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第3章 勇者と異世界、初めて編

第30話 蘇れ……運命はお前を逃がさない!

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 そこはとても穏やかな場所だった。 

 春のポカポカ陽気のように温かな光が彼の顔に降り注ぎ、耳に聞こえてくる川のせせらぎがまるで子守唄のように安らぎを与えてくれた。

 なんの不安も恐れもないそんな場所で、ヒロはいつの間にやら緩やかな川の流れに身を任せ流されていた。

 自分がなぜ流されているのかは分からないが、心地良い川の流れに身を任せ、ヒロは幸せそうに流されて行く。

 体に浸かる水も暖かく、温水で気持ち良い……何ひとつ不安のない快適な流れの中で、流されていたヒロがおもむろにつぶやいた。


「フィッシュッ!」


 流される川の中で暇を持て余していたヒロは、脳内で大ヒット釣りゲー『川のボス釣り』に没頭していた。



『川のボス釣り』……親父ゲーである釣りの楽しさを若い子に知ってもらおうと、釣りにRPGの要素を掛け合わせた大人気シリーズの釣りゲーである。

 普通のRPGは敵を倒すことで経験値を積み、レベルが上がるのだが、このゲームは魚を釣ると経験値が入りレベルアップすると言う、一風変わったシステムを採用していた。

 釣りは根気が必要で、ジッと水面の前で魚が掛かるのを待つ時間が子供には退屈で仕方がない。
 そこにRPGの要素を加える事で解決したのが、このゲームなのだ。

 フィールドで魚がいそうな場所を探し出し、好きな場所で釣りを始めると、浮きの動きが見える画面に移行し、この浮きの動きを見てフッシュすると、魚とのタイマンバトルを発生する!
 そしてプレイヤーと魚との、釣るか逃げるかの手に汗握る釣りバトルが繰り広げられるのである。

 大人のゲーマーにしか受けない釣りゲーを、子供が楽しめるシステムにまで昇華したゲームこそ、この『川のボス釣り』であった。

 シリーズ化もされた大人気釣りゲーは、シリーズを重ねる毎に釣りの世界を広げて行き、川から海へ……そして秘境へと、その世界は今もなお広げ続けていた。



「ついにフッシュしたぞ。コイツがラスボスだ!」


『ボス釣り』シリーズはラスボスを釣るのが目的であり、釣り上げる事でエンディングを迎えられる。
 最後を作り出すことで、子供のモチベーションを維持し続け、最後までやり抜かせる上手い考えだった。
 

「さあ、最後のバトルだ。絶対に釣り上げてやる!」

「ヒ……ヒロ……」


 ラスボスを前に意気込むヒロの耳に、誰かが呼ぶ声が微かに聞こえてきたが、彼の指は止まらない!


「な……まずいで……目を覚まし……」


 ラスボスとの白熱のラインバトルを繰り広げるヒロの耳に、誰かの声が段々ハッキリと聞こえてきた。


「リーシアちゃんこの子……息を吹き返えさないわよ」

「活を入れても呼吸が戻りません、ヒロ息をしてください。このままだと本当に死んじゃいますよ!」


 どうやら声の主は、リーシアとナターシャのようだ……二人の声には焦りの色が見え、ヒロが危ない状態である事を伝えてくる。

 ヒロは脳内ゲームしながらも、自分が死に掛けており、今まさにマナの流れの中で流されている事実に、ようやく気がついた。

 ヒロは自分に起こった事を思い出そうと必死に記憶を辿る。ナターシャに握手してもらい、ハイテンションになった後、リーシアに後ろから抱きしめられ、そこからの記憶が……全くない!
 
