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28 真っ白な空間で
しおりを挟む「ぅ……ん」
深い闇の中に沈んでいた意識がゆっくりと浮上するように覚醒する。重い瞼を開いたアロイヴの視界に真っ先に飛び込んできたのは、自分を抱きしめて眠っている紫紺の顔だった。
紫紺の瞼はしっかりと閉じられ、規則的な寝息を立てている。
「……紫紺」
名前を呼んでみたが、声は掠れていて囁きぐらいにしかならなかった。
紫紺がすぐに目を覚ましそうにないのを確認してから、アロイヴは自分の置かれた状況に意識を向ける。
二人とも、なぜか裸だった。
下着も何もつけていない状態でお互いを抱きしめ、隣り合って眠っていたらしい。
アロイヴは横になったまま、辺りをぐるりと見回す。今、自分のいる場所が普通でないことに気づいた。
「ここって……もしかして、夢の中?」
そこは、どこまでも続いているように見える真っ白な空間だった。
現実ではあり得ない光景だ。
アロイヴと紫紺以外、誰の気配もない。
身体を起こそうとしたアロイヴは、ふと覚えた違和感に視線を下に向けた。自分の身体に起きている異変に気づいて、目をぱちぱちと何度も瞬かせる。
「何、これ。僕と紫紺の身体が……繋がってる?」
やはり、ここは夢の中だ――同時にそう思った。
でなければ、こんなこと説明がつかない。
アロイヴと紫紺の身体は、臍から股の部分がくっついてしまっていた。
肌同士がただくっついているのではなく、身体がゆるい粘土のように溶けてくっついてしまっているような――二人の境目が完全にわからなくなってしまっている。
「痛みとかは……ないみたいだけど」
見た目はなんとなく不気味だが、痛みはない。
ただ、そこがどうにもモヤモヤするような……とにかく違和感がすごかった。
おそるおそる腰を引いてみる。
少しでも痛みが走ったらすぐにやめるつもりだったが、アロイヴを襲ったのは別の感覚だった。
「ふ、ぁ……ッ」
腰のあたりに、ぞくんと甘い痺れが走った。
アロイヴは思わず目の前にあった紫紺の腕にしがみつく。
「……イヴ?」
目を覚ました紫紺がアロイヴの名を不思議そうに呼んだが、今は返事ができなかった。
「ん……は、ぁ」
一度覚えた疼きが消えてくれない。
身体の震えが止まらなかった。
びくびくと勝手に揺れてしまう身体を、しがみついた紫紺の腕に押しつける。
「ふ、ン……ぁ、あっ」
アロイヴは熱い吐息と一緒に声が漏れてしまっていることに、全く気づいていなかった。
必死で身体の疼きに耐える。
最初、腰のあたりだけだった疼きが腹部にまで広がってきていた。特に紫紺の身体と繋がってしまっている場所の疼きが酷く、身体の震えとは明らかに別の、腰の揺れが止められない。
「ん……ん……っ」
「イヴ」
「や、あ……だめ、紫紺ッ」
紫紺の手が、アロイヴの腰をするりと撫でた。
疼きを覚えた場所は肌も敏感になってしまっているらしく、そっと撫でられただけなのに、ぞわぞわと全身に淫靡な痺れが走る。
――どうして、こんな。
アロイヴはこれに似た感覚を知っていた。
ずくずくと身体が脈打ち、特に下腹部のあたりが熱をもつ感覚――意識すれば、余計にその現象の前触れのように思えてくる。
――そういえば、この身体はまだなんだった。
アロイヴの身体は発達があまりよくなかったのか、十五歳になってもまだ大人の身体にはなっていなかった。
自分の置かれている環境のことばかりが気にかかり、それどころではなかったとも言える。
――今だって、そんな場合じゃないのに。
それなのに、どうしてこんなに身体が昂ってしまっているのか。
ここは夢の中のはずなのに、紫紺に触れている感覚も、身体を絶えず襲う疼きも、どれもが妙に生々しい。
むしろ、現実より鋭敏ではないかと思えるほどだ。
「イヴ」
「あ、だめ。待って……や、ぁッ」
名前を呼んだかと思えば、紫紺が急に身体を起こした。アロイヴの腰に両腕を回し、アロイヴの身体も無理やり一緒に抱き起こす。
腹同士をできるだけ寄せ、繋がっている部分が離れないように配慮はしてくれたようだったが、それでも動いた衝撃によって、アロイヴの腰にはまた甘い痺れが走った。
「あぁっ、や……んぁあ、っ」
