上 下
23 / 134

業務開始は突然に③

しおりを挟む
 階段を上り終えて、さっきまでいた部屋が目に入る。そういえば食事をするために部屋を出る間際「そのまま置いておいていいよ」と言われて鞄を置きっぱなしにしたのを思い出した。

 無駄な小物やらポーチやらでそれなりに重量があったからお言葉に甘えたけど、スマホくらいは持っておこうかな、とお邪魔することにする。

 けど、薄暗い部屋に足を踏み入れた瞬間、衝撃を受けた。ドン!っていきなり体当たりされて、誰かが抱きついてきている。なにごとかと驚いてしまう。

「っ!?」
「フェルクス様!」

 慌てて可愛らしい声に視線を下げる。開いた扉から入る光で見えたのは頭半個分くらい小さい女の子だった。ゆるいウェーブがかる髪が揺れてその子が私の方を見上げる。直後、翡翠色の瞳を大きく見開いた。

 かと思えば、バンっ!と押される。危うく尻餅つきそうになったけど、よろめきながらもなんとか踏みとどまった。

「な、なに?」
「それはこっちの台詞よ! アンタ誰?」

 いやいや、それこそこっちの台詞じゃない?!

 唖然としてあんぐり口を開けてしまう。でもすぐに気を取り直す。相手は年下みたい。ここはぐっと我慢しないと。軽く咳払いして答えた。

「私は最近こちらにお世話になって……あの」
「……」

 説明しようとしたけど少女は全く聞いていない。それどころか急に自身の顎へ指を添えて、品定めするように私を上下左右と眺め始めた。そしてすぐ、何かに気付いたようにその指を横へ動かす。

「分かった。新しい使用人でしょ? あなた。ロギアスタ邸にようやく侍女が入ったってことは……うふふ、とうとう誰かを迎える気になったのね。まあ当然アタシよね」

 ランランっと鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気。なにがそんなに楽しいのか分からないけど、とりあえず失礼の無いように振る舞わないと。ついでに早く帰ってくれたら嬉しいな、と思いながらニコッと笑いかけた。

「初めまして。私、藤澤留美と申します。フェルクス・ロギアスタの婚約者としてこちらにお世話になっています。よければ貴女のお名前を…」
「婚約者ですって?!!」

 耳をつんざく声にびっくりして耳を押さえる。なんでみんな叫ぶの? こんなに鼓膜の心配したのは人生で初めて。

 そんな呑気なことを考えてたけど、目を開けたらお嬢さんは眉間に皺を寄せて、突然人が変わったように勢いよく近づいてくる。そのまま胸ぐらを掴んできた。怖い怖い怖い。

「ちょっと! 聞いてないわよ!」
「待って待って、なに?? 聞いてないって言われても困る」
「なんで? いつから? 信じられない……計画が狂うじゃない」

 チッと舌打ちしてパッと服から手を離した彼女は、口元に手を添え「他は……」とか「……残ってないじゃない」などと、ぶつぶつ呟く。

 危うく首がしまるところだったと襟元を整える。そのあと、目の前をうろうろする少女を目で追う。こういうときは話かけない方がいいよね。うっかり刺激すると、昼間の二の舞だ。

 しばらく待っていたら、顔を上げたお嬢さんが私の方を見た。どこか吹っ切れた様子で言う。

「分かったわ。アンバル様に変えてあげる」
「ん?」
「なにボケッとした顔してるの? フェルクス様から手を引いてあげるって言ってるのよ、感謝して」

 これはつまり、昼間みたいに乱闘騒ぎにはならないってことよね。納得は出来なかったけど、とりあえず言われた通りにした

「えー…と……有難うございます」
「うん」

 満足したように頷いたから帰ってくれるかな、って思ったけどそんなことはなく。勝手に部屋の明かりをつけて近くの椅子に腰かけた。

「ねえ、ちょっと話さない?」
「話?」
「感謝してるんでしょ。ほら、早く」

 パタパタと自身の隣の椅子を軽く叩く。あまり気はのらないけど、とりあえず従っておくべきかなと、促された場所に座る。少女はぐいっと体を寄せてくると、再び左右から無遠慮に眺め始めた。

「ふ~ん、フェルクス様ってこういう地味女子が好きだったんだ。見ようによっては綺麗系? 黒髪なんて珍しいものね。しかもこんなに真っ直ぐ整ってるのは確かに羨ましいわね」
「あの、ちょっと」
「わ! すごいサラサラ…なになに? なんで?」

 それは最近、縮毛矯正したからね、とは言えず私の髪をいじって喜ぶ少女に戸惑ってしまう。

 こうしてると年相応の女の子に見える。いくつくらいなのかな、学生かな。なんて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】“つまらない女”と棄てられた地味令嬢、拾われた先で大切にされています ~後悔? するならご勝手に~

Rohdea
恋愛
見た目も平凡、真面目である事くらいしか取り柄のない伯爵令嬢リーファは、 幼なじみでこっそり交際していたティモンにプロポーズをされて幸せの絶頂にいた。 いつだって、彼の為にと必死に尽くしてきたリーファだったけど、 ある日、ティモンがずっと影で浮気していた事を知ってしまう。 しかもその相手は、明るく華やかな美人で誰からも愛されるリーファの親友で…… ティモンを問い詰めてみれば、ずっとリーファの事は“つまらない女”と思っていたと罵られ最後は棄てられてしまう。 彼の目的はお金とリーファと結婚して得られる爵位だった事を知る。 恋人と親友を一度に失くして、失意のどん底にいたリーファは、 最近若くして侯爵位を継いだばかりのカインと偶然出会う。 カインに色々と助けられ、ようやく落ち着いた日々を手に入れていくリーファ。 だけど、そんなリーファの前に自分を棄てたはずのティモンが現れる。 何かを勘違いしているティモンは何故か復縁を迫って来て───

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました

猿喰 森繁
ファンタジー
精霊の加護なくして魔法は使えない。 私は、生まれながらにして、加護を受けることが出来なかった。 加護なしは、周りに不幸をもたらすと言われ、家族だけでなく、使用人たちからも虐げられていた。 王子からも婚約を破棄されてしまい、これからどうしたらいいのか、友人の屋敷妖精に愚痴ったら、隣の国に知り合いがいるということで、私は夜逃げをすることにした。 まさか、屋敷妖精の一声で、精霊の信頼がなくなり、国が滅ぶことになるとは、思いもしなかった。 この話は、カクヨム様にも投稿しております。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

婚約者に「ブス」と言われた私の黒歴史は新しい幸せで塗り替えました

四折 柊
恋愛
 私は十歳の時に天使のように可愛い婚約者に「ブス」と言われ己の価値を知りました。その瞬間の悲しみはまさに黒歴史! 思い出すと叫んで走り出したくなる。でも幸せを手に入れてそれを塗り替えることが出来ました。全四話。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

仲室日月奈
恋愛
転生したのは、大正時代を舞台にした乙女ゲームの世界でした。ただし、ヒロインではなく、その友人役として。サブキャラだから、攻略はヒロインに任せて、私はゲーム案内役の彼を落としてもいいよね? だけど、隠しキャラの謎解きルートを解放しなければ、自分は失踪。父親はショックで倒れて、華族の我が家は没落。それはさすがに困る。 こうなったら、ゲーム案内役の彼と協力して未来を回避し、ゲームクリアを目指します! ※この乙女ゲームでは、話し言葉は標準語、カタカナの表記は現代風という仕様です。 ※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。

処理中です...