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第一部
南の島の洞窟
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シグレに手を引かれてユキが降り立ったのは、真っ白な砂浜の上だった。目の前には透明な海が広がっている。
照りつける日差しは強く、眩しく、熱気が体を包む。
ユキの後ろから、ハヤテとヒサギもこちら側へやって来た。
シグレはユキから手を離し、杖で空間の切れ目をなぞる。すると、景色がぴたりと合わさって裂け目は消えた。
「この島には妖魔がうじゃうじゃいるから、ユキはヒサギの背中に乗って移動した方が良い」
ハヤテはそう言うと、背後からユキの体をひょいと持ち上げた。
「ちょっと、やめてよ」
ユキは足をバタつかせたが、ハヤテは意に介さずユキをヒサギの背に乗せる。
「ユキに気安く触るなよ」
シグレが不愉快そうにハヤテを睨む。
「喧嘩はやめろ。ユキに引き寄せられた妖魔が集まってきたぞ」
ヒサギに言われて周囲を見渡したユキは、息を飲んだ。
異形の化け物達が地面から顔を出し、木々の隙間からも姿を見せる。
ユキはヒサギの背中に生えた金色の毛をぎゅっと掴んだ。
ヒサギが、ユキを安心させるように声をかける。
「大丈夫だ。この島の支配者であるシグレのそばにいる限り、襲われることはない」
ヒサギの言う通り、シグレの先導で移動し始めたユキ達に襲いかかろうとする妖魔は一匹もいなかった。
遠巻きにユキを見つめながら、奇怪な鳴き声を出したり雄叫びを上げたりするだけで、決して近付いてこようとはしない。
それでもやはり怖くて、ユキは何度も後ろを振り返り、背後から襲ってくる妖魔がいないか確認してしまう。
隣を歩いていたハヤテがユキの様子に気付き、ヒサギの後ろにまわる。
「心配するな。後ろも見張っておいてやる」
ハヤテは優しい。
青年の姿で現れた時から、ずっと。
だが、ぼやけた記憶の奥底からは、ユキに対して突き放すような言動をするハヤテの姿も浮かび上がってくる。
記憶はとても断片的で、つながりも時系列も曖昧だ。
振り返ってハヤテの顔を見ると
「大丈夫だと言っただろう。安心しろ」
と温かな声をかけてくれる。
記憶の中の冷たいハヤテと、目の前にいる優しいハヤテ。
一体どちらが彼の本性なのか、ユキには判断がつかなかった。
そんなことを考えているうちに、一行は洞窟の前に辿り着いた。
「今日からここがユキの家だよ。僕と一緒に暮らすんだ。楽しみだなぁ。ユキが戻って来てくれて、本当に嬉しいよ。あ、間違っても僕から逃げ出そうなんて考えないでね。一人でその辺をうろついてたら、すぐに妖魔の餌になっちゃうよ」
喜びを抑えきれないように早口で話すシグレの姿に、ユキは仄かな恐怖心を抱いた。
「待って……勝手に話を進めないで。私はこんなところで暮らしたくない。お願い、元の世界に帰して」
知らず知らずのうちに手足が震え、声も掠れていたが、ユキは懸命に自分の気持ちを伝えた。
だが、シグレはユキの願いをあっさりと退けてしまう。
「帰ってどうするの? あの村にいた生き物は全部トコヤミに呑み込まれちゃったから、帰ったって誰もいないよ。今頃『神隠しだ!』って大騒ぎになってるんじゃない?」
「……神隠し?」
「ユキも過去に似たような経験をしているじゃないか。人が忽然と姿を消すことを、人間達は『神隠し』って言うんだろう? 戻ってきた人間は、記憶があやふやだったり、奇妙な体験をしたと語ったりするって聞いたことがあるけど」
シグレの話を聞いて、ユキの心に希望の火が灯る。
「『トコヤミに呑み込まれて戻ってきた者はいない』ってハヤテは言っていたけど……もしかして、帰って来た人もいるの?」
「さあ……。神隠しに遭って帰ってきた人間はいるみたいだけど、トコヤミ意外にも人間を連れ去る妖魔はいるからね。トコヤミに呑み込まれた後に戻ってきた人間がいるのかどうかまでは知らない。それこそ、妖魔の国にでも行って聞いてみるしかないんじゃない?」
最後の言葉は冗談だったのかもしれないが、ユキは藁をも掴む思いでシグレに頼み込んだ。
「妖魔の国へ行けば分かるの? だったら連れて行って!」
