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甘夏のマカロン
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「ねえ、満月堂の噂、知ってる?」
休み時間に話しかけてきた真由美は、そっと秘密を打ち明けるみたいに香穂の耳に囁いた。
「マンゲツドウ? 何それ、知らない」
「あのね、どこかの裏通りにあるマカロンの専門店らしいんだけど、そこのマカロンを食べると、願い事が一つ叶うんだって!」
「ふーん」
香穂は気のない返事をしたが、真由美は目を輝かせながら話を続ける。
「それでね、隣のクラスに転校してきた長谷川梨緒って子が満月堂に行ったことあるみたいで、そこのマカロンを食べたおかげでオーディションに受かったらしいよ!」
最後の言葉に、香穂の眉毛がピクリと動く。
「だから何? そこのマカロンを食べれば、私みたいな落ち目の元子役でもオーディションに受かるんじゃないかって言いたいわけ? 悪いんだけど私、そういうバカみたいな話は信じない主義だから」
自分でも思った以上にキツイ言い方になってしまい、香穂は自己嫌悪に陥りながら真由美の顔色を伺った。
「あ……ごめん。怒らせるつもりじゃなかったの。ただ、香穂ちゃん最近ちょっと元気なかったから、元気づけたいなって思って、それで……」
真由美の目には、うっすらと涙がにじんでいる。
あーあ、またやっちゃった。
真由美の言葉には悪意なんか無いって、本当は誰よりも分かってるのに。
気が強くて敵を作りがちな香穂のことを、真由美は幼稚園の頃からずっとフォローし続けてきてくれた。
高校生になった今だって、一番の親友だ。
だから、キツイことを言って八つ当たりしたことを、謝らなきゃ。今すぐに。
そう思って口を開きかけたところへ、学級委員の駒野杏奈がツカツカと歩み寄り
「戸塚さん、こっちおいで」
と言いながら真由美の手を引いて教室を出て行ってしまった。
遠巻きに見ていた他の女子達が、香穂の方を見て何かヒソヒソ言っているのが視界の端に映る。
どうせ悪口でも言っているのだろう。
面と向かって意見する勇気はないくせに、陰では言いたい放題。
そんな奴らのことなど、いちいち気にしてられない。
香穂はイヤホンで音楽を聴きながら、休み時間が終わるのを待った。
昼休みになり、真由美は弁当箱を持って香穂の方へ来ようとしていたが、途中で駒野に声をかけられ、二人でどこかへ行ってしまった。
香穂は仕方なく一人ぼっちでお弁当を食べ、その後は再びイヤホンで音楽を聴きながら、退屈な時間が過ぎるのを待った。
昼休みの途中で教室に戻ってきた真由美は、何か言いたそうな顔で香穂の方を見ていたが、気付かないフリをして窓の外を眺めた。
放課後になり、真由美から
「香穂ちゃん」
と声をかけられた時、本当は仲直りをしたかったのだが、昼休みに置いて行かれたことを思い出したら急に腹が立ってきてしまい、返事もせずに教室を出てきてしまった。
一人で駅までの道を歩きながら、ふと周りの景色がいつもと違うことに気付く。
「あれ……?」
大通りを歩いていたはずなのに、いつの間にか裏通りに迷い込んでしまったようだ。
細い道の両脇には見慣れぬ寂れた建物が立ち並んでいる。
足を止め、スマホの地図アプリを開こうとしたが、圏外になっていて使えない。
どうしようと思いながら辺りを見回すと、『満月堂』と書かれた看板が目に入った。
「あっ」
思わず声が漏れる。
香穂はお店の方へと足を進め、そっと扉を押し開けた。
狭い店内には大きなショーケースがあるだけで、誰もいない。
遠慮がちに足を踏み入れて、ショーケースを覗き込む。
そこには、色とりどりの可愛らしいマカロンがたくさん並んでいた。
香穂が身をかがめてマカロンに見惚れていると
「こんにちは」
という女性の声が頭上から降ってきた。
