上 下
134 / 143
物語の終わり、創造の始まり

ゲームマスター

しおりを挟む
「来ると思っていたわ」

茂みの陰に声をかける。

「ほら、出てきなさいよ。どうせそこにいるんでしょ?」

少しの間無言だった。沈黙が流れる。
しばらくにらみつけていると、観念したのかひょっこりとノーランが現れた。

「おまえ……なんで……?」

後ろで実紗希が声を上げる。

「よっ!生徒会のメンバー勢ぞろいで何かしてるなら俺にも声をかけてくれよ」

いつものような軽口をたたきながら、ノーランがこちらに歩いてくる。

「模擬戦か?俺も参加したかったぜ。あーあ、舞踏会でアリシアには嫌われちゃうし散々だぜ――――」

言い終わるか否かのタイミングで、またノーランがヒートスパイクを放ってきた。今度はアイコンタクトもなく、ガレンも、ナタリーも、私も、3人で反射的に防御魔法を展開する。

「アリシアの、実紗希の事は絶対に殺させないから」
「はっはっはっ、相変わらずチームワークは完璧なんだな。なんだなんだ、ナタリーはマリウスとうまくいったのか?」
「……」
「はぁ……そう睨むなって」

私たちが警戒を解かないのをみると、ノーランは低く、深く息を吐いた。

「実紗希の事をそそのかしたのはあなたね」
「そそのかしたなんて、人聞きが悪いなぁ。俺はただ大好きなアリシアの相談にのってあげただけだぜ。な、アリシア」

そう言ってノーランが笑うと、気味の悪いものを見ているかのように座ったまま実紗希は後ずさった。

「それに、右手首の傷を見せて私の信用も得た。まんまとやられたわ。さすがに取り入るのがうまいわね、ゲームマスターさん?」
「ゲームマスター?なんの事だかさっぱりだ」

ノーランは両手を広げて首をかしげている。

「ほら、右手の袖をまくって見せてみなさいよ」

ノーランはしぶしぶといった様子で袖をまくった。

「それ、転生者の証……だっけ?よく言うわよ。私のこの傷は『レヴィアナ』の魔法の暴走でついたものだし、実紗希の腕に何もついていないじゃない」
「なるほどなるほど?」
「それに、私と実紗希が意識も朦朧とした状態で願ったから中途半端だったみたいね?」
「ほうほう」
「私と実紗希が住んでた時代には『ラング・ド・シャ』なんてお菓子、存在しないわ」
「そうか……『ラング・ド・シャ』、うまいのにな。ま、次回に生かすことにするわ」

ノーランは残念そうにつぶやいている。

「それより!なんでお前が生きてるんだよ!マリウスとセシルに殺されただろ!?」

実紗希が混乱したように叫ぶとノーランはなぜか楽しそうに笑った。

「俺の想像通りに動いてくれてありがとう。おかげで動きやすかったよ」
「何が!?」

ノーランはゆっくりこちらに向かって歩いてくる。

「レヴィアナの言う通り、俺はゲームマスターとして不完全な状態でこの世界に生まれた。俺の目的はただ一つ、シナリオどおりにゲームを進め、アリシアに幸せな状態で卒業式を迎えてもらうこと。そのために俺は存在してるらしいぜ」
「シナリオ……どおりに」
「あぁ。でもこの世界は不完全な状態で生み出されたからか不完全なことが多すぎた」

ノーランは実紗希、ナタリー、ガレン、そして私を順に見た。

「三賢者と呼ばれるあいつらも元の世界にない不確定要素だ。【解体新書】の中身を見たあいつらがいたら何をしでかすか読めなかったからな」

ノーランは空を見上げた。

「最後までアイザリウム・グレイシャルセージは出てこなかったが、一番弟子があんな状態になっていても現れなかったんだ。もう現れる心配もしなくていいだろう」
「で?そのゲームマスターさんがいきなり表れてぺらぺらとしゃべってくれるのはどうして?」
「そんなこと言わせんなって。お前たちの世界では一応最後はちゃんと説明するのが習わしなんだろ?あ、これももしかして違うのか?」

