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ちょっと待って!
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小鳥のさえずる美しい庭園。彩り豊かな花たちが、風に揺れている。その中で、私は一人、ガーデンテーブルで待たされていた。
来いって言ったのは殿下のくせに、待たせるとはどういう領分なんだ、って感じ。
あ、この城の主か。どうでもいいけど。
テーブルに肘をついて、用意された茶菓子を摘まむ。けど、食べる気になれず、そのまま戻した。
行儀が悪い?そんなん上等だわー。これで殿下が婚約破棄してくれないかなー、と。
たとえ破棄されたとしても、もうエドの元に戻れるわけじゃない。分かっているけど、未練がましいアタシはまだ諦めていなかった。それに、こんな気持ちのまま殿下と結婚するのも嫌だった。
そんなことを考えていて、ふと動きを止める。
でもこれ、結構良い手なんじゃ……。
顔を上げたところで、殿下がヒロインのカナを伴いやってくる。両脇には白い軍服の近衛兵二人もいた。
殿下が足早に近づいてきて、とりあえずアタシも立ち上がる。
「待たせたな、シャル。彼女も共にいるが、構わないか?」
「当然ですわ、殿下」
むしろ、大歓迎ですわ。
心の声は隠しつつ、頭を巡らす。
これはもしかしたら、チャンスかもしれない。アタシが何かやらかしつつ、カナを持ち上げて、最終的にお前など使えん。と思われれば良いわけだ。
そう思ったら、俄然やる気が出てきた。
まずは、やらかし系だけど……あまり下品なものは家名に傷がつく。軽いもので、と視線を動かした先に、さっき摘まんだクッキー。ジャブ的な感じで、ぶつけちゃおっかな、と席に座りかけた瞬間だった。
ちょうど手をついたところに、ソーサーの端があって……テコの原理とでもいうのだろうか。
ガチャンと音がしたかと思うと、カップが飛び上がったのだ。
「!」
それは、スローモーションのように弧を描き…………。
「ぶっ!」
見事に殿下の顔面へヒットした。
「殿下!?」
瞬間、ぶちまけられた紅茶が、銀髪の前髪に滴る。彼は、反射的に目を閉じたのだろう。そのまま何かを抑えるように、顔を伏せた。
「……」
あわてふためく近衛たち。みんなが近寄る中、カップはとっくに地面へ落ちて、パリンと割れていた。
まあ、想像とは違ったけど、結果オーライってやつですかね。怪我もなさそうだし。
ぼーっと見てたら、すかさずカナが、テーブルの上の布ナプキンで殿下を拭き始めた。
「大丈夫ですか?! お怪我などはありませんか?」
あら、素敵。
と、思ったのも束の間、殿下はカナを手で制し、ゆっくりと顔を上げる。目が合うと、その瞳がスッと細められた。
「これはシャルが起こしたことだ。ならばお前が責任を取らねばなるまい?」
「えー、そのようでございますね」
「カナ、それをシャルに」
そう言われたカナが、躊躇いがちに手を伸ばす。面倒臭い、と思いながら受け取る間際、ハッと気がついた。
これは確か、ゲームの第五幕【波乱のお茶会】じゃないだろうか。
このパートは本来、シャーロットがかけたお茶を、さもヒロインがかけたようにでっち上げ、さらにこのナプキンで殿下を拭いて自分の好感度を上げようとしたという、なんとも悪どいことを行う時間なのだ。
微妙に変わってはいるが、このままアタシが拭いたら、殿下の好感度が上がってしまう。
それは困る。絶対嫌だ。
サッと手を引っ込め、一歩後ずさる。
「シャル?」
殿下の疑問など知ったこっちゃない。わざとらしく、声を上げた。
「まあ! アタシがぶちまけたお茶で殿下がひどい姿に! でも、なんということでしょう! カナ様が甲斐甲斐しく拭いてくださるなんて! お優しいわ!」
「え?」
疑問符を浮かべるカナの後ろに行き、手を支え、半ば無理矢理拭かせる。パタパタ叩くように拭いていたら、殿下が眉根を寄せて、騒ぎ始めた。
「おい、シャル! いきなり何をし始めるんだ!」
「あら、アタシじゃありませんわ。優しいカナ様が拭いてくださってるの。そこを間違えないでくださいね。カナ様よ、カナ様」
念を押していたら、殿下が立ち上がる。直後、アタシの手を取って、強く引いたかと思うとそのまま茂みまで連れて行かれた。
一瞬、訳が分からず、瞳を瞬く。
殿下はカナ達に聞こえないように、耳元へ顔を寄せた。
「お前の考えは分かっている。だが残念だな。二日後の聖誕祭で、陛下へ婚宣式を行う。お前はそのまま後宮入りだ」
「な! お待ちください、殿下。心の準備がまだ」
「すでに時間は与えていた。これ以上は待たぬ」
そう言い残して、彼は身を翻し、カナ達の元へと戻った。
でもアタシは、佇んだままその場を動けなかった。
「…………」
聖誕祭……それは陛下の誕生日であり、ゲームの最後のイベントでもあった。
ヒロインが好感度をMAXにしていれば、婚宣式で殿下に名を呼ばれる。陛下に、最終的に后を誰にしたいのか殿下が宣言する式で、だ。
けどそれは同時に、そこで名を呼ばれてしまえば、もう結果が覆らないことを意味している。
それが二日後に迫ってしまった。このままでは、本当にもうエドと結ばれなくなってしまう。
