらミミックに襲われていて、多分……」


 リーシアの表情とケイトの悲痛な言葉に、鈍感なヒロも気がつく。ミミックに襲われて、ケイト以外のパーティーメンバーは恐らくもうこの世にいない事に……。
 

「私がもっとしっかりしていれば、皆は……」


 静かに泣き始めたケイトに、リーシアが近づくと、無言で背中をさすっていた。

 ヒロはこういう時にどうして良いのか分からずに、途方にくれてしまう。それは親しい知人や肉親の死をヒロはまだ経験した事がないからであった。
 
 ヒロの住んでいた元の世界も、人がいつか死ぬのは当たり前の話だった。だが二十七歳という若さでは、まだガイヤの世界ほど死は身近に存在しない。
 祖父や祖母も健在のヒロにとって死は遠い物であり、死の現実に直面した人に掛ける言葉や行動が思いつかなかったのだ。


「ありがとうリーシアさん。もう大丈夫だよ」
 

 しばらくの間、泣いていたケイトが泣き止むとリーシアに礼を言い真っ直ぐに立つ。

「いつまでも泣いてはいられない。せっかく生き残ったんだ。みんなの分まで生きてやらないとね……あの世に行った時に、みんなに笑われちまうよ」


 ケイトは精一杯の虚勢を張り、場の雰囲気を良くしようとするが、顔は暗く沈み声に力が無かった。


「町に戻ったらクエスト依頼として申請するから、済まないけど、みんなの荷物を持って町まで戻るのを手伝ってくれない? 家族に遺品として残ったアイテムを渡してあげたいんだ」

「分かりました。ヒロ受けて良いですか?」

「もちろんです。できるだけ持って帰りましょう」


 ケイトが焚き火の近くに置いてある仲間の遺品を集め出すと……ケイトはいつのまにか視界の端で光っていたパーティーメニューに気がついた。

 最小化されたパーティーメニューが光るのは、大抵が誰かからメールが来た時しかなく、ケイトは、パーティーメニューが戦闘の邪魔になると、普段は非表示にしている。

 リーダーとしてパーティーの方針はケイトが決めていたが、戦闘の指示は後衛の僧侶に任せていた。アタッカーの自分より、パーティー全員のHPを管理しやすい後衛の方が的確な指示が出せるからだ。

 結果、ケイトは戦闘指示を他人に任せ、自分はメニュー画面を最小化する事で視界確保を優先し、少しでも戦闘を有利にしようとしていた。

 いつからパーティーメニューが光っていたかは分からないが、ケイトは震える手で最小化していたパーティーステータスの表示メニューを開くと……メールが届いていた。

 ケイトは息を飲み、急いでメールを開くとそこに……。


『ケイト助けて! 今オークに捕まっているの!』


 差出人は、水の調べのパーティーメンバー、僧侶シンシアからだった。


〈追加救出クエストが発生しました〉
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

異世界定食屋 八百万の日替わり定食日記 ー素人料理はじめましたー 幻想食材シリーズ

夜刀神一輝
ファンタジー
異世界定食屋 八百万 -素人料理はじめましたー   八意斗真、田舎から便利な都会に出る人が多い中、都会の生活に疲れ、田舎の定食屋をほぼただ同然で借りて生活する。     田舎の中でも端っこにある、この店、来るのは定期的に食材を注文する配達員が来ること以外人はほとんど来ない、そのはずだった。     でかい厨房で自分のご飯を作っていると、店の外に人影が?こんな田舎に人影?まさか物の怪か?と思い開けてみると、そこには人が、しかもけもみみ、コスプレじゃなく本物っぽい!?     どういう原理か知らないが、異世界の何処かの国?の端っこに俺の店は繋がっているみたいだ。     だからどうしたと、俺は引きこもり、生活をしているのだが、料理を作ると、その匂いに釣られて人が一人二人とちらほら、しょうがないから、そいつらの分も作ってやっていると、いつの間にか、料理の店と勘違いされる事に、料理人でもないので大した料理は作れないのだが・・・。     そんな主人公が時には、異世界の食材を使い、めんどくさい時はインスタント食品までが飛び交う、そんな素人料理屋、八百万、異世界人に急かされ、渋々開店!?

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

処理中です...