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最後のメッセージ②

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『…──……』

 疑問を持つと同時に、声が――聞こえた。

『今夜は空気が澄んでるな』

 ゆっくりと周囲を見渡す。

『星が良く見えるよ、瑠美』

 その言葉に合わせたかのように風がサーッと吹いていく。冷たいその風が止む頃、人の気配に気がついた。

 振り返って、思わず息を呑む。

「お……とう、さん…」

 前髪が少しうねった黒髪で、眼鏡の奥の瞳は優しく細められている。

 私の記憶にある父より若く、でもそこにいたのは確かに私の大切なお父さんだった。

「どうした? シリウスを見つけるんじゃなかったのか?」
「え?」

 一瞬、視界がぶれた気がした。気付いた時にはずいぶん背の伸びた父がいた。

 慌てて自身の両手を見る。いつもより明らかに小さい。

 急いで傍にあった湖畔に顔を映す。

「…………」

 髪を二つ結びにした赤いコートの少女。

 これは、小さい頃の私だ。

 でも、どうして……?

 混乱していたら、ポンッと頭に手を乗せられる。

「そこに見える星は、本物じゃないぞ?」
「お父さん……」

 見上げたら、自分の頭をガシガシと掻き始めた。

「う~ん……」

 唸りながら腕を組む。その姿も父そのものだった。

 どういうこと? なんで? どうして? そんな言葉が頭を巡る。そんな心の内など知らないように父は、私の元までくると屈んだ。

「やっぱり、ここじゃ見えづらかったか。仕方ない。もっと上まで行ってみよう」

 言うや否や、抱えあげられる。

「お父さん! 大丈夫だよ! 私、一人で歩けるから」
「いいから、いいから」

 子どもの頃と同じように、抱っこされたまま整えられた山道を歩いていく。

「……」

 姿がそうでも、中身は大人だもの。恥ずかしい。でも……。

 お父さんの首に腕を回して、ギュッと力を込める。背中をポンポンと軽く叩かれた。

 母がいなくなってからは忙しくて、甘えることなんて出来なかった。

 だから、こんな風に優しくされると懐かしくて、つい少しだけ、と甘えてしまう。

「お父さん」
「なんだ?」
「……なんでもないよ」

 お父さんの声が聞こえる。それがどうしようもなく嬉しかった。

 もしかしたら、今までのことは全部、夢だったのかな。

 大人になんて、なってなくて。お父さんも元気で……異世界なんて知らなくて。

 フェルにも……逢わなくて。

「……」

 全てを閉じ込めるように目を瞑る。すると、規則的な揺れが心地好くなってまどろんでしまった。

 ウトウトと眠りかけると、声をかけられる。

「瑠美、見てごらん」
「ん……」

 目を擦って、促された方向に視線を向けた。

 森から抜けて開けた草原。薄く雪も積もっている。そこに月明かりが反射していた。

 空には青や白、赤や黄色の星々が煌めいている。

 私……この景色を知ってる。

「ここなら、瑠美の星が見つかるだろう?」
「私、の星……」

 そうだ……冬休みの宿題、だ。

 自分の気に入った星を見つけなさい。そう先生に言われて、意気込んだ父にこんなところまで連れられて来た。

「どうだ? シリウスにすると言ってただろう?」
「あ……」

 顔を覗き込まれて戸惑う。

 違うんだ。今までが夢じゃなくてが夢。私の記憶、なんだ。

「シリウスは冬の大三角形の一つなんだろう? ほら、探そう」
「……うん」

 だけど星よりも、この先の父の言葉を私は探していた。

 これが私の記憶なら、きっと……。

「瑠美……」
「……」

 星を探してしばらく経った頃、静寂の中に言葉が掠める。お父さんの方を見たら視線がぶつかった。

 彼は眉尻を下げながも笑みを作っていた。出来るだけ、明るく話そうとした結果なのかもしれない。

 記憶の中にある言葉と同じものを投げ掛けられる。

「母さんを、許してくれないか?」
「……」

 父は、どこまでも優しい人だった。一番傷ついていたのは自分だったはずなのに……私には母を、母には私を、繋がりが途切れないようにと考えてくれていたのだ。

 だけど私は到底許すことなんて出来なくて、その問いかけに、嫌だ、と駄々をこねた。

 だけど……。

 だけど今なら、私も訊ける。

「どうして?」

 答えが返ってくるとは思わなかった。だってこれは、私の記憶のはず、だったから。

 けど父は、遠くへ視線を向けて柔らかく微笑んだ。

「一歩を……踏み出す為だよ」
「私は、歩けてたよ?」

 初めは山道のことだと思った。でもすぐに、そうじゃないと気づく。

 今も昔も。お母さんがいなくなる前も、いなくなった後も。

 私は……自分の道を歩けていたと信じていた。だから答えは変わらない。はずなのに……。

 お父さんは私を見て瞳を細めた。

「そうだな。たしかにそうだ。だけど知らずに…心の枷になっていた。それを自分で…いや、たくさんの人と出逢い、外していけたんじゃないか?」
「お父さん……?」

 まるで今までのことを見ていたかのような口ぶり。こんな会話、したことない。

「瑠美。あと一歩、踏み出してごらん。きっとそれは……受け入れてもらえるはずだから」
「なんで…そんなこと……」

 言葉を失ったら、ほら、と地面に降ろされる。

 トスッと雪を踏む音がした。

 そのまま、グシャグシャと頭を撫でられる。

「そりゃ、父さんだからな」

 ニッと笑う父が何かに気付いて、空を見上げる。一瞬、光の筋が流れた。

「!」
「流れ星か。瑠美は何を願う?」

 願い……私の願いは────。
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