そんな未来、絶対に嫌だ。
でも……。
嫌なのに……何も策が思い付かない。
アタシは、ギュッと掌を握り締めた。
来いって言ったのは殿下のくせに、待たせるとはどういう領分なんだ、って感じ。
あ、この城の主か。どうでもいいけど。
テーブルに肘をついて、用意された茶菓子を摘まむ。けど、食べる気になれず、そのまま戻した。
行儀が悪い?そんなん上等だわー。これで殿下が婚約破棄してくれないかなー、と。
たとえ破棄されたとしても、もうエドの元に戻れるわけじゃない。分かっているけど、未練がましいアタシはまだ諦めていなかった。それに、こんな気持ちのまま殿下と結婚するのも嫌だった。
そんなことを考えていて、ふと動きを止める。
でもこれ、結構良い手なんじゃ……。
顔を上げたところで、殿下がヒロインのカナを伴いやってくる。両脇には白い軍服の近衛兵二人もいた。
殿下が足早に近づいてきて、とりあえずアタシも立ち上がる。
「待たせたな、シャル。彼女も共にいるが、構わないか?」
「当然ですわ、殿下」
むしろ、大歓迎ですわ。
心の声は隠しつつ、頭を巡らす。
これはもしかしたら、チャンスかもしれない。アタシが何かやらかしつつ、カナを持ち上げて、最終的にお前など使えん。と思われれば良いわけだ。
そう思ったら、俄然やる気が出てきた。
まずは、やらかし系だけど……あまり下品なものは家名に傷がつく。軽いもので、と視線を動かした先に、さっき摘まんだクッキー。ジャブ的な感じで、ぶつけちゃおっかな、と席に座りかけた瞬間だった。
ちょうど手をついたところに、ソーサーの端があって……テコの原理とでもいうのだろうか。
ガチャンと音がしたかと思うと、カップが飛び上がったのだ。
「!」
それは、スローモーションのように弧を描き…………。
「ぶっ!」
見事に殿下の顔面へヒットした。
「殿下!?」
瞬間、ぶちまけられた紅茶が、銀髪の前髪に滴る。彼は、反射的に目を閉じたのだろう。そのまま何かを抑えるように、顔を伏せた。
「……」
あわてふためく近衛たち。みんなが近寄る中、カップはとっくに地面へ落ちて、パリンと割れていた。
まあ、想像とは違ったけど、結果オーライってやつですかね。怪我もなさそうだし。
ぼーっと見てたら、すかさずカナが、テーブルの上の布ナプキンで殿下を拭き始めた。
「大丈夫ですか?! お怪我などはありませんか?」
あら、素敵。
と、思ったのも束の間、殿下はカナを手で制し、ゆっくりと顔を上げる。目が合うと、その瞳がスッと細められた。
「これはシャルが起こしたことだ。ならばお前が責任を取らねばなるまい?」
「えー、そのようでございますね」
「カナ、それをシャルに」
そう言われたカナが、躊躇いがちに手を伸ばす。面倒臭い、と思いながら受け取る間際、ハッと気がついた。
これは確か、ゲームの第五幕【波乱のお茶会】じゃないだろうか。
このパートは本来、シャーロットがかけたお茶を、さもヒロインがかけたようにでっち上げ、さらにこのナプキンで殿下を拭いて自分の好感度を上げようとしたという、なんとも悪どいことを行う時間なのだ。
微妙に変わってはいるが、このままアタシが拭いたら、殿下の好感度が上がってしまう。
それは困る。絶対嫌だ。
サッと手を引っ込め、一歩後ずさる。
「シャル?」
殿下の疑問など知ったこっちゃない。わざとらしく、声を上げた。
「まあ! アタシがぶちまけたお茶で殿下がひどい姿に! でも、なんということでしょう! カナ様が甲斐甲斐しく拭いてくださるなんて! お優しいわ!」
「え?」
疑問符を浮かべるカナの後ろに行き、手を支え、半ば無理矢理拭かせる。パタパタ叩くように拭いていたら、殿下が眉根を寄せて、騒ぎ始めた。
「おい、シャル! いきなり何をし始めるんだ!」
「あら、アタシじゃありませんわ。優しいカナ様が拭いてくださってるの。そこを間違えないでくださいね。カナ様よ、カナ様」
念を押していたら、殿下が立ち上がる。直後、アタシの手を取って、強く引いたかと思うとそのまま茂みまで連れて行かれた。
一瞬、訳が分からず、瞳を瞬く。
殿下はカナ達に聞こえないように、耳元へ顔を寄せた。
「お前の考えは分かっている。だが残念だな。二日後の聖誕祭で、陛下へ婚宣式を行う。お前はそのまま後宮入りだ」
「な! お待ちください、殿下。心の準備がまだ」
「すでに時間は与えていた。これ以上は待たぬ」
そう言い残して、彼は身を翻し、カナ達の元へと戻った。
でもアタシは、佇んだままその場を動けなかった。
「…………」
聖誕祭……それは陛下の誕生日であり、ゲームの最後のイベントでもあった。
ヒロインが好感度をMAXにしていれば、婚宣式で殿下に名を呼ばれる。陛下に、最終的に后を誰にしたいのか殿下が宣言する式で、だ。
けどそれは同時に、そこで名を呼ばれてしまえば、もう結果が覆らないことを意味している。
それが二日後に迫ってしまった。このままでは、本当にもうエドと結ばれなくなってしまう。
そんな未来、絶対に嫌だ。
でも……。
嫌なのに……何も策が思い付かない。
アタシは、ギュッと掌を握り締めた。
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