上 下
88 / 143
テンペトゥス・ノクテム

氷に覆われた未来の種_3

しおりを挟む
「おはようございますですわ!ナタリーは今日もかわいいですわね」
「あはは、そんな事ないですよ!レヴィアナさんこそ、イヤリング素敵ですねー」

あれから数日、なんとか普通の生活に戻っていた。食事は相変わらずうまく摂れないし、夜もよく眠れないけど、周りに気付かれないように必死に取り繕っていた。

「……ナタリーもイヤリング持っていましたわよね?つけないんですの?」
「あはは、私にはちょっとおしゃれすぎるかなと思いまして」
「そうですか」
「あ、でも!レヴィアナさんがそういうなら今度つけてみますね!」

あれから誰もテンペストゥス・ノクテムの事も、そしてナディア先生の事も触れてこない。
「お前のせいでナディア先生が!」と罵倒されたほうがよっぽど楽だった。何もされないからこそ、責められていないことが余計に辛かった。
私はまだみんなにナディア先生のことで謝ることすらできていない。

「レヴィアナさん……あの……」

何度か2人きりになった時に告げようかと口を開くが、どうしてもその先の言葉が出てこなかった。

「ん、なんですの?」

そう言って微笑む彼女の顔はとても綺麗だった。

「あれ?なんでしたっけ……。ごめんなさい、忘れてしまいました。えへへ」

そんな顔を見てしまうと何も言えなくなってしまう。蓋を開けてしまって、この笑顔が二度と見られなくなるのが怖かった。

「ふふっ、変なナタリー。でも本当に何かあったら相談してくださいまし?」

そう言って彼女は優しく微笑んでくれた。

「うん、ありがとう。頼りにしてます!」

そう言って私も微笑んだ。でもなんて相談していいのかわからなかった。

レヴィアナさんは今日もこんな私に手を差し伸べてくれる。
私が初めて触れた暖かい手。シルフィード広場で初めて遊んだ時から私のことを怖がらずに接してくれた暖かい手だった。

***

「はぁ……」

ため息が止まらない。その日の放課後、私は旧訓練室に一人で座りずっと空を見ていた。
いつも通りのみんな、幸せの日常。最高のみんな、素敵な友達。
でも、口を開けばそんな誰かを傷つけてしまうようなそんな気がして私は何を話していいかわからなくなっていた。

「みんなに混じるのは得意だと思っていたんですけどね……」

手には緑色のラインが入ったリボンを握りしめている。初めは綺麗だったリボンも今ではところどころ汚れてしまっていて、皺も癖がついてしまっている。まるで今の自分のようだと思った。

(私……何やってるんでしょう?)

そう思いながらも、こうしてじっとしているしかなかった。
ここにいると少しだけ落ち着く。

「ごめんなさい……」

自然と口から言葉がこぼれていた。
誰に謝っているのか自分でもわからないけれど、そんな言葉しか出なかった。

「ねぇ……ミーナ……私どうすればよかったでしょうか?」

ミーナ、しばらく前にレヴィアナさんがぽつりと言った、そして私の口からも自然とこぼれた、多分、人の名前。
誰かはわからないけど、何故か懐かしい感じがしたのを覚えている。

「もうどうしていいか…わからないんです……。ねぇ……ミーナ?」

涙が溢れてくる。でも、拭う気力もない。
涙は頬を伝うことなく床へと落ちる。
もう限界だった。幸せな日常なはずなのに、何も変なことは無いはずなのに、それでもずっと何かが欠けている気がしている。
今だってそう。
私がこの壁にもたれかかって、レヴィアナがそこの椅子に座って、もう一人そこの椅子に座っている誰かがいたはずなのに。
そんなはずないのに、でも何も思い出せなかった。
そんなどこにも居ない人にすら縋りたかった。