見上げると、いつの間に現れたのか、落ち着いた雰囲気の女性がニッコリしながらショーケースの向こうに立っていた。
「あっ、すみません。私、駅まで行く途中で道に迷っちゃって、スマホも圏外で、それで……」
「そうだったんですね。では、駅までの簡単な地図を書いてお渡ししますから、こちらでお待ちください」
満月堂の店主らしき女性は、ショーケースの横にある扉を開けて、椅子とテーブルが一つずつあるだけの小部屋に、香穂を案内した。
「ありがとうございます。あと、あの……マカロンも買いたいんですけど、いいですか?」
「もちろんです。では、お客様のお気持ちにピッタリのものを選ばせていただきますね」
そう言うと、店主はトングで黒と濃い紫のマカロンを選び取り、小さなトレーに載せていく。
香穂はムッとした声で
「あの、私そんな変な色のマカロンなんて食べたくないんですけど。ていうか、自分で選ばせてくれないんですか?」
と抗議した。
「お気に召しませんでしたか? オーディションを勝ち抜いたライバルへの憎しみと嫉妬。そんな感情が渦巻いている今のお客様に、ピッタリのものを選ばせていただいたつもりなのですが」
店主の言葉に、香穂は顔をこわばらせた。
「どうして……」
「隣のクラスに転校してきた長谷川莉緒さんも、あなたと同じように芸能活動をしているんですよね。二人とも同じオーディションの二次まで残って、最終的には彼女が選ばれた」
どうして知っているんだろう。
そういえば、長谷川莉緒も満月堂に行ったことがあるって、真由美が言ってた気がする。
その時に莉緒が私の話をしたのだろうか?
でも……そうだとしても、初対面の私が莉緒とオーディションで争った相手だなんて、この人には分かるはずがない。
香穂が怪訝な表情で店主を見つめていると、彼女はふっと頬を緩めてこう言った。
「『満月堂のマカロンには、願いを叶える力がある』という噂を耳にしたことはありませんか?」
「……あの噂、本当なんですか?」
「まさか」
「何だ……」
「もし願いが叶うとしたら、長谷川莉緒を引きずり落としたいですか?」
そう聞かれて、香穂は内心ドキリとした。
「怪我や病気で活動が出来なくなったり、トラブルに巻き込まれて業界から消えてくれたりしたらいいな、と思いますか?」
店主が恐ろしいことを言い始めたので、香穂は急に怖くなり
「そんなこと思ってない!」
と大声で叫んだ。
「冗談ですよ。嫉妬や憎悪は、誰もが当たり前に持つ感情です。それを相手にぶつけてしまうのは良いことではありませんが、心の中で何を感じるかは個人の自由です。ただ、その感情をうまく片付けられずに苦しんでしまう時があるなら、そんな時は美味しいものでも食べて、負の感情も一緒に消化してしまえばいいんです」
店主は、トレーに載せた黒と濃い紫のマカロンを小さなお皿に移し替え、フォークを添えてから小部屋にあるテーブルの上へ置いた。
「こちらの二つはサービスさせていただきますので、どうぞ召し上がって下さい。その間に、駅までの地図を書いておきますから」
香穂は、店主に促されるまま小部屋の中へ入り、椅子に腰かけた。
フォークを手に取り、黒いマカロンを口に運ぶ。
軽い歯触りの後、刺激のあるニンニクの風味が口の中に広がった。
「どうですか? そちらはイカスミで着色したマカロンに、ガーリック風味のクリームを挟んだ甘くないマカロンです」
「甘くないマカロンなんて食べたことなかったけど、意外と美味しいです」
「それは良かったです。では、紫色のマカロンもどうぞ。カシスのエキスで着色したマカロンに、ブルーベリー風味のクリームを挟んだものになります」
口に入れた瞬間、ふわりと果実の香りがして、ほんのりと渋味も感じられる。
「ブルーベリーって、甘いだけじゃないんですね」
という香穂の感想に、店主は頷きながら
「わずかな渋味がありますよね。それを嫌う方もいらっしゃいますが、味わい深くなるような気がして、私は好きです」
と答えた。
「ごちそうさまでした」
