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愛する人は、執事長。

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 はい。

 目が覚めたら、全くの別人になってました。

 眩しいほどのサンシャインゴールドの髪は、ふわっふわのゆるやかウェーブ。瞳はウサギのように赤く、バスト、ウエスト、ヒップが全て、以前のアタシとは違っていた。

 髪をかき上げながら、じっと鏡に映る自分を見つめる。

「……転生って、本当にあるんだ」

 と、呟いて、ふと思う。今回の場合は転生というのだろうか。別の人物になりかわっているのだから、憑依?てことは、元の自分は死んだのだろうか。記憶は朧気ながら、激しい雨音と車のクラクションを残していた。

 でも、肝心の部分が思い出せない。しばらく唸りながら、頭の中を探ってみたけど、それらしいことは出てこなかった。

 最終的に、出た結論を呟く。

「ま、いっか」

 嘆いたところで、今さら生き返るわけでもないし、とりあえず今は、現状を生きることの方が前向きみたいだ。

 しかもは、かろうじて記憶に残っている。自身の顔を見つめながら、そう思った。

 金色の髪に紅い瞳─この顔は、乙女ゲーム『暁の涙』に出てくる悪役令嬢のシャーロット・ハーレイだ。

 冷酷無情の伯爵令嬢で、現れる他の令嬢をなぎ倒し、最終的に王太子殿下の婚約者にまで成り上がった。

 けど、結婚直前、突然現れたヒロインに、その役を持ってかれて国外追放を受ける。

 そんなお嬢さん。でも、アタシにはむしろ好都合だった。

 だって、アタシの好きなキャラは……。

 そんなことを考えてたら、扉をノックされた。反射的に返事をする。

「はい?」

 すると、間を置かずに扉が開く。そこから姿を現したのは、白い給仕用キャップを被った紺のお仕着せに身を包む侍女の方だった。

 彼女はわずかに声を震わせ、言葉を呟く。

「シャーロット様……お食事の…ご用意が、出来ました……」

 プルプルしてて、なんかチワワみたい。可愛いなーと見てたら、顔を上げた彼女と目が合う。直後、弾かれたように視線を逸らされた。 

 ちょっと今のは、酷いんでない?

 なんて思って、つい声をかけてしまった。

「あの」
「も、申し訳ございません!申し訳ございません!申し訳ございません!」

 間髪入れずに謝罪を受けて、半ば呆然とする。直後、部屋の扉がバンッと思いきり開けられた。

「シャーロット御嬢様、いい加減になさってください!」

 姿を現したのは、無造作に跳ねた茶髪、そして髪色に似た鳶色の瞳で執事服を着ている、ここシャーロット・ハーレイ家の執事長兼幼馴染。名を、エドアルドという。

 アタシは彼を前にして、しばし固まったあと、口元を片手で覆った。

 ……何故なら、アタシの推しがこの御方──エドアルド様だから!

 彼は、メインキャラクターじゃない。だから、ほとんど画面にも出てこないのだ。出てきても些末な用件を伝える程度。

 当然、グッズなんか出ないし、書きおろしなんかしてもらえない。

 だからアタシは細々と、グッズを手作りした。画面を撮って、引き伸ばして印刷してオリジナル缶バッチやファイル。あと、うちわなんかを作ったりもした。

 そんな苦労を重ねてまで愛した人が、今、目の前にいるのだ!

 嬉しくないわけがない!!

 もう!今すぐ愛してるって言って、押し倒したいくらいなのだ。

 そんな風に自分を抑える中、エドがなんか怒ってる。

「使用人は道具ではありません! 心も体も傷つくのです! お分かりいただけないのですか?!」
「え、あ……いえ、それは分かりますけど」
「エドアルド様、エドアルド様」

 プルプル震えてた使用人が、エドの裾を引いてる。いいなー、羨ましい。

 けど、こちらに向ける視線は鋭い。

「だいたい、いつも貴女はミーシャに……いや、ミーシャだけじゃない。先日はアルトに」
「エドアルド様、エドアルド様……! エドアルド様!!」
「!」

 いきなり響いた大きな声に、驚いてエドがビクリと肩を揺らした。

 やだ、あの顔も素敵。

 そのエドが、恐る恐る少女に視線を落とす。

「ミーシャ?」
「今日は……何もなさっておりません」
「え?」
「シャーロット御嬢様は……私に、まだ何もしておりません」

 さっきまでプルプルしてたのに、今はしっかりしてる。言うとこは言うって感じね。さすがハーレイ家の使用人だわ。

 その言葉を聞いて、エドの顔から血の気が引いていく。

 急にどうしたのかしら?大丈夫かしら?

 と、様子を窺ってたら、今度はバッとその場に土下座した。

「ちょ、ちょっと! エド?!」
「申し訳ありません! 早合点致しました!」

 そのまま頭を下げて、動かなくなる。

 ちょっと!それじゃあ、貴方のご尊顔が拝めなくなるじゃない!やめて!!

 素を出したら、絶対引かれるから、コホンッと軽く咳ばらいをしてシャーロットになりきる。

「アタシなら何も気にしてないから、エド、顔を上げて?」
「いえ。滅相もございません」
「大丈夫。なんの問題もないわ。だから、顔を……」
「御嬢様に見せられる顔ではありません!」
「エド……」
「このまま失礼致します」
「え……ちょ、本気?」
「当然でございます」

 本当にズリズリと下がり始めた。

 待って待って、まだ全然、エドのこと堪能してないんですけど??

 なんとか「お待ちなさい!」と、引き留めた。
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