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物語の終わり、創造の始まり

『何でもできる天才』

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(本当に強くなったな)

マリウスは心の中で称賛の声を上げる。
目の前ではゼニス・アーケインとナタリーが戦っている。
ナタリーは四方に氷の道を展開し、目にも留まらぬ速さでゼニス・アーケインを翻弄している。

「氷河の奔流、我が意志に従い押し寄せよ!冷たき波動、グレイシャルウェーブ!」

そして、その氷の道から氷柱が突き出し、ゼニス・アーケインの体を穿つ。

『―――――っ!?』

ゼニス・アーケインはその魔法をよけきれずによろける。その隙を見逃さずにナタリーの追撃が入る。

「氷河の刃、我が意志に呼応し突き進め!鋭き氷の矢、アイシクルランス!」
『―――――ぐっ!?』
「……っ!潮騒の音を轟かせ、蹂躙せよ!波濤の破壊、ウェイブクラッシュ!」

ゼニス・アーケインが体制を崩した。
俺もすかさず追撃の魔法を放つ。ゼニス・アーケインの足元から水柱が立ち上がり、巨大な渦潮となって、ゼニス・アーケインを包みこもうとする。

『―――――ガアッ!』

しかし俺の魔法が完成する前にゼニス・アーケインはその場所から飛びのき、俺の魔法は不発に終わってしまった。
また同じ展開だ。
ナタリーの攻撃に併せて先ほどから攻撃を仕掛けているが、俺の速度がついていけておらず、攻撃は空振りに終わっている。

『ヒートスパイク!』

そして距離が空くとゼニス・アーケインの魔法が飛んでくる。
防御魔法を展開して防ぐことは難しくはないが、反撃するタイミングがつかめない。

ゼニス・アーケインは形態を変え、羽の生えた四つ足の獣なり、今も鋭い牙をむき出しにしてこちらを威嚇している。
もしナタリーがかく乱してくれていなければ、敵は一足飛びに距離を詰め、魔法どころかあの鋭い牙でかみ殺されているかもしれない。

(無力……か)

もしここに居るのが俺ではなくセシルだったら、この高速戦闘にも涼しい顔をしながら対応しただろう。
もしここに居るのが俺ではなくガレンだったら、土魔法で相手の逃げ道を削るような、舞台を制圧するような戦いをしただろう。
そして、もしここに居るのが俺ではなくイグニスだったら……。
あいつだったらきっと、こんな状況でも笑って適応し、何とかしようともがき、そしてきっと勝機を掴むだろう。

(『失敗する天才』、我ながらうまいこと言ったものだな)

あいつは何度も失敗して、そして最終的にいつも俺の先に居た。
だったら俺は?俺には何がある?
セシルのような才能はないし、ガレンのように膨大な知識を持っているわけでもないし、イグニスのように果敢になれるわけでもない。

――――俺は、弱い。

「でも、俺はナタリーの前では『何でもできる天才』でなければならないからな!」

魔法陣を展開しながら、心の中の決意をはっきりと声に出した。

***

(こっちですよ!右に避けてくださいです!)
(うん、ありがとう)

ナタリーは攻撃をよけながらゼニス・アーケインを誘導し、隙を見ては魔法を打ちこむ。
攻撃をするとすぐに反撃が飛んでくる。
しかし、直撃の怖さは全く感じなかった。
さっきから両耳のイヤリングを通じて、やさしくかわいらしい声がずっと聞こえている。

(そのまま行っちゃうと逃げ場所がなくなってしまうです。もう一度左に展開するです)
(なるほどね。わかった)

この声のおかげでこんな高速機動の戦闘でも混乱することなく、落ち着いて行動できる。

「氷河の刃、我が意志に呼応し突き進め!鋭き氷の矢、アイシクルランス!」

そして、そのおかげで私は攻撃に集中することができた。

(あなた、ミーナさんなの?)

心の中で問いかけたが、返事はなかった。
もしかしたら幻聴かもしれない。でも、この声はレヴィアナさんから聞いたミーナさんのものだと確信していた。

「潮騒の音を轟かせ、蹂躙せよ!波濤の破壊、ウェイブクラッシュ!」

ちょうど良いタイミングでマリウスさんの攻撃が飛んできた。

(……綺麗だなぁ)

マリウスさんの使う魔法は洗練されていて、美しかった。
ほかのどんな人が使う水魔法よりも私の心を魅了し、つい見惚れてしまう。

(あ、避けられちゃった)