そう言ってノーランは笑った。

「俺は『アリシア』に楽しく卒業式を迎えてもらうための存在なんだよ。そのために最後まで協力してきたが、こうなってはそれも難しいだろ?だから――――」
「だから?」
「お前たちを、そしてこの『アリシア』をここで消すわ。そしてまた一から始めさせてもらう」
「どうやって?」

ノーランと実紗希の間に立って、ノーランに問う。

「あなたがゲームマスターと言っても、たいして強くないわ。それに私が絶対にそんなことさせない」
「それはやってみないとわからないだろ?それに、俺が何もしてこなかったと思うか?」

そう言ってノーランは天に手を掲げ、一冊の本が現れる。

「正直俺もあの封印には手を焼いていたんだ。それでも『アリシア』のおかげで、俺もようやくこうして力を手に入れた」

ノーランの手に握られた本から、今までとは比べ物にならないくらいの魔力があふれ出す。
テンペストゥス・ノクテムに似た、でもそれ以上の禍々しい魔力だ。

「確かに今の俺にはこの世界のヒロインは殺せない。でもこの理外の存在なら、この世界の理に干渉できる」

ノーランの掲げる本から黒い渦があふれ出し、その中心から2体の魔物が現れた。

「ゼニス・アーケイン……」

私と実紗希の声が重なる。
1体はこの世界のラスボス。本来であれば舞踏会の後学園が襲撃され、アリシアが選んだパートナーとともに戦うはずだった相手。
ただ、もう一体はゲームには登場しない、見たことが無いモンスターだった。

「あれは、一体……」

ナタリーがつぶやく。ガレンも身構え一歩後ろに退いた。

「それがマルドゥク・リヴェラムってわけ?」
「あぁ。アリシアが封印を乱してくれたおかげで不完全な俺の力でも開放することができたよ」

そう言ってノーランは笑った。

「せっかくテンペストゥス・ノクテムと同じ理外の存在を復活させたんだ。今度は模擬戦じゃない本気の殺し合いを見せてもらおうか」

ノーランがパチン、と指を鳴らとマルドゥク・リヴェラムが右手をこちらに向けた。

『何かやりたいことがあるの?』

声が聞こえる。テンペストゥス・ノクテムと同じように脳に響いてくる声。

『人の役に立つのは嫌いかい?』

声をかけてる先はナタリーとガレンだった。

(――――これは!洗脳魔法!何て悪趣味な!)

前回は無事解くことができたが、今回もうまくいくかわからない。タネは【解体新書】で割れている。この問いかけに肯定的な返事をしてしまったら最後、意思を持っていかれ洗脳魔法にかかってしまう。

「ナタリー!ガレン!」

2人に向かって叫んだが遅かったようだ。2人は虚ろな目でマルドゥク・リヴェラムの方を見ている。

『君にやりたいことが無いなら、僕の事を助けてよ』

マルドゥク・リヴェラムの言葉に2人が―――――。

「嫌です」「嫌だね」

そう言って2人はマルドゥク・リヴェラムをにらみつけた。

「私にはやりたいことがありますから」
「俺もそうだ」

そうはっきりと言い切った。

「2人とも!」
「はい、大丈夫ですよ。もう私は洗脳魔法にかかりません」
「俺もあんなもんにのっからねぇ」

2人は私の方を見て笑った。

「お前ら……お前らもキャラクターにすぎないのに、なんで抵抗できるんだ!」

ノーランが怒りに震える。

「なんで、って……決まってるじゃないですか」

ナタリーとガレンが目を合わせて笑う。

「流石は三賢者のなりそこないと言うわけか。……まぁ良い。お前たちには死よりも恐ろしい絶望と無を味わわせてやる」

ノーランに言われて2体のモンスターがゆっくりと動き出した。

「レヴィアナさん。私にゼニス・アーケインのほうは任せて下さい」
「大丈夫?アレも相当強いわよ」
「はい。でも【解体新書】で使ってくる魔法は分かってますから。それにレヴィアナさんたちには……」