「ダメだ」
横から口を挟んできたのは、ハヤテだった。
「ユキ、お前には妖魔を引きつけてしまう力があるんだぞ? この島ではシグレのそばにいる限り安全だが、他の場所に行ったら、そうはいかない。あっという間に八つ裂きにされて、食い物にされるだけだ」
化け物どもに食べられてしまうなんて、絶対に嫌だ。
だからといって、この島に閉じ込められたまま自由を奪われて生きていくなんて、冗談じゃない。
ユキは強い決意を秘めた目で、ハヤテではなくシグレを見据えた。
「あなたが私を守ってくれればいいじゃない。私、妖魔の国へ行ってお母さんを探したい。どうしてもダメだって言うなら、海に飛び込んで何もかも終わりにするから」
これは賭けだった。
シグレは、何故だか分からないがユキを手元に置きたがっている。いなくなって欲しくないはずだ。
「……お母さんを探してどうするの? もし見つかったとしても、ユキは人間の世界へは帰れないよ。妖魔を引きつける力を持ったまま、人間達とは暮らせないからね」
シグレの問いに、ユキは落ち着いた声で答える。
「私は帰れなくても構わない。お母さんを助けたいだけなの。お願い、協力して」
嘘だった。
本心では、何とかしてハヤテとヒサギを味方につけ、再び力を封印してもらい、母と共に逃げようと考えていた。
村で青年の姿をしたハヤテに会った時、彼はユキを妖の森から遠ざけようとしていた。
それは、ユキの力を封じたままにしておきたいと考えていたからではないだろうか。
もしそうなら、きっと力を封印するための手助けをしてくれるはずだ。
ユキは心の内を悟られないよう、シグレから目を逸らさずに真剣な表情で返事を待った。
「じゃあ、お母さんが見つかった後も、ユキはここに残るんだね」
シグレに確認されて、ユキは頷く。
「それならいいよ。妖魔の国へ一緒に行って、ユキのことを守ってあげる」
そう言って無邪気な笑顔を浮かべたシグレは、ユキを信じきっているようだ。
ユキは少しだけ罪悪感を覚えたが
「ありがとう」
と言いながら、ぎこちない微笑みを返した。
そんなユキとシグレに対して、ハヤテは何か言いたげに口を開きかけたが、ヒサギが目配せをして止める。
ヒサギの提案で、準備を整えてから翌朝出発することになり、ユキは洞窟の中で一夜を明かすことになった。
照りつける日差しは強く、眩しく、熱気が体を包む。
ユキの後ろから、ハヤテとヒサギもこちら側へやって来た。
シグレはユキから手を離し、杖で空間の切れ目をなぞる。すると、景色がぴたりと合わさって裂け目は消えた。
「この島には妖魔がうじゃうじゃいるから、ユキはヒサギの背中に乗って移動した方が良い」
ハヤテはそう言うと、背後からユキの体をひょいと持ち上げた。
「ちょっと、やめてよ」
ユキは足をバタつかせたが、ハヤテは意に介さずユキをヒサギの背に乗せる。
「ユキに気安く触るなよ」
シグレが不愉快そうにハヤテを睨む。
「喧嘩はやめろ。ユキに引き寄せられた妖魔が集まってきたぞ」
ヒサギに言われて周囲を見渡したユキは、息を飲んだ。
異形の化け物達が地面から顔を出し、木々の隙間からも姿を見せる。
ユキはヒサギの背中に生えた金色の毛をぎゅっと掴んだ。
ヒサギが、ユキを安心させるように声をかける。
「大丈夫だ。この島の支配者であるシグレのそばにいる限り、襲われることはない」
ヒサギの言う通り、シグレの先導で移動し始めたユキ達に襲いかかろうとする妖魔は一匹もいなかった。
遠巻きにユキを見つめながら、奇怪な鳴き声を出したり雄叫びを上げたりするだけで、決して近付いてこようとはしない。
それでもやはり怖くて、ユキは何度も後ろを振り返り、背後から襲ってくる妖魔がいないか確認してしまう。
隣を歩いていたハヤテがユキの様子に気付き、ヒサギの後ろにまわる。
「心配するな。後ろも見張っておいてやる」
ハヤテは優しい。
青年の姿で現れた時から、ずっと。
だが、ぼやけた記憶の奥底からは、ユキに対して突き放すような言動をするハヤテの姿も浮かび上がってくる。
記憶はとても断片的で、つながりも時系列も曖昧だ。
振り返ってハヤテの顔を見ると
「大丈夫だと言っただろう。安心しろ」
と温かな声をかけてくれる。
記憶の中の冷たいハヤテと、目の前にいる優しいハヤテ。