思わず手を止めて魔法を見つめてしまった。
私が上から制圧するように攻撃をし続けていれば、ゼニス・アーケインは避けられなかったかもしれない。

『ヒートスパイク!』

ゼニス・アーケインから炎の槍が飛んでくる。
初級火魔法であるはずのヒートスパイクが、ゼニス・アーケインによって使われると、一撃一撃がフレアバーストほどの威力を持っている。
場に展開したグレイシャルスライドを破壊しながら、その鋭い切っ先が私に迫る。

(左側に避けるです)

耳元の声と同時に新しいグレイシャルスライドを生成し、左前方へ大きく飛ぶ。

「ふふっ」

思わず笑みがこぼれてしまった。
親友の声に包まれて、大好きな人と一緒に戦って。こんなに心躍ることがあって良いんだろうか。
私の魔法は明らかに出力不足だ。もし一度でも攻撃を受けてしまったら一気に持っていかれてしまう。
それでも、こんな状況だというのにこれ以上ない幸せを感じていた。

『――――』

ゼニス・アーケインが私に向かって何かを言った。
聞き逃したが興味はなかった。私の楽しい世界にあなたの声はいらない。

「グレイシャルスライド!!」

何度目かの氷の道を作り、これで私が自由に動けるフィールドが整った。

***

「マリウスさん!」

ナタリーとマリウスが合流する。

「マリウスさんは正面に向かって全力で魔法を放ってください」
「了解した。ナタリーはどうする?」
「私がゼニス・アーケインを誘導します」
「よし、任せた!」

そう言ってマリウスは魔法陣を展開する。

「ふっ」
「どうしたんですか?」
「いや、ついさっき『何でもできる天才』になると声に出したばかりなのに、結局ナタリーに助けてもらっているなと思ってな」
「いいじゃないですか。それなら、私たち2人合わせて『何でもできる天才』になりましょう」
「……それもいいかもしれないな」
「きっとあんな強いモンスターを倒せたらそう名乗っていいですよね!」
「あぁ、攻撃は任せろ!」
「はい、誘導は任されました!」

ナタリーは今まで以上に四方に飛び交いゼニス・アーケインを翻弄する。
ゼニス・アーケインの反撃があるたびに、ナタリーがうまく引きつけて、フロストシールドも器用に使い避けさせていく。

「水の精霊よ、我が意志と共に踊れ!滅びの静寂―――――」

マリウスの周囲には魔力で形作られた水龍が現れ始める。それでもなおマリウスは魔力を練り続ける。

「マリウスさん!」

ナタリーの声が森に響き渡る。
その声に寸分たがわぬタイミングでマリウスは魔法を解放した。

「セレニティウォーターエンド!!!!」

解放された水の龍が大きく口を開けてゼニス・アーケインに向かって突進する。
ゼニス・アーケインはとっさに避けようとするも、ナタリーが放ったアイシクルランスがそれを阻んだ。

『ソーラーアサルト!!』

ゼニス・アーケインは回避不可能と判断し、自らの持てる最大限の火魔法を展開して迫り来る脅威に立ち向かった。
しかし、マリウスのセレニティウォーターエンドはその火魔法を容易く飲み込み、ゼニス・アーケインを飲み込んだ。

『―――――っ!』
「まだだっ!」

マリウスが魔力を爆発させ、水龍をさらに大きくしゼニス・アーケインを包み込む。

「ナタリー!」
「極寒の渦を巻き起こし、捕らえ滅ぼせ!氷の螺旋、フリーズヴォルテックス!!」

ナタリーもマリウスに呼ばれることがわかっていたかのように、すでに次の魔法の準備をしていた。
ゼニス・アーケインを包んだ水龍は、そのまま凍りついていった。
そして、その氷が徐々にゼニス・アーケインの体を覆いつくし、完全に氷像となったところで、ナタリーの魔力が切れたのかその場に倒れこんだ。

「ナタリー!」

マリウスは急いで駆け寄り、ナタリーを抱き上げる。
「ふふ、大丈夫です。ただ、ちょっと一気に魔力を使いすぎただけですから」

そう言ってナタリーはほほ笑んだ。

「マリウスさんの今の魔法、凄い綺麗でした」
「あぁ、ナタリーに追いつくために必死で覚えた魔法だ」
「じゃあ、私もまたマリウスさんに置いて行かれないようにしないといけませんね」

ナタリーの視線につられ、マリウスもゼニス・アーケインの氷像に視線を移す。

「私たち二人で、これで本当に『何でもできる天才』になれましたね」
「……あぁ、そうだな」

少しずつ氷像は崩れ、ゼニス・アーケインは少しずつこの世界から消えていった。
静かな森に、冷たい風が吹いた。

「……ありがとう」

マリウスがナタリーの頭を撫で、そのままナタリーを抱きかかえた。
ナタリーは何も言わず、ただマリウスに身を任せた。


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