「会いたいです……もう一度だけ話がしたい……ミーナ……さん?」

その言葉を口にした瞬間、今まで我慢していたものが堰を切ったように溢れ出した。

「うぅ……あぁあああ……!」

声を上げて泣いた。誰もいないこの場所で思い切り泣き続けた。
私の頬を伝った涙はリボンに落ち染み込んでいく。
涙の染みをなぞりながらただただ涙を流した。

――――もう……ダメ……私……もうちゃんと笑えない……

どれだけ泣いたことだろう。涙はとうに枯れ果て、日はすっかり沈んでしまい周囲は真っ暗になっていた。

最後に、最後にみんなの中に楽しい思い出を作りましょう。
最後まで笑っている私で終わりましょう。
みんなは私が故郷を滅ぼしたことも知りません。
あの夢で見た女の子を置き去りにして逃げたことも知りません。
だから、せめてみんなの思い出の中ではにこにこしている私で終わりましょう。

そうだ、初めてシルフィード広場に行ったメンバーがいいですね。
私と、レヴィアナさんと、あとアリシアさんでしたっけ?
あとマリウスさんも誘いたいですね。
きっとマリウスさんの中では私が庇ったままで終わっていると思います。それはちょっと嫌です。
あれからマリウスさんが私に対してよそよそしくなったように感じるのは気のせいではないでしょう。
みんなの記憶の中の私は笑って生きていて欲しい、のうのうとこれまで生きてきた私の最後のわがままです。

大丈夫、きっと笑えます。
演技は得意です。
次の放課後、あの頃の、ただ笑っていたときの私として過ごしましょう。
初めて見たあの日のように笑って演劇を見て、あとは、それから、みんなで楽しくおしゃべりして、美味しいもの食べて、
――――それで
――――それから、それから、それから……それから…………
――――それで、みんなの中の私は笑ったままで、あの日終わるはずだった私を終わらせましょう。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】無敵のシスコン三兄弟は、断罪を力技で回避する。

櫻野くるみ
恋愛
地味な侯爵令嬢のエミリーには、「麗しのシスコン三兄弟」と呼ばれる兄たちと弟がいる。 才能溢れる彼らがエミリーを溺愛していることは有名なのにも関わらず、エミリーのポンコツ婚約者は夜会で婚約破棄と断罪を目論む……。 敵にもならないポンコツな婚約者相手に、力技であっという間に断罪を回避した上、断罪返しまで行い、重すぎる溺愛を見せつける三兄弟のお話。 新たな婚約者候補も…。 ざまぁは少しだけです。 短編 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

ラスボス姫に転生したけど、ドS兄貴はシスコン設定になっていたようです

ぷりりん
ファンタジー
転生ラスボス姫がドS兄貴の溺愛に大困惑する、ラブコメファンタジー

悪役令嬢がグレるきっかけになった人物(ゲーム内ではほぼモブ)に転生したので張り切って原作改変していきます

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢になるはずだった子を全力で可愛がるだけのお話。 ご都合主義のハッピーエンド。 ただし周りは軒並み理不尽の嵐。 小説家になろう様でも投稿しています。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

【完結】妹の特殊能力が凄すぎる!~お姉さまの婚約者は私が探してみせます~

櫻野くるみ
恋愛
シンディは、2ヶ月以内に婚約者を探すように言われて困っていた。 「安心して、お姉さま。私がお姉さまのお相手を探してみせるわ。」 突然現れた妹のローラが自信ありげに言い放つ。 どうやって? 困惑するシンディに、「私、視えるの。」とローラは更に意味のわからないことを言い出して・・・ 果たして2ヶ月以内にシンディにお相手は見つかるのか? 短いお話です。 6話+妹のローラ目線の番外編1話の、合計7話です。

「貴女を愛することは出来ない」?それならこちらはこちらで幸せになって後悔させてやる。

下菊みこと
恋愛
初夜で最低な態度を取られて失望した妻のお話。 小説家になろう様でも投稿しています。 イフルート!追加しました。こちらは本編ですっきりしなかった方向けのイフルートです。ラスト以外変わりません。 自立出来る女性ならイフルートも有りですよね!

処理中です...