「まずい、この川はマナの流れなのか⁈ だとすると、このまま流される続けたら記憶が洗い流されてしまう。急いで戻らないと……だがここまで来てラスボスを諦めろと言うのか⁈」

 ここで諦めたら全てが水の泡になる……だが会話内容から、悠長にボスを釣っていたら死ねかも知れない。1分1秒が生死を分ける状況だった。生きるか釣るかライブorフッシュの選択に一瞬ヒロは悩むが……。


「何を悩む必要がある? ゲームに全てを捧げると誓った。ならやることは一つだけだ。釣らずに生き返るぐらいなら、釣って死ぬ方を僕は選ぶ!」


 筋金入りの真のゲーマー魂が、命よりゲームを選んでしまう。だが、そんなヒロの決意を打ち砕くかのように、リーシアとナターシャの声が彼の耳に届いた。


「仕方ありません……心臓に直接打撃を与えて蘇生します。もう普通の方法では間に合いません!」

「ちょ!リーシアちゃん! 大丈夫なの⁈」

「浸透系の打撃技なのですが、私はまだ師匠ほど精密に打てる自信がありません……」 

「リーシアちゃん、つまりどうなるの?」

「おそらく心臓に当たれば再び鼓動を打つでしょうが、打撃が心臓以外の胸骨に当たれば、骨を破壊した上、破壊した骨は衝撃で身体の何処かに突き刺さってほぼ死にます……」

「師匠なら100%成功させられますが……」

「リーシアちゃんの場合は?」

「打ったことありませんから、分かりません!」

「リーシアちゃん、止めておきなさい!」

「100%ではありませんが1%でも可能性があればそれに賭けるしかありません。このまま死ぬのなら試す価値はあります」

「99%は死んじゃうじゃない……いまギルドの救護班を呼んでいるから打つのは止めなさい」

「ヒロ安心してください。痛いのは最初だけです。すぐに楽になりますから、安心して生き返ってください」

「何を言っているのリーシアちゃん! ダメよ! 止めてぇぇぇっ!」


 このままでは、ボスを釣る前に強制的に蘇生処置を施された挙句、死んでしまう可能性が出てきた……打ち損じて破壊された胸骨が、体のどこかへ突き刺さったら普通に死ねる。

 ヒロはボスも釣れず死ぬのならばと、可及的速やかに自力で生き返る方法を思考する。

 
 集中しろ!
 生き返る道を探し出せ。
 集中しろ!
 今の自分の状態を把握するんだ。
 集中しろ!
 最善の蘇生方法を考えろ。
 集中しろ!
 常識に囚われるな、あらゆる可能性を模索しろ。

 そして思考果てに、ヒロは最善の方法を導き出す。
 

「もうこれしかない……自分を信じろ!」


 ヒロはイメージする。止まってしまった心臓を動かすためのプロセスを……細胞ひとつ一つに言い聞かせるかの如く、体の奥底まで強くイメージする。

 心臓が脈打つのは、心筋と呼ばれる筋肉が常に動き続けているからであり、その筋肉を動かしているのは微弱な電気信号である。

 脳から無意識に発せられる電気信号が、オンオフを繰り返す事で心臓は制御されている。ならばその電気信号を意図的に作り出せれば、心臓を動かせるはずだ。
 

 イメージしろ!
 脳内で心臓を動かす信号を作り出すプロセスを!
 イメージしろ!
 脳内のシナプスで発生する微弱な信号を!
 イメージしろ!
 微弱な信号を心筋にまで送る経路を!
 イメージしろ!
 信号を受け取った心臓が脈打つ姿を!
 イメージしろ!
 出来ると! あきらめるな! 不可能なんてない!
 

 次の瞬間……『ドクン』ヒロの中で心臓の鼓動が鳴り響いた。


「ナターシャさん、離してください! このままじゃヒロが死んでしまいます!」

「ストップ! リーシアちゃんがその技を打ったら、それこそ確実に死んじゃうから!」

「ですが、コレに賭けるしか『ゴホッ』」


 息を止めていたヒロが、急に咳き込み激しく呼吸を繰り返す。


「はあ、はあ、はあ……リーシア生きてますから、はあ、はあ、とりあえず打つのは止めてください……」


 リーシアが危険な技を打ち込む前に、自力で心臓を動かし生き返ったヒロ。
 しばらく荒い呼吸を繰り返し、体に酸素を送り続けるヒロは、息が落ち着くまで5分もの時間を要した。
 

〈スキル身体操作を獲得しました〉


「ヒロ! ああ、良かったです。心配しました。」


 リーシアは、ようやく息が落ち着いたヒロに声を掛ける。


「リーシア、必死に僕を助けようとしてくれて、ありがとうございます。リーシアの声が届かなかったら、気づかずに死んでしまうとこでした……しかし、何で握手していて息が止まったんですか? 僕の身に一体何が?」