香穂が空になったお皿を持って小部屋から出てくると、店主は手書きの地図を手渡してくれた。
「この地図を見ながら行けば、駅まで出られますよ」
「ありがとうございます。あと、私……気まずくなっちゃった友達と仲直りしたいんですけど、その子にあげたら喜んでもらえそうなマカロンを、一緒に選んでもらえませんか?」
「もちろんです。では、こちらにあるオレンジ色のマカロンはいかがですか? 甘夏の風味なんですが、甘酸っぱさの中にもほろ苦さがあって、後味がとっても爽やかなんです」
「ちょっと苦いんですか?」
「ええ、ほんの少し。だからこそ、甘さや酸味も、よく引き立つんですよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、それにします」
香穂はそう言って、甘夏のマカロンを二つ包んでもらった。
地図を見ながら歩き出し、二つ目の角を曲がったところで、いつもの大通りに出た。
なんだ、大通りからこんなに近かったんだ。
そう思って何げなく後ろを振り返ると、そこにはビルが建っていて、先程まであったはずの道は跡形もなく消え去っていた。
「嘘でしょ……」
目を見開いて立ち尽くす香穂の背後から
「香穂ちゃん」
という聞き慣れた声がした。
「真由美……」
「追いついて良かった! 途中で見失っちゃって……もう今日は話せないかと思ったよ。あのさ、仲直りしない? 私、香穂ちゃんの気持ちも考えずに無神経なこと言っちゃって、本当にごめんね。お昼休みも一人にしちゃったし……」
「謝るのは私の方だよ。あんなキツイ言い方して、本当にごめん。さっき満月堂でマカロン買ったんだけど、真由美の分もあるから一緒に食べない?」
「えっ、満月堂に行ったの?! いいなー、私も行きたかった! お店、この近くにあるの?」
「それがさ、さっきまでここに道があったはずなんだけど、振り返ったらビルになってたんだよね」
そう言いながら、香穂は手に持った地図に目を落とす。
だが、そこには何も書かれていなかった。
「え……何で……?」
「やっぱり噂は本当だったんだ! 満月堂は、選ばれた人しか辿り着けない場所にあるらしいよ」
これまでの香穂だったら、そんな話は鼻で笑い飛ばしていたかもしれない。
でも、今なら素直に信じられる。
「そうなんだ……じゃあ、もう二度と行けないかもしれないんだね」
「ねえねえ、満月堂ってどんなお店だった? 詳しく教えてよ!」
「いいよ。それじゃ、マカロンを食べながら話そうか。帰りにうちへ寄っていきなよ」
香穂は、真由美と仲直りできたことに安堵しながら
『やっぱり満月堂のマカロンには、願いを叶える力があるんじゃないかな』
などと考えていた。
休み時間に話しかけてきた真由美は、そっと秘密を打ち明けるみたいに香穂の耳に囁いた。
「マンゲツドウ? 何それ、知らない」
「あのね、どこかの裏通りにあるマカロンの専門店らしいんだけど、そこのマカロンを食べると、願い事が一つ叶うんだって!」
「ふーん」
香穂は気のない返事をしたが、真由美は目を輝かせながら話を続ける。
「それでね、隣のクラスに転校してきた長谷川梨緒って子が満月堂に行ったことあるみたいで、そこのマカロンを食べたおかげでオーディションに受かったらしいよ!」
最後の言葉に、香穂の眉毛がピクリと動く。
「だから何? そこのマカロンを食べれば、私みたいな落ち目の元子役でもオーディションに受かるんじゃないかって言いたいわけ? 悪いんだけど私、そういうバカみたいな話は信じない主義だから」
自分でも思った以上にキツイ言い方になってしまい、香穂は自己嫌悪に陥りながら真由美の顔色を伺った。
「あ……ごめん。怒らせるつもりじゃなかったの。ただ、香穂ちゃん最近ちょっと元気なかったから、元気づけたいなって思って、それで……」
真由美の目には、うっすらと涙がにじんでいる。
あーあ、またやっちゃった。
真由美の言葉には悪意なんか無いって、本当は誰よりも分かってるのに。
