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悲しみの向こう側

藤田 柚季_1

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「ひっ!?」

慌てて飛び起きた。

「はぁ……はぁ……」

全身から冷や汗がにじんでいるのが分かる。呼吸が少し浅く、早い。心臓の鼓動も早くなっているのがわかる。

「んっ……ぅ……。レヴィアナさん?どうしたんですか……?」

私が急に飛び起きたせいで、ナタリーも目を覚ましたみたい。目を細めながら、眠そうにこちらを見ている。

「ごめんね、ちょっと怖い夢を見ちゃって」

ナタリーに微笑み、軽く頭をなでると、私はそっとベッドから降りた。

「水でも飲んでくるわね」

ナタリーが再び寝息を立て始めるのを確認してから、私は静かに部屋を後にした。

***

「ふぅ……。そっか」

コップ一杯の水を飲み干して一息つく。
両手を見ると、まだ微細な震えが止まっていなかった。

時折見る夢は『現実』のこと。そして私は『現実』ではもう……。

「そっか、うん、そっか……」

きっと私の最後の願い通り、ソフィアはこの世界に私をレヴィアナとして生み出してくれたのね。
きっと記憶が中途半端なのは私がそうお願いすることを汲み取ってくれたんだ。

イグニスの時も、お父様の時も「何故知ってるはずの事がおもいだせないの?」と思ったけど、未知にあこがれていた『私』なら、そういったお願いをソフィアにするに決まってた。

「私も、私自身もこの世界のキャラクターだったんだ……」

コップの水を静かにかき混ぜながら、ひとりでつぶやいた。

だから、か。
私も傍観者じゃなくて、この世界が波乱に満ちて楽しめるようにきっと調整をしてくれたんだろう。

でも私は『私』じゃないから、どれだけ幸せを願っても、もうソフィアが調整してくれることはない。

「なるほど、なるほど。まぁ、あの時は自棄になってたからなぁ」

独り言をぶつぶつと言いながら、私は窓の外を眺めた。
夜が少しずつ白んできて、朝日が昇り始めていた。

なるほど、うん、なるほど。
心の中で何度もつぶやくと少しずつ実感がわいてくる。
そして、自然と笑みが浮かんできてしまう。

「お?レヴィアナ?起きてたのか?」

ガレンがあくびをしながらキッチンに入ってきた。

「ガレン!私!私もみんなと同じだったの!!」

勢いに任せてガレンに抱き着く。

「お、おい!どうしたんだよ」

戸惑いながらも私を受け止めてくれるガレンに私は満面の笑みで答える。

「私ね!みんなと同じだった!!」
「ど、どういうことだ?」

困惑したように私の顔をのぞくガレンをよそに、私の気分は最高潮に達していた。

ずっと感じていた気持ち悪さがようやく外れた。ずっとキャラクターのみんなと私の間に、気持ち悪い薄い壁のようなものを感じていた。
でも、そんなものなかったんだ。

「私ね、私もみんなと同じだったの!」
「お……おう……?」

ガレンは戸惑いながらも私の頭をなでてくれる。

「なんかよくわかんねーけど、まぁ落ち着け、な?」

ガレンのなだめる声と、朝日が差し込むキッチンで私はずっと笑い続けていた。

***

「と、言うわけで、初めまして。私は藤田 柚季って言います」

簡単な食事を済ませて、ガレンとナタリーを自室に呼びだすと私は二人に改めて自己紹介をした。
私もこの世界の住人ということが分かった。これでもう自分自身の事として積極的にこの世界にかかわっていくことを決めた。

「レヴィアナさんが藤田 柚季さんですか?」
「そう」

いきなりこんなことを言って戸惑うかもしれないが、それでもちゃんと自己紹介はしておきたかった。

「素敵な名前ですね!」
「へ?」

ナタリーの言葉に思わず変な声が出てしまった。

「でも藤田 柚季……さんですか。私たちとはずいぶん雰囲気が違う名前なんですね」
「俺たちの世界に合わせるとフィジタ・ユズィキみたいな感じか?」
「あ、そうかもしれませんね」
「ちょ、ちょっと待ってよ」

ナタリーもガレンも、当たり前のように私の事を『藤田 柚季』として認識していた。

「ねぇ……その……気にならないの……?」
「何がですか?」

私の問いかけにナタリーがきょとんとした顔を向ける。

「私としては結構勇気が必要だった告白だったんだ……ですけど」

少なくとも今日の朝食に何を食べたかは覚えていない。

「それで言ったら私は名前変えてますし、私にとっては何も変わらないですし」
「俺も。改めて、よろしくな、藤田 柚季」
「それに中途半端な敬語のほうが気になりますよ」

そう言ってガレンとナタリーは握手を求めてきた。
なんだか気恥ずかしくなって、私はそのままベッドに突っ伏した。

「ぷっ、あっはっはっ!」

あれからずっといろいろ考えてきたのに、そんなことをしていた自分がバカみたいだ。
これまで想像してきたリアクションと全く違う。変に賢いふりして、予想してもいないリアクションで受け入れてくれた。

「あー!やっぱりこの世界を選んでよかった!」

笑いながら私は叫んだ。
そしてひとしきり笑い転げた後、私は今度こそ二人と本当の意味での握手をした。

***

「それで、改めて2人にお願いがあるの」

そういって2人にハサミを差し出した。

「これで私の髪の毛を切ってほしいの。私は『レヴィアナ』じゃないけど、これからはちゃんと『藤田 柚季』がレヴィアナとしてこの世界で生きていくために」

レヴィアナのこの烏の濡れ羽色の美しい長髪を切るのは忍びなかったけど、それでも『私』が消えた時と同じ髪の長さから始めたかった。

2人共無言で、でも、快く引き受けてくれた。ナタリーは私の髪を軽くとかすように整え、ガレンがハサミを構える。
そして、私は2人に髪の毛を託すと、目をつむった。
レヴィアナの長い髪が床に落ちる。ぱさっ、ぱさっと、床に髪の毛が落ちる音が部屋に響く。

(安心して?ちゃんとこの髪が元の長さに戻るまで、しっかりとこの世界で生きるから)

私の髪が落ちていくのを見守りながら、私は心の中でレヴィアナに話しかけた。

「似合ってますね!」
「ああ、似合ってるぞ」
「ありがとう」

肩口で切りそろえられた髪の毛を触りながら、2人にお礼を言う。

「名前はどちらでお呼びすればよろしいですか?」

ナタリーの問いかけにほんの少しだけ、止まり、でもはっきり告げた。

「もちろん、今まで通りレヴィアナ、で」
「では、よろしくお願いします、レヴィアナさん」
「よろしくな、レヴィアナ」

こうして私は本当の意味でこの世界に一歩踏み出したのだった。
そして、ここから私自身の物語が始まった。


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