一体どちらが彼の本性なのか、ユキには判断がつかなかった。
そんなことを考えているうちに、一行は洞窟の前に辿り着いた。
「今日からここがユキの家だよ。僕と一緒に暮らすんだ。楽しみだなぁ。ユキが戻って来てくれて、本当に嬉しいよ。あ、間違っても僕から逃げ出そうなんて考えないでね。一人でその辺をうろついてたら、すぐに妖魔の餌になっちゃうよ」
喜びを抑えきれないように早口で話すシグレの姿に、ユキは仄かな恐怖心を抱いた。
「待って……勝手に話を進めないで。私はこんなところで暮らしたくない。お願い、元の世界に帰して」
知らず知らずのうちに手足が震え、声も掠れていたが、ユキは懸命に自分の気持ちを伝えた。
だが、シグレはユキの願いをあっさりと退けてしまう。
「帰ってどうするの? あの村にいた生き物は全部トコヤミに呑み込まれちゃったから、帰ったって誰もいないよ。今頃『神隠しだ!』って大騒ぎになってるんじゃない?」
「……神隠し?」
「ユキも過去に似たような経験をしているじゃないか。人が忽然と姿を消すことを、人間達は『神隠し』って言うんだろう? 戻ってきた人間は、記憶があやふやだったり、奇妙な体験をしたと語ったりするって聞いたことがあるけど」
シグレの話を聞いて、ユキの心に希望の火が灯る。
「『トコヤミに呑み込まれて戻ってきた者はいない』ってハヤテは言っていたけど……もしかして、帰って来た人もいるの?」
「さあ……。神隠しに遭って帰ってきた人間はいるみたいだけど、トコヤミ意外にも人間を連れ去る妖魔はいるからね。トコヤミに呑み込まれた後に戻ってきた人間がいるのかどうかまでは知らない。それこそ、妖魔の国にでも行って聞いてみるしかないんじゃない?」
最後の言葉は冗談だったのかもしれないが、ユキは藁をも掴む思いでシグレに頼み込んだ。
「妖魔の国へ行けば分かるの? だったら連れて行って!」
「ダメだ」
横から口を挟んできたのは、ハヤテだった。
「ユキ、お前には妖魔を引きつけてしまう力があるんだぞ? この島ではシグレのそばにいる限り安全だが、他の場所に行ったら、そうはいかない。あっという間に八つ裂きにされて、食い物にされるだけだ」
化け物どもに食べられてしまうなんて、絶対に嫌だ。
だからといって、この島に閉じ込められたまま自由を奪われて生きていくなんて、冗談じゃない。
ユキは強い決意を秘めた目で、ハヤテではなくシグレを見据えた。
「あなたが私を守ってくれればいいじゃない。私、妖魔の国へ行ってお母さんを探したい。どうしてもダメだって言うなら、海に飛び込んで何もかも終わりにするから」
これは賭けだった。
シグレは、何故だか分からないがユキを手元に置きたがっている。いなくなって欲しくないはずだ。
「……お母さんを探してどうするの? もし見つかったとしても、ユキは人間の世界へは帰れないよ。妖魔を引きつける力を持ったまま、人間達とは暮らせないからね」
シグレの問いに、ユキは落ち着いた声で答える。
「私は帰れなくても構わない。お母さんを助けたいだけなの。お願い、協力して」
嘘だった。
本心では、何とかしてハヤテとヒサギを味方につけ、再び力を封印してもらい、母と共に逃げようと考えていた。
村で青年の姿をしたハヤテに会った時、彼はユキを妖の森から遠ざけようとしていた。
それは、ユキの力を封じたままにしておきたいと考えていたからではないだろうか。
もしそうなら、きっと力を封印するための手助けをしてくれるはずだ。
ユキは心の内を悟られないよう、シグレから目を逸らさずに真剣な表情で返事を待った。
「じゃあ、お母さんが見つかった後も、ユキはここに残るんだね」
シグレに確認されて、ユキは頷く。
「それならいいよ。妖魔の国へ一緒に行って、ユキのことを守ってあげる」
そう言って無邪気な笑顔を浮かべたシグレは、ユキを信じきっているようだ。
ユキは少しだけ罪悪感を覚えたが
「ありがとう」
と言いながら、ぎこちない微笑みを返した。
そんなユキとシグレに対して、ハヤテは何か言いたげに口を開きかけたが、ヒサギが目配せをして止める。
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