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あくまで観光案内です③

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「ルミ、下に知り合いを見つけたんだ。少し挨拶してこようかと思うんだけど君はどうする?」

 劇の合間の休憩でフェルが立ち上がる。わざわざ聞かれたということは、私の出番かもしれない。同じように立ち上がりかけた。

「一緒に行った方がいいですよね」

 けど彼は首を横に振る。その行動に思わず動きを止めて、私はそのままストンと座り直す。

「ううん、私的な挨拶だから大丈夫だよ。君のことはまた改めて紹介させてもらうから」
「了解です。じゃあ座ってて良さそうですね」
「そうだね。ただ、もし席を外すようなら接客係に声をかけておいて。暗いから場所も分かりづらいしね」

 念のため、とあのカードを渡される。席番号が書かれているから持っていて、と。とりあえずしばらくここにいると伝えると彼は「すぐ戻るから」と残して、その場を後にした。

 最終幕までは少し時間が空くらしい。劇場内が騒がしくなりつつあった。

 私はゆっくり瞳を閉じて、久しぶりに感じる芸術的な余韻に浸っていた。

 始まりから引き付けられて、少女の襲われるシーンは皆迫真の演技だった。すごいドキドキする。いまだ胸が熱い。

 ……これはいい。楽しい。

 純粋にワクワクして改めて、あの紙をもう一度眺めようと目を開ける。すると顔を覗き込む見知らぬ若い男性がいた。

「!?」

 びっくりして反射的に下がろうとする。けどガタッと椅子が倒れて転びそうになってしまった。そこをすかさず抱き寄せるように腕を引っ張り、腰を掴んで男性が支えた。

「あ、ありが…」

 咄嗟にお礼を言いかけて固まる。

 面長のいやらしい目に口元はにやけている。ベッタリと固めた整髪料の甘い香りに、無駄にさすってくる手。耳元で男が囁いてくる。

「ああ失礼、レディ。席を間違えたら愛らしい貴女がいたのでつい見惚れてしまったよ」

 その瞬間、全身に鳥肌が立つ。

 腰から徐々に下がる指。抵抗しようにも反対の手は私の手を掴んでいる。慌ててフェルを探したけど会場は薄暗く見当たらない。

 騒ぎにしたくないと思いつつ、でもどうすれば…と考える。けど動揺しすぎてうまく頭が働かない。なんとか震える唇で声を絞り出した。

「あの、離してください……」
「それにしても可愛いね、食べてしまいたいよ」
「や、やめ……っ!」

 首もとに寄せてくる顔。引き離そうとしても相手の力が強くてびくともしない。

 怖い……じわりと視界が滲む。

 耐えきれず、ぎゅっと目を閉じると溢れた涙が弾ける。同時に男が「痛い!」と声をあげた。

 ハッとして顔を上げる。薄暗い会場のわずかな灯りに照らされてフェルが冷ややかに見ていた。彼は私の手首を掴んでいた男の腕を掴み上げている。

「私の婚約者に何をしている?」

 低く怒気のこもる声。思わず息をのむ。男が驚きのあまり身を引いていくが、腕を掴まれていて動けなくなっていた。

「あ、あなたは……ははっ、あの! とりあえず手を離して……いっ! …てて」

 フェルがさらに力を入れたのか、男が掴まれた腕を離そうとして私から手を離し、自身の腕を引っ張る。そのタイミングで慌ててフェルの後ろに隠れた。

 彼は静かに訊いてくる。

「さてどうしようか、ルミ。右か左か……どちらに捨てる?」
「え……」

 右はバルコニーの外、左は廊下。聞かれてる意味に一瞬悩んで、急いで左へと答えた。

 フェルはそのまま男を引きずり廊下へ放り出した。
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