気が強くて敵を作りがちな香穂のことを、真由美は幼稚園の頃からずっとフォローし続けてきてくれた。
高校生になった今だって、一番の親友だ。
だから、キツイことを言って八つ当たりしたことを、謝らなきゃ。今すぐに。
そう思って口を開きかけたところへ、学級委員の駒野杏奈がツカツカと歩み寄り
「戸塚さん、こっちおいで」
と言いながら真由美の手を引いて教室を出て行ってしまった。
遠巻きに見ていた他の女子達が、香穂の方を見て何かヒソヒソ言っているのが視界の端に映る。
どうせ悪口でも言っているのだろう。
面と向かって意見する勇気はないくせに、陰では言いたい放題。
そんな奴らのことなど、いちいち気にしてられない。
香穂はイヤホンで音楽を聴きながら、休み時間が終わるのを待った。
昼休みになり、真由美は弁当箱を持って香穂の方へ来ようとしていたが、途中で駒野に声をかけられ、二人でどこかへ行ってしまった。
香穂は仕方なく一人ぼっちでお弁当を食べ、その後は再びイヤホンで音楽を聴きながら、退屈な時間が過ぎるのを待った。
昼休みの途中で教室に戻ってきた真由美は、何か言いたそうな顔で香穂の方を見ていたが、気付かないフリをして窓の外を眺めた。
放課後になり、真由美から
「香穂ちゃん」
と声をかけられた時、本当は仲直りをしたかったのだが、昼休みに置いて行かれたことを思い出したら急に腹が立ってきてしまい、返事もせずに教室を出てきてしまった。
一人で駅までの道を歩きながら、ふと周りの景色がいつもと違うことに気付く。
「あれ……?」
大通りを歩いていたはずなのに、いつの間にか裏通りに迷い込んでしまったようだ。
細い道の両脇には見慣れぬ寂れた建物が立ち並んでいる。
足を止め、スマホの地図アプリを開こうとしたが、圏外になっていて使えない。
どうしようと思いながら辺りを見回すと、『満月堂』と書かれた看板が目に入った。
「あっ」
思わず声が漏れる。
香穂はお店の方へと足を進め、そっと扉を押し開けた。
狭い店内には大きなショーケースがあるだけで、誰もいない。
遠慮がちに足を踏み入れて、ショーケースを覗き込む。
そこには、色とりどりの可愛らしいマカロンがたくさん並んでいた。
香穂が身をかがめてマカロンに見惚れていると
「こんにちは」
という女性の声が頭上から降ってきた。
見上げると、いつの間に現れたのか、落ち着いた雰囲気の女性がニッコリしながらショーケースの向こうに立っていた。
「あっ、すみません。私、駅まで行く途中で道に迷っちゃって、スマホも圏外で、それで……」
「そうだったんですね。では、駅までの簡単な地図を書いてお渡ししますから、こちらでお待ちください」
満月堂の店主らしき女性は、ショーケースの横にある扉を開けて、椅子とテーブルが一つずつあるだけの小部屋に、香穂を案内した。
「ありがとうございます。あと、あの……マカロンも買いたいんですけど、いいですか?」
「もちろんです。では、お客様のお気持ちにピッタリのものを選ばせていただきますね」
そう言うと、店主はトングで黒と濃い紫のマカロンを選び取り、小さなトレーに載せていく。
香穂はムッとした声で
「あの、私そんな変な色のマカロンなんて食べたくないんですけど。ていうか、自分で選ばせてくれないんですか?」
と抗議した。
「お気に召しませんでしたか? オーディションを勝ち抜いたライバルへの憎しみと嫉妬。そんな感情が渦巻いている今のお客様に、ピッタリのものを選ばせていただいたつもりなのですが」
店主の言葉に、香穂は顔をこわばらせた。
「どうして……」
「隣のクラスに転校してきた長谷川莉緒さんも、あなたと同じように芸能活動をしているんですよね。二人とも同じオーディションの二次まで残って、最終的には彼女が選ばれた」
どうして知っているんだろう。
そういえば、長谷川莉緒も満月堂に行ったことがあるって、真由美が言ってた気がする。
その時に莉緒が私の話をしたのだろうか?
