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第4章 勇者と森のクマさん編

第36話 鬼vsオーガベアー 鬼達の戦い!

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「よいかリーシア、人の感情は喜、怒、哀、楽、愛、憎、の六つに分かれていると言われ、中でもじん六王ろくおうりゅうは怒りを重要視しておる」


 拳聖ゼスがリーシアの相手をしながら語り掛けるが、リーシアは黙ったまま組み手を続ける。


「人は肉体の力を全て使うことは出来ない。コレは100%の力を出せば、体がその力に耐え切れず自滅するからだ」


 ゼスはリーシアの攻撃を危なげなく避ける。その姿は穏やかでゆったりとした大河を連想させ、リーシアの苛烈な攻めを穏やかな水の流れが受け流す。


「元来、人の魂には無意識に働くリミッターが設けられており、自滅から身を守るために力が制限されておるのだ」


 リーシアはゼスに投げ飛ばされ、地面を転がるが……すぐに立ち上がりゼスに殴り掛かる。


「だが、もしこの魂のリミッターを意図的に外して、100%の力を出せるとしたらどうなるか? それが覇神六王流の始まりだった」


 終わることがない組み手に、リーシアは肩で息しながらもゼスに戦いを挑み続ける。


「覇神六王流の開祖は六つの感情の中で、もっとも原始的で戦いと闘争に必要不可欠な感情……怒りに着目し、そして長い修練の果てに魂のリミッターを解放する方法を編み出したのだ」


 もう何合目か分からなくなるほどの長い組み手に、リーシアがついに地面に膝をつき動けなくなる。


「人は魂に掛けられたリミッターによって、力を常に制限されておる。この状態では人が意図的に出せる力は、せいぜい30%が限界だ。だが覇神六王流は特別な鍛錬により、100%以上の力を引き出す事に成功した」


 立ち上がれないリーシアに、ゼスの蹴りが当たり後ろへ飛ばされる。地面にうずくまりピクリとも動かなくなる少女……。


「人が限界以上の力を出すためには、魂のリミッターを破壊するしかない。だが、このリミッターを破壊するのは決して容易くない……身も心も焼き尽くし、心を破壊するほどの感情の爆発が必要となるのだ! リーシアよ、思い出せ! 母の死にざまを!」


 ゼスの言葉に動けなくなったリーシアの脳裏に、母カトレアの殺された場面シーンぎる。


「思い出せ! 偽善者どものせせら笑いを! 思い出せ! お前たちを裏切った奴らの顔を!」


 昨日まで笑顔で接してくれた人々の笑う顔が……優しかった教会の神父の顔が……右頬に奇妙な痣を持つ男がの顔が……リーシアの心の中に現れ、母の死体を見て笑う。リーシアも殺せと声を上げて罵る!

 少女の奥底で燻っていた感情が膨れ上がる。それは狂おしいまでの怒りと殺意……溢れ出る感情に少女の心が壊されそうになる。

 
「怒れリーシア、怒りこそが覇神六王流の基本……それ以外の感情は要らぬ! 心を負の感情で塗り潰せ! お前の母を殺した者に怒れ! 母の首を落とした者に怒れ! 誰も助けてくれなかった町の者に怒れ! さあ思い出せ! あの時の怒りを!」


 立ち上がるリーシアの瞳から涙がこぼれ落ちると、少女の顔付きが狂おしい程の怒りで顔を歪められ気配が変わり……今までとは段違いの、速度と力でゼスを襲う!

 まだ十才にも満たない子供の蹴りを、ゼスは避け損ない、服を掠めて切り裂かれた。


「おお、そうだ! その怒りを忘れるな! お前は今、覇神六王流の頂に登る権利を得たのだ!」


 喜びに打ち震えるゼス。だか怒りに支配されたリーシアの耳には、ゼスの言葉は聞こえてはいなかった。
 心の中で渦巻く怒りの感情に支配され、鬼と化した幼子は、泣きながらも復讐の牙を砥ぎ続けるのであった。


…………


 そこには、怒りで変貌した鬼が静かに佇んでいた。
 その瞳からは涙が流れ、怒りで醜く歪んだ顔は、誰が見ても鬼と言わしめる表情でオーガベアーと対峙していた。
 
 二つの鬼が対峙してから、すでに時間にして5分が経過しようとしていた。
 鬼はヒロの逃げる時間を稼ぐため、オーガベアーへ殺気をぶつけて時間を稼ぐ。

 オーガベアーは、久しく感じることなかったある感情に戸惑い攻めあぐねていた……強者として森に君臨する自分に殺気を放ち、明確な殺意を持って自分の目の前に立つ者に恐怖し、その動きを止めていた。

 そしてついに耐え切れなくなったオーガベアーが、威嚇のために吠える! だが鬼は全く意に介さず、殺気をぶつけながら静かに歩み出す。

 自分に近づく鬼に対して、オーガベアーは足を止めて立ち上がる……四本の腕を大きく伸ばし、鬼を迎え討とうと攻撃の届く範囲に歩み入るのを待つ。

 平然と歩む鬼が攻撃の間合いに入るやいなや、オーガベアーが四腕を一斉に振るった!
 だが、怒りに心を支配されても鬼は戦いを冷静に見定め、上下左右から襲い来る猛攻を、軽く後ろに跳んだだけで回避してしまう。
 
 鬼はゆっくりとした速度で片足を上げると……次の瞬間、地面に足跡を深く残すほどの爆発的な震脚を行い、オーガベアーの顔前にまで瞬時に跳躍していた。

 突然、目の前に鬼が現れ反応が遅れたオーガベアーの顔に、痛烈なヒザ蹴りが炸裂するとその巨体がよろめく!