ナタリーが視線だけでマルドゥク・リヴェラムを指す。

「わかった。そっちは任せたわ」
「はい!それで……マリウスさん」

振り返りナタリーがマリウスに手を差し伸べる。

「――――私ひとりじゃ倒せる自信がありません。なので、助けてくれませんか?」
「――――あぁ、もちろんだ」

そう言ってマリウスはナタリーの手を取った。

「お願いします!凍てつく氷の輝き、我が手に集結せよ!結晶の煌めき、アイスプリズム!」
「水の輝きを纏いし結晶、我が手に集結せよ!滴る煌めき、アクアプリズム!」

2人の魔法がゼニス・アーケインを遠方へと吹き飛ばす。

「じゃ!行ってきます!」

ナタリーとマリウスは地面を強く蹴り、ゼニス・アーケインに向かっていった。
ノーランはしばらく視線だけで2人を追い、改めて私たちに向き合った。

「お前たちも追いかけなくていいのか?」
「なんでよ」
「ゼニス・アーケインはあんな2人でどうにかなる相手じゃねーっての。すぐに殺されて終わりだぜ」
「へー。あなたにはそう見えるのね?やっぱり未完成のゲームマスターというのは本当のようね」

そう言ってノーランを挑発する。

「それにそんなよそ見なんてしていていいの?」

私も魔力を練り魔法陣の錬成を開始した。

「……そうだな。どのみちお前たちを全滅させることには変わらん。そこにいるアリシアを消せばそれで終わりだ」

そう言ってノーランは本を掲げ、マルドゥク・リヴェラムがこちらに向かってきた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【第1部完結】暫定聖女とダメ王子

ねこたま本店
ファンタジー
 東京在住の佐倉雲雀(さくらひばり)は、学生の頃ちょっとやんちゃだった過去を持つアラフォーオタク女。  そんな彼女はある日、都内某所で弟夫婦からの出産報告を待っている間に、不可思議な現象に襲われて命を落とし、異世界にて、双子の妹を持つ田舎の村の少女・アルエットに転生していた。やがてアルエットは、クズ叔父の暴力がきっかけになって前世の記憶を取り戻す。  それから1年。クズ叔父をサラッと撃退し、11歳になったアルエットは、なぜかいきなり聖女に認定され、双子の妹・オルテンシアと共に王都へ招かれる。そして双子の姉妹は、女王の第一子、性悪ダメ王子のエドガーと、嬉しくも何ともない邂逅を果たす事になるのだった。  ギャグとシリアス、所によりほのぼの?そして時々、思い出したように挟まってくるざまぁっぽい展開と、突然出てくる戦闘シーン。でも恋愛描写はほぼありません。  口が悪くて強気で図太い、物理特化型チート聖女・アルエットの奮闘を、生温い気持ちでご覧頂ければ幸いです。

しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記

スィグトーネ
ファンタジー
 ワンルームの安アパートに住み、非正規で給料は少なく、彼女いない歴35年=実年齢。  そんな負け組を絵にかいたような青年【海渡麒喜(かいときき)】は、仕事を終えてぐっすりと眠っていた。  まどろみの中を意識が彷徨うなか、女性の声が聞こえてくる。  全身からは、滝のような汗が流れていたが、彼はまだ自分の身に起こっている危機を知らない。  間もなく彼は金縛りに遭うと……その後の人生を大きく変えようとしていた。 ※この物語の挿絵は【AIイラスト】さんで作成したモノを使っています ※この物語は、暴力的・性的な表現が含まれています。特に外出先等でご覧になる場合は、ご注意頂きますようお願い致します。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...