「「……」」


 無言の二人を交互に見るヒロ。
 二人は汗をタラタラ流しながら何か言いたげだが言えずに押し黙ってしまう。そして……沈黙に耐えきれなくなったリーシアが正直に話す。
 

「申し訳ありませんヒロ……はしゃぐヒロを止めようとして……私がってしまいました」


 ションとして謝り出すリーシア。それをナターシャがフォローする。


「ごめんなさい。止められなかった私にも責任があるわ。リーシアちゃんも悪気はなかったのよ。普段はこんな事する子ではないのだけど……」

「本当にごめんなさい。どうもヒロ相手だと調子が狂ってしまって、つい力加減を間違えました」

「リーシアちゃん、そもそも首を絞めて落とすなんて、普通やっちゃダメよ」


 どうやら死にかけた原因がリーシアにあると知らされたヒロは、ジト目になりながらリーシアを見る。
 だが首を絞められた原因が、同時に自分にもあると認めたヒロは、リーシアを本気で怒れなかった。
 

「まあ、僕も悪かった点もあります。絞め落とされて死に掛けはしましたが、生き返れましたから……正直に謝ってくれたので、これでこの件は終わりにしましょう」

「ヒロ、ありがとうございます」


 ヒロに許されてリーシアは安堵し、ナターシャもそんな二人を見てホッとする。

 普段のリーシアを知るナターシャは、リーシアらしからぬ失敗とヒロに対する接し方から何かを感じ取っていた。それが何かなのかは分からないが、リーシアにとって良い影響を与えている様子にナターシャは気づいていた。

 この部屋にヒロを連れて歩いている時も上機嫌のリーシア……事情聴取中もヒロの話をしている顔はどこか嬉しそうだった。

 出会って1日しか経っていないはずなのに、リーシアの中でヒロの存在がとても大きくなり、リーシア自身はそのことに気がついていない。

 ナターシャはそんなリーシアを見て、ふと『パーティーを組んで見たら』と聞いてみた。
 普段のリーシアなら『パーティーを組むなんてお断りです』と言い放ち、無視を決め込む。

 リーシアはこの町で最強と言っても良いほどの強さを持っている。それだけにその力を利用しようとする輩も多かった。
 現にリーシアは冒険者登録をした際、パーティーを組んではいたが、すぐに抜けてしまった。
 何があったのかは分からないが、それ以降リーシアがパーティーを組む事は一度もなかった。

 そんなリーシアが嬉しいそうに『パーティーを組みましょう』と自分から言い出したのだ。これがリーシアにとって、何かの切っ掛けになる事をナターシャ願う。
 

「リーシアちゃん、許してもらえて良かったわね。私も安心したわ」

「はい。ナターシャさんも、ありがとうございます」

「とりあえず、この件はこれで終了にして話を戻しましょう」

「話って何でしたっけ?」

「リーシアちゃん、この部屋に来た理由を忘れないでね」

「……そう言えば事情聴取中でした」


 この部屋に来た当初の理由を完全に忘れていたリーシアに、ナターシャは呆れた声を出す。


「リーシアちゃんから事情は聞けたから大体分かったわ。あのオノ使いのゼノンは素行が悪いので有名なのよ。誰もパーティーを組みたがらない厄介者でね。今回はリーシアちゃんを無理矢理パーティーに誘って断られた挙句、先に武器を抜いたのだから非は完全にゼノンにあるわ。だけどリーシアちゃんも、やり過ぎな点があるから今後は注意すること……良いわね?」

「分かりました」


 ヒロも、リーシアのやり過ぎな点に関しては同意してしまう……何せリーシア絡みで死にかけたのは、これで二回目である。しかも出会ってまだ二日しかたっていない……一日に一回は死に掛けている、


「ヒロは……ゼノンに直接危害を加えた訳じゃないし、リーシアちゃんを守ろうとした事も考慮して不問とするわ。大怪我はしたゼノンにも、あとで事情聴取するけど、まあ自業自得で処理しましょう」