 体の中で筋肉と体毛が最も少ない箇所に攻撃を受け、ダメージを受けるオーガベアーがよろめきながらも腕を振るい、まだ空中にいる鬼に攻撃しようとしたが……彼女の攻撃は、まだ終わっていなかった。

 空中で無防備に落ちるだけの鬼が、ヒザ蹴りから体を捻り、右の中段蹴りに移行するとオーガベアーの右頭に会心の蹴りがヒットする!そして中段蹴りをヒットさせると、瞬時にその反動と逆方向へ体を捻り、左の上段蹴りがさらに反対の頭へ炸裂した!

 刹那の三連撃に、オーガベアーが後ろへよろめきながら後退する。

 右ヒザの痛みに加え、頭に響くダメージをもらったオーガベアーは、堪らず四つん這いならぬ六つん這いで大地に伏せてしまう。
 
 対して鬼もダメージを受けていた……無理な空中での姿勢変更により筋肉が裂傷を起こし、人の肉体では耐え切れない激しい震脚の衝撃に、足の骨が悲鳴を上げヒビが入っていた。

 まだ体は戦いの興奮から痛みは感じていないが、怒りが尽きてリミッターが戻ればどうなるか……おそらく一気に襲い掛かる痛みで動けなくなり、もはや戦いどころではなくなってしまう。

 怒りが尽きる前にオーガベアーを倒すべく、鬼は急いだ。

 痛みで悶えるオーガベアーに、再び発勁の打撃を打ち込むため、鬼は間合いを詰め腰を落とした震脚からの肘打ちのモーションに入る。

 だが……それはオーガベアーの罠だった!

 オーガベアーは鬼が自分の攻撃範囲に近づくのを、痛みに耐えワザと演技して待っていたのだ。
 突然、痛みに悶えていたオーガベアーが、突進による攻撃を繰り出してきた。

 すでに攻撃のモーションに入っていた鬼は、回避不可能と判断すると、そのまま攻撃を続行する!

 激突する攻撃! 震脚の力を限界以上に使い、骨が折れる音を体に響かせながら、鬼の肘がオークベアーの顔に突き刺さる。だがオークベアーは攻撃に怯まず、そのまま鬼を跳ね飛ばす!

 跳ね飛ばされた鬼は地面を転がり、衝撃を逃し立ち上がろうとするが、素早く近づいたオーガベアーにのし掛かられ動けなくなる。


「グォォォォォッ!」っと、オーガベアーが勝鬨の咆哮を上げるが、鬼はそれに抗う!

 だが……体重50キロにも満たない華奢な少女に、300キロを超える巨大を押し返す力はなく、両手と両足をオーガベアーに抑え付けられた鬼は身動きすらできない。

 勝ち誇るオーガベアーは、鬼を喰い殺そうと牙を剥き襲い掛かる!

 その時、突如オーガベアーの右側から殺気が現れ、顔に迫る殺気に反応してしまった。鬼の拘束を解き顔の防御に回すオーガベアー……鬼は口を吊り上げ、心の中で『引っ掛かった』と嘲笑う。

 鬼は拘束から抜け出すために、ワザと殺気をオーガベアーの右手に発し注意を引いたのだ。

 鬼がオーガベアーの目に向かって、自由になった右手の手刀を繰り出す!
 ただの手刀ではなく、肘を地面に打ちつけて震脚の代わりに力の波を発生させ、腕の捻りで増幅した頸の力を乗せた必殺のぬきき手だった。

 これは寸頸と言われる打撃技で、僅か3cmの距離が有れば放てる発勁の一つであった。密着された状態からでも、信じられない威力を放つ打撃である。

 鬼の手刀がオーガベアーの右目に突き刺さる!
 鬼は突き刺した手刀を握り潰すと、オーガベアーは立ち上がり痛みに苦しみだした。

 鬼はオーガベアーの拘束から解放されたが、のし掛かられたときの重圧で体中にダメージを負い、手刀による寸勁を打ち出すのに右肘を破壊してしまった。

 動かない右腕をダランと下げ、鬼はなんとか立ち上がるが……逃げる事はできなかった。

 右目を破壊された痛みに悶えるオーガベアーが、残る左目に怒りの炎を宿し、鬼の前に再びその巨体で立ちはだかる!

 鬼は決定打を打てず焦り始める。それはリミッター解放の限界時間が刻一刻と近づいているためだった。

 覇神六王流には怒りの感情により肉体のリミッターを解放して戦う奥義があり、怒りの感情が強ければ強いほど身体能力は爆発的に上がる。

 だがそれは肉体が力について行けず、最終的には自滅の道を辿る諸刃の技でもあった。
 リミッターは肉体がある程度ダメージを受けると、危険を感じ強制的に元の状態に戻されてしまう。

 今の状態を考えると、持ってあと数分……打ててあと一撃が限界であった。

 浸透系打撃技、波動衝を急所に当てられれば倒せるかもしれないが、今の状態では当てる事は不可能に近かった。

 絶体絶命……まさに窮地に立たされた鬼は覚悟を決め、オーガベアーに立ち向かうべく拳を握りしめる。


 この時、鬼は戦いに集中するあまり気がついていなかった……視界に移るパーティーステータスのチャット機能がいまだにつながっている事に……ヒーローがすぐ側まで迫っている事に……。



少女ヒロイン を助けるため、英雄ヒーローが死の風が吹く戦場に舞い戻る〉
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