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第6章 新たなスタート
25 自己評価
しおりを挟む「……cra+vo……このダンスも全部スミレちゃんが」
合宿所に戻るバスの車内でも、ドラは隣でずっとそんなことを呟いていた。
ドラが手の中にあるスマホの画面には、純嶺がASuとして振付を手掛けたcra+voのMVが流れている。
中には懐かしい映像もあった。
今見ると、もっとこうしたほうがいいと思うところがいくつも見つかる。
純嶺自身もこのときから、さらに成長したということだろう。
「……すごいなぁ。何回見ても超かっこいいし。ここに出てくる全部、スミレちゃんが振付したやつとかヤバい……控えめ言ってヤバすぎるんだけど」
「別に、そこまでじゃないだろ」
「何言ってんの! すごすぎるに決まってるでしょ! 謙遜はダメ! そういうのは禁止!! スミレちゃんはすごいんだから!!!」
変なスイッチを押してしまったようだ。
ドラは立てた人差し指で純嶺のことを指差しながら、まるで子供を叱る親のように声を上げる。慌てて口を塞いだものの、バス内のほとんどの視線がこちらに集まった後だった。
「……わかったから、少し声を抑えろ」
「むぐー」
せめてこれ以上、ヒートアップさせてしまわないようにドラをなだめていると、背中側からツンツンと肩をつつかれる。
「それは怒られてしゃあないやつやで。純嶺サンって自己評価低すぎなんちゃう?」
振り返ると、田中が苦笑いを浮かべていた。
帰りも、行きと座席順は同じだ。
純嶺の隣にはドラ、同じ列の通路を挟んだ席に田中、その隣では真栄倉がアイマスクをつけて眠っていた。
田中たちの後ろの席に座る叶衣とルーネは温泉街ではしゃぎ疲れたのか、お互いもたれかかって、この騒ぎにも気づかないぐらい熟睡している。
「あんま謙遜ばっかしとったら、嫌われんで」
「謙遜のつもりはなかった」
「やとしたら、余計に問題やな」
田中は怒っているわけではなさそうだ。
口元は緩んでいるし、どちらかといえばこの状況を楽しんでいるように見える。
だが、ふざけている口調ではなかった。
――そういえば……昔、コウやアキラにも同じようなことを言われたな。
こんな風に言われたのは、これが初めてではない。
思い返せば、コウやアキラにも同様のことで叱られたことがあった。
でも、考え方というのはそう簡単に変えられるものではないらしい。また同じことをしてしまった。
「スミレちゃんは自己評価が低いっていうより、自分に対して厳しすぎるんじゃないかな? ――あのさ、スミレちゃん。これがもし、他の人の話でも同じように感じる?」
「他の人の……?」
「たとえばオレがcra+voの振付師だったって話の場合でも、スミレちゃんは同じように『そこまでのことじゃない』って思うのかな?」
「…………思わないな」
ドラのたとえはわかりやすかった。
自分を基準に考えれば『大したことではない』と思うことも、他人に置き換えれば評価が変わる。
それはドラの言うとおり、自分に対して厳しすぎると言うことで間違いなかった。
――それが謙遜に……人によっては嫌味に聞こえるということか。
はっきりと気づかされた事実に純嶺は純粋に驚いた。
これ以上、返す言葉はない。
「ほら、スミレちゃんはすごいんだよ」
「……それに、素直に頷くのは難しいが」
「っぷ、あはは」
ぎゅっと眉根を寄せた純嶺を見て、ドラが盛大に噴き出した。
バンバンと強く肩を叩かれ、純嶺の眉間の皺はさらに深くなる。
「でもま、純嶺サンのそういうとこ、おれは嫌いやないけどな。おーちゃんが好きになったんも、純嶺サンのそういうストイックなとこなんちゃう?」
「……いちいち、俺を引き合いに出すんじゃねえ」
「あれ? おーちゃん、起きとったん?」
「わかってたくせに、白々しいんだよ」
真栄倉が会話に割り込んできた。
つけていたアイマスクを外すと、純嶺のほうを睨みつけてくる。大袈裟に溜め息を吐き出した。
「……そういえば、真栄倉はどうしておれのことを知ってたんだ?」
「…………」
ふと、気になっていたことを聞いてみた。
純嶺からの質問に、真栄倉が珍しく黙り込む。
いつものように田中が代わりに答えるかと思ったが、今は話に割り込むつもりがないのか、じっと真栄倉の横顔を見つめているだけだった。
沈黙の間、真栄倉は何度か視線を彷徨わせる。
先ほどよりもっと長く大きな溜め息を吐き出すと、険しい表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「……四年前、cra+voのゲネプロを見学させてもらったんだ。そこで初めてお前を見た」
「四年前……?」
「舞台で初めてダンスに挑戦した後に……色々あって――それで悩んでたら、世話になってた監督が『刺激になるだろう』って、連れてってくれたんだ」
四年前といえば、cra+voがデビューしてすぐの頃だ。
純嶺がASuとして振付師の仕事をし始めてからもそんなに経っていない。
まさかそんな前から、真栄倉が自分のことを認識していただなんて。
「四年も前のことなのに、よく覚えてたな」
「その一回だけじゃねえし」
「え……?」
「とにかく! だから、お前の顔は知ってた。それだけだ」
真栄倉は一方的に話を終わらせると再びアイマスクをつけ、寝る体勢に入ってしまった。これ以上、何も話す気はないということだろう。
ずっと黙って話を聞いていた田中がにやけた表情で真栄倉のほうに顔を寄せる。数瞬置いて「うっ」という呻き声と共に、田中の腹に肘鉄がめり込む鈍い音が純嶺の耳に届いた。