先に蓄積した体内の熱が影響しているのか、一度目よりも強く感じる疼きにアロイヴは声を堪えられない。
胡座をかいて座る紫紺の首にぎゅうぎゅうとしがみつきながら、昂り続ける身体をなんとか抑え込もうとしたが――無駄だった。
「ん、やぁあああ――ッ」
繋がった部分から何かがあふれる感覚に、アロイヴは絶叫していた。
仰け反って全身を硬直させた後、今度は余韻にひくひくと身体を小刻みに痙攣させる。
――やっぱり、この感覚……あれに似てる。
紫紺の腕に身体を預けて脱力したまま、アロイヴは前世の感覚を思い出していた。さっき、自分の身体を襲った感覚は〈射精〉とそっくりだったからだ。
しかし、白濁はどこにも吐き出されていない。
それどころか、今は自分の陰茎がどこにあるのかすらも確認できなかった。ちょうど、紫紺と溶け合い繋がっている場所がその部分に当たるだからだ。
「……っ」
紫紺と繋がっている場所に視線を向けたアロイヴは、そこがどくどくと脈打っていることに気がついた。
無意識にそこに手を伸ばそうとしたアロイヴだが、それは紫紺の手によって遮られる。
「ッ!」
もう一度、息を呑んだ。
紫紺の瞳があまりに鮮やかな紫色になっていたからだ。瞳孔が金色に輝いている。
その瞳から視線を離せないでいると、目を細めて笑った紫紺が、ぺろりと舌舐めずりをした。
紫紺の淫靡な笑みに、腰から湧き上がるような震えが走る。
身体がまた、熱と疼きを思い出していた。
「イヴ」
「待って、紫紺……んっ」
食べるように口づけられた。
紫紺の舌が、アロイヴの唇を割って口腔に侵入してくる。濃い紫紺の香りとほのかに甘い味を意識した瞬間から、アロイヴは全く抵抗できなくなっていた。
思考が溶ける。
気持ちよさに抗えない。
何度も、何度も絶頂に押し上げられる。
その行為は、アロイヴが意識を飛ばした後も続けられた。
◆
「……っ、あ」
「目が覚めましたか。アロイヴ様」
「フィリ……さん?」
名前を呼んだ瞬間、フィリが覗き込むように顔を見せた。
ほっとした表情を浮かべながら、脈を診るときのようにアロイヴの首元に指先を当てる。同じように手首にも触れ、「大丈夫そうですね」と小声で呟いた。
「身体はまだ起こさないでくださいね。四日も眠り続けていたんですから。魔族なら大したことではありませんが、人間の身体には負担が大きいのでしょう?」
「……四日も」
まだ思考が追いつかない。
ぼんやりと天井を見上げていたアロイヴは、自分が眠る前に起こった出来事を思い出して、ハッと表情を変えた。
「紫紺は!?」
「ご安心を。彼なら隣で眠ってますよ」
言われてようやく、自分の身体の左側にあたたかさを感じることに気がついた。
頭をそちらに傾け、アロイヴは目を限界まで見開く。ぱくぱくと口を動かしたが、うまく声が出せなかった。
「驚いたでしょう? たった四日でここまで大きくなったんですよ」
「本当に……紫紺なの?」
「ええ。私も彼が大きくなるのをこの目で見ていなければ、信じられなかったと思います。魔獣がここまで急に成長する例は、他に見たことがありません」
アロイヴの隣で眠っていたのは、二十歳前後に見える青年だった。
顔の雰囲気やシーツに流れる艶やかな黒髪には、確かに見覚えがある。紫紺が成長すれば、きっとこんな見た目になっただろう。
しかし、あまりに急な変化に頭がついていかない。
「…………」
アロイヴは紫紺に向かって、おそるおそる手を伸ばした。
四日間も眠り続けていたのに、身体は思ったよりスムーズに動く。
指先を紫紺の頬に滑らせていると、閉じていた瞼がぴくりと動いた。長い睫毛が揺れる。
ゆっくりと開いた瞼の下から現れたのは、紫紺の名前の由来でもある、あの深い紫色の瞳だった。
「……あっ」
その瞳を見た瞬間、アロイヴの身体にぴりっと弱い電流のような痺れが走った。
身体が甘く疼く感覚と一緒に、眠っている間に見ていた淫夢のことを思い出す。
――僕は、なんであんな夢を。
顔が熱かった。
身体の熱も高まり始める。
「イヴ」
身体が大きくなった分、深みが増した声で紫紺がアロイヴの名を呼んだ。喜びの混ざったその声にすら、アロイヴの身体は甘い疼きを覚えてしまう。
今はまっすぐ紫紺の顔を見られなかった。
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