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水月の典 前半②

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「…………」

 少し前まで、婚約者としてそれなりになれたかな……なんて自惚れていた自分が恨めしい。周りはまだまだ、それを認めてくれていなかったようだ。

 人が増えた噴水広場前まで来たら、見たことのある方々とバッタリ出会ってしまったのだ。

 いずれも、名前すら知らないご令嬢たち。だけど鍛練場とかの様々なところで、顔だけ知ってる顔見知りってやつだ。彼女たちは集団になると、それはそれは凄まじい力を出してきた。

 さりげなく一般人に紛れて囲まれたかと思うと、見えない位置から腕を引かれてフェルと引き離され、彼が振り返る頃には数人に隠された。

 当然、私も声を上げたけどすぐに口を塞がれたし、フェルはお嬢さん方に話しかけられてしまったし。

 あれよあれよと連れられて、気づいた時には街の外れの方まで来てしまいポイッと捨てられた。

 周囲は知らない景色で、慌てて場所を聞こうとしたけど、お嬢さん方は蜘蛛の子を散らすようにサーッといなくなってしまったのだ。

「ちょっと……ここ、どこよ……」

 周りをキョロキョロと見渡す。出店がまだあるから中心からは、さほど離れていない気がするんだけど……。先程から通りがかる人の雰囲気が、今までと違う気がするのだ。

 なんていうか……服装とかがほつれていたり、少し汚れていたりして、一目で環境が良くないのは分かる。

 そして何より、目つきが厳しかった。

「…………」

 明らかに場違いだよね。

 早々に退散しようと来た道を探す。そしたら動き出す寸前、後ろから話し掛けられてしまった。

「おや、どこかのお姫さんかい? ここに何の用だろうね?」

 その濁声に恐る恐る振り返る。そこには三名の男性がいた。

 背の高いソバカスが目立つ黒髪の方と、その隣にだいぶポッチャリした紺の髪の若い人。真ん中にはザ・親玉みたいな、薄毛で黒い正装のちょっと小綺麗なおじさんがいた。

 うん。これはあまり良くない気がする。

 愛想笑いを作りながら、後ずさる。

「あの、すみません。人とはぐれてしまって……でも、もう大丈夫です。先程見つけて」
「それは大変だ。お姫さんは迷子だそうだ。タプロー、コート、迎えが来るまで我が家でお待ちいただく。お連れしろ」
「え?! だ、大丈夫です! すぐ帰りますので!」

 両手を振って全力で遠慮したら、おじさんがフッと口角を上げた。

「では、どちらからお戻りになられるんで?」
「……えっ、と……」

 流した視線の先に道は三つ。三分の一なら確率としては低くない。思いきって左の道を指差す。

「あちらから帰りますわ。オホホ」

 って繕ったけど、おじさんは笑みを深めた。

「そちらは漁猟地区ですよ。貴族の方がいらっしゃるところではありません。タプロー、コート、早くしろ」
「ちょ、ちょっと、待ってください! お気遣いは感謝しますが、本当に一人で帰れますんで」
「いやいや、お一人では危ない。我々がお守り致します」

 そっちのがマズイんだって!!   

 背の高い方に腕を掴まれて焦る。大丈夫だって何度も言ってるのに、全然聞いてくれない。半分涙目になりながら、掴まれた手をなんとか引き剥がそうと奮闘した。
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