◇
『俳優の真栄倉桜聖だろ? 知ってるよ。っつか、お前もあいつのこと気づいてんだと思ってたわ』
その日の夜、純嶺は合宿所の非常階段に腰を下ろし、コウと電話で話していた。
電話をかけてきたのは、コウからだ。
中間審査の映像を見て連絡をくれたらしい。
結果のほうはまだ配信されていないということで、真っ先にオーディションについてネタバレすることを禁止された。
「気づくも何も、四年前のことなんか覚えてるほうが難しいだろ」
『……四年前?』
「真栄倉から聞いた。四年前のゲネプロでおれのことを見たって」
『初めて見に来たのが、だろ? その後も何度も来てるぞ、あいつ。なんなら、こないだのゲネプロのときだっていたし』
「え……?」
『え、ってお前……マジで気づいてなかったのかよ。相変わらず、周りが見えてないのな』
コウは笑っているが、純嶺は驚きが隠せなかった。
まさかそんな最近のライブにも真栄倉が足を運んでいたなんて。
『あいつ、毎回ゲネプロでいいっつうのは、お前を見にきてたからだったんだな。ようやく腑に落ちたわ』
「……そんな風に言ってたのか?」
『だよ。関係者席を用意してやるって誘っても、絶対に断りやがんの。隠れファンを貫きとおすつもりなのかと思ったけど、違ったんだな』
コウは真栄倉とそんな話をするぐらい、交流があったらしい。
純嶺は真栄倉がゲネプロを見に来ていたことにすら、気がついていなかったのに。
『っつうか、お前。時間は平気なのか? 明日からまたオーディション再開なんだろ』
「……そう、だけど」
『どうした? なんか悩み事か?』
「いや…………部屋に戻りづらいだけだ」
『?』
夕食と風呂を済ませた純嶺がまっすぐ部屋には戻らず、こんな場所にいたのは、コウからの着信があったからではない。
その前からずっと、この場所で時間を潰していたのだ――部屋に戻りづらいというだけの理由で。
『どうした? ドラちゃんとなんかあったのか?』
オーディションの配信を欠かさず見ているコウは、純嶺の同室が誰なのかも知っていた。
だが、その情報はもう古い。
「……同室なのは、ドラじゃない」
『え?』
「今日、部屋替えが……あったんだ」
これもコウのいう〔オーディションのネタバレ〕に当たるのだろうか。
詳しく話していいものなのか悩む。
『もしかして、その部屋替えで嫌なやつと一緒になったとか?』
「別に、嫌なやつではない……ただ、気まずいだけで」
『気まずい? お前が?』
コウは意外そうな反応だった。
純嶺があまり周りに頓着しないことを知っているからだろう。
だが、今回の相手だけは違う。
「とにかく、もう少し部屋には――」
「あ、いた。あんた、何してんの。こんなとこで」
「……っ」
戻りたくない――そう口にしようとした瞬間、その元凶となる人物の声が上から聞こえた。
おそるおそる振り返ると、踊り場からこちらを見下ろしている淡い青灰色の瞳と視線が絡む。
そこに立っていたのは、染だった。
風呂あがりらしく、首にタオルをかけている。髪もまだ濡れているようだった。
「ああ、電話中?」
すぐにそのことに気づいたのに、染は立ち去るどころか、こちらに近づいてきた。
純嶺の座るところまでくると、その隣に同じように腰を下ろす。電話が終わるまで、そこで待つつもりらしい。
『なんか、切ったほうがよさそうな感じだな』
「…………いや、別に」
『あー、俺も明日早いんだったわ。んじゃ、そいつと仲良くな』
「ちょっと――ッ」
制止も虚しく、通話はあっけなく切られてしまった。
純嶺の傍に誰が来たのか、コウは気づいたのかもしれない。あえて、純嶺を困らせるためにそうしたのは間違いなかった。
「電話終わった?」
「……、ああ」
嘘はつけなかった。
純嶺はそんなに器用に振る舞える人間ではない。
部屋にいられなかった理由も同じだった。染と二人きりになって、自分をうまく取り繕えないとわかっていたからだ。
――まさか、この男と同室になるなんて。
合宿所に戻った純嶺たちが突然言い渡されたのは、オーディションの後半戦に向けての部屋替えだった。
ロビーに貼り出された部屋割りを見て、しばらく思考が働かなかったのは言うまでもない。
それほどの衝撃だった。
同様にチームも変更になると聞かされている。
その詳細は明日の朝に発表されることが決まっていた。
――チームも、この男と一緒なのか?
その可能性は充分ある――というより、もはや確定事項のように思えた。前回も部屋割りはチームごとに固まっていたのだから、今回もそうでない可能性のほうが低い。
「何、難しい顔してんだよ」
「……元々、こんな顔だ」
「そうだっけ?」
同室だとわかってから気が気ではない純嶺と違って、染はずっと上機嫌で楽しそうだった。今にも踊り出しそうな軽快な足取りで、純嶺の少し前を歩いている。
時折振り返ってこちらを見る表情も普段と比べて柔らかで、純嶺としては少し居心地が悪いぐらいだ。
「ほら、早く来いって」
「……っ、お前、何を急に」
手を握られた。
相変わらず、この男はやることが突拍子もない。周りからどう見られるかなんて、全く気にしていないように思える。
それでいて、人を惹きつける魅力――それは天性のものなのだろう。
「せっかく同室なんだから、もっと仲良くしようぜ」
そんな台詞も、この男が言うと全く違う響きに聞こえる。
一緒にいると乱されてしまう感情の理由を、今はあまり考えないことにした。
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