でも……そうだとしても、初対面の私が莉緒とオーディションで争った相手だなんて、この人には分かるはずがない。
香穂が怪訝な表情で店主を見つめていると、彼女はふっと頬を緩めてこう言った。
「『満月堂のマカロンには、願いを叶える力がある』という噂を耳にしたことはありませんか?」
「……あの噂、本当なんですか?」
「まさか」
「何だ……」
「もし願いが叶うとしたら、長谷川莉緒を引きずり落としたいですか?」
そう聞かれて、香穂は内心ドキリとした。
「怪我や病気で活動が出来なくなったり、トラブルに巻き込まれて業界から消えてくれたりしたらいいな、と思いますか?」
店主が恐ろしいことを言い始めたので、香穂は急に怖くなり
「そんなこと思ってない!」
と大声で叫んだ。
「冗談ですよ。嫉妬や憎悪は、誰もが当たり前に持つ感情です。それを相手にぶつけてしまうのは良いことではありませんが、心の中で何を感じるかは個人の自由です。ただ、その感情をうまく片付けられずに苦しんでしまう時があるなら、そんな時は美味しいものでも食べて、負の感情も一緒に消化してしまえばいいんです」
店主は、トレーに載せた黒と濃い紫のマカロンを小さなお皿に移し替え、フォークを添えてから小部屋にあるテーブルの上へ置いた。
「こちらの二つはサービスさせていただきますので、どうぞ召し上がって下さい。その間に、駅までの地図を書いておきますから」
香穂は、店主に促されるまま小部屋の中へ入り、椅子に腰かけた。
フォークを手に取り、黒いマカロンを口に運ぶ。
軽い歯触りの後、刺激のあるニンニクの風味が口の中に広がった。
「どうですか? そちらはイカスミで着色したマカロンに、ガーリック風味のクリームを挟んだ甘くないマカロンです」
「甘くないマカロンなんて食べたことなかったけど、意外と美味しいです」
「それは良かったです。では、紫色のマカロンもどうぞ。カシスのエキスで着色したマカロンに、ブルーベリー風味のクリームを挟んだものになります」
口に入れた瞬間、ふわりと果実の香りがして、ほんのりと渋味も感じられる。
「ブルーベリーって、甘いだけじゃないんですね」
という香穂の感想に、店主は頷きながら
「わずかな渋味がありますよね。それを嫌う方もいらっしゃいますが、味わい深くなるような気がして、私は好きです」
と答えた。
「ごちそうさまでした」
香穂が空になったお皿を持って小部屋から出てくると、店主は手書きの地図を手渡してくれた。
「この地図を見ながら行けば、駅まで出られますよ」
「ありがとうございます。あと、私……気まずくなっちゃった友達と仲直りしたいんですけど、その子にあげたら喜んでもらえそうなマカロンを、一緒に選んでもらえませんか?」
「もちろんです。では、こちらにあるオレンジ色のマカロンはいかがですか? 甘夏の風味なんですが、甘酸っぱさの中にもほろ苦さがあって、後味がとっても爽やかなんです」
「ちょっと苦いんですか?」
「ええ、ほんの少し。だからこそ、甘さや酸味も、よく引き立つんですよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、それにします」
香穂はそう言って、甘夏のマカロンを二つ包んでもらった。
地図を見ながら歩き出し、二つ目の角を曲がったところで、いつもの大通りに出た。
なんだ、大通りからこんなに近かったんだ。
そう思って何げなく後ろを振り返ると、そこにはビルが建っていて、先程まであったはずの道は跡形もなく消え去っていた。
「嘘でしょ……」
目を見開いて立ち尽くす香穂の背後から
「香穂ちゃん」
という聞き慣れた声がした。
「真由美……」
「追いついて良かった! 途中で見失っちゃって……もう今日は話せないかと思ったよ。あのさ、仲直りしない? 私、香穂ちゃんの気持ちも考えずに無神経なこと言っちゃって、本当にごめんね。お昼休みも一人にしちゃったし……」
「謝るのは私の方だよ。あんなキツイ言い方して、本当にごめん。さっき満月堂でマカロン買ったんだけど、真由美の分もあるから一緒に食べない?」
「えっ、満月堂に行ったの?! いいなー、私も行きたかった! お店、この近くにあるの?」
「それがさ、さっきまでここに道があったはずなんだけど、振り返ったらビルになってたんだよね」
そう言いながら、香穂は手に持った地図に目を落とす。
だが、そこには何も書かれていなかった。
「え……何で……?」
「やっぱり噂は本当だったんだ! 満月堂は、選ばれた人しか辿り着けない場所にあるらしいよ」
これまでの香穂だったら、そんな話は鼻で笑い飛ばしていたかもしれない。
でも、今なら素直に信じられる。
「そうなんだ……じゃあ、もう二度と行けないかもしれないんだね」
「ねえねえ、満月堂ってどんなお店だった? 詳しく教えてよ!」
「いいよ。それじゃ、マカロンを食べながら話そうか。帰りにうちへ寄っていきなよ」
香穂は、真由美と仲直りできたことに安堵しながら
『やっぱり満月堂のマカロンには、願いを叶える力があるんじゃないかな』
などと考えていた。
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