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悲しみの向こう側

世界の真実_1

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「ガレンさん、この本のこと、知っていたんですか?」

ナタリーが不思議そうにガレンに聞く。

「あぁ。昔、もう少し小さいころレヴィアナと一緒に見つけた」
「これが【本】なんですね……。そして、この手紙はアルドリック様からですか?」
「そうね、お父様からの手紙。きっと私がこうすることもわかっていたんだわ」

そうじゃないとこの鍵をわざわざ手渡したりしないだろう。まったく最初から最後まで本当に敵わない人だ。でも、こういったのは嫌いじゃない。

『レヴィの役に立てばと思い、これをここに置いておくよ。ここまで来て引き返すことはないと思うけれど、それでもはっきりと伝えておく。この本の中を見れば、もう以前の君でいられなくなるかもしれない。それでも見かい?』

「ですって?どうする?ガレン、ナタリー」
「まぁ、ここまで来て今更感もあるけどな。俺は少し見たことあるからいいとして、どうする?ナタリー」
「はい、私も、レヴィアナさんに全部教えてくださいって頼んだんです。いまさら何が書いてあっても驚きません」
「そう?何となく書いてある事わかるんだけど、絶対驚くわよ?」

そういいながらナタリーに【解体新書】と書かれた本を手渡す。

「これは……魔法紙……ではないですよね?こんな本見たことありません……」

初めのうちは表紙を丁寧に観察し、少しずつ読み進めていたナタリーだったが、ページが進むにつれ目を見開いて、ページをめくる速度が速くなっていく。

「そんな……」

そしてナタリーは本を閉じると、私のほうに向き直り困惑した顔で口を開いた。

「これ……何の本なんですか……。アリシアさん、イグニスさん、マリウスさん、セシルさん、ガレンさん、それにレヴィアナさんも……」

ナタリーの困惑した表情に、ガレンがそっとフォローを入れる。

「まぁ、驚くよな」
「ガレンさん……この本……」
「俺は初めの数ページで読むのやめちまったけどな。すげぇな、読み進められるのか、その本」
「そう……え?でも、だって、これ……」
「な?見なかったほうがよかっただろ?」

ナタリーはまた沈黙をしたまま本の先頭から読み返しはじめる。ナタリーの手は震えていて、顔は真っ青になっていた。
それでも気丈にナタリーは読み進めた。
ゆっくり、ゆっくり、少しずつ、それでも止めることなく読み進めた。
1時間以上が経った。その間、私もガレンも一言もしゃべらなかった。
そしてページが最後のページをめくり終えると同時に、ぺたんとその場に座り込んだ。
少しの間そのままの体勢で放心していたナタリーが、呆然とした表情のまま私のほうに向き直る。

「レヴィアナさん……これは……」
「ええ、【解体新書】、この世界の攻略本よ」

私はナタリーに笑いかける。ナタリーが唾を飲み込む音が聞こえる。

「この世界の……攻略本……?」
「そう、この世界は、1人の女の子が素敵な男性と恋をして、幸せになるために作られた世界なの」

***

ナタリーが三度目になる初めのページから読み直しを始める。

「ということは4月に行ったアーク・スナイパーは」
「えぇ。主人公になるアリシアに対しての魔法の説明ね」
「じゃあ、3人でペアを組む訓練は?」
「アリシアとほかの登場人物が仲良くなるため。そのあとに起こるある事件も、アリシアとあの4人を仲良くするために必要なイベントよ」

そのあとも知っていることを交えながらナタリーからの質問に答え続ける。再度、最後まで読み終えると、ナタリーは本を閉じた。
ナタリーが落ち着くまでしばらく待った後、私は「大丈夫?」とナタリーに問いかけた。

「私に着いてきて、そんな本を知って後悔してない?」
「それは……」

ナタリーは少しだけ戸惑った様子を見せる。でも、ナタリーは何度か深呼吸をして、しっかりと私の目を見て「後悔していません」と言い切った。

「私、来てよかったです。これで師匠が言っていた『卒業式の翌日にまた会おう』と言っていた理由がわかった気がします」

再びページをめくり、最後のページを開く。【解体新書】は【卒業式】というイベントが書かれたページで終わっていた。
何度も、何度も、何度も見た、アリシアが笑顔で攻略対象の4人と幸せそうに抱き合っているイラストとともに、卒業式の日の出来事が事細かに書かれている。

「きっと師匠もこの本を読んだことがあるんですね」

ナタリーは空を見上げ、大きく息を吸う。そして、はぁと息を吐きだした後、憑き物の落ちたような顔で私に笑いかけた。

「レヴィアナさんはいつからこのことを知っていたんですか?」

ナタリーの質問に、私はなんと答えたものかと少しだけ考える。

「ガレンと同じ時――――」
「ではないですよね?ガレンさんは先ほど少しと言っていました。きっと自分のことが書いてある本を見て読むのをやめたのでしょう。でも、この本を最後まで読んで疑問に思わないわけがないんです」

そこまで言い切ってナタリーは言葉を止め、私の顔、ガレンの顔、そしてまた私の顔と何度も往復させた。
そして、意を決したかのように口を開いた。

「その前に一つ。実はずっと不思議だったんです」
「不思議?」
「はい。ミーナさんの事」

まっすぐ私を見たまま、ナタリーは話を続ける。

「レヴィアナさんはミーナさんのことを覚えていた理由を【魔力が強かったから】と言いましよね?」
「ええ、そうね」

もう観念していた。あとは私が覚悟を決めるだけだ。

「でも、それならセシルさんが覚えていないわけがないんです。セオドア先生も『そんな生徒はいない、知らない』って」

少しだけ悲しそうにつぶやいた。きっとミーナのことを聞いてから自分なりにいろいろ調べていたんだろう。

「そして、イグニスさんのこと、そして、ナディア先生のこと、アルドリックさんの事、この3人のことは私も覚えていました。それは、きっと……」

そういいながら【解体新書】に目を落とす。

「ミーナさんの事、本当はレヴィアナさんも他のみんなと同じように忘れていないといけないんです。でも、レヴィアナさんだけ、どうして覚えているんですか?」

どうして、と聞いた。ある程度推測はついているんだろう。

「それに、ほかの皆さんは【解体新書】の通りでした」

【解体新書】の表紙を見せながら続ける。

「マリウスさんも『きっとこういうことをするんだろうなぁ』と思います。ほかの人もそうでした。……でも、レヴィアナさん。レヴィアナさんだけが、違いました。私の知ってるレヴィアナさんは、アリシアさんにこの本みたいなこと、絶対にしません」
「……ふふ、ありがとう」

本当にこの子はいい子だ。まっすぐで、誠実で、可愛くて、そして強い。まるで、本当のアリシアみたいだ。
そんな子が今私をしっかりと見据えて話を聞いてくる。
ガレンの表情も伺い見る。驚いた顔をしているが、それでも今のナタリーの会話から何かを察したのか私の顔をしっかりと見ている。
もうはぐらかすこともないだろう。私は一度目を瞑り大きく息を吸い込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「……そうね、どこから話そうかしら」


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