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本当の恐怖②

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 メディはあの帳簿に脅されていた。恐らく援助を打ち切るとか、そういうものだろう。代わりに慰みものになれとでも言われたのかもしれない。けど彼女は、それを誰にも相談せずに一人で立ち向かっていたのだ。

 幸せな結婚を、と言ったあの時のメディがよみがえる。

 ──けど、現状ピンチに陥ってるのは私の方だった!

「…っ……!」

 一歩二歩と近づかれて後退る。けど元々扉の前。逃げられる場所なんて、どこにもない。苦し紛れにエルストを睨み付けた。

「格式高い社交の場でこのようなこと……皆が知ればただでは済まないはず」
「格式高い? 裏ではこんなものだよ、お嬢さん。ただの仕入れの場に過ぎん」
「仕入れ……? まさか」
「ああ、たびたび開く夜会で情報を得る。上質な商品を仕入れたら……売り捌くんだよ」

 あんたはすでに売却済みだがな、と鼻で嗤われる。もうすでに話し方すら繕う気がないらしい。彼は得意気に続ける。

「この国の令嬢は高く売れる。あんたはもう少し高く売りたかったんだが仕方ない…あとで上乗せしてもらうか」
「何を言っているの……? 家族がいなくなればすぐに分かるじゃない」
「だからこそ家紋を継げない邪魔な次女や三女を狙うんだよ。特に家族から疎まれてるやつを、な。あんたの情報はまだ少なかったんだが…まあ、大丈夫だろ。国の外から来たって話だしな」

 用意周到に仕組まれた計画…そんなもののせいでメディは狙われおかしな帳簿で脅され手紙が届いた。

 あの子が悲しげに微笑んでいたのもコイツのせいだと思うと衝動的に殴りたくなる。だけど今は逃げ出すのが先決。周囲をそっと見渡していたら、エルストは続けた。

「あのバカな愚妹のせいで今までの苦労が全部無駄になったよ。だがもういいさ。俺は国を出る。ちょうどよかったよ……それを叶えてくださる方々が今日の客人だ」

 再び正面に視線を戻すと、私達のやり取りを静観していた男性達が口角を上げる。

 緩くウェーブがかった紫の髪、白銀の長い髪の人。あとは短い黒髪の人。それぞれ腕を組んだり、腰に手を当てたりして待ってる。

 その余裕さが余計に恐怖を膨らませる。逃げることは困難だと、思い知らされたから。

 それでも、なんとか策を巡らす。

「ですが、すぐにフェルが来ます。彼が来れば」
「来る? ここに? 難しい話だ。貴女は道のりを覚えているかな?」
「?! けどこんなこと彼が知れば……っ!」

 ガッと顎を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられた。拍子に息を呑む。

「言えるのか?」
「……」
「言えば、すぐに捨てられるだろうな。汚された婚約者など名折れだ」

 吐き捨てるように言われて、すぐにパッと離される。そのまま肩をトンッと押された。ふらりと前に出る。

 エルストは柔らかい声を出して丁寧に腰を折った。

「此度はあのフェルクス・ロギアスタの婚約者。いつもと違った趣向を楽しめるのではないでしょうか」

 その言葉に三人が寄ってくる。慌てて下がったけど、すぐに手を掴まれた。

「初めは皆、怯えるものだ」
「だがすぐにクセになる」
「さあ、楽しもう」

 一人に肩を抱かれて半ば強制的に歩かされる。ベッドが近づけば近づくほど、恐怖に足がすくむ。身を捩ろうにも、腰を抱かれては何も出来ない。

 滲む視界に、体が震える。

「い、嫌……やめて! 離して!」
「おっと。活きが良いのはいいが……」
「あまり、はしゃぎ過ぎると最後まで持たなくなるだろ」
「!」

 体を抱えられて、ベッドに落とされる。軋むスプリングと、覆い被ってくる白銀の髪の男性。

 拒もうにも、素早く両手が押さえられてしまう。それ以上に、これから起こることへの恐れから上手く体が動かせなくなってしまった。

 組み敷く男が、ふわりと笑う。

「そう。そうやって大人しくしてればいい」
「……いや……やめて……」
「大丈夫だ。傷つけはしない」
「初めは、な」

 顔を寄せられて、避けるように逸らす。けど顎を掴まれて強引に口付けを交わされる。

「……ん!」

 いやだ、気持ち悪い、怖い!! 

 さらに手を出されそうになって私は思いきり頭を振る。自由になったその口で、無意識に声をあげる。

「フェル…いや……フェル!!」

 同時に──微かな物音が掠める。

 けど、それも束の間。すぐ後には激しい轟音と共に扉が吹き飛んでいた。

 扉の前にいたエルストが腰を抜かす。私の上にいる人たちも驚愕の顔をしていた。
 
「な、なにが……」

 バタバタと足音が近づいてくるのに気づいた直後、すでに私を組み敷く人の首もとには剣先に添えられていた。

「……今すぐそこをどけ」

 今まで聞いたことない程、低い声。彼──フェルは、その深い青の瞳で男性を睨み付ける。

「……」

 それを受けてか、白銀の髪の男性がゴクリと喉を鳴らしてゆっくりと離れていった。
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