上 下
57 / 143
反乱

ヴォルトハイム邸での攻防_1

しおりを挟む
(――――もう……朝……)

よく眠れたような、眠れなかったような、ずっと変な空気に包まれながらベッドに入っていたら気づいたらいつの間にか外が明るくなっていた。

この世界に来てから一番寝苦しい夜だった。

(それは……まぁ当然よね)

いくらお父様の強靭な防御魔法に包まれているとは言え、この屋敷を、そしてフローラを攻撃した反乱軍に囲まれたここはまぎれもない戦場だった。
いつ魔法が飛んでくるかも分からないこんな状況でしっかりと眠れる方がどうかしている。

クロークの中から比較的動きやすい服を選んで身に包む。
いつもこの屋敷では着替えさせてくれていたお手伝いさんも今日は誰も居ない。こんなことからも今が非常事態だという事を嫌でも認識させられる。

「よし……」

鏡の前で、もう一度右耳に付けたイヤリングに触れ、そして「妖精の音符」を確認する。

(大丈夫……きっとうまくいくわ。今度はきっと……!)

昨日は遅くまでガレンとありえない仮定を元にした最悪の想定も練り上げた。きっと大丈夫。

大広間に行くとまだ日も上がり切っていないというのにみんな集まっていた。

「なんだ?なんだか眠そうだなレヴィアナ」
「こんな状況で爆睡できるのはあなた位でしてよ?イグニス」

いつものようにけたたましいイグニスだったけど、その日常が今は少しうれしかった。
ガレンも既に広間にいて、その隣にはお父様も座っていた。

「よく眠れたかい?レヴィ」
「ええ、お父様のエレクトロフィールドのおかげですわ。お父様こそ一晩中結界魔法を使っていらしたのでしょう?」
「はっはっはっ。これくらいなんともないさ。昔はもっと無茶していたからね」

お父様はおどけながら笑っていた。でもその瞳は昨日と変わっていなかった。

「では、少し軽食を取ったら昨日の作戦会議通り行こうか」

お父様の提案した作戦は【対話】だった。
お父様が素直に正面から相手のリーダーに話しかける。
まずは相手が何を望んでいるのかを聞き出すというのが、まぁ、正攻法という事になった。

「私もご一緒します」

そうフローラが言い立ち上がった。

「私も旦那様ほどではないですが防御魔法も使えますし、昨日相手のリーダーと思われるものと会ったのも私だけです。少しでもお役に立てると思います」
「でも……ケガの方は大丈夫ですの?」
「えぇ。もちろん。これくらいじゃ何ともないです。昔お嬢様との魔法の訓練で受けた怪我の方が痛かったくらいです」
「まぁ!」

フローラの冗談に思わず吹き出してしまった。そしてみんなでひとしきり笑いあった。
本当にいつも通りの空間だった。

***

「おーい、反乱軍のリーダーさーん!!」

まるで食事ができたから呼びに来たとでも言わんばかりの間の抜けた声でお父様が声をあげる。

「対話をしようじゃないか。君たちの望みは何だい?」

屋敷から50mほど離れた位置で、そして、屋敷に張られたエレクトロフィールドの外側にお父様とフローラが2人ポツリと佇んでいる。
風魔法を使えない私たちではすぐに駆け付けることが出来ない距離だ。

もう少し近くで!と提案はしたが、別に戦いに行くわけでは無いからと、この距離を提案したのもお父様だ。

私たちは見晴らしが良い様にと屋敷の最上階からその様子を眺めていた。
少しの間静寂が辺りを包む。私たちもどこから攻撃が飛んできても対応ができるように息を殺して集中する。
遠くから仮面を付けた人間が現れた。その姿を見た瞬間息をのんだ。

「ねぇ……あの服……?」
「あぁ、間違いねぇ、俺たちの学校の制服だ」

てっきりこのヴォルトハイム家に仕えている農民の誰かによる反乱だと思っていた。
昨日もあの服装だったのだろうか?だったらなぜお父様もフローラもそのことを教えてくれなかった?

