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第八章

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 さえずる小鳥が、小枝を揺らす。窓の外を見ていたリュクスが、ポツリと一言こぼした。

「……俺は、アンタが羨ましかったよ」

 微かな声に、目を見開く。ザフラが顔を上げると、同じように動かした彼と目が合った。

 しばらくしてリュクスは、ゆったりと足を組み、遠くへ視線を流す。

「彼女に想われていたのもそうだが、アンタは社交の場でも堂々としていた。あれは、誰にも出来ないことだろう」
「……けどそれは」

 支えがあったからこそのもの。そう言いかけて、だけど彼は、口を閉じた。

 自分で認めてあげて、と言った時のイルティアの声が蘇る。

 出さない言葉の代わりに彼は、ふわりと表情を和らげた。

「君に気を遣われるなんてね」

 そう言われて、リュクスはじっと彼を見つめた。だがすぐに、笑みを作る。

「気遣いじゃないさ。だがまあ、らしくないことを言ったのは確かだな」
「そっか」
「ああ」

 わずかな沈黙の後、思い直したように、彼はまた口を開いた。

「らしくないことのついでに、一つ……言わせてもらう」
「何かな」
「俺は近々……ティアに会いに行くつもりだ」

 その言葉に、ザフラは呆れたように苦笑した。

「わざわざ言うことじゃないと思うけど」
「だが、アンタには言っておくべきだと思ったんだ」

 一瞬の間を置いて、真意を隠すように付け加える。

「……訴えるなら、情報は多い方がいいかと思ってな」

 ザフラは大きく息を吐いて、吹っ切れたように背もたれに深く寄りかかった。

「君も意地が悪いな。今はメビアンのことで忙しいし、ただでさえ離縁の後だ。裁判なんて起こせば余計な詮索をされるだけ。それを分かって言ってるんだろう?」
「……どうだろうな。俺には、とやかく言う資格はないから」
「まあ、そうだね。だけど、理由はそれだけじゃない。そんなことをすれば、彼女の……イルティアの足を引っ張ることになるから……」

 ザフラは、そっと瞳を閉じて続ける。

「彼女は妻で、大切な存在だったけど……僕の恩人でもあるんだ。だから」

 しばらく考えたあと、再び開いた瞳にリュクスを映した。

 彼は、少しだけ前のめりになると、手の中にある装飾品を握り締めて、深く息を吸って吐き出した。

「君に、こんなことを頼むのは癪だけど……」
「……」

 握った拳が、わずかに震える。痛いくらいに肌へ食い込む装飾品が、感情を抑えてくれた。

 ザフラは、真っ直ぐリュクスを見つめる。

「……彼女のことを、どうか頼むよ」

 強い想いが込められた瞳を受けて、リュクスも視線を逸らすことなく、大きく頷いた。

「ああ、彼女のこれからは俺が見守る。そう、約束するよ」

 少しして、付け加えるように続けた。

「本人にも……似たことを言われたからな」

 余計な一言とも取れる言葉に、ザフラは瞳を瞬いて、苦笑いを浮かべる。

「本当に君は意地が悪いな」

 けれど、言葉に反して纏う空気は柔らかくなっている。リュクスも、いつしか軽い口調で応えるようになっていた。

「少しぐらい構わないだろう?」
「なら、僕も何か考えようかな」

 顎に手を添えたザフラに、リュクスは首を傾げる。

「それは構わないが、アレはいいのか?」

 言いながら、背後のテーブルを親指で示す。この部屋に入る時、否応にも目に留まる位置にあった。

 小さなテーブルに溢れんばかりの茶色の台紙。それが、山積みになっているのだ。恐らく、ポートレートだろう。

 リュクスの読みを裏付けるように、ザフラが顔をしかめた。

「片付けておけと言ったのに」
「見合いか? 早いな」
「母が煩いんだ。連日のように話を持ってくる」
「心配してるんだろ。さっさと相手を決めれば安心するさ」

 その他人事にも過ぎる言葉に、ザフラが瞳を細める。

「へえ。君は、すぐに別の相手を好きになれるんだね」

 わざとらしい明るい声に、リュクスも口角を上げた。

「俺は御免だけどな」
「なら、言わないでくれないかな」

 その言葉に彼はククッと、笑い声を洩らす。

「確かにそうだ。けど、アンタだから言えるんだ」

 そう言って、すぐに不思議そうに呟く。

「なんでだろうな」
「そんなこと知らないよ」

 間髪入れずに答えて、けどザフラも、腕を組んでクスリと笑った。その顔は、わずかに晴れやかに見えた。

「でも、僕もずいぶん余計な話をしたな」

 言ってすぐ、何かに気付いたように続ける。

「ああ、そっか。似てるんだ」
「似てる?」

 問い返されたことに、彼は首を軽く振った。

「教えないよ」
「意外と、子どもじみたこともするんだな。当主様は」
「ふふ、そうだね」
「反論しないのか」
「出来ないよ」

 言って、視線をわずかに落とす。

「自分の未熟さは、嫌というほど思い知ったから」

 その横顔を見つめて、リュクスが少しだけ重みを込めて声をかけた。

「シュヴァーユ公」
「?」

 疑問符を浮かべたザフラヘ、リュクスは立ち上がり、手を差し出した。

「至らぬ点があるのは、お互い様だ。けど貴方とは、これから仕事の上で付き合っていきたい。宝飾品の取引ではなく、別の形で」

 そう言ったリュクスを見上げ、間を置いて、ザフラも立ち上がると、その手を取った。

「仕事に私情は挟めないからね。けど、相応の取引先でなければ、容赦なく切らせてもらうよ」
「言ってくれる」

 不敵に笑ったリュクスは、固く握った手を離し、改めて笑いかけた。

「今日は、話が出来て良かったよ」
「それには同意する。けど、全てを許したわけじゃない」

 真っ直ぐ向けられた瞳に、リュクスも目を細めた。

「ああ、分かってる」
「けど……見送るぐらいの余裕は出来たかな」

 ふわりと微笑んだ彼に、リュクスも微笑みながら短く返す。

「そうか。悪いな」

 陽が、ずいぶんと高く昇っていた。窓から差し込む日差しは、そんな二人を暖かく包み込む。

 その後、先導したザフラに付いて、リュクスもシュヴァーユ家を後にした。
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