 どうやらゼノンに大怪我を負わした件も不問とするようだ。


「二人共、ゼノンの事情聴取が終わって正式な沙汰があるまで、町から離れないように注意して頂戴」

「それって、どのくらいですか?」

「ギルドプレートで、位置を監視出来る範囲内だから、アムルの周辺の森までなら離れてもOKよ。」


 どうやら、お互いの事情聴取を終わらせて、判決が出るまでは町から離れられないみたいだ。


「もし範囲を超えてしまったら?」

「下手したら町のお尋ね者よ……懸賞金を掛けられて、追いかけられる事になるから、オススメしないわ」


 容疑者が逃亡しないようにするシステムのようだ。


「僕はギルドプレートを持っていませんが?」 

「大丈夫よ。ギルドプレートは誰でも持つことが出来るから」


 そう言うとナターシャは、部屋に置かれていた仕事机の引き出しから、一枚の金属の板を取り出してヒロに手渡していた。

 大きさは手のひらに収まる程度、金属みたいな材質で重さはないが硬い。見た事も聞いた事もない不思議な材質の金属であり、首から吊り下げられるように紐が通されていた。


「それに、コレで血を一滴垂らして頂戴」


 そう言うとナターシャが針を渡してくれた。

 普段から血を流すことに慣れていないヒロは、「ゴクリ」と唾を飲み、針を恐る恐る左手の人差し指にゆっくりと刺す。
 
 針を抜くとプックリと赤い血が指先に滲んできた。その指先を机に置いたプレートに一滴垂らすと、プレートが発光し鈍く光り出す。
 そして光が収まるとプレートには文字が浮かび上がるが、ヒロには読めない。


「この文字は?」

「あなたの名前よ。血の中から、ステータス画面に記載された情報がプレートに記録されたのよ。これからはこのプレートを肌身離さず持っていてね。これで登録が完了したわ。名前を控えるから貸して頂戴」


 ヒロは素直にプレートをナターシャに渡すと……。


「え? あたなこの名前……本当なの?」

「本当です。この国では略称のヒロを名乗ろうかと……」

「賢明ね。わざわざプレートの名前をいちいち見せて説明するのも大変でしょうし。ハイ、返すわ」
 

 ヒロは返されたプレートを首から掛ける。


「そのギルドプレートは本人確認証の代わりにもなるから、なくさないよう注意して頂戴。なくしたら再発行できるけど、お金が掛かるわよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「じゃあ二人とも、ゼノンの事情聴取が終わって、沙汰が出るまではくれぐれも町から離れないでね」

「「はい」」

 
 二人の返事を聞いてナターシャは微笑んだ。


「ところでリーシアちゃん、パーティーを組むの? 組むなら、まずヒロを冒険者ギルドに加入させないと」

「そうでした!」

「パーティー? 冒険者ギルド? なんの話ですか?」

「ヒロ、しばらくアルムの町にいますよね?」

「そうですね。行く当てもないですし、ゼノンの件が終わっても、しばらく町にいる予定です」

「だったらパーティーを組みましょう。お互いで連絡を取るのが楽になりますよ。私も一応ヒロの身元引受人ですので、ヒロが変な行動を起こさないか、しばらく様子を見なければなりませんし」

「パーティーというのは?」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 


 リーシアがパーティーと冒険者ギルドについて詳しく教えてくれた。
 ヒロとしてはリーシアに色々と話を聞けるメリットがある。
 むしろ右も左も分からない異世界ガイヤの常識について学べるとあって、断る理由がヒロにはなかった。


「わかりました。僕もリーシアにいろいろ教えてほしいことがありますし、むしろこちらからお願いしたいくらいです」

「はい。じゃあ、パーティー結成です♪」

「リーシアちゃん、良かったわね」


 喜ぶリーシアとなぜか嬉しそうなナターシャ……善は急げとすぐにギルドの受付に向かい、二人はパーティー結成する。
 登録の最中も終始ニコニコ顔のリーシア、ヒロもこの世界で頼れる知り合いが出来て嬉しそうだった。
 
 そんな二人を見守るナターシャ……たった二人だけのささやかなパーティー結成。
 
 だがこのパーティー結成が、のちの世に語り継がれる伝説の最強バグパーティーの始まりだと知る者は、まだこのとき誰もいないのであった。



〈勇者と少女の運命の糸が、二度と解けぬほど雁字搦がんじがらめに絡まった!〉
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