「なりすまし……ってことかしら?」
「そんな事する意味がないだろ。それに、なーんか俺様あいつの事知ってる気がするんだよな」

遠くなので男性という事くらいしかわからない。でも、言われてみればその立ち姿や、動きに見覚えがある気がする。

「望みか。俺たちの望みは平民の解放だ!!!!」

現れた反乱軍のモノは喉がちぎれるのではないかと言うほど大声でそう宣言した。
仮面越しで声は籠っていたが、それでも純粋な敵意の様なものがビリビリと伝わってくる。

「お前たち貴族は俺たち平民を常に見下している!!!だから粛清しないとならない!!!」

そういって今度はお父様を指さし、叫びを上げる。
お父様が今どんな表情をしているのか私からは見えない。フローラはこれだけの明確な敵意をぶつけられても、あのいつもの温和な表情を崩していないのだろうか。

「貴族の象徴であるヴォルトハイム家を堕として、平民が貴族を倒すんだ!!!」

反乱軍のリーダーと思しきモノは両腕を天に掲げながらそう叫んだ。

「みんな行くぞ――――!!!!!」

その合図とともに、森の中に隠れていた仮面の男の仲間が現れる。人数は20人程度、想像よりももっと少ない。
でも問題はそんな事では無かった。

「おい……あれ、一体どういうことだよ……?」

イグニスが戸惑いの声を上げる。私も言葉を失い、ただただその光景に呆気にとられていた。
全員が仮面の男と同じくセレスティアル・アカデミーの制服を見に纏っていた。

「やっぱり……」

固まる私たちの横でガレンがぽそりとつぶやいた。

「ガレン……やっぱりって……?何か知っているんですの?」
「――――ん?いや……ほら……リーダーが制服を着てたから……もしかしてって」

ガレンにしては歯切れの悪い物言いだった。でも今はそれを問い詰めている場合ではなかった。反乱軍の面々が魔法の詠唱を始める。

「でもよ、これなら俺様たちが出る幕はないんじゃないか?」
「どうしてですの?」
「あの学校で俺様たちに敵う奴はいねーだろ?ましてやあいつらが本当に平民たちならアルドリックおじさんに勝てる訳がねぇ」

私もイグニスのいう事はもっともだとだと思う。

(……でも、だとしたらどうしてあんなに堂々とお父様と対峙して立っていられるの?)

そんな心配をよそに反乱軍の魔法の攻撃が始まった。しかしいずれの魔法もお父様が展開しているエレクトロフィールドを突破することはできずに霧散していった。

***

(こんなものかい?)

アルドリックは相対する反乱軍の稚拙ともいえる魔法を冷静に見据えながら素直にそう感じていた。

リーダー格と思われる少年の攻撃からは少しの筋の良さを感じるが、それでもアルドリックと渡り合うには程遠いレベルだ。

(さて、どうしたものかな?)

少なくとも作戦上は対話を望んだ手前いきなり攻撃するわけにはいかないが、かといってこのままだと何も起きずに終わってしまう。

「君たちは一体何者なんだい?貴族を倒すと言ってはいるが、私を倒した後の目的はあるのかい?」

アルドリックは穏やかに問いかける。

「うるさい!俺たちはお前を倒さないといけないんだ!!」

そうリーダー格の少年が叫び魔法を練り上げる。

「お前たちも俺に合わせろ!!」

反乱軍は口々にアルドリックに対する罵声を飛ばしながら魔法の詠唱を始める。そしてそれが次第に一つにまとまり、やがて一つの魔法へと変わっていった。

(なるほど、複合魔法)

珍しい複合魔法、しかもこれだけの人数が組み合わさって練り上げていく術式は本当に久しぶりに見る。最近の学校ではこういったことも教えるのだろうか。アイザリウムあたりが見たら小躍りしながら喜ぶだろう。

「ヴォルカニックウィンドっ!!!!」

(しかし……)

