悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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反乱

掴めない真実

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「んっ……あれ……?私……?」

気が付くと私はベッドに寝かされていた。

(確か、私は……)

少しだるさが残る身体を起こし周りを見渡す。するとベッドのすぐ横の椅子に座っていたお父様と目が合った。

「大丈夫かい?」
「お父様……私……」

まだ頭がぼんやりしていて状況が把握できない。

「無理はしなくて良いよ。まだ横になっていてもいい」

そう言いながらお父様は私の頭を撫でてくれる。

「っ……そうだ!反乱軍は……!?」

ようやく思考が世界に追いついてきた。

「ああ、それならもう大丈夫だよ。全部終わったから」
「全部……っ……」

勢いよくおきあがろうとしたが、まだ体力の戻りきっていない体がついてこれなかったのかふらついてしまう。口の中からは土の味がした。

「おっと……」

そんな私の体をお父様は優しく支えてくれた。

「本当にすまなかった」

そのままぎゅっと抱きしめられ、耳元でささやかれる。

「ただ、レヴィを困らせたかったわけじゃないんだ。これだけは信じて欲しい」

私は何も言うことができなかった。ただ、ゆっくりと頷いて抱きしめ返した。

「それに、そんなに私の事を大切に思ってくれているなんて。本当にうれしかった」

お父様は私を抱きしめたまま、頭をなでて、背中をゆっくりとさすってくれる。

「わたっ……わたくしはただ……お父様が大切で、だからっ……」

こんなふうに抱きしめられたのは初めてでしどろもどろになってしまう。

「ああ、ありがとう。大丈夫だよ。私ももうあんなことしない、だからレヴィも自分のことを大切にしてくれ」

少し落ち着いた後、ゆっくりと体を離して見つめ合う。お父様の優しい微笑みを見て私は何も言うことができなかった。
そのまま何も言わずにしばらく見つめあっていると、部屋の扉がノックされた。

「どうぞ」

扉に向かってお父様が声をかけると、フローラが中に入ってくる。

「お嬢様もお目覚めになったのですね。良かった」

そう言って、フローラはお父様と反対側の椅子に座って私の手を握ってくれる。
フローラの手もしっかりと温かかった。

「レヴィも、と言うことは?」

お父様が聞き返すと、フローラは頷いた。

「えぇ、彼も目を覚ましました」

***

(俺は何をしてるんだ……?それにさっきの人は……?)

体を動かそうとしても全身を拘束されているのか身じろぎ一つできなかった。
寝かされたベッドから見える天井は今まで見たことが無いほど綺麗で、普段自分が使っている寮のものと比べるのもおこがましい程だった。

(それにしても、なんで俺はこんな所にいるんだろう?)

色々と気になることだらけだが、特に意識が無くなる直前のことは思い出せなかった。

(いや……あれは夢だったのか?)

もしくは変な夢でも見たか……。

目を閉じてそんなことを思っていると、扉がノックされ「失礼するよ」という声と共に何人か部屋に入ってくるのが気配でわかった。

「カムラン……てめぇ……なんでこんなことしやがった……?」

声の主はイグニスだった。明らかに怒っている。

「イグニス……なんで……って?それにここはどこなんだ……?」
「ざっけんな!あんなことしておいて言い逃れできると思ってんのかよ!!」
「あんなこと……?」

俺がそう聞き返すと、1つ足音がどんどんこちらに近づいてくる。

「まぁまぁイグニス君。約束したろう?落ち着いて会話をしていこうじゃないか」
「……っっぐ……。はい……」
「じゃあフローラ、彼の拘束を解いてやってくれ」
「アルドリックおじさん!そんな事したら……!」
「大丈夫だよ」
「っ!……はい」

両手両足が熱を帯びたかと思うと拘束が解かれたようだった。体の節々が痛むが、それでもゆっくりと起き上がると見知った顔と知らない顔が目に入った。ただ中央の凛々しい顔をした男性はどこかで見覚えがあった。

「つらいなら横になったままでもいいよ?」
「いえ、大丈夫です……あの……イグニス?えっと……」

状況がいまいち飲み込めず、イグニスに助け船を求めようと視線を向けるが、明らかに怒っている様子のイグニスと目が合う。

「あの……俺……」
「カムラン!お前……自分が何したのかわかってんのか!?」

ベッドの前まで来てこちらを睨みつけてきたので気圧されてしまう。

「いや……その……」
「フローラさんを傷つけて、アルドリックさんの屋敷を破壊して、反乱軍を率いてアルドリックさんを攻撃して、それで……っ」
「……そんな…?俺が……?」
「そうだよ!てめぇがしでかしたことだよ!!」

イグニスは声を荒げているが、俺はいまいちピンと来ていなかった。自分がそんなことをするなんてとても考えられない。それになんだか……少し記憶がはっきりしない……。

(いや、さっきの夢の中でそんなことをしたような……?)

「ってお前……なんて顔してんだよ」
「違う……覚えて……ないんだ……。俺が……何でここにいるのかも…。い、今のイグニスが言ったことは本当なのか?」

横にいるレヴィアナやガレンを見てみると、2人もイグニスの主張に納得しているようだった。

「いや……でも……俺は……」

いや、分からない。やったという事もやっていないという事にも確証が持てなくなっていく。

「なぁ、カムラン。お前、何があったんだ?」

ガレンに声をかけられる。

「いや、わからない……。何も覚えてない……。本当に俺、なんでこんな所にいるんだ?ここは学校じゃ……ないよな……?」
「お前…。どこまでなら覚えてるんだ?」
「イグニスたちと魔法の訓練場でチーム戦をやって……、そう、チーム戦はレヴィアナたちが勝った。それから部屋に戻って負けた反省をして……そこから誰かに声をかけられて……」
「誰か?そいつは思い出せないのか?」

ガレンの問いかけに合わせて言われて必死に記憶をたどってみるが、何も思い出せなかった。
少しずつ思い出してきたと思っていた記憶が、だんだんとまた霞がかかったように記憶の輪郭があやふやになっていく。

「……だめだ……思い出せない……。でも会話はした……と思う。それでそこから何かを壊さないと、殺さないと……って、そうしないとなんだかいけないような気がして……あ……そこから外に行って合流して……」

話していると、だんだんと夢の中の会話が鮮明になってくる。いや、これは夢じゃないのか?

「その会話した人物は思い出せねぇのか?」
「……わからない」

勝手に口が動いた。

「そっか……なら仕方ねぇな。それ以外に思い出せることは?」
「……そうだ!思い出した!誰かと合流した後だ!!俺は誰か知らない人に魔法で攻撃をした!!!あれは誰なんだ!?俺は一体何をしていたんだ!?」

ベッドから勢いよく立ち上がる。
必死に気持ちを落ち着けようとしても無駄だった。全身からは次から次に冷汗が流れてくる。
しかしどれだけ記憶の棚を漁っても、覚えているのは何者かに魔法を放つところまでだった。

必死に思い出そうとするが、夢の中での出来事はまたどんどんと朧げになっていく。
そのままベッドに座り込むと俯いて頭を抱えた。

「―――君が魔法をつかったのはフローラと私に対してだよ」

沈黙が場を支配していたが、男性の言葉でそれは破られた。

「まずはゆっくり話をしようじゃないか」

その言葉にカムランはこくりと頷く事しかできなかった。

***

あれから意識を取り戻し、起き上がれるもの全員で大広間に集まっていた。

こちら側には、私、お父様、イグニス、ガレンが座り、向かい合わせになる形で反乱軍……と言うには随分と弱々しい表情をしたセレスティアル・アカデミーの生徒たちが座っている。

彼らに対しては自分たちが先ほどまで行っていたことを話して聞かせると全員カムランと同じように信じられないという表情を浮かべていた。
ただ、記憶の中の自分は学校にいたはずなのに、ここにこうしていることから全てを信じざるを得ないと考えているようだった。

もう拘束具はつけられていない。
私は反対したが、アルドリックは「食堂にそぐわないだろう」とにこやかに言い、全員の拘束具を外してしまった。

「さて、君たちに質問がある。どうして私の家やフローラを襲ったんだい?」

アルドリックは一人一人の顔を見ながら問いかける。
その表情はいつもと変わらない穏やかなものだったが、どこか威圧感を感じているようだった。
彼らの目の前にいるのは三賢者の一人で、身に覚えがないとはいえ自分たちが襲撃をした相手だ。それも仕方のないことだろう。

皆、お互いの顔をうかがい、そして机の方へ視線を下ろしていった。
その様子を見て再びアルドリックが同じ問いを、今度は少し語気を強めて投げかける。
お父様のこんな声を聞くのは初めてだった。威厳があり、荘厳で、誰も出まかせの嘘など話すことは許されない、そんな威圧感があった。
向かい合っていない私ですらそう感じているのだから、相対している彼らはそれどころではないだろう。

まるで時間が止まってしまったかのように全員がピタリと動かなくなってしまった。

沈黙が場を支配していく。

1分、5分、10分だろうか、時間の感覚がなくなったころ、アルドリックが再び声を発した。

「うん、さっきのカムラン君同様、君たちがなんでここにいるか、何をしたか覚えていない、そういう事かい?」

壊れたおもちゃのように一斉にうなずき始める反乱軍の面々たち。中には瞳に涙を貯めているものもいるようだった。

「お前ら…こんなことしてて覚えてません!ってそんなことあるかよ……!!」

イグニスがそんな様子を見て声を荒げる。
私も正直同じ気持ちではあった。
しかしそんなイグニスをアルドリックが目で制す。

また再び沈黙があたりを支配する。
父は目をつむって何かを考えているようだった。この状況で何を考えているのだろう。

アルドリックはにこやかな表情を浮かべ、手をパンと叩いた。

「よし、わかった。覚えてないなら仕方がない」

アルドリックの言葉に反乱軍たちは驚いた表情を浮かべた。

「お父様!?」
「覚えていないことについては仕方がないじゃないか。とはいえ起きたことについてはしっかり謝って、片付けもしてもらうよ」
「ちょ…!?そんな軽く済ませてしまうんですの!?」
「まぁフローラもこの通りけがをしたとはいえすぐ直るようなものだ」

アルドリックはそういうと視線を部屋の隅にずらす。そこにはいつの間にかフローラがお茶をキャスターに乗せやってきていた。

「フローラが仕返ししたいというなら話は別だが……」

その言葉にフローラは笑顔で首を横に振る。

「そんなそんな、お嬢様のご学友に対して仕返しだなんて。それに私もまだまだ研鑽が甘いという事です」
「ね?私も特にケガをしたわけでもないからね」

そういうとアルドリックは反乱軍に向き直る。

「とはいえ、君たちが私の屋敷を荒らしたのは事実だ。だから明日は私の屋敷の掃除を手伝ってくれたまえ」

その言葉を聞いて反乱軍の面々は驚いていたが、やがてお互い顔を見合わせてホッとしたのか、喜びを露わにしだすものもいた。

「納得いかないかい?レヴィ」
「だってお父様、殺されそうになっていたのですよ?」
「でも、ほら、こうして私は生きている。……それに、多分、こうしておいたほうが良いはずだよ」

その意味は分からなかったが、アルドリックはこの場はこれでおしまいとばかりに手を2回たたいた。それを合図に使用人の面々が温かい料理を次々に運びこんでくる。

結局なぜこんなことをしたのかと言った事は全く分からず仕舞いだったが、その日は反乱軍に対して、殺されかけた屋敷の主人が料理をふるまうというわけのわからない食事会となり幕が降りたのだった。


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