複合魔法だろうが何だろうが、もともとの魔法が未熟なために、威力も精度も中途半端だ。
アルドリックは右手を正面に向け、もともとの防御魔法に重ねてエレクトロフィールドを展開させた。
爆炎はアルドリックのエレクトロフィールドの前に、その勢いを徐々に失い次第に消えていく。

「やっぱり……俺たちだけの力じゃびくともしないか」
「いやいや、君たちの魔法も立派だよ」

アルドリックはそう笑いかけたが、少年は苦々しい表情を浮かべるだけだった。

「昨日フローラから聞いたよ。その制服を着ているという事はセレスティアル・アカデミーの生徒だね?うちの娘も生徒なんだよ。だから今日のところは矛を納めて、またしっかりと学校で研鑽を積んで成長してから挑んできなさい。勝負ならいつでも受けてあげるから。それに今やめたらうちのフローラに対して攻撃してきたことも不問にしてあげよう」

覚悟は決めていたとはいえやはり未来のある子供たちを巻き込むのは忍びない。
彼らにはここで帰ってもらえば、また別の選択肢が生まれるだろう。

「だから……そういうところが見下してるって言ってるんだ!!!!」
「見下してはいないよ。私のほうが君たちよりも長く生きている、ただそれだけだ。それにこのまま反乱を続けているとほかの貴族たちに包囲されて君たちは殺されてしまうかもしれない」

少年は根っからの悪人ではないのだろうとアルドリックは考えていた。
きっと彼らもそう言う事なんだろう。
そしてアルドリックはリーダー格の少年の持つ杖についている魔導石に目を留める。

(あれは、まさか……)

少年が持っていた杖には見覚えがあった。というよりもその持ち主をよく知っている。そして魔導石を持っているという事は――――

「死ぬなんて、より良い人生を送れるならいいさ!おい!!お前ら!!!手筈通りにやるぞ!!!」
「おう!」

その掛け声とともに仮面の反乱軍たちは一斉に杖を天に掲げた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【第1部完結】暫定聖女とダメ王子

ねこたま本店
ファンタジー
 東京在住の佐倉雲雀(さくらひばり)は、学生の頃ちょっとやんちゃだった過去を持つアラフォーオタク女。  そんな彼女はある日、都内某所で弟夫婦からの出産報告を待っている間に、不可思議な現象に襲われて命を落とし、異世界にて、双子の妹を持つ田舎の村の少女・アルエットに転生していた。やがてアルエットは、クズ叔父の暴力がきっかけになって前世の記憶を取り戻す。  それから1年。クズ叔父をサラッと撃退し、11歳になったアルエットは、なぜかいきなり聖女に認定され、双子の妹・オルテンシアと共に王都へ招かれる。そして双子の姉妹は、女王の第一子、性悪ダメ王子のエドガーと、嬉しくも何ともない邂逅を果たす事になるのだった。  ギャグとシリアス、所によりほのぼの?そして時々、思い出したように挟まってくるざまぁっぽい展開と、突然出てくる戦闘シーン。でも恋愛描写はほぼありません。  口が悪くて強気で図太い、物理特化型チート聖女・アルエットの奮闘を、生温い気持ちでご覧頂ければ幸いです。

しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記

スィグトーネ
ファンタジー
 ワンルームの安アパートに住み、非正規で給料は少なく、彼女いない歴35年=実年齢。  そんな負け組を絵にかいたような青年【海渡麒喜(かいときき)】は、仕事を終えてぐっすりと眠っていた。  まどろみの中を意識が彷徨うなか、女性の声が聞こえてくる。  全身からは、滝のような汗が流れていたが、彼はまだ自分の身に起こっている危機を知らない。  間もなく彼は金縛りに遭うと……その後の人生を大きく変えようとしていた。 ※この物語の挿絵は【AIイラスト】さんで作成したモノを使っています ※この物語は、暴力的・性的な表現が含まれています。特に外出先等でご覧になる場合は、ご注意頂